お便り募集!
皆様からおたよりお待ちしています。 毎日番組ではメールとファックスのテーマを設けています。 採用されるとドコモのモバイラーズチェック1000円分や華屋与兵衛の食事券1000円分、このほか ごぜんさま~オリジナルグッズをもれなくプレゼント!! このほか豪華プレゼントもたくさんありますからはがきを用意して番組をお楽しみください。

くにまるワイドごぜんさま~
自然体、その大きな包容力と優しさで多くのファンを持つ邦丸が様々な出来事に分け入り、リスナーの「知りたい」に応えます。もちろんグッチ裕三、谷村新司ら強力コーナーも引き続きお送りしています。

邦流

2009年06月28日

6月29日~7月3日の邦流は、川島なお美さん

今週の「邦流」のゲストは、川島なお美さん

6月29日≪月≫:デビューのきっかけ
昭和35年名古屋生まれの川島なお美さんは、小さい頃とても活発な子供で
神社の裏で男の子と映画のキスシーンごっこなどもしていたそうです。
そんな川島なお美さんが高校時代に芸能界デビューしたきっかけについて伺いました。

6月30日≪火≫:ミスDJから女優へ
歌手としてデビューした川島なお美さんは「女子大生タレント」として一世を風靡するなか文化放送「ミスDJリクエストパレード」の初代DJに抜擢され「深夜の顔」として大活躍をされました。しかしその後30歳を前に初めての舞台の仕事が決まった時
大事故に遭い人生の転機を迎えます。
川島なお美さんが女子大生タレントから女優へと歩み始めた頃のお話です。

7月1日≪水≫:ドラマ『失楽園』で魔性の女に・・・
1997年に放送されたテレビドラマ『失楽園』出演をきっかけに「魔性の女」と
呼ばれ始めた川島なお美さんは、撮影現場で相手役の俳優・古谷一行さんに
「どうすれば自分が感じるか」を事前に伝えていたそうです。
当時の撮影エピソードと、その後小劇場での舞台を経験したお話を伺いました。

7月2日≪木≫:夫・鎧塚俊彦さんについて
川島なお美さんは今年2月、パティシエの鎧塚俊彦さんと入籍をされ
つい先日結婚披露宴を行いました。夫の鎧塚俊彦さんとの出会い、
プロポーズについてのお話です。

7月3日≪金≫:ワインについて
川島なお美さんといえば「ワイン」を思い浮かべる方が多いんじゃないでしょうか?
日本ソムリエ協会認定の名誉ソムリエでもある川島なお美さんのワインとの付き合い方、家庭での料理との合わせ方など、ワインについてのお話を伺いました。

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<川島なお美>
1960年生まれ。青山学院大学英文科卒業。
主演作にドラマ『イグアナの娘』、『失楽園』、『エゴイスト』、映画『鍵』など。
1998年にはゴールデンアロー賞放送賞受賞。
英会話、茶道、フランス語、クラシックバレエなど多才であり、
中でもワインにおいては名誉ソムリエ、フランス四大ワイン産地より騎士号を叙任。
2008年から、広島国際学院大学現代社会学部の客員教授に就任。

投稿者 joqr : 16:00

2009年06月21日

6月22日~6月26日の邦流は、泉谷しげるさん

今週の「邦流」のゲストは、泉谷しげるさん

6月22日≪月≫:絵ばかりを描いていた少年時代
少年時代の泉谷さんは、とにかく絵を描いていたそうで、
その腕前は、書いていると人が集まるほどだったんだそうです。
泉谷さんの子供の頃と、育ったご家庭のお話を伺っています。

6月23日≪火≫:泉谷さんのフォークソングとの出会い
学生を辞めた後、漫画で食べていこうとした泉谷さん。
バイトしながら雑誌に投稿する毎日だったそうです。
そんな中、ある人のライブを見て、フォークに目覚め「これなら出来るかも」
と思ったのだとか。
泉谷さんが、フォークソングと出会ったお話を伺っています。

6月24日≪水≫:泉谷さんのレコードデビュー秘話
フォークを始めた泉谷さん。
当時、いろいろなイベントがあったため歌うことには困らなかったそうです。
裏方でもいいからと思い、あるグループを売り込みにいった泉谷さんですが、
なんとあの有名なグループよりも先に泉谷さんがデビューすることになります。
泉谷さんのデビューにまつわる裏話をうかがっています。

6月25日≪木≫:デビュー当時のお話
デビューしたばかりの泉谷さんは当時、テレビが大嫌いでケンカばかりしていたそうです。
そしてあの名曲は、自分が契約していたレコード会社では出してもらえなかったのだとか。
泉谷さんのデビュー当時のお話を伺っています。

6月26日≪金≫:泉谷さんとRCサクセション
現在ホームページで、清志郎さんとの思い出を書かれている泉谷さんですが、
当時の出会いは衝撃を受けたそうです。
RCサクセションのお話と、新曲「生れ落ちた者へ」のお話を伺っています。

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<泉谷しげる>
1948年、青森県生まれ。
1971年に『泉谷しげる登場』でデビュー。
1975年には、吉田拓郎、小室等、井上陽水とフォーライフレコードを設立。
1993年には北海道・奥尻島救済キャンペーン「一人フォークゲリラ」を展開。
1994年には長崎・普賢岳噴火災害コンサート、
1995年には兵庫県南部地震救済のための街頭フォークゲリラライブも行っている。
現在、歌手・役者のほか、画家・コラムニストとしても活躍中。

投稿者 joqr : 16:00

2009年06月12日

6月15日~6月19日の邦流は、大竹しのぶさん

今週の「邦流」のゲストは、大竹しのぶさん

6月15日≪月≫
1957年東京生まれで野村邦丸と同い年の大竹しのぶさん。
プロテスタントの真面目なご家庭に育ち、中学になるまで、テレビでドリフや
歌番組を見ることを禁じられていたそうです。
16歳の時、大好きだったフォーリーブスの北公次さんに会えるというので
受けたオーディションに合格し、芸能界入りを果たしたしのぶさん。
しかしその時、北公次さんが食べていたあるものを見て、
いつも輝いていて夢のような世界だと憧れていた芸能界の現実を
まざまざと知ることになったんだそうです。
大竹しのぶさんの幼少時代から芸能界入りを果たすまでのエピソードを伺っています。

6月16日≪火≫
高校3年生の時、NHK朝の連続テレビ小説「水色の時」で
ヒロインとなり、日本全国にその名が知れ渡った大竹しのぶさん。
高校生と役者の両立は、それは大変で、
学校とスタジオを行ったりきたりの毎日だったそうです。
本来なら遊びたい盛りの女子高校生・・・だと思うのですが、
「私生活も全て芝居の中のひとつ」と、
いつも仕事のことを考えていたんだそうです。
大竹しのぶさんに「ジーパンは不良が履くものだ」と本気で
思っていたウブだったあの頃について、「もっと年相応にしていればな~」と、
しみじみと語って頂きました

6月17日≪水≫
これまで数多くの作品に出演されている大竹しのぶさんの
代表作のひとつがご存知、1986年のTBS系ドラマ「男女7人夏物語」。
このドラマは、「女優・大竹しのぶ」としても、「一人の女・大竹しのぶ」とし
ても、大竹さんのその後の人生に非常に大きな影響を与えることになる作品となりまし
た。そのきっかけとなったのは、もちろん、あの出っ歯がトレードマークのあの男性
との出会いでした。大竹しのぶさんにドラマ「男女7人夏物語」についてお伺いしています

6月18日≪木≫
前のご主人を亡くし、大変落ち込んでいた大竹しのぶさん。
眠れない日もあったそうなのですが、そんな時に心の支えとなったのが、
ドラマ「男女7人夏物語」で初めて出会った明石家さんまさんでした。
その後、お二人は結ばれることになるのですが、
夫として、父親としてのさんまさんは、私たちのイメージする
明石家さんま像を根本から覆すほどの良き父親であり、カッコいい男だったよう
です。
大竹しのぶさんに元・夫「明石家さんま」さんについて、お伺いしています

6月19日≪金≫
大竹しのぶさんにはお二人のお子さんがいらっしゃいますが、
その中の明石家さんまさんとの間に出来た娘さんのIMALUさんが、
この度、芸能界デビューをされました。
このことに関して大竹しのぶさんは、ごく普通の一般的な母親として、
IMALUさんへの愛に溢れた暖かいメッセージを
私達に残してくださいました。
立ち見のロックコンサートにも親子で行くほどの仲良しである
娘・IMALUさんについてお伺いしています。

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<大竹しのぶ>
'75年 映画「青春の門~筑豊編」(東宝)ヒロイン役でデビュー。
その鮮烈さは天性の演技力と称賛される。
以降、気鋭の映画監督、舞台演出家の作品には欠かせない女優として圧倒的な
存在感は常に注目を集め、映画,舞台,TVドラマ,音楽等ジャンルにとらわれず才能を
発揮し、話題作に相次いで出演。
作品毎に未知を楽しむ豊かな表現力は、主要な演劇賞の数々の受賞として
評価されると共に、世代を超えて支持され続けている。

投稿者 joqr : 16:00

2009年06月07日

6月8日~6月12日の邦流は、荻野目慶子さん

今週の「邦流」のゲストは、荻野目慶子さん

6月8日≪月≫:おてんばだった子供時代
小さな頃は男の子がするような遊びばかりしていたという荻野目慶子さんは、
ある日、ブランコと衝突。頭蓋骨にヒビが入り、救急車で病院に搬送される
という体験をなさいました。
そして、この事故がその後の荻野目慶子さんの人生にさまざまな影響を与える
ことになるのですが…。月曜日は、荻野目慶子さんの子供の頃のお話です。

6月9日≪火≫:コンプレックスが武器になり …
子供の頃の大怪我が原因なのか、なかなか身長が伸びないことにコンプレックスを
感じていたという荻野目慶子さん。しかし、中学三年生の時に"夏の思い出"として
受けた舞台「奇跡の人」のヘレン・ケラー役のオーディションに見事に合格。
「身長の低さが決め手になった」ということなのですが、これは一体どういうこと
なのか?火曜日は、それまで数々のオーディションに落ちまくっていた荻野目慶子さん
がヘレン・ケラー役に大抜擢された裏話などを伺っています。

6月10日≪水≫:南極物語が大ヒット。そして、一人の映画監督との出会い
高校三年生の時に出演した映画「南極物語」が大ヒット。荻野目慶子さんはこの映画の
キャンペーンガールとしてタロとジロと一緒に全国を飛び回るなど大忙しの日々を
送っていたそうです。水曜日は、映画「南極物語」がヒットした当時のお話。
また、23歳の時に出会った一人の映画監督との激しすぎる恋愛についても
振り返っていただきました。

6月11日≪木≫:最愛の人を失って
女優・荻野目慶子と映画監督との愛は、男性が自ら命を絶つという選択をしてしまい、
荻野目慶子さんはその選択があまりにもショックで10年ほど人と話ができない状態に
陥ってしまったそうです。木曜日は、当時の状況を、6月12日から上演される舞台
「炎の人」とリンクさせながらお話していただきました。

6月12日≪金≫:穏やかに生きたい
「若い頃は生き急いでいた。今後は穏やかに暮らしたい」と語る荻野目慶子さん。
最終日は、荻野目慶子さんの近況、また、本日から上演される舞台「炎の人」の情報を
中心に伺いました。

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<荻野目慶子>
埼玉県生まれ。
14歳の時、舞台「奇跡の人」のヘレンケラー役でデビュー。
映画、「海潮音」・「南極物語」・「陽炎」・「いつかギラギラする日」・「忠臣蔵外伝四谷怪談」「三文役者」など。
「三文役者」では"毎日映画コンクール"助演女優賞を受賞。
舞台・映画・テレビドラマでも実力派として多数出演。

投稿者 joqr : 16:00

2009年05月31日

6月1日~6月5日の邦流は、喰始さん

今週の「邦流」のゲストは、喰始さん

6月1日≪月≫:漫画や映画に熱中した学生時代
劇団「WAHAHA本舗」を旗揚げして、これまで放送作家や脚本家として
活躍してこられた喰始さんは、子供時代に貸本屋に通い漫画を読み漁り、
映画も東映のチャンバラものや東宝のクレイジーキャッツものに夢中になったそうです。
中でもクレイジーキャッツの谷啓さんの熱烈なファンだったという高校時代のお話を伺いました。

6月2日≪火≫:放送作家の道へ
映画監督になりたくて日大芸術学部に入学した喰始さんは、ある時校内の掲示板に
「僕と一緒にバラエティーの勉強をしませんか?永六輔」という張り紙を見つけます。
当時売れっ子作家だった永六輔さんのメッセージに半信半疑ながら、それまで書き溜めて
いたギャグの数々を送りました。
伝説的バラエティー番組「ゲバゲバ90分」に関わるようになったころのお話です。

6月3日≪水≫:テレビから舞台の世界へ
「ゲバゲバ90分」やコント55号の番組で売れっ子放送作家となった喰始さんは
当時を振り返るとテングになっていたと言います。そんな喰始さんは「テレビは
飽きた」といい舞台の演出に興味を持ち始めました。
売れっ子放送作家から舞台演出家へと進んだ当時のお話を伺いました。

6月4日≪木≫:WAHAHA本舗の旗揚げ
テレビの世界から舞台の世界に移った喰始さんは、自ら面白いことをしたいと、
久本雅美さんや柴田理恵さん、佐藤正宏さんらと劇団「WAHAHA本舗」を
旗揚げしました。小劇場ブームだった当時はライバル劇団も多く、
WAHAHA本舗は下ネタで勝負しようと思ったそうです。
劇団旗揚げのお話です。

6月5日≪金≫:喰始さんの舞台演出論
喰始さんが旗揚げした「WAHAHA本舗」には梅垣義明さんという
シャンソンを歌いながら鼻から豆を飛ばすという知る人ぞ知るタレントさんがいますが、
このスタイルを作ったのは喰始さんだそうです。
喰始さんの舞台の演出論や梅垣さんの最新公演、かしまし娘の正司歌江さんが
正式に入団した「WAHAHA本舗」の結成25周年公演のお話を伺いました。

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<喰始>
ワハハ本舗の主宰者、演出家にして社長。
ワハハ本舗の年間20本にも及ぶ全作品の構成・演出を抱える超多忙な演出家。
日大芸術学部在学中に『ゲバゲバ90分』で放送作家デビュー。
その他『カリキュラマシーン』『元気が出るテレビ』『モグモグGOMBO』『欽ちゃんの仮装大賞』など
多くのバラエティ番組を手掛けてきた、日本のショービジネス界の重鎮。

投稿者 joqr : 16:00

2009年05月24日

5月25日~5月29日の邦流は、コロッケさん

今週の「邦流」のゲストは、コロッケさん

5月25日≪月≫:モノマネを初めたきっかけ
熊本生まれのコロッケさん。
お母様のおかげでいつも家には笑いがあふれていたんだそうです。
コロッケさんがモノマネをはじめたきっかけは、意外なことでした。
幼少の頃のお話、お母様の爆笑エピソードを交えて伺っています。

5月26日≪火≫:お笑いスター誕生
高校生になったコロッケさんは、地元のスナックでモノマネをしてチップを
もらう生活をします。
そして卒業したコロッケさんは、芸能界に入るため上京しました。
そこであるビッグな方に芸を見てもらいましたが、全くうけず、
さらに研究してから「お笑いスター誕生」に出たんだそうです。
コロッケさんが上京するまでのお話を伺っています。

5月27日≪水≫:ものまね四天王時代
ものまね王座決定戦に出演し「ものまね四天王」として注目されるようになった
コロッケさんですが、当時はがけっぷちにいる気持ちだったそうです。
当時のご苦労とモノマネ王座決定戦のウラ話をうかがっています。

5月28日≪木≫:ものまねのレパートリー
数百種類のレパートリーがあるというコロッケさん。
モノマネのコツを教えてもらいました。
美川さんのものまねのきっかけもうかがっています。
ちあきさんやの野口さんとの爆笑エピソードもあります。

5月29日≪金≫:コロッケ流モノマネの極意
コロッケさんのモノマネは「本人がやりそうでやらないこと」なんだそうです。
ある時、ロボコップを見ていて思いついたのが、あの歌手だったんだそうです。
今はモノマネの極意と座長を務められる舞台の意気込みを聞いています。

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<コロッケ>
昭和35年、熊本県出身。
昭和55年、「お笑いスター誕生」でデビュー。
全国でコンサートを行い、テレビ・映画・ラジオで活躍。
ものまねレパートリーは100種以上。

投稿者 joqr : 16:00

2009年05月17日

5月18日~5月22日の邦流は、大場久美子さん

今週の「邦流」のゲストは、大場久美子さん

5月18日≪月≫
昭和35年、埼玉県川口市のお生まれの大場久美子さん。
幼い頃の生活は決して楽ではなく、
当時、普段の食事はご飯と具なしの味噌汁で、ケチャップをつけたご飯が、
大好きだったのだそうです。
そんな大場久美子さん、子供の頃は大変おとなしく、自分の言いたいことを
うまく言葉にすることができなかったそうなのですが、
ひょんな事から入られた劇団で、その人生が大きく変わることになります。
大場久美子さんの少女時代についてお話を伺っています。

5月19日≪火≫
人生の転機となったお芝居との出会いの後、大場久美子さんは、
テレビ番組をきっかけにアイドルデビュー、「一億人の妹」という
キャッチフレーズで一世を風靡されました。
そんなアイドルとしての生活は、これまでの大場さんの生活を一変させ、
週に7本のレギュラー、3000枚のサイン色紙、グアムへの日帰りロケなど、私
達の想像を絶する超ハードスケジュールを日々こなしていたんだそうです。
大場久美子さんのアイドル時代のお話を伺っています。

5月20日≪水≫
ドラマ『コメットさん』の主役に抜擢され、人気絶頂となった大場久美子さん。
その後、女優として独立し、個人事務所を設立するに至るのですが、
その個人事務所では、自身のブッキングから、衣装づくりまで、ありとあらゆる
仕事を全て、大場さんご本人がこなし、ご本人への苦情や悪口などもすべてご自
身で請け負っていたんだそうです。
でも大場久美子さんは、そんな日々があったからこそ、今の自分があると力強く
仰っています。
大場久美子さんの個人事務所時代のお話を伺っています。

5月21日≪木≫
子供時代、アイドル時代、女優時代と、どんなときでも
大場久美子さんを影ながら支えつづけてきたお母様のタカ子さん。
その肝っ玉母さんぶりは、たくさんの伝説を生み出してきましたが、
一方で、その別れは簡単に訪れてしまったのでした。
大場久美子さんの最愛のお母様について、
お話を頂戴しています。

5月22日≪金≫
大場久美子さんは、昨年1月にテレビ番組のなかで、
ご自身がパニック障害に悩まされていたことを告白されました。
当時は、心も身体もボロボロとなって、一時は芸能界引退をも
考えたそうなのですが、そのとき心の支えとなったのが、友人や仕事仲間、家族
だったのだそうです。
大場久美子さんのパニック障害との闘いの日々について伺っています。

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<大場久美子>
昭和50年「決定版!あなたをスターに」で、
審査員特別賞を受賞しプロダクションにスカウトされる。
CMなどで話題となり、昭和52年に東芝EMIから「あこがれ」で歌手デビュー。
"一億人の妹"のキャッチフレーズでシングル・アルバムを次々とリリースし、
ゴールドレコード賞を二回受賞、プロマイド売上を二年連続一位となる。
昭和53年、代表作となったTBSドラマ「コメットさん」に出演し、
以後本格的な女優活動に入り、現在に至る。
舞台、映画、ドラマ、CMなど幅広く活躍中。

投稿者 joqr : 16:30

2009年05月10日

5月11日~5月15日の邦流は、小倉久寛さん

今週の「邦流」のゲストは、小倉久寛さん

5月11日≪月≫:プロレスラーになりたかった少年
三重県の田舎町で生まれ、少年時代は力道山に憧れて本気でプロレスラーになる夢を追いかけていたという小倉久寛さん。ある時、お母様から衝撃の事実を告げられて子供心にもかなりのショックを受けたそうです。それは、「お前を身籠っていた時、お母さんは…」というもの。続きは放送で。
月曜日は、小倉久寛さんの出生時の秘密(?)や、プロレスラーになる夢を諦めなければならなかった理由などについて伺っています。

5月12日≪火≫:大学受験、一世一代の大勝負
「各教科一冊の参考書を丸暗記する」という無謀な方法で東京の有名私立大学の受験に臨んだという小倉久寛さん。問題用紙を見たときに思わず声を出してしまったそうなんですが、それは喜びの声だったのか、それとも失意の声だったのか?火曜日は、小倉久寛さんの受験生時代のお話を中心に伺っています。

5月13日≪水≫:三宅裕司さんの言葉
あるテレビドラマの影響を受けて劇団「 大江戸新喜劇 」に入団した小倉久寛さんでしたが、それから一年ほどして、小倉さんの俳優としてのプライドをズタズタに引き裂いてしまうような出来事が起こってしまいます。そんな時、先輩である三宅裕司さんの言葉に励まされ「この人なら何とかしてくれる」と感じたとのこと。水曜日は、小倉久寛さんが劇団に入団し、駆け出しの俳優だった頃のお話が中心です。

5月14日≪木≫:SET(スーパー・エキセントリック・シアター)旗揚げ
まもなく創立30周年を迎えるSET。木曜日は、劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」に関する話題あれこれです。小倉久寛さんがブレイクするきっかけとなったという三宅裕司さんとの二人芝居。その演出手法などについても伺ってみました。

5月15日≪金≫:奥さまは 元 タカラジェンヌ
奥さまは「元 タカラジェンヌ」という小倉久寛さん。俗に言う「美女と野獣」カップルです。最終日は、そんなお二人の出会いから現在の力関係まで、根堀り葉堀り聞いてみました。小倉さん、ちょっと照れながらもいろいろとお話して下さっています。また、5月16日から東京・青山劇場で上演される「伊東四朗一座・熱海五郎一座 合同公演」の情報も!

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<小倉久寛>
1954年、三重県生まれ。学習院大学法学部卒。大江戸新喜劇を経て、1979年三宅裕司主宰劇団「スーパー・エキセントリック・シアター」の旗揚げに参加。舞台、映画、ドラマ、CM、声優など幅広く活躍中。

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投稿者 joqr : 16:30

2009年05月03日

5月4日~5月8日の邦流は、財津一郎さん

今週の「邦流」のゲストは、財津一郎さん

5月4日≪月≫:生きる原点となった言葉
昭和9年生まれで役人一家に育った財津一郎さんは、終戦後の農業高校時代に
イジメに遭いました。とてもつらい時期でしたが、見るに見かねた先生が財津さんを
麦踏みに連れ出し現在の状況を麦踏みに例えて励ましの言葉をかけてくれたそうです。
その言葉が生きる原点となったそうです。財津一郎さんの少年時代の話を
伺いました。

5月6日≪水≫:我慢の日々
俳優を目指して早稲田大学の演劇科を受験した財津一郎さんは残念ながら不合格に・・・。
そしてその後、帝劇ミュージカルの研修生となり役者としての経験を積んでいきますが
周りがお金持ちの研究生ばかりの中、財津一郎さんはズボンのポケットに煮干しや
コンブを入れ、それをかじって空腹をまぎらわしていたそうです。
役者になる夢をあきらめなかった財津さんの我慢の日々の話です。

5月7日≪木≫:あの名ゼリフ誕生の瞬間
大阪で吉本新喜劇に入った財津一郎さんは、舞台でチャンバラをやっている最中に
思わず「助けてチョーダイ!」と叫んでしまい、この名ゼリフが生まれたんだそうです。
財津一郎さんの名ゼリフとこの名ゼリフが評判となり出演した人気番組
「てなもんや三度笠」のお話を伺いました。

5月8日≪金≫:病からの復帰
現在75歳の財津一郎さんは今からおよそ15年ほど前に脳出血で倒れましたが
NHK大河ドラマの「秀吉」で無事復帰しました。
当時のエピソードとこれからやりたいことについて伺っています。

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<財津一郎>
1934年、熊本県生まれ。
53年に高校を卒業し、帝劇ミュージカルの研究生となり、「赤い絨毯」で初舞台。
66年コメディー「てなもんや三度笠」で大人気となる。
70年には映画「喜劇・度胸一番」に初出演。
85年には「野風増」で歌手デビュー。
「キビシ~ッ!」「助けてチョーダイ!」などの名ゼリフが有名。

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2009年04月26日

4月27日~5月1日の邦流は、コータさん

今週の「邦流」のゲストは、コータさん

4月27日≪月≫:つらい体験ばかりだった幼少期
幼少時代、お父様の仕事の都合で、アメリカ、イギリス、インド、日本とさまざまな土地を転々としていたコータさん。人種、言葉、文化の違い、なによりも性別の違いで常に悩んでいたそうです。
つらかった幼少期のお話を伺っています。

4月28日≪火≫:最愛の女性と結婚
ハイスクール時代のコータさん。成長期に出る男性ホルモンが当時最大の悩みだったそうです。
その後広告代理店に入社。そこで運命の女性と出会います。魂から愛するその女性と結婚子供をもうけた2人に待っていたのは悲しい結末でした。ハイスクール時代から、ご結婚までのお話をうかがっています。

4月30日≪木≫:野球界での交遊録
広告代理店で働いていたコータさんに、ダイエーホークスから声がかかりました。
野球が大好きだったコータさんは、すぐに決断し、野球界に飛び込みます。
お付き合いの深い、清原さん、伊良部さん、野茂さんの意外な素顔を教えていただきました。

5月1日≪金≫:エージェントとしてトランジェスターとして
コータさんはエージェントとして、日米野球、大リーグ開幕戦、そしてWBCと手腕を発揮されました。
仕事で成功したコータさんは本当の自分として生きるため、トランジェスター(性転換)という選択を
したのでした。エージェントとして、そしてトランジェスターとして生きる現在のコータさんのお話を伺っています。

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<コータ>
元日本プロ野球と米大リーグで活躍したエージェント・通訳者。
現在はM to Fトランスジェンダーとして、
一人の国際人として、文化、国際社会、ジェンダー(性)、言語、
あらゆるものをするどい観点で切るコメンテーター、作家として活動中。

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投稿者 joqr : 16:00

2009年04月19日

4月20日~4月24日の邦流は、渡辺徹さん

今週の「邦流」のゲストは、渡辺徹さん

4月20日≪月≫:父さん、あなたは偉かった
1961年、栃木県小山市のお生まれで、その後すぐに茨城県古河市に移り住んだ
渡辺徹さん。お父様はいわゆる流しの演歌師で、収入が安定しておらず、
生活にはかなりご苦労をなさったそうです。
しかしそんなお父様は突如、渡辺徹さんに「10年後に必ず家を建てる」と約束
し、ついには流し一本で念願のマイホームを建てられたんだそうです。
そしてその後、渡辺徹さんご本人もそんなお父様に負けないように
家族にあることを宣言します。それは今のところ、3分の2ほど達成されている
んだそうですが、さて、それは一体なんだったんでしょうか?
渡辺徹さんの幼少の頃のお話、特に偉大なるお父様のお話を頂戴しております。

4月21日≪火≫:渡辺徹、お芝居との出会い
持ち前の明るさと目立ちたがりも手伝って、小・中・高校とすべて、生徒会長を
務めたという渡辺徹さん。当然、女学生が放っておくはずもなく、ご自身いわく
、かなりモテモテだったんだそうです。
ある時、そんな生徒会でのイベント成功させた渡辺徹さん。
そのときの「何かを作り上げる」ことへの達成感が忘れられず、以後、その達成感
を求め、さまよい続けることになり、そして見つけたのが、お芝居・演劇の世界
だったのでした。俳優・渡辺徹さんの演劇との出会いについてお伺いしています。

4月22日≪水≫:太陽にほえろ!刑事生活
厳しい競争率のなか、無事、演劇界の名門、文学座へと入団することが
できた渡辺徹さん。ある時、ひょんなことからオーディションに合格して、あの
子供の頃からの憧れであったドラマ「太陽にほえろ!」への出演が決まりました。
テレビの中の存在であった俳優陣に囲まれ、緊張のあまり、耳鳴りが止まなかった
という渡辺徹さんですが、その時、出会ったあのボス・石原裕次郎さんとの出会いは、
生涯忘れられないものとなったのだそうです。
渡辺徹さんの「太陽にほえろ!」出演についてお伺いしています

4月23日≪木≫:榊原郁恵さんとの出会い、そして結婚
渡辺徹さんの奥様といえば、元アイドルでタレントの榊原郁恵さんですが、
お二人の初めて出会ったときの第一印象というのは、お互いに最悪だったんだそうです。
でも結局、それが二人の愛を育む糧(かて)となり、最後は皆の祝福を受けて
結婚に至ったというのは、皆様、ご存知のとおりですね・・・。
渡辺徹さんと榊原郁恵さんとの出会いと結婚についてお伺いしています。

4月24日≪金≫:渡辺徹、食を語る!
渡辺徹さんといえば、奥様・榊原郁恵さんとの喧嘩の理由はいつも
食べ物に関することだというくらい「食」に関して造詣が深い訳ですが、
これに関して本人曰く、「これまでやったダイエットは、すべて成功してきた。
でもそれがなかなか続かないからリバウンドしちゃうんだ」とのことなんだそうです。
みんなが寝静まった頃のつまみ食いが大好きという渡辺徹さんのダイエット人生
についてお話をお伺いしています

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<渡辺徹>
栃木・小山市生まれ。
高校時代からアマチュア劇団の古河市民劇場に参加。
1980年、文学座演劇研究所に合格し20期生に。
81年日本テレビ「太陽にほえろ!」レギュラーに抜てき、
ラガー刑事役で人気を博し、同番組に85年まで出演した。
82年にはシングル「彼・ライバル」で歌手デビューし、
第2弾「約束」はベストテン番組の1位に躍り出る大ヒット。
一躍アイドルになり、同年のゴールデンアロー放送新人賞を受賞。
83年には全国コンサートツアーを行い、東宝「夜明けのランナー」で映画デビュー。
84年、日本テレビ「風の中のあいつ」、85年「気になるあいつ」で主演し、
このとき相手役だった榊原郁恵と87年に結婚。
バラエティー、クイズ番組の司会、舞台など、幅広く活躍している。

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投稿者 joqr : 16:00

2009年04月12日

4月13日~4月17日の邦流は、山田太一さん

今週の「邦流」のゲストは、山田太一さん

4月13日≪月≫:孤独だった父親
山田太一さんのお父様は愛知から家出してきて裸一貫で屋台のそば屋を始め、最終的には浅草で大衆食堂を営むまでになったものの、その後の戦争ですべてを失ってしまうなど波乱万丈の人生を送ったそうです。そんなお父様、お酒を飲むといつも「俺は孤独だ。人間なんてみんな最終的には一人ぼっち」だと漏らしていたとのこと。月曜日は、山田太一さんのお父様のお話を中心に伺っています。

4月14日≪火≫:人生を決めた"勘違い"
早稲田大学の教育学部に進学した山田太一さん。普通に考えれば学校の先生になっているはずなのですが、「ある勘違い」が原因で松竹の助監督を経て脚本家の道を歩むことになります。果たして、「ある勘違い」とは一体どんなものだったのか?火曜日は、山田太一さんが脚本家になるまでのお話です。

4月15日≪水≫:男たちの旅路
テレビドラマの脚本家として手ごたえを感じ始めた頃、自分の名前が表にでないことに不満を感じていたという山田太一さん。「脚本家の存在をみんなにわかってほしい」そんな想いを胸に秘めて臨んだのがNHKドラマ「男たちの旅路」でした。水曜日は、鶴田浩二さん主演のTVドラマ「男たちの旅路」の制作秘話などを伺っています。

4月16日≪木≫:岸辺のアルバム
「ありきたりの人の、ありきたりな出来事をしつこく、細かく、深く書きたい」と語る山田太一さん。そのため、犯罪モノの脚本はこれまで一度も書いたことがないそうです。木曜日は、山田太一さんの"脚本に対する考え方"、また、代表作である「岸辺のアルバム」に関するエピソードなどを伺ってみました。

4月17日≪金≫:ふぞろいの林檎たち
「誰か一人を主人公にしたドラマはもう古い。誰が主役なのか分からない話にしよう」というコンセプトで脚本を書かれたのが、山田太一さんのあの名作TVドラマ「ふぞろいの林檎たち」だそうです。最終日は、「ふぞろいの林檎たち」でのエピソードから始まり、現在のTVドラマに対する苦言・提言、また、この夏に行われる舞台「異人たちとの夏」の見所など、アレやコレやと聞いております。

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<山田太一>
1934年、東京・浅草出身。
大学卒業後、松竹大船撮影所に入り、木下恵介のもとで助監督を務める。
1965年、TVドラマの脚本家となり、
「男たちの旅路」、「岸辺のアルバム」、「ふぞろいの林檎たち」など
多くの大ヒットドラマを手掛ける。
作家としては『飛ぶ夢をしばらく見ない』(1985年)、
『異人たちとの夏』(1988年、山本周五郎賞)などの作品を執筆。

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投稿者 joqr : 16:00

2009年04月05日

4月6日~4月10日の邦流は、目黒祐樹さん

今週の「邦流」のゲストは、目黒祐樹さん

4月6日≪月≫
1947年、ご両親はもちろん、のちにお兄様も俳優になるという芸能一家に
お生まれになった目黒祐樹さん。当時は第2次世界大戦の影響で、お父様の映画に
出演する回数が激減し、ミカンを買うことさえままならない程、お金には苦労を
されたそうです。
しかし、戦後の復興とともにやってきたのは時代劇映画の黄金時代。すると今度は
逆に、お父様のお仕事が劇的に増え、目黒祐樹さんは幼いながらも日ごとに自分たちが
お金持ちになっていることを実感していったそうです。そんな目黒祐樹さんの極貧から
一気にお金持ちになった少年時代のお話をお伺いしています。

4月7日≪火≫
中学入学を機に「普通の人と同じ生活がしたい」と子役をやめた目黒祐樹さん。
さらに高校1年生のときには「父の名前がおよばない所へ行きたい」との想いから
海外への留学を決意、それを実現されます。
ハワイ、ボストン、カリフォルニアと留学先を転々とするなど、留学には様々な
ご苦労があったようなのですが、そんなある時、目黒祐樹さんにお父様からお手紙
が届きます。そこには、たった4文字のある一言が書いてあったそうなのですが・・・
目黒祐樹さんの留学生時代のお話を伺っています。

4月8日≪水≫
留学生活を終え、日本に帰国した目黒祐樹さん。
そのきっかけにもなった「君を信ず」と書かれたたった4文字のお手紙。
それをお書きになったお父様に対し、目黒祐樹さんは生涯一度だけ、口答えを
したことがありました。そしてそれは、最愛のお母様のお通夜での出来事でした。
目黒祐樹さんに、初めてお父様と喧嘩をしたあの夜のことをお伺いしています。

4月9日≪木≫
お母様、そしてお父様と立て続けに最愛のご両親を亡くされた目黒祐樹さん。
そんなとき支えとなったのが、知り合って11年後にご結婚された奥様だったようです。
お伺いすると、今でも夫婦関係は仲むつまじいご様子で、その辺は、お兄様である
松方弘樹さんとはちょっと違うところなんだそうです。
目黒祐樹さんに奥様との出会いとお兄様、松方弘樹さんについてお伺いしています

4月10日≪金≫
目黒祐樹さんには先日、NHKのドラマで脚本デビューを発表された近衛はなさん
という娘さんがいらっしゃいます。
目黒さんはそれまで、娘さんが脚本を書いていることを全く知らされておらず、
今でもどうして娘の本がNHKに採用されてしまったのか不思議だと、ただただ
ビックリしていらっしゃるんだそうです。
しかし、そうした娘さんの知られざる才能を見て、自分の希望ばかりを次の世代
に押し付けることはよいことではないのではないか、と深く考えさせられたんだそうです。
目黒祐樹さんとそのご家族のお話、そしてまもなくご出演される舞台「アニー」
についてお伺いしています

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<目黒祐樹>
1947年、東京出身。
映画 太陽の野郎ども主演デビュー。
代表作に、1969年 太陽の野郎ども (映画・松竹)、
1969年 栄光の黒豹 (映画)、
1974年 華麗なる一族(映画)、
1981年 将軍 (映画)など。

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2009年03月29日

3月30日~4月3日の邦流は、ブラザートムさん

3月30日≪月≫:自分のルーツを探して
ブラザートムさんのお父様はハワイ出身の中国系アメリカ人、お母様は日本人でした。
このお父様、ブラザートムさんが幼少の頃家を出て行ってしまいます。トムさんが生まれ、「ちゃんとルーツを話せなければ」とルーツを探しに出かけられたトムさんでしたが、そこでたくさんの事実に驚かれたんだそうです。ブラザートムさんの子供の頃のお話を伺っています。

3月31日≪火≫:音楽に向き合うまで
ブラザートムさんが音楽を始めたきっかけは、お母様のある言葉と、
喜ぶ顔を見るためだったんだそうです。
高校を卒業されたブラザートムさんは就職しましたが、
自分の日記の問いかけに、もう一度夢であった音楽と向き合って行きます。
今日は音楽への想い、そして爆笑バイトエピソードを伺っています。

4月1日≪水≫:お笑いスター誕生 そしてバブルガムブラザーズ結成
音楽で食べていこうと決めたブラザートムさん。
しかしバンドがまったく売れなかったため、メンバーから「お笑いスター誕生」で、顔を売ってこいといわれ、見事10週連続で勝ち抜きます。ところがバンドは解散、そんなときブラザートムさんを救ってくれたのは、バイト先のある方の行動でした。今日はお笑いからミュージシャンブラザートムへ、あのウォンビーロングの裏話も伺っています。

4月2日≪木≫:お酒とブラザートムさん、そして伝説のウメちゃんは?
80年代前半によく六本木で遊んだというブラザートムさん。
ディスコでお金を払ったことは無かったそうです。
それは伝説のウメちゃんがいたからなのだとか。
今日は当時のお酒のお話と、忘れられないお酒のお話を伺っています。

4月3日≪金≫:ご家族のお話とブラザートム流子育て論
よく息子さんと飲みに行くというとブラザートムさんには独特の子育て論がおありなんだそうです。
今日はご家族のお話と、現在の音楽活動のお話を伺っています。

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<ブラザートム>
1956年、ハワイ州マウイ島出身。
1980年 伝説の警官コントで 華々しくデビュー。
1983年 伝説のバンド「Bubble Gum Brothers」結成。
1991年 伝説のNHK紅白歌合戦出場。
1993年 伝説の「Won't be wrong」ミリオンセラーとなる。
1996年 伝説のバンド「REAL BLOOD」結成。
2000年 伝説のミュージカル「Miracle Brind Boys」を行う。

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投稿者 joqr : 16:30

2009年03月22日

3月23日~3月27日の邦流は、八名信夫さん

今週の「邦流」のゲストは、八名信夫さん

3月23日≪月≫:有名人だった子供時代
昭和10年生まれの八名信夫さんは少年時代に岡山県で空襲に遭い、終戦を迎えました。
当時戦後のまだ不安定な時代、岡山駅の助役を務めていたお父さんは国鉄をやめ
近所の芝居小屋を買い取りました。経営は大変だったようですがその後、映画と芝居の
二本立てになって人気が上がり、映画のタダ券目当ての人たちが
八名さんの周りに集まってくるようになったそうです。
初日の今日は八名信夫さんの子供時代のお話を伺います。

3月24日≪火≫:野球青年が俳優の道へ
小学生の時から野球を始めた八名信夫さんは明治大学野球部に入部しましたが、
当時のスパルタに耐えかね野球部から逃げ出してしまいました。
その後プロ野球の東映フライヤーズに入団することになったのですが、腰を痛めて
選手生命を絶たれ、球団の親会社・東映の社長の勧めで俳優の世界に入っていきました。
今日は八名信夫さんの新人俳優時代のお話です。

3月25日≪水≫:悪役人生を歩むきっかけ
俳優になった八名信夫さんが悪役人生を歩むようになったきっかけはズバリ「食べていくため」
だったそうです。映画での悪役は待遇面では決していいものではありませんでしたが
すぐ殺されてしまうため拘束時間も短く、次から次へと数をこなせばある程度の稼ぎにも
なったといいます。今日は八名信夫さんの悪役人生について伺います。

3月26日≪木≫:悪役商会設立
悪役としての地位を固めていった八名信夫さんは悪役のベテラン役者12名で
「悪役商会」を設立することになります。今日はこの悪役商会と、あの青汁のCM
「まずい!もう一杯!」のセリフが生まれた裏話を伺いました。

3月27日≪金≫:善人役の八名信夫さん
「悪役には定年がない。老いたら老いた顔で役が出来る」という八名信夫さんですが、
最近はすっかり善人の役が多いそうです。今日は、これから八名信夫さんが演じてみたい
役柄と八名さん主演の最新作について伺っています。

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<八名信夫>
1935年、岡山市出身。
明治大学から東映フライヤーズ(現日本ハム)にピッチャーとして入団。
しかし、登板中の怪我の為、プロ生活を断念、映画俳優となる。
1983年 悪役商会を結成。
日本映画批評家協会特別賞受賞(映画生誕100年記念)。
「まずい!もう一杯!」のキューサイの青汁CMでも有名です。

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投稿者 joqr : 16:26

2009年03月15日

3月16日~3月20日の邦流は、ラサール石井さん

今週の「邦流」のゲストは、ラサール石井さん

3月16日≪月≫:No.2の男
大阪生まれのラサール石井さん。大阪の地域性なのか、子供の頃から周りは面白い人たち
ばかりで、ラサールさんはいつもそういう人たちにツッコミをいれるNo.2のポジション
だったそうです。御本人曰く「今も変わってないけど」とのこと。
月曜日は、ラサール石井さんの少年時代のエピソードを伺っています。

3月17日≪火≫:ラサール石井、受験生時代
甘えん坊だったラサール石井さんを鍛え直してもらう目的で御両親が入塾させた
スパルタ式の学習塾。そこでの授業がとても分かりやすくて楽しいものだったため、
初めは真面目に通っていたというラサール石井さん。
しかし、中学二年生の後半からサボリがちになり、そのため、第一志望の灘高には不合格。
その後、ラ・サール高校の受験に臨むことになるのですが…。
火曜日は、ラサール石井さんが受験生だった頃のお話です。

3月18日≪水≫:コント赤信号結成
当時所属していた「劇団 テアトル・エコー」で渡辺さんと小宮さんがやっていたコントに
興味をもって「僕も入れてくれ」と言って仲間にしてもらったというラサール石井さん。
これが「コント赤信号」結成のきっかけだそうです。その後、ストリップ劇場で腕を磨く
コント赤信号でしたが、お客さんにはまったくウケず意気消沈。
遂には解散の話まで出たとのこと。そんな時、一人の男が一念発起して…。
水曜日は、コント赤信号を結成してからブレイクするまでの裏話を中心に伺っています。

3月19日≪木≫:コント赤信号の"昔"と"今"
「暴走族コント」が大当たりして人気者になったコント赤信号。当時のラサール石井さんは、
リーダーの渡辺さんと一緒に仕事場などでナンパを繰り返す毎日だったんだとか。
そんなラサール石井さんですが、今はすっかり「秀才タレント」としてもおなじみ。
しかし、秀才タレントと呼ばれることで苦労することもあるわけで…。
木曜日は、コント赤信号のエピソード アレコレです。

3月20日≪金≫:演出家・ラサール石井
演出家としてもご活躍中のラサール石井さん。ラサール石井さん演出の舞台「その男」が
4月6日から上演されます。最終日は、その舞台の見所や裏話などを伺ってみました。

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<ラサール石井>
1955年、大阪府生まれ。
鹿児島ラサール高、早大文学部中退。
早大在学中の78年、所属していた劇団テアトルエコーで渡辺正行、小宮孝泰と共に
お笑いトリオ「コント赤信号」を結成。
80年にフジテレビ「花王名人劇場」でデビュー。
以来、映画、舞台、テレビドラマに出演し、演出家としても活躍。

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投稿者 joqr : 16:30

2009年03月08日

3月9日~3月13日の邦流は、西岡徳馬さん

今週の「邦流」のゲストは、西岡徳馬さん

3月9日≪月≫:天才子役現る
小学生の時、演劇をやっていた従兄弟に駆り出されて始めた芝居が評判となり
児童劇団に入った西岡徳馬さんは「天才子役」として数々の映画に出演するように
なりました。しかし持病だった喘息が悪化して俳優への道は断念、当時野球で
名を馳せた法政二高に進学し、野球部に入部したのですがここにはビックリするような
恒例行事があったそうです。

3月10日≪火≫:芸能学校での一言
高校の野球部を退部して、力を持て余していた西岡徳馬少年はケンカ相手を探す毎日が続きとうとう高校を退学になってしまいました。その後、親の勧めで入った芸能学校で
当時の恩師から、その後を決定付けることになるある一言に大変な衝撃を受けたそうです。
今日は西岡徳馬さんが芸能学校に通っていた時代のお話です。

3月11日≪水≫:大学の演劇科から文学座へ
玉川大学の演劇科に進んだ西岡徳馬さんは文学座に合格、入団することになりました。
舞台俳優として経験を積んでいきましたが、ある時行きつけの居酒屋の主人に
「役者は全国区にならなきゃいかん。舞台で有名でも全国では有名にはなれない」と
言われ、テレビの仕事を意識するようになっていきました。
今日は舞台俳優時代の西岡徳馬さんのお話です。

3月12日≪木≫:舞台からテレビの世界へ
舞台からテレビの世界に進出した西岡徳馬さんは、ドラマ「東京ラブストーリー」で
一気に全国区の俳優になり、数々のドラマをこなすようになりました。
そんな西岡徳馬さんが一番苦手なのは何と「ラブシーン」だそうです。
今日はテレビドラマでのラブシーンのエピソードをたっぷり伺っています。

3月13日≪金≫:奥様とふたりの娘さん
最終日の今日は、西岡徳馬さんの奥様との出会いと、現在演劇の道を進んでいる
二人の娘さんのお話を伺いました。

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<西岡徳馬>
1946年、神奈川県出身。
玉川大学文学部卒業。
70年劇団「文学座」に入り10年間在籍し、舞台を中心に活躍。
91年のフジテレビ「東京ラブストーリー」で、
鈴木保奈美演じる赤名リカの上司・和賀夏樹役で話題に。
主な代表作は「浅見光彦シリーズ」「山村美紗サスペンス」、NHK大河「元禄繚乱」など。

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2009年03月01日

3月2日~3月6日の邦流は、生瀬勝久さん

今週の「邦流」のゲストは、生瀬勝久さん

3月2日≪月≫:笑いを研究する日々
兵庫県西宮市にお生まれになった生瀬さん。
子供の頃は、「クラスの人気者」というわけではなかったそうです。
多感だった少年時代から、大学の喜劇研究会の頃のお話です。

3月3日≪火≫:役者になるきっかけ
お笑いを研究していた生瀬さん。
ある有名な舞台を見て演劇に目覚めます。
今日は、転機となった劇のお話と爆笑アルバイトのエピソードを伺っています。

3月4日≪水≫:内定を蹴って役者へ・生瀬流セリフの覚え方
内定が決まった生瀬さんですが、それを断ってしまいます。
しかし、そのときの両親の反応は、意外なものでした。
生瀬さんが役者になる決断をしたときのお話と、生瀬さん独特のセリフの覚え方のお話です。

3月5日≪木≫:役者として、人として気をつけている事
生瀬さんは演じていながら、お客さんや役者さんが、今どう感じて、どう思っているかを常に意識しているそうです。
仲間由紀恵さんや、さんまさんと共演された時の裏話も伺っています。

3月6日≪金≫:生瀬さんのプライベート、映画「ヤッターマン」
休みの日もアクティブに動いていたいという生瀬さん。
そして、何よりも大切にしているのは食事で、"あるこだわり"があるそうです。
さらに映画「ヤッターマン」の裏話も伺っています。

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<生瀬勝久>
昭和35年、兵庫県生まれ。同志社大学在学中、サークル「喜劇研究会」で落語や漫才を始める。その後、学生劇団「そとばこまち」の座長で現俳優の辰巳琢郎に誘われ、劇団入り。
大学卒業後、同団の4代目座長を経てフリーに。
舞台からドラマ、映画などで、個性派俳優として活躍。
3月7日公開の映画「ヤッターマン」にはボヤッキ―役で出演。

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2009年02月22日

2月23日~2月27日の邦流は、宇崎竜童さん

今週の「邦流」のゲストは、宇崎竜童さん

2月23日≪月≫:宇崎竜童 音楽との出会い
1946年、昭和21年の今日、お生まれになった宇崎竜童さん。
当時は戦後の大変厳しい頃で、しかも上に7人ものご兄弟がいるという状況。
お母様も妊娠に気付いたときは、宇崎さんを生むか生まないかで
かなり悩まれたんだそうです。
その後、小学生になった宇崎さんに、ある1人のミュージシャンとの出会いが
ありました。ただ当時は、それがきっかけでミュージシャンになるとは
思ってもいなかったようなのですが・・・
今日は、宇崎竜童さんと音楽との出会いをお伺いしています

2月24日≪火≫:宇崎竜童 阿木耀子さんとの出会い
中学・高校とブラスバンド部でトランペットを吹いていた宇崎竜童さん。
宇崎さんは、エスカレーター式に入学した明治大学でも、軽音楽部に
入部することになるのですが、宇崎さんはここである1人の女性と
運命的な出会いをすることになります。
今日は、宇崎竜童さんの運命の出会いについてお伺いしています

2月25日≪水≫:レコードデビューはコレでいいのダ!
大学を卒業した宇崎竜童さん。
元々、音楽で食べていくつもりは毛頭なく、ある会社の営業マンとして社会人デ
ビューを果たします。
その後、芸能プロダクションで働くことになった宇崎竜童さんに、
レコード会社からレコードを出さないかという夢のような声が掛かります。
「レコードをだす奴等はプレスリーや吉田拓郎のようなカッコいいやつらだけ・
・・」と
デビューを半ば諦めかけていたその時、ある1枚のレコードを見つけ、「これで
いいんだ」と、
デビューを決心されたんだそうです。
今日は、宇崎竜童さんのレコードデビューのお話をお伺いしています

2月26日≪木≫:つなぎの良いところ、悪いところ!
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドとしてレコードデビューを果たした
宇崎竜童さん。しかし現実はそれほど甘くなく、当時着ていた一張羅の
タキシードがボロボロになるほどの下積み生活をされていたそうです。
そんなある日、メンバーからたまたま貰った「つなぎ」を着て三浦海岸のコンサ
ートに出た宇崎さんの前に、
あるファンからのバンドの運命を決定づける一言があったんだそうです。
今日は宇崎竜童さんにダウン・タウン・ブギウギ・バンドの成功と、
その成功の裏に隠された葛藤についてお伺いしています

2月27日≪金≫:宇崎竜童プレイバック
ダウン・タウン・ブギウギ・バンドでのブレイク後、宇崎竜童さんは、
作曲家として、他の歌手の方々に楽曲を提供され、こちらも大ヒットを連発する
ようになりました。
なかでも宇崎さんにとって想い出深い作品といえば、皆様ご存知、
山口百恵さんの「プレイバック Part2」なんだそうですが、
実はこれ、たった一晩で作られた作品だったそうです。
今日は、宇崎竜童さんの作曲家としてのご活躍について伺っています

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<宇崎竜童>
京都府生まれ。1973年にダウン・タウン・ブギウギ・バンドを結成しデビュー。『港のヨーコ、ヨコハマ、ヨコスカ』『スモーキン・ブギ』など数々のヒット曲を生み出すとともに、作曲家として、山口百恵さん等の多数のアーティストへ楽曲を提供。映画音楽では『駅ーSTATION』(東宝1982年)『社葬』(東映1989年)などで日本アカデミー賞優秀音楽賞受賞。近年では、担当した劇場音楽にて、第13回、読売演劇大賞の優秀スタッフ賞を受賞。他アーティストへの楽曲提供やプロデュース、自身のライブ活動の他、映画・舞台音楽の制作、俳優等、幅広く活動中。

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2009年02月15日

2月16日~2月20日の邦流は、長門裕之さん

今週の「邦流」のゲストは、長門裕之さん

2月16日≪月≫:子役としてのエリート意識
京都の "老舗映画一家" のお生まれで、幼いころから映画に出演されていた長門裕之さん。
9歳の時には当時の大映画スターだった坂東妻三郎さんとの共演を果たすなど大活躍を見せ、子役であることのエリート意識もあったということなのですが…そこはまだまだ子供。その年頃の男の子ならではの失敗も多々あったそうです。
月曜日は、長門裕之さんの子役時代のエピソードを伺っています。

2月17日≪火≫:逗子での決闘
現在の奥さんである南田洋子さんをめぐって日活映画の仲間たちと逗子の浜辺で殴り合いの決闘をしたという長門裕之さん。これに見事に勝利して、海の中で南田洋子さんにカッコ良くプロポーズをキメようと考えていたのですが、そこに予想外のアクシデントが発生して…。
火曜日は、長門裕之さんが上京してきてから南田洋子さんとお付き合いを始めるまでのお話です。

2月18日≪水≫:弟 ・ 津川 雅彦を語る
実の弟である津川雅彦さんを俳優の道に引っ張り込んだのは兄である長門裕之さん。
その後、津川さんには、本来、長門さんがやるはずだった役柄がまわってくるなど、完全なライバル関係に発展。
そのため、長門さんは二枚目半へのスタイル変更を余儀なくされたそうなのですが、津川さんも長門さんの演技にはコンプレックスを感じていたようです。
そんな二人が"監督"と"役者"というかたちでタッグを組んだ映画 『旭山動物園物語 ペンギンが空をとぶ』 が現在公開中。
水曜日は弟・津川雅彦さんのこと、また、津川さんが監督を務めた映画の裏話などを伺っています。

2月19日≪木≫:仮面夫婦と認知症
1961年の結婚以来「おしどり夫婦」と言われてきた長門裕之・南田洋子夫妻が実は「仮面夫婦」だった。
妻が認知症を患っている。
木曜日は、この衝撃的な2つの出来事について長門裕之さんが真摯な気持ちでお話して下さいました。

2月20日≪金≫:愛のカタチ
奥様である南田洋子さんが認知症を患っていることは、昨年放送されたテレビ番組で長門さんが初めて告白をされ、その後はドキュメンタリー番組としても放送されました。
金曜日は、告白に至るまでの心の葛藤、また、心情の変化などについてお聞きしています。
ある一夫婦のひとつの愛のカタチ。お手元にハンカチをご用意ください。

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<長門裕之>
6歳の頃より子役で「続清水港」、「無法松の一生」等に出演。
1955年、「七つボタン」でデビュー。
「にあんちゃん」で、昭和34年度ブルーリボン主演男優賞を受賞。
また、2008年11月にテレビ朝日の『報道発ドキュメンタリ宣言』で
認知症の症状がみられる妻・南田洋子さんの介護の様子が放映され、
多くの話題と反響を呼んだ。

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2009年02月08日

2月9日~2月13日の邦流は、東尾修さん

今週の「邦流」のゲストは、東尾修さん

2月9日≪月≫:東尾修さんの少年時代
和歌山で生まれた東尾修さん。
野球との出会いは小学4年生だったそうです。
おじいちゃん、おばあちゃん子だった東尾さんは、
それが原因で野球の強い平安高校に入れなかったんだとか。
東尾修さんの少年時代のお話を伺っています。

2月10日≪火≫:高校野球からプロ野球の世界へ
高校野球で活躍された東尾修さんは、プロ野球を夢見るようになりました。
しかし、いざプロ野球の世界に入った東尾さんは、すぐに自信を失ったそうです。
バッターに転向しようか考えていた2年目、ある事件で
東尾さんは主力として投げざるを得なかったんだそうです。
高校時代からプロ入団当時のエピソードです。

2月11日≪水≫:東尾修さん日本一への道
プロ2年目から主力ピッチャーとして投げた東尾さん。とにかく負け続けたそうです。
そんな中でも、東尾さんは前向きに考えるようにしていたとか。
チームが西武ライオンズになり、いよいよ初めての優勝を経験します。
弱小チームから日本一まで、東尾さんのピッチャー人生をうかがっています。

2月12日≪木≫:西武ライオンズ監督・東尾修
野球解説をなさっていた東尾さん。1994年のオフにライオンズの監督に就任されます。
当時はいろいろな選手に恨まれたそうです。そんな時、松坂投手が入団します。
今日は、松坂投手が入団した頃のウラ話をお聞きしています。

2月13日≪金≫:2009年、野球界はどうなる?
東尾修さんが気になっているWBCの出場選手は、やはりピッチャーなんだそうです。
そして、国内でのプロ野球の今シーズンはどうなるのか?期待している選手は?
今日は今年の野球界についてうかがっています。

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<東尾修>
箕島高校から1969年ドラフト1位で西鉄ライオンズに入団。
「黒い霧事件」によりエースを欠いたチームで、入団2年目に11勝8敗の成績を残すと、その後エースとして活躍。
弱小球団ながら1975年には23勝をあげ最多勝を獲得し、西武となった後の、1983年には18勝9敗2セーブ、防御率2.92で最多勝と防御率1位の2冠を獲得、MVPに選ばれた。
1977年100勝、1980年150勝、1984年200勝を達成。
通算与死球165は史上最多だが、一方でコントロールは抜群によく通算無四球試合33の記録を残している。
大胆な内角攻めから一転し、外角いっぱいに得意とするスライダーを決める投球で通算251勝247敗、通算防御率3.50の成績を残し、1988年に現役を引退。
1995年西武ライオンズ監督就任。
就任1年目、2年目は3位に終わるも、西武主軸の清原が去り、チームの若返りを強いられた3年目には、松井(稼)、大友、高木大ら若手野手、さらにはエースとなる西口を育て、1997年、98年と2年連続リーグ優勝を成し遂げた。
2001年監督退任後、評論家として活動。

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2009年02月01日

2月2日~2月6日の邦流は、西城秀樹さん

今週の「邦流」のゲストは、西城秀樹さん

2月2日≪月≫:音楽に目覚めたきっかけ
広島出身の西城秀樹さんは、音楽好きな父親の影響もあり
小学生時代にギターやドラムを始め、3歳上のお兄さん達とバンドを結成しました。
そして高校時代にジャズ喫茶でスカウトされこの世界に入ることになります。
西城秀樹さんの音楽に目覚めたきっかけのお話です。

2月3日≪火≫:上京した頃の話
高校時代にジャズ喫茶でスカウトされた西城秀樹さんですが父親は猛反対、
しかし母親に促がされて上京し、プロダクションの人の家に居候することに
なりました。居候中は遠慮してご飯のおかわりが出来なかったという
西城秀樹さんの上京した頃の話を伺います。

2月4日≪水≫:"新御三家"のエピソード
「恋する季節」で歌手デビューした西城秀樹さんは5枚目のシングル
「情熱の嵐」で人気に火がつき、ファンが歌詞の合間に「ヒデキ~!」と
掛け声を入れるようになりました。実はこの曲、掛け声を入れやすいように
計算して作られたのですが、当の秀樹さんはファンからの呼び捨てが
とても嫌だったと言います。郷ひろみさん・野口五郎さんと共に
"新御三家"と呼ばれていた頃のお話です。

2月5日≪木≫:『ギャランドゥ』誕生秘話
「ヤングマン」に続く大ヒット曲「ギャランドゥ」は、ある時から
「へそ毛」の意味で使われるようになりました。
「ギャランドゥ 」の誕生秘話と芸能生活での失敗話を伺っています。

2月6日≪金≫:家族の話
2001年に西城秀樹さんは17歳年下の美紀さんと結婚しましたが、
知り合った頃、美紀さんはデートにママチャリ自転車で来たり、普段着のような格好で
来たりと全然飾らなかった.そうです。現在は、6歳・5歳・4歳と3人のお子さんの
父親でもある西城秀樹さんのご家族の話を伺いました。

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<西城秀樹>
1955年、広島県生まれ。
72年『恋する季節」でデビュー。
『情熱の嵐』『YOUNG MAN』など、次々とヒット曲を放ち、
郷ひろみ、野口五郎とともに、"新御三家"と呼ばれる。
74年、映画『愛と誠』に主演。人気ドラマ『寺内貫太郎一家』に出演。
押しも押されぬ国民的大スター。

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2009年01月25日

1月26日~1月30日の邦流は、高田延彦さん

今週の「邦流」のゲストは、高田延彦さん

1月26日≪月≫
1962年、神奈川県横浜市のお生まれの高田延彦さん。
当時は巨人黄金時代、高田延彦少年も巨人に、それも長嶋茂雄選手に
憧れて地元の少年野球チームに入られたそうです。
しかしポジションは憧れのサード、ではなくキャッチャーでした。
今日は、ミスター長嶋茂雄に憧れた少年時代のお話と、
男手ひとつで自分を育ててくれたお父様について伺っています

1月27日≪火≫
長嶋茂雄大好き少年として、野球に明け暮れる毎日だった高田延彦さん。
しかしその楽しい日々は1974年10月14日に終わりを迎えます。
長嶋さんの引退です。
高田延彦さんは、長嶋さんの引退で、自分の心にポッカリ
穴があいてしまったそうなのですが、そんな時、高田延彦さんの
心の隙間を埋める救世主が現れます。
さてそれは誰だったのでしょうか・・・?
今日は、高田延彦さんのプロレスとの出会いについて伺っています

1月28日≪水≫
入門試験に遅刻という大失態をするものの、
鬼軍曹・山本子鉄に認められ、
見事、新日本プロレスへの入団を果たした高田延彦さん。
覚悟はしていたものの、やはり練習は大変つらく厳しいもので、
入団後すぐに「もう明日やめよう」と考えていたそうです。
今日は、当時の心の支えが「ザ・マンザイ」と松田聖子さんだった
高田延彦さんのレスラー時代のお話を伺っています

1月29日≪木≫
高田延彦さんの奥様といえば、皆様ご存知、向井亜紀さん。
ご結婚されて15年、いつも2人3脚で歩まれているお二人ですが、
当時、高田延彦さんは、向井亜紀さんをテレビで見てすぐに、
「この人と結婚したい」と思うに至り、
そして友人を介して初めて出会った際にも、またすぐに、
「結婚してください」とプロポーズを敢行したんだそうです。
今日は、そんなスピーディーな男・高田延彦さんと、
最愛の奥様・向井亜紀さんとの出会いについてお伺いしています

1月30日≪金≫
高田延彦さんと奥様・向井亜紀さんの間には、2人の息子さんがいらっしゃいます。
現在5歳、いたずら盛りの今、その2人を幼稚園に送り出すまで毎日戦争状態なんだそうです。
今日は、高田延彦さんの子育てについてと、
そんな高田さんが現在、最も力を入れているイベント
「ダイヤモンド・キッズ・カレッジ」についてお話を伺っています

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<高田延彦>
1980年3月新日本プロレス入門。1981年デビュー。
新日本、UWFインターを経てPRIDEに戦いの場を求める。
二度に渡るヒクソン・グレイシー戦、ホイス・グレイシー戦、イゴール・ボブチャンチン戦、 ミルコ・クロコップ戦などいくつもの名勝負を繰り広げ続け、2002年11月24日 東京ドームにて『PRIDE.23』対田村潔司戦を最後に現役より退く。デビューから引退するまで格闘技界の歴史のド真ん中を歩き続けてきた。現在、高田 道場代表。ハッスルエンターテインメント主催『ハッスル』の高田総統とは古くからの知り合いである。

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2009年01月18日

1月19日~1月23日の邦流は、阿藤快さん

今週の「邦流」のゲストは、阿藤快さん

1月19日≪月≫:無口な父親
阿藤快さんのお父様は非常に無口な方で、直接会話をしたりすることはあまりなかったといいます。
そんな中、中学2年生の時の学校対抗野球大会でお父様からかけてもらった励ましの言葉だけは今でも忘れられないそうです。
月曜日は、阿藤快さんの、ちょっと不器用なお父様のお話です。

1月20日≪火≫:弁護士を目指して
ある冤罪事件の記事に影響を受け、高校生のころには弁護士を目指していたという阿藤快さん。
高校三年生の時にお父様を病気で亡くされ、その夢は叶わぬものになるかと思われたのですが…。
火曜日は高校生のころの阿藤快さんのエピソードを中心に伺っています。

1月21日≪水≫:役者になったきっかけは『三行広告』
「自分には向いていないのでは」と、弁護士になる夢に見切りをつけた阿藤快さんの目に飛び込んできた『劇場の出演者募集!』という新聞の三行広告。「これだ!」と直感的に感じて問い合わせをしてみたところ即合格。が、単なるエキストラだったそうです。
しかし、この行動が思わぬ展開を生み、数年後には中村敦夫さんの代役として舞台に立つことに…。
詳しくは水曜日の放送をお聞きください。
「"阿藤快"流"面接テクニック"」も披露して下さっています。

1月22日≪木≫:旅番組は『なんだかなぁ~』
旅番組のレポーターとしてもご活躍中の阿藤快さん。
見知らぬ町に出掛けて一般の方からお話を伺うのには、無口だったお父様と過ごした日々の経験が非常に役に立っているそうです。
木曜日は旅番組のレポーターとしてのエピソード。名ゼリフ「なんだかなぁ~」の誕生秘話も伺っております。

1月23日≪金≫:旨いは甘い
グルメリポーターも数多くこなし、自分の味の基準は「子供のころに食べた釜揚げシラスの甘さ」だという阿藤快さんは「旨いは甘い」が持論。
そんな阿藤さん、この時期にオススメなのは「間人蟹(タイザガニ)」だそうです。
金曜日は、おいしい話が満載です。

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<阿藤快>
1946年、神奈川県生まれ。
東京都立大学卒。
大学卒業後に俳優座の舞台部に入団し、後に俳優へと転身。
「影武者」「殺人遊戯」「ヒポクラテスたち」など、数多くの映画に出演。
旅行番組やグルメ番組のリポーターとしても活躍。

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2009年01月11日

1月13日~1月16日の邦流は、吉幾三さん

今週の「邦流」のゲストは、吉幾三さん

1月13日≪火≫:子供の頃の話、そして上京
青森でお生まれになった吉さん。
歌のうまさはお父様譲りだったそうです。
しかし歌手を目指す吉さんにお父様は反対。
吉さんはそれを押し切って上京します。
そんな吉さんは"ある匂い"を嗅ぐと今でもその上京した当時のことを思い出すそうです。

1月14日≪水≫:デビュー当時のお話
上京した吉さんはチャンスをつかみ、1972年にアイドルとしてデビューします。
そのときに結婚もしましたが、ヒットに恵まれず、苦労されたそうです。
そんなときに出した曲が「俺はぜったい!プレスリー」でした。
ヒット曲の裏側をうかがっています。

1月15日≪木≫:千昌夫さんとの出会い
「俺はぜったい!プレスリー」を聞いた千さんから会いたいと言われ、
それから吉さんは毎日のように飲みに連れて行かれたそうです。
千さんがいなければ名曲「津軽平野」「俺ら東京さ行くだ」は生まれていなかったんだそうです。
今日はヒット曲の裏側と夜の爆笑エピソードです。

1月16日≪金≫:名曲「雪國」誕生秘話
「俺ら東京さ行くだ」がヒットした吉さんですが、その後も千昌夫さんに
「コミックソングを歌え」と言われます。
しかし、正統派歌謡曲を歌いたかった吉さんは、歌手を辞める覚悟で
「雪國」出させて欲しいと頼んだそうです。
「雪國」にまつわるウラ話と「雪國」誕生爆笑エピソードをうかがっています。

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<吉幾三>
金木町立金木南中学校卒業。作曲家・米山正夫氏に師事。
1973年『恋人は君ひとり』(芸名・山岡英二:現・日本クラウン)でデビュー。
1977年吉 幾三に改名し、クラウン・レコードから自身の作詞・作曲による
『俺はぜったい!プレスリー/青春荘』をリリース。
以後、シンガー・ソング・ライターとして活躍。同時に映画・TVドラマにも出演。
1984年、作詞・作曲家として、千 昌夫氏に『津軽平野』を提供。
同年徳間ジャパンに移籍、『俺ら東京さ行ぐだ/故郷』発表。
作詞・作曲家としては、千 昌夫氏を筆頭に多く作品を提供。
また、CMソング、TVドラマのテーマ・ソングも手掛けている。

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2009年01月04日

1月5日~1月9日の邦流は、高橋惠子さん

今週の「邦流」のゲストは、高橋惠子さん

1月5日≪月≫:デビューのきっかけ
北海道の大草原で生まれ育った高橋惠子さんは、引っ込み思案でほとんど笑わない子供
だったそうです。そんな高橋惠子さんは中学時代に上京して、自宅近くの写真屋さんで
スカウトされました。デビューのきっかけを伺います。

1月6日≪火≫:デビュー作『高校生ブルース
高橋惠子さんは15歳の頃、映画『高校生ブルース』で当時の本名「関根惠子」で
いきなり主演デビューしましたが、その内容は上半身裸になり、妊娠したお腹を
踏みつけられて流産するというショッキングなものでした。
当時の気持ちやご両親の反応についてのお話です。

1月7日≪水≫:本当の自分を探す日々
10代の若さで売れっ子女優となった高橋惠子さんは、今振り返ると自分を見失い
かなり悩んだこともあったそうです。心身ともにボロボロになり、ある日仕事を投げ出して海外に逃避行をしてしまいましたが、立ち直ったきっかけは南の島でふと眼にした
何気ない光景でした。高橋惠子さんの若い頃の辛かった時代を振り返っています。

1月8日≪木≫:夫の映画監督・高橋伴明さんとの出会い
27歳の時に現在のご主人である映画監督・高橋伴明さんと結婚した高橋惠子さんは
今でもラブラブで、晩酌にもつきあうそうですが、数々のケンカもしてきたそうです。
そのケンカは殴り合いや頭突きなどとっても激しいもので、
負けず嫌いな高橋惠子さんの「武勇伝」を伺っています。

1月9日≪金≫:プライベートについて
現在4世帯同居をしている高橋惠子さんは毎日がとってもにぎやかだそうで、
女優業も、デビューから60年になる75歳まで続けると宣言していらっしゃいます。
しかしどういうわけか転職願望があって、新聞の求人欄についつい目が行ってしまうそうです。高橋惠子さんのプライベートについてのお話です。

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<高橋惠子>
1955年、北海道生まれ。
中2の時にスカウトされ芸能界入り。
15歳で映画『高校生ブルース』でデビュー。
『おさな妻』でゴールデンアロー賞新人賞受賞。
1982年、『TATOO[刺青]あり』で仕事をともにした高橋伴明監督と結婚。
『近松心中物語~それは恋~』『ハムレット』
『天保十二年のシェイクスピア』など、舞台でも活躍。

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2008年12月28日

12月29日~12月31日の邦流は、香田晋さん

今週の「邦流」のゲストは、香田晋さん

12月29日≪月≫
1967年、福岡県のお生まれの香田晋さん。
少年時代は、ご両親の離婚など様々なご苦労をされたそうです。
そのためというわけでもないのしょうが、すでに小学校5年生の頃には
頭に剃り込みを入れるような立派?な不良になっていました。
既に伝説化しつつある香田晋さんの不良時代のお話をお伺いしてます。

12月30日≪火≫
中学2年生の頃、ひょんなことから歌の魅力に取り付かれた香田晋さん。
その後、飛び入りで参加したカラオケ大会で作曲家の船村徹さんに出会い、
弟子入りを果たします。
船村先生のところでの内弟子生活は、それは大変だったそうで、
特に大変だったのは、1500坪もの敷地にある庭そうじだったそうです。
香田晋さんの歌との出会いと厳しかった内弟子生活についてお伺いしています。

12月31日≪水≫
香田晋さんといえば、バラエティ番組での「おバカタレント」としても
大人気ですが、香田晋さんは巷の人に「おバカ」と呼ばれることについて、
実はかなり冷静にご自身のことを客観視して見ていらっしゃるようです。
「おバカタレント」と呼ばれていることについてや、
来年42歳となる香田晋さんが実りの40代を過ごすために、現在、
いかにご自身を磨き上げているかについて語って頂いています。

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<香田晋>
1967年、福岡県生まれ。
船村徹の演歌巡礼の一環でカラオケ大会に出演。スカウトされ内弟子となる。
1989年にシングル「男同志」でデビュー。
代表曲は「手酌酒」(1992)、「夢いちど」 (1994)、「酒場の金魚」(1998)、
「おかあさん」(2006)など。

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2008年12月21日

12月22日~12月26日の邦流は、松木安太郎さん

今週の「邦流」のゲストは、松木安太郎さん

12月22日≪月≫
1957年東京は小伝馬町のお生まれの松木安太郎さん。
松木さんのお父様は、大変しつけに厳しい方で、
食事の間は水も飲ませてくれなかったのだそうです。
そんな松木さんとサッカーとの出会いは、小学生の頃、
サッカーにのめり込んだ松木さんは、その後、
現在の「東京ヴェルディ1969」の前進、「読売クラブ」のジュニアに
入団するのですが、当時の読売クラブは今では考えられないくらい
とても小さな組織だったのだそうです。
松木安太郎さんとサッカーとの出会いについて伺っています

12月24日≪水≫
読売クラブで順調にサッカーのキャリアを積む松木安太郎さん。
持ち前の頑張りを発揮し、16歳のとき、念願の読売クラブの
トップチームに入るまでに至ります。
試合では「絶対に勝つ」という想いが強く、執念で動き回ることから
「火の玉小僧」と呼ばれた松木さんですが、
試合後の遊びのほうでも、その持ち味を発揮していたようです。
松木安太郎さんの現役時代のお話を伺っています

12月25日≪木≫
松木安太郎さんは現役を引退後、Jリーグ元年の1993年、
35歳の若さで、ヴェルディ川崎の監督をお務めになります。
カズやラモスなど超人気選手を多数抱えた人気チームを
取り仕切るには、さぞかし大変なご苦労があったかと
思うのですが、その点、松木さんはむしろ楽だったと仰います。
それは何故なのか・・・
松木安太郎さんに監督時代のお話をお伺いしています

12月26日≪金≫
松木安太郎さんといえば、
熱い解説で日本代表の中継では欠かせない存在となっていますが、
松木さんは熱くなってしまう理由について、
決して我を忘れているのではなく、『あること』を観ている人たちに
伝える手段として熱さを表現しているのだそうです。
その『あること』とは一体・・・
松木安太郎さんのサッカー解説の真髄と、
今後の日本サッカーの展望についてお話を伺っています

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<松木安太郎>
1957年、東京都生まれ。
現役時代は読売クラブで日本リーグ優勝3回、天皇杯優勝3回。
90年に引退し、ヴェルディ川崎を93、94年と連覇に導く。
98年にセレッソ大阪、01年に東京ヴェルディ1969の監督を経て、
現在は解説者として活躍。

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2008年12月14日

12月15日~12月19日の邦流は、鴻上尚史さん

今週の「邦流」のゲストは、鴻上尚史さん

12月15日≪月≫:正義感の強かった少年時代
愛媛県・新居浜市でお生まれになった鴻上尚史さんは、
ある事情で、幼い頃から色々と理不尽な経験をされてきたそうです。
そのためかどうかは定かではありませんが、とても正義感の強い子供に育った鴻上少年。
中学、高校と進んでも、それが変わることはありませんでした。
月曜日は、そんな鴻上尚史さんが演劇と出会い、
演劇にのめりこんでいった理由などについて伺っています。

12月16日≪火≫:早稲田大学 演劇研究会
中学・高校と演劇にどっぷりと浸かっていた反動で、
一時は映画の方に目を奪われていた鴻上尚史さんでしたが、
結局は早稲田大学・演劇研究会の門を叩くことになります。
しかし、子供の頃に培った『強い正義感』が逆に作用して、
先輩と何かと衝突することが多かったんだとか…。
火曜日は、鴻上尚史さんの大学時代のお話。

12月17日≪水≫:劇団『第三舞台』、ついに始動!
早稲田大学・演劇研究会内に結成された
劇団 『第三舞台』の旗揚げ公演を好評のうちに終えた鴻上尚史さん。
これで調子に乗ってしまったのか、
第3回公演の時には大隈講堂前に無許可でテントを設営しようとして
大学側とモメてしまいます。
この時の両者のやり取りは抱腹絶倒!
水曜日は、鴻上尚史さんが『第三舞台』を旗揚げしてからのエピソードあれこれです。

12月18日≪木≫: ロンドンで感じた『日本語の壁』
昨年、鴻上尚史さんが演出を手掛けた『トランス』が
イギリス・ロンドンで上演されました。
そこで、「演劇における日本語の壁」を感じたそうです。
英語を理解出来ずに悩む鴻上さん。
そんな時にバネになったのは「 Sleep with 」というセンテンスでした。
詳しくは放送をお聴きください。

12月19日≪金≫:演出家として…
「このままだと自分自身の演出家としての言葉がやせ細っていく」という危機感から、
10年前に劇団『第三舞台』を封印した鴻上尚史さん。
現在は、新劇団「虚構の劇団」を旗揚げし、
今週、紀伊国屋ホールで「 THE REALITY SHOW ‐リアリティ・ショウ‐ 」公演中です。
金曜日は、この公演の見所と、中学生時代に夢中になった
文化放送の女性アナウンサー T . S さんについて熱く語ってもらいました。

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<鴻上尚史>
1958年愛媛県生まれ。
早稲田大学法学部出身。
1981年に劇団「第三舞台」を結成。
以降、作・演出を手がけ「朝日のような夕日をつれて」「ハッシャバイ」
「天使は瞳を閉じて」「トランス」などの作品群を発表。
舞台公演のかたわら、エッセイスト、ラジオ・パーソナリティ、
テレビの司会、映画監督など幅広く活動。

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2008年12月07日

12月8日~12月12日の邦流は、渡辺えりさん

今週の「邦流」のゲストは、渡辺えりさん

12月8日≪月≫:少女時代
山形でお生まれになった渡辺えりさんですが
好きな映画を見るためには大変な苦労があったそうです。
そして小学校に入ってからはいじめを経験したとか…。
少女時代のお話を伺っています。

12月9日≪火≫:演劇との出会い、そして上京
小学校の頃から劇のストーリーを考えたり、演出をしていた渡辺えりさん。
そして一人上京した渡辺えりさんが、休みの日に食事もとらずしていたこととは?
演劇との出会いと上京したての頃のエピソードです。

12月10日≪水≫:劇団の立ち上げと爆笑バイトエピソード
学校を卒業してから劇団を立ち上げた渡辺えりさん。
あるバイトをしている時、純粋すぎる渡辺えりさんは、大変なピンチに陥ります。
さて、そのピンチとは?
劇団の立ち上げとバイトの時のお話です。

12月11日≪木≫:12歳年下の劇団員 土屋さんとのご結婚
劇団3○○時代、渡辺さんはほとんど怒ったことはなかったそうです。
そこで現在のご主人と出会います。
渡辺さんの結婚観について伺っています。

12月12日≪金≫:シンガー・渡辺えりのお話
来週から歌のライブをなさる渡辺えりさん。
音楽のルーツは学生時代にさかのぼります。
高校時代には友人とフォークグループを組み、
ものすごい人たちの前座も務めたそうです。
今日は歌手としての渡辺さんのお話を伺っています。

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<渡辺えり>
山形県出身。
舞台芸術学院、青俳演出部を経て、1978年「劇団3○○(さんじゅうまる)」を結成、
20年間主宰した。
96年、映画「Shall we ダンス?」にて日本アカデミー賞最優秀助演女優賞、
報知映画賞助演女優賞を受賞。
2005年、中村勘三郎を襲名した中村勘九郎氏の最終公演の作・演出を手がける。
2006年、関東学院大学客員教授に就任。
劇作家、演出家、俳優として、舞台、マスコミのジャンルを問わず活躍中。

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2008年11月30日

12月1日~12月5日の邦流は、梅宮辰夫さん

今週の「邦流」のゲストは、梅宮辰夫さん

12月1日≪月≫:デビューのきっかけ
医者の家庭に生まれた梅宮辰夫さんは日本大学に進学しましたが
スカウトがきっかけで芸能界入りすることになりました。
東映のニューフェースとして活躍し、毎晩打ち上げと称して飲み歩いていた
時代の話を伺います。

12月2日≪火≫:妻・クラウディアさんとの出会い
毎晩のように銀座のクラブに通っていた梅宮辰夫さんは、ある日
その後、奥さんとなるクラウディアさんに出会いました。
今日はその後を運命付けた、クラウディアさんのある健気な言葉の話です。

12月3日≪水≫:母がついに許した結婚
母親が認めなかった同棲中のクラウディアさんとの仲でしたが、
ある時梅宮辰夫さんが外出中のその部屋に、梅宮さんのお母さんが乗り込んできました。
クラウディアさんひとりのその部屋を見回し何も言わずに出て行ったお母さんが
ふたりの結婚を認めるに至ったエピソードを伺っています。

12月4日≪木≫:料理を始めたきっかけ
映画出演の給料が安くて必要に迫られて始めたという梅宮辰夫さんの料理づくりですが
娘、梅宮アンナさんの学校時代の弁当は相当手の込んだものをつくったそうです。
今日は梅宮さんの料理へのこだわりの話です。

12月5日≪金≫:愛娘アンナさんへの思い
梅宮辰夫さんの娘アンナさんは学校時代にスカウトをはじめ街でいろいろ声を
掛けられ梅宮さんは気が気でなかったそうです。そんな梅宮さんはアンナさんの
デートをこっそり尾行したこともあったと言います。
今日は愛娘アンナさんへの思いを伺います。

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<梅宮辰夫>
1938年生まれ。
昭和34年「少年探偵団・敵は原子潜航艇」でデビュー。
以後アクション俳優として主演スターの道を歩み活躍。
近年はバラエティー番組にも出演し、若い層にも
「辰っちゃん」「辰兄」として親しまれるなど、幅広い層に親しまれる。
趣味の釣りと料理は玄人はだし。

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2008年11月23日

11月25日~11月28日の邦流は、竹中平蔵さん

今週の「邦流」のゲストは、竹中平蔵さん

11月25日≪火≫
1951年、和歌山市内の下駄屋の次男坊として生まれた竹中平蔵さん。
子供の頃は野球に明け暮れ、学校の成績もほとんど『3』の普通の男の子
だったそうです。
そんな竹中平蔵少年、夜遅くまで一生懸命働く父親の姿を見て
「どうしてこんなに働いているのに、暮らしは豊かにならないんだろう」と、
いつも不思議に思っていたそうなのですが、
今にして思えば、それが竹中さんの『経済』との出会いだったそうです。
竹中平蔵さんの経済への目覚めについてお話を伺っています。

11月26日≪水≫
一橋大学を卒業後、銀行や経済研究所など、様々な職場を回ってきた
竹中平蔵さん。しかしその根幹となる「経済」への想いは、
全く変わることはなかったそうです。
そして2001年、経済財政政策担当大臣に就任することになるのですが、
その当時の総理といえば、皆様ご存知、小泉純一郎氏。
竹中平蔵さんに、大臣就任当時のエピソードを
熱く語って頂いています。

11月27日≪木≫
小泉純一郎さんが総理大臣でなかったならば、大臣を引き受けることは
絶対になかったと仰る竹中平蔵さん。
竹中さんにとって小泉さんは、ご自身が考える「理想の上司」の条件を
見事に満たしていたのだそうです。
そしてその条件は、我々一般社会でも十分通用するようなことでした。
竹中平蔵さんに、元上司「小泉純一郎」さんについて
語って頂いております。

11月28日≪金≫
政界引退後は、大学の教授や経済研究会のメンバーとして、
日々「経済」を研究されている竹中平蔵さんですが、
その一方で、現在の格差社会を招いた張本人としても
批判を浴びることがあります。
今日は竹中平蔵さんに、そういった小泉改革批判に対する反論と、
現在のお先真っ暗な経済状況について、経済学者としてのご意見を
伺っています。
我々に明るい未来はあるのでしょうか…?

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<竹中平蔵>
1951年生まれ。一橋大学経済学部卒。
日本開発銀行、大蔵省財政金融研究所主任研究官、
大阪大学経済学部助教授、ハーバード大学客員准教授、
慶應義塾大学総合政策学部教授などを経て、
2001年小泉内閣で経済財政政策担当大臣。
02年に金融担当大臣、04年には郵政民営化担当大臣を兼務。
05年総務大臣。2004年には参議院議員当選。
06年小泉内閣の終焉とともに辞職。
現在、慶應義塾大学教授グローバルセキュリティ研究所所長(経済学博士)。

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投稿者 joqr : 16:00

2008年11月16日

11月17日~11月21日の邦流は、西川のりおさん

今週の「邦流」のゲストは、西川のりおさん

11月17日≪月≫
大変なお人好しで、すぐに人に騙されてしまう自転車屋さんのお父様と、
それをひたすら罵りまくるお母様という、
典型的なカカア天下な家庭のもとですくすくと育った西川のりおさん。
とくにお母様は、金銭面でかなりしっかりされていたそうで、
西川のりおさんが、お小遣いの前借りお願いした際には、
なんと借用書を書かされたのだそうです。
西川のりおさんの驚くべき家庭環境についてお伺いしています。

11月18日≪火≫
少年時代はクレイジーキャッツに憧れて、弟子入り志願をするも、
けんもほろろに断られた西川のりおさん。
その後、その筋では大変硬派で知られる高校で応援団として
青春時代を過ごしたそうなのですが、
そのときに知り合った友人と偶然見た吉本のあるコンビに
心を奪われてしまいます。さてそのコンビとは・・・
西川のりおさんにお笑いを目指すきっかけについてお伺いしています。

11月19日≪水≫
伝説の漫才コンビ「やすし・きよし」に心奪われ、
ついに憧れの西川きよし師匠の弟子として、
お笑い生活をスタートさせた西川のりおさん。
「やすきよ」の弟子でいるのは、
並大抵のことではなかったのだそうですが、
一度、フトしたことがきっかけで弟子を破門されてしまいます。
そしてその破門が解けるまでには、
実はのりお師匠も最近まで知らなかったある事実が隠されていたのです。
西川のりおさんの過酷な弟子生活について伺っています。

11月20日≪木≫
大阪で暴れまくった結果、ほとんどの関西の放送局で
出入り禁止となった西川のりおさん。
出ることが出来なくなった大阪を離れ、活動拠点を東京へと移します。
そんな時に声をかけられたのが、伝説のお笑い番組「ザ・マンザイ」。
西川のりおさんは当時の漫才ブームにうまく乗っていきながら、
一挙にスターダムにのし上がることになるのですが・・・。
漫才ブーム時代の活躍について伺っています。

11月21日≪金≫
今日(こんにち)の西川のりおさんの地位を確固たるものにした
番組といえば、皆様ご存知、「オレたちひょうきん族」。
ここでは数々の伝説的ギャグが生まれましたが、
その誕生秘話を伺っていくとともに、西川のりおさんとともに
漫才ブームを支え、2006年に亡くなった松本竜助さんとの
エピソードについても話を伺っています。

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<西川のりお>
昭和26年奈良県生まれ。大阪育ち。
昭和43年、西川きよしに弟子入り。45年デビュー。
50年「のりお・よしお」の芸名でコンビを組み、一躍人気者に。
「オレたちひょうきん族」が大ヒットし、
「ツクツクボーシ」「ツッタカター」などのギャグで一世を風靡。
また作家として11年母親を綴った小説「オカン」で
第20回読売ヒューマンドキュメンタリー大賞優秀賞を受賞。

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2008年11月09日

11月10日~11月14日の邦流は、佐野史郎さん

今週の「邦流」のゲストは、佐野史郎さん

11月10日≪月≫:松江での少年時代
山梨県でお生まれになり、生後2か月で東京へ引っ越してきた佐野史郎さんは、
小学校1年生の時にお父様の実家である島根県松江市に再び引っ越すことになります。
言葉や文化の違いから松江での生活に戸惑いを隠せない佐野史郎少年。
しかし、あることがきっかけで周りに溶け込むことが出来るようになりました。
月曜日は、当時、「三角パンツ」というあだ名で呼ばれていたという佐野史郎さんの少年時代のエピソードです。

11月11日≪火≫:フォークジャンボリーにて…
俳優業と平行して音楽活動にも情熱を傾けている佐野史郎さん。
音楽の原点は「ビートルズ」と「スパイダース」だそうです。
そんな佐野史郎さんは、あの伝説のフォークライブ『中津川フォークジャンボリー』で信じられないことをふたつもやってのけていらっしゃいます。
ひとつは、発売されたライブ・レコードに、当時、高校生だった佐野史郎さんの野次が収録されていること。そして、もうひとつは…。
火曜日は、ミュージシャン・佐野史郎を深く掘り下げてみました。

11月12日≪水≫:不思議な初恋
初恋は高校生の時という佐野史郎さん。
何とかデートをするところまではこぎつけたものの、結局は他の男性に奪われてしまうという残念な結果に終わってしまったそうです。
しかし、その後、その相手と街中で偶然に何度も出会うという不思議な出来事が…。
水曜日は、佐野史郎さんの初恋の話と俳優を志したきっかけについて伺っています。

11月13日≪木≫:冬彦さん
佐野史郎さんといえば、ドラマ「ずっとあなたが好きだった」の冬彦さんを思い浮かべる方が多いのではないでしょうか?
木曜日は、ドラマ撮影中の裏話などを中心に伺っています。
当時の担当プロデューサーは、ロケ中に起こった"ある現象"でドラマのヒットを確信したそうですが…果たしてその"ある現象"とは?

11月14日≪金≫:多彩な才能
俳優、ミュージシャン、映画監督など、さまざまな顔をもっている佐野史郎さん。
写真の腕前もかなりなもので、今年は写真展も開催されました。
佐野史郎さんに言わせると、「これらはみんな地続きで、お互いに良い影響を与えあっている」んだそうです。
最終日は、佐野史郎さんのマルチな才能にスポットを当てています。
ここだけの話、佐野史郎さんは休日になると吉祥寺の某大衆居酒屋に出没するそうです。意外です。

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<佐野史郎>
1955年生まれ。島根県出身。
1975年劇団シェイクスピアシアターに創立メンバーとして参加。
1980年に状況劇場へ入団。
1986年「夢みるように眠りたい」(林海象監督)で映画デビュー。
1992年の「ずっとあなたが好きだった」をはじめ、
「ダブルキッチン」「誰にも言えない」などTVドラマに出演。
1999年には「カラオケ」で監督デビューも果たす。
舞台やテレビ、映画で活躍するほか、音楽活動や小説などの執筆活動なども行う。  

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2008年11月02日

11月3日~11月7日の邦流は、三遊亭楽太郎さん

今週の「邦流」のゲストは、三遊亭楽太郎さん

11月3日≪月≫:楽太郎さんの子供時代
実にさまざまなイタズラを子供の頃になさっていた楽太郎さん。
その当時は、とってもかたい職業を目指していたんだそうです。
爆笑のいたずらエピソードなど子供時代の話を伺っています。

11月4日≪火≫:大学時代そして円楽師匠との出会い
公務員試験に受かっていたにもかかわらず、楽太郎さんは大学へと進学します。
しかし家が授業料を出してくれないため、バイトをすることに。
そこで円楽さんと出会うのですが…。
弟子入りのエピソードを伺っています。

11月5日≪水≫:笑点の裏話①
楽太郎さんは1977年から笑点にレギュラーとして参加されています。
今の形ができるまで、そして笑点に出られてから31年間をたっぷりとうかがっています。

11月6日≪木≫:笑点の裏話② そして博士号
最近の笑点は、みなさん生き生きと楽しんでいるそうです。
そんな笑点の裏話のつづきと、
楽太郎さんがアメリカの大学で博士号を取得された経緯を伺っています。

11月7日≪金≫:6代目 三遊亭円楽襲名
楽太郎さんは60歳になられる2010年に三遊亭円楽を襲名されます。
襲名を先延ばしにされたその理由とは? 
襲名にまつわるお話を伺っています。

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<三遊亭楽太郎>
昭和25年、東京・両国生まれ。
青山学院大学在学中、師匠・円楽の目に留まり落語の世界に誘われ、
前座修行をしながら同大学を卒業。
入門時から将来を嘱望され、笑点の大喜利レギュラーメンバーには
1977年に若手ながら抜擢された。       
数多くのテレビ・ラジオ番組に出演し活躍する中、本業を愛し続け
現在も精力的に独演会を開催している。

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2008年10月26日

10月27日~10月31日の邦流は、天童よしみさん

今週の「邦流」のゲストは、天童よしみさん

10月27日≪月≫
音楽が大好きなお父様とお母様の間に生まれた天童よしみさん。
お父様はいつも、幼いよしみさんをひざに乗せながら大好きな歌を
歌っていたのだそうです。
そんな折、よしみさんの天性の歌声に気付いたお父様は、
将来、よしみさんを歌手にするため、ちょっと変わった練習方法による
英才教育を始めることになります。
天童よしみさんとお父様、親子二人三脚で歩んだ
歌手への道についてお伺いしています

10月28日≪火≫
お父様の英才教育により、巷でも有名な「のど自慢荒らし」となった
天童よしみさん。その活躍が縁でついには本名名義で
アニメ「いなかっぺ大将」の主題歌まで歌うに至ります。
そして、14歳のとき出場した勝ち抜きオーディション番組
「全日本歌謡選手権」で見事10週勝ち抜き、念願のプロデビューを
果たすことになるのですが・・・。
天童よしみさんのプロデビューについて伺っています

10月29日≪水≫
14歳でプロデビューを果たし、花の都・東京へ進出することになった
天童よしみさん。デビュー曲はこれまでの知名度もあって、
ヒットしましたが、それ以降は全く売れず、
次第にレコード会社の扱いも変わっていきました・・・。
そして東京へ進出した5年後、突然、大阪からお父様がやってきて
「大阪へ帰ろう」と、よしみさんを迎えにきたのだそうです。
大阪へ帰る道すがら、お父様は「大丈夫、何とかなる」と、ずっと、
よしみさんを励ましてくれたのだそうですが、
よしみさんは、悔しくて涙が止まらなかったのだそうです。
天童よしみさんの東京進出と無念の大阪帰りについて伺っています。

10月30日≪木≫
失意の中、大阪に戻ってきた天童よしみさん。
歌手をやめたいと思う一方で、ここままでは終われないという
歌への情熱がくすぶり続いていたのだそうです。
そんな時出会った、ある歌が天童よしみさんの歌手人生を大きく変え、
ついには、念願の紅白歌合戦に出場できるまでになっていくのでした。
天童よしみさんの歌手人生の転機と憧れの紅白について
伺っています。

10月31日≪金≫
幼い頃、でこぼこ道で一緒にこぶしの練習をしたお父さん・・・。
デビュー曲のレコーディングをスタジオの隅でそっと見守ってくれたお父さん。
初めての挫折のなか、優しく大阪へ帰ろうといってくれたお父さん・・・。
紅白出場を我がことのように喜んでくれたお父さん・・・。
天童よしみさんの隣には、いつも優しいお父さんがいました。
しかし別れはいつもある日突然やってきます。
天童よしみさんの最愛の人との別れについて伺っています。

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<天童よしみ>
1972年、「風が吹く」でデビュー。
その後、「道頓堀人情」が大ブレークし、
1997年「珍島物語」が100万枚の大ヒット。
2000年、「NHK紅白歌合戦」で赤組のトリを務める。
ドラマではフジTVの「天草こずえの歌姫探偵」に出演。
2004年にはディズニー映画「ブラザーベア」で、
フィル・コリンズ作詞・作曲の劇中歌「グレートスピリット」を歌うなど、
ジャンルの枠を超えて活躍を続けている。

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2008年10月19日

10月20日~10月24日の邦流は、伊東四朗さん

今週の「邦流」のゲストは、伊東四朗さん

10月20日≪月≫
1937年、昭和12年、東京のお生まれの伊東四朗さん。
芸能好きなお父様の影響で、小さい頃から義太夫や歌謡曲といった
当時の様々な昭和芸能に触れながら育ってきたのだそうです。
伊東四朗さんの子供時代に見た日本昭和芸能の歴史について伺っています。

10月21日≪火≫
芸能大好き一家のなかに育った伊東四朗さん。
戦後、一番上のお兄様が作った劇団で子役として初舞台にあがることになります。
その後、中学、高校へと進むにつれ、少しずつ芸能の道に足を踏み入れるように
なっていくのですが・・・。
伊東四朗青年の学生時代についてお話を伺っています。

10月22日≪水≫
高校時代、喜劇や漫才など現在の原点とも思える活動をなさってきた伊東四朗さん。
元々、そのまま芸能の道で生きていくつもりは毛頭なく、普通の就職活動に勤しむ
ことになります。しかし、すべての就職試験にみごと失敗。
やっと見つけた大学生協のアルバイトで生計をたてるようになっていくのですが、
わずかな収入で大好きな演劇を見るのは、なかなか大変だったそうです。
伊東四朗さんのひと月6000円生活時代についてお話を伺っています

10月23日≪木≫
生協でアルバイトをしながら、アマチュア演劇活動に勤しむ伊東四朗さん。
ある時、新宿のとある劇場に通い詰めたことがきっかけで、ある人物との運命的な
出会いが訪れます。しかしその頃一方で、バイト先の生協からも正社員の話が舞い込み、
伊東さんはどちらを選択すべきか、うんと悩んだのだそうです。
伊東四朗さんの運命の出会いについてお話を伺っています

10月24日≪金≫
石井均一座でプロの役者として活動を始めた伊東四朗さん。
役者として活動を続けるなか、ふとしたきっかけで出会ったのが三波伸介さんと
戸塚睦夫さん。そう、皆様ご存知「てんぷくトリオ」の3人が初めてここに
集まったのです。伊東四朗さんに伝説のお笑いトリオ「でんぷくトリオ」誕生の
エピソードを伺っています。

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<伊東四朗>
1937年生まれ、東京都出身。
58年石井均一座"笑う仲間"に参加。
62年に三波伸介、戸塚睦夫と"てんぷくトリオ"を結成し人気者に。
73年トリオ解散。
77年バラエティー番組「みごろ!たべごろ!笑いごろ!!」に出演。
ベンジャミン伊東の名で歌った「電線音頭」が話題を呼んだ。
現在もバラエティー番組を中心に活躍、映画出演も多数。
文化放送で毎週土曜日15:00~15:55
「伊東四朗 吉田照美 親父・熱愛(パッション)」が放送中。

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2008年10月12日

10月14日~10月17日の邦流は、浅田美代子さん

今週の「邦流」のゲストは、浅田美代子さん

10月14日≪火≫:厳しかったお嬢様学校時代
生まれも育ちも東京の浅田美代子さんは、中学・高校とお嬢様学校として有名な
女子学校に通っていました。学校の規則はとても厳しく、学校帰りに本屋さんに
寄り道するだけでも事前に届けを出さなければならないほどでした。
そんな厳しい学校時代に不良っぽい男子に憧れていったという浅田美代子さんの
初恋のエピソードを聞いています。

10月15日≪水≫:思い切った芸能界入り
大ヒットドラマ「時間ですよ」でデビューをした浅田美代子さんの
芸能界入りのきっかけはスカウトでした。
親は猛反対、高校も芸能活動は禁止、しかしオーディションで2万5千人の中から
選ばれた浅田美代子さんは、合格が決まってその足で学校へ行き中退してしまいます。
今日は、苦労した初めての芝居やデビュー曲「赤い風船」の思い出を伺いました。

10月16日≪木≫:引退から復帰、バラエティーへ
21歳で吉田拓郎さんと結婚し、主婦業に専念するため芸能界を引退した浅田美代子さんは7年後、芸能界に復帰することになりました。
今日は拓郎さんとの出会いや主婦をしていた頃のエピソード、
その後の「さんまのからくりテレビ」出演のきっかけのお話を披露してくれました。

10月17日≪金≫:19作目の釣りバカ日誌
女優として浅田美代子さんが7作目から出演している映画「釣りバカ日誌」が、
19作目を迎えました。西田敏行さん演じる主人公・ハマちゃんの奥さん・みち子役を
演じていますが、最終日のハマちゃんとの「合体」シーンや、
最新作で笑い転げて大変だった場面など撮影の裏話を伺いました。

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<浅田美代子>
東京都港区生まれ。
1973年、天地真理に続く2代目シンデレラとして
TBS「時間ですよ」のお手伝いのミヨちゃん役でデビュー。
挿入歌「赤い風船」もヒットし一躍アイドルに。
77年吉田拓郎と結婚、引退したが84年に離婚し芸能界にカムバック。
フジテレビ「101回目のプロポーズ」日本テレビ「恋も2度目なら」などで活躍。
94年からは松竹映画の人気シリーズ「釣りバカ日誌」に、
西田敏行演じるハマちゃんの妻役で出演。
TBS「さんまのスーパーからくりTV」などのバラエティーでも魅力を発揮。

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2008年10月05日

10月6日~10月10日の邦流は、松下由樹さん

今週の「邦流」のゲストは、松下由樹さん

10月6日≪月≫:松下由樹、女優デビュー
愛知県ご出身の松下由樹さんは15歳の時に映画『アイコ16歳』のオーディションに合格して上京したのですが、最初は名古屋弁が抜けきらなくてとても苦労されたんだとか。
また、デビュー後のダンスレッスンでは生まれつきの体のかたさが災いして…。
月曜日は、松下由樹さんが女優デビューしたばかりの頃のお話です。

10月7日≪火≫:憎まれ役を演じて
テレビドラマ『想い出にかわるまで』で、姉の婚約者を色仕掛けで奪う妹という「憎まれ役」を演じて話題となった松下由樹さん。当時は役柄のイメージと本来の松下由樹さんとをごっちゃまぜにして冷ややかな目で見る人も多かったそうです。
火曜日は、憎まれ役を演じていたときの心の葛藤、また、20代後半に行ったという「心の大掃除」などについてのお話を伺っています。

10月8日≪水≫:虚構の中に真実が見える
「ドラマは虚構だが、その中に真実が見える事がある」
これは、シリアスなドラマから時代劇、さらにはバラエティーのコントまでも演じきる松下由樹さんの言葉。
水曜日は、この言葉について深く掘り下げます。

10月9日≪木≫:プライベートについて
一般的には「アクティブな女性」と見られがちな松下由樹さんですが、はたして実際はどうなのか?
木曜日は、松下由樹さんのプライベートに斬り込んでみました。
「車の助手席」と「朝食のパン」がお気に入りだそうです。

10月10日≪金≫:松下由樹さんの結婚観
松下由樹ファンの皆さん、お待たせいたしました!
金曜日は、松下由樹さんの結婚観について伺っています。
加えて、現在出演中の人気ドラマ『上海タイフーン』の裏話や、ナレーションを担当されて今月13日に放送される中国・西太后のドキュメンタリー番組の見所などもお話して頂きました。
要チェックです!

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<松下由樹>
1968年愛知県出身。
83年、映画「アイコ十六歳」のオーディションに合格、映画デビュー。
88年、映画「この胸のときめきを」に出演。
89年のTBS「オイシーのが好き!」で連続ドラマに初主演。
これまで出演した主なドラマは「想い出にかわるまで」、「ナースのお仕事」シリーズ、「29歳のクリスマス」、「週末婚」、「大奥」など。
バラエティー番組「ココリコ ミラクルタイプ」ではコメディエンヌにも挑戦。


※今回のPodcastでの配信はございません。

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2008年09月28日

9月29日~10月3日の邦流は、マギー司郎さん

今週の「邦流」のゲストは、マギー司郎さん

9月29日≪月≫:貧しいながらも楽しい我が家
茨城県下館市(当時)で、9人兄弟の7番目として生まれたマギー司郎さん。
子供の頃の生活は決して楽なものではなかったそうです。
次々と新しい商売に手を出してはことごとく失敗するお父様と、パワフルなお母様。
月曜日は、マギー司郎さんの子供の頃のお話です。

9月30日≪火≫:上京物語
小学校3年生の夏におもちゃ屋さんで見つけた「知恵の輪」が
手品師としてのルーツだと語るマギー司郎さんは
17歳の時にバラ色の東京生活を夢見て家出を決意しました。
しかし、先立つものが無い。
そんな時、マギー司郎さんはお兄さんとともに「ある行動」に打って出るのですが…。
火曜日は、マギー司郎さんが手品に興味を持ち始めてから上京するまでのお話を伺っています。

10月1日≪水≫:おしゃべりマジック誕生秘話
マギー司郎さんといえば「おしゃべりマジック」。
水曜日は、マギー司郎さんがマジック・スクールに通い始めてから
プロデビューするまでのお話。
更には、現在の「おしゃべりマジック」のスタイルが誕生するに至った
意外な経緯などをお聞きしています。

10月2日≪木≫:感動の再会
テレビ番組「お笑いスター誕生」に出場したのが33歳の時。
マギー司郎さんは、この番組で7週連続勝ち抜いたことがきっかけで
徐々に人気が出始めました。
すると、17歳の時に家出して以来連絡を絶っていたお母様から
テレビ局に問い合わせが…。
木曜日は、お母様との感動の再会を果たした時のエピソードに加え、
マギー一門のチョット変わった師弟関係などについて伺っています。

10月3日≪金≫:マギー司郎さんの人生観
「自分に自信が持てなくても生きていていいんだ。周りが生かしてくれる」
「弱くて強い人間にならなきゃダメ」
マギー司郎さんの言葉です。
最終日は、マギー司郎さんに自らの人生観を熱く語ってもらいました。
尚、マギー司郎さんが芸のピークを迎えるのは今から13年後、75歳の時だそうです。

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<マギー司郎>
昭和38年17才で上京。マジックスクールでマジックを学び20才でプロのマジシャンとして活動を開始する。
ギャグのセンスにあふれる新しいタイプのマジシャンとして注目を集める。
昭和56年、57年放送演芸大賞ホープ賞連続受賞。
平成16年に出演したNHK『課外授業ようこそ先輩』が第31回日本賞教育番組国際コンクール最優秀番組東京都知事賞受賞。
同年、同番組で第38回「アメリカ国際フィルム・ビデオ祭」にてシルバースクリーン賞受賞。
平成17年ゆうもあ大賞グランプリ受賞。2008年第24回 浅草芸能大賞 奨励賞受賞。

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2008年09月21日

9月22日~9月26日の邦流は、布施明さん

今週の「邦流」のゲストは、布施明さん

9月22日≪月≫:布施明さんの少年時代
小さい頃の布施さんは歌手ではなく、別の憧れを抱いていたようです。
ところが高1のとき、仲間が参加する番組についていった事から
布施さんの人生は変わってゆきます。
今日は布施さんの少年時代を伺っています。

9月24日≪水≫:デビューそして紅白歌合戦
テレビ番組をきっかけにプロになる事になった布施さん。
ところがデビューから二転三転してしまいます。
そして当時話題になった紅白歌合戦、「愛は不死鳥」のウラ話も伺っています。

9月25日≪木≫:名曲『シクラメンのかほり』との出会い
歌手を辞めようかと迷っていた布施さん。
事務所に相談した所、意外な返答が帰ってきたそうです。
今日は「シクラメンのかほり」との出会い、そしてレコード大賞にまつわるウラ話を伺っています。

9月26日≪金≫:結婚生活のお話 そして NEWアルバムの聴き所
オリビア・ハッセーさんとのアノ結婚式ウラ話、そして息子さんは今どうされているのか?
そして今回のNEWアルバムの聴き所を伺っています。

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<布施明>
1947年 東京都生まれ。
1964年 「ホイホイミュージックスクール」合格。
1965年 「君に涙とほほえみを」にてレコードデビュー。
1967年 「霧の摩周湖」にて「第9回 日本レコード大賞」作曲賞受賞。
1967年 「第18回 NHK 紅白歌合戦」初出場。
1970年 「愛は不死鳥」にて「ヤング歌謡フェスティバル」最優秀賞受賞。
1974年 「積み木の部屋」にて「第16回 日本レコード大賞」歌唱賞、「第7回 日本有線大賞」特別賞。
1975年 「シクラメンのかほり」にて「第17回 日本レコード大賞」大賞、「第6回 日本歌謡大賞」大賞。

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2008年09月14日

9月16日~9月19日の邦流は、かしまし娘さん

今週の「邦流」のゲストは、かしまし娘のみなさん

9月16日≪火≫
「うちら陽気なかしまし娘~♪」でおなじみのかしまし娘の皆さん。
3人の年齢を合わせて220歳を超える今でも大変元気でいらっしゃいますが、
その3人に、改めて他の姉妹をどう思っているかを本音で語っていただきました。

9月17日≪水≫
旅回り一座のなかで育った「かしまし娘」の皆さん。
小さいころから舞台で踊ったり、歌ったりしていたそうですが、
「かしまし娘」結成以前には、なかなか3人そろって仕事をする
ということはなかったそうです。
そこには長女・歌江さんの恋のエピソードがあるそうなのですが、
歌江さんの仰っていることと、ほかの2人の仰っていることが、
かなりの食い違いをみせております。
一体どちらが本当なのか・・・。
真実は、ぜひ聴いている皆さんが判断してみてください!!
かしまし娘結成以前のお話です

9月18日≪木≫
長女・歌江さんが家族の元を離れ、富山に行っている頃、
次女・照枝さんと三女・花江さんは2人で漫才をやることになりましたが、
残念ながら全く売れず、かなりご苦労をされたそうです。
そんな時、3人でやるよう助言を与えてくれたのが、
あの超大手芸能プロダクション「松竹芸能」を創立した
伝説の人物・勝忠男(かつただお)さんだったのだそうです。
「かしまし娘」誕生秘話をお伺いしています

9月19日≪金≫
次女・照枝さんのところに嫁としてやってきたのが、皆様ご存知の
タレントの磯野貴理さんです。
長女・歌江さんと三女・花江さんは貴理さんのことを、
とても素敵な頭のよい女性と認めてらっしゃるのですが、
姑の照枝さんだけは、「なめられてはいけない自分の敵」だと
考えていらっしゃるのだそうです。
そんな「かしまし娘」から見る磯野貴理さんと、
芸能生活50年を超えた「かしまし娘」の今後についてお伺いしました。

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<かしまし娘>
長女歌江、次女照枝、三女花江で、『かしまし娘』を結成。「♪うちら陽気なかしまし娘~」のテーマソングと共に、老若男女を問わず全国的に親しまれ、不動の人気を得る。近年は、それぞれ女優としてテレビドラマやトーク番組、舞台演劇、映画、講演など幅広く活躍。

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2008年09月07日

9月8日~9月12日の邦流は、蛭子能収さん

今週の「邦流」のゲストは、蛭子能収さん

9月8日≪月≫
お父様が遠洋漁業の漁師さんであった蛭子能収さん。
長期の漁に出るため、普段お父様と一緒に生活することが
できなかったそうですが、蛭子さんはそんなお父様のことが嫌いで、
あまり家に帰ってきて欲しくなかったのだそうです。
その理由は何なのか・・・。
そんなお父様の思い出と、蛭子さんのギャンブラー人生のスタートとなった
子供の頃の遊びについてお話を伺っています。

9月9日≪火≫
将来は無難に事務員になりたいと商業高校へ入学した蛭子能収さん。
その後当時、一世を風靡したグラフィックデザイナーの横尾忠則さんに憧れ、
自身もグラフィックデザイナーを目指すようになるのですが、
高校卒業後たどり着いた先は、本人の希望とはちょっとズレていたようで、
悶々とする日々のなか、ついに蛭子さんは上京を決意するのでした。
蛭子さんの上京を決意するまでのお話をお伺いします。

9月10日≪水≫
長崎の看板屋を失踪同然で逃げ出し、上京した蛭子能収さん。
東京に着いて最初に向かった先はやっぱりアレ関係でした。
その後、蛭子さんは厳しい東京での生活に揉まれながらも、
ついにあの伝説の漫画雑誌へとたどり着くのでした。
蛭子さんの上京後の生活についてお伺いしています。

9月11日≪木≫
伝説の漫画雑誌「ガロ」でデビューを果たし、念願の漫画家人生を
スタートさせた蛭子能収さんでしたが、現実はそれほど甘くなく、
漫画家の収入だけではとても暮らしてはいけないような状況が続きました。
一度は漫画をあきらめ、サラリーマンとして生きることを決意した
蛭子さんでしたが、そんな蛭子さんを救ったのは、蛭子さんの漫画を
こよなく愛した沢山のファンたちでした。
そして、そのファンのなかに蛭子さんのタレント性を見抜いた大人物がいたのです。
それは一体、誰だったのか?
蛭子さんの芸能界入りについてお話を伺っています。

9月12日≪金≫
蛭子能収さんには2人の奥様がいらっしゃいます。
1人は上京後、同棲生活をしながら若き蛭子さんを支えた前の奥様。
もう1人は、今の蛭子さんを影ながら支える現在の奥様。
お二人とも大変魅力的な方々で、今の蛭子さんがあるのは、
どうやら、このお二人の力によるところが大きいようです。
蛭子能収さんに、かけがえのないご家族についてお話を伺っています。

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<蛭子能収>
1947年、長崎県生まれ。看板屋を経て上京後、73年に雑誌『ガロ』で漫画家デビュー。
その後、漫画が売れずにダスキンの社員として8年勤務、売り上げは営業所内でトップだった。現在は漫画のほかにタレント、俳優、映画監督と、多ジャンルで活躍中。

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投稿者 joqr : 16:00

2008年08月31日

9月1日~9月5日の邦流は、中村敦夫さん

今週の「邦流」のゲストは、中村敦夫さん

9月1日≪月≫
お父様が地元福島の新聞の支局長で、その支局の2階が我が家だったという中村敦夫さん。
子供の頃から、情報の最前線である新聞社が遊び場で、新聞記者が遊び友達だったという
少し特殊な環境で育てられたのだそうです。
一見、華やかな暮らし振りをしていそうにみえるこの家庭、
じつは金銭的にも精神的にもかなりボロボロな状態で中村敦夫さんは、
若い頃から相当苦労をなさったのだそうです。
中村敦夫さんの家庭環境についてお伺いしています。

9月2日≪火≫
両親の離婚後、中村敦夫さんはお母様の期待に応えるべく、東京の難関進学校へ
入学します。しかしその学校の競争社会の前哨戦を行っているような雰囲気に
絶えられず、その後、南の島でのんびりと暮らしたいという想いから、
外国語を学ぶ目的で東京外国語大学へ入学します。
しかしそんな外語大の授業も、ご本人の希望とは程遠く、
中村さんは授業をよくサボるようになったそうです。
そんななか出会ったのが、「語劇祭」という演劇のコンクールで、
これが中村敦夫さんの役者として生きていくきっかけになったのだそうです。
中村敦夫さんの役者人生への道をお伺いしています。

9月3日≪水≫
大学を中退し、俳優座に入った中村敦夫さん。
若手のリーダー的存在で、将来を有望視されていましたが、その一方で、
旧態依然とする俳優座上層部と衝突するなど、少し厄介者的存在でもあったそうです。
そんななか、中村敦夫さんに演劇の奨学生として、アメリカ留学に行くチャンスが訪れます。
このアメリカ行きが、中村敦夫さんの人生観を変えるきっかけになったのだそうです。
中村敦夫さんのアメリカとの出会いについてお伺いしてます。

9月4日≪木≫
中村敦夫さんの代表作といえば、皆様ご存知の「木枯らし紋次郎」です。
最初、中村敦夫さんはこの「木枯らし紋次郎」への出演は、
単に「食べるための手段」と考えていたそうなのですが、
監督の市川昆さんの厳しい演出のなかで、いつもケガと紙一重の撮影を
行っていたのだそうです。名作「木枯らし紋次郎」についてお話を伺っています。

9月5日≪金≫
ドラマ「木枯らし紋次郎」で一世を風靡した中村敦夫さん。
絶頂期のなか俳優活動を休止し、ジャーナリズムの世界、
そして政治の世界へと飛び込むことになりますが、
その真意とは一体なんだったのでしょうか? 
中村敦夫さんの今、現在の想いについてお伺いしました。

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<中村敦夫>
1940(昭和15)年、東京生まれ。東京外国語大学を中退し、俳優座に入団。
65年のハワイ大学留学後、米全土を渡り歩いて演劇を勉強する。
71年に俳優座で自主公演を行い脱退。
72年にドラマ「木枯し紋次郎」で大ブームを巻き起こす。
多数のドラマに出演しながら文筆活動を開始。
処女小説「チェンマイの首」がベストセラーに。
84年にニュースキャスターへ転身。
98年に参議院議員選挙に初当選し、政界へ進出。
04年に引退。現在、俳優業に復帰しつつ著述、講演などを行う。

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投稿者 joqr : 16:00

2008年08月25日

8月25日~8月29日の邦流は、児玉清さん

今週の「邦流」のゲストは、俳優の児玉清さん

8月25日≪月≫:文学少年だった子供時代
現在74歳の児玉清さんは戦争中、学童疎開先でいじめられ
孤独を紛らわすため本を読みふけっていたそうです。
その後も色々な本を読み続け、文芸評論家になろうとも思っていました。
児玉清さんのそんな文学少年時代の話です。

8月26日≪火≫:思いがけない俳優への道
学習院大学に進んだ児玉清さんは、後に学習院大学教授になり
「クイズダービー」で活躍することとなる篠沢秀夫さんに出会い
役者に誘われ、舞台で主演を務めました。
それをたまたま見に来ていた篠沢さんの知り合いの目に留まり
東宝ニューフェースの面接を受けることになりましたが
実は本人は嫌々面接を受けたんだそうです。
ところが結果的にはそれが児玉さんの運命を変えました・・・。

8月27日≪水≫:あの世界の黒澤明監督にとんでもないことを・・・
新人俳優時代に、新人だろうがベテランだろうが「人間としては対等だ」と
思っていた児玉清さんは、エキストラ同然の役で出演した黒澤映画で
あの世界の黒澤監督を前にとんでもない態度をとってしまったそうです。
しかしそれが黒澤監督には気概のある新人だと映ったことが後に分かります。
児玉清さんのはねっかえりの新人時代の話です。

8月28日≪木≫:奥様との出会い
駆け出しの俳優だった時代に児玉清さんは、当時東宝の女優だった
北川町子さんと出会い、結婚しました。
その結婚は、スター女優と大部屋俳優の今で言う「格差婚」で、
周りの反応には厳しいものがあったそうです。
奥様との結婚と、俳優として頭角を現す頃のお話です。

8月29日≪金≫:『アタック25』の司会
児玉清さんと言えば、放送開始から30年以上経つ「パネルクイズ アタック25」
の司会を思い浮かべる方も多いと思いますが、児玉さんいわく
「一度も満足が行く出来がない」のだそうです。
司会ぶりについて奥様からダメ出しもされるということで
最終日は「アタック25」や近況について伺っています。

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<児玉清>
1934年、東京生れ。学習院大学独文科卒。東宝映画を経て1967年フリーに。
NHK大河ドラマ「山河燃ゆ」やTBS「沿線地図」、フジテレビ「HERO」をはじめ多くのドラマに出演。
朝日放送「パネルクイズアタック25」、NHK・BSII「週刊ブックレビュー」の司会も務める。
著書に『たったひとつの贈りもの―わたしの切り絵のつくりかた』『負けるのは美しく』など。

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投稿者 joqr : 09:54

2008年08月17日

8月18日~8月22日の邦流は、邦流セレクション

今週は、邦流セレクション!
これまでに放送した「邦流」をスタッフが厳選し、もう一度振り返ります。

8月18日≪月≫:石立鉄男さん

8月19日≪火≫:松坂慶子さん

8月20日≪水≫:志村けんさん

8月21日≪木≫:藤原紀香さん

8月22日≪金≫:水谷豊さん

お楽しみに!

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投稿者 joqr : 17:30

2008年08月11日

8月11日~8月15日の邦流は、市川亀治郎さん

今週の「邦流」のゲストは、歌舞伎俳優の市川亀治郎さん

8月11日≪月≫:歌舞伎の名門の御曹司
歌舞伎の名門の御曹司として生まれた市川亀治郎さん。
将来の歌舞伎界を支える人物になるため、小さい頃から、
さぞかし、辛く厳しい毎日だったろうと想像したのですが、
お父様には、歌舞伎がイヤならやめてもよい・・・と言われていたそうです。
市川亀治郎さんの子役としてのデビューのころから、
大学生時代までのお話を伺っています。

8月12日≪火≫:厳しい歌舞伎の世界
4歳で歌舞伎役者として初舞台にあがった市川亀治郎さん。
やはり芸の道は厳しく、子供の頃から一人前の扱いをされて、
特に礼儀は、厳しく教えられたそうです。
市川亀治郎さんに、厳しい歌舞伎の世界についてお話を伺っています。

8月13日≪水≫:大河ドラマ『風林火山』
昨年の大河ドラマ『風林火山』で、子供の頃からの夢だった
武田信玄役を演じることになった市川亀治郎さん。
テレビドラマを演ずる際には、なるべく自然体を心がけた
亀治郎さんですが、セリフに関しては、歌舞伎の世界に
伝わる「ある教え」に従ったそうで、その結果、大先輩の緒形拳さんに誉められ
て大変気分が良かったのだそうです。
大河ドラマ『風林火山』について伺っています。

8月14日≪木≫:プライベートについて
芝居をやっている時とラスベガスで遊んでいる時が、
一番の幸せだという市川亀治郎さん。
結婚について伺うと、またまだ先のことだけど、相手には原節子さんのような
素敵な人がいいと仰っていました。
市川亀治郎さんのプライベートについてお話を伺っています。

8月15日≪金≫:「亀治郎の会」について
自主公演「亀治郎の会」を目前に控えた市川亀治郎さん。
演目選びから裏方のフォローまで、主催者として現在、大忙しなのだそうですが、
亀治郎さんは、「本当に面白いことは、自らに責任が圧し掛かって来る
ものでないといけない」と仰っています。
まもなく行われる「亀治郎の会」についてお話を伺っています。

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<市川亀治郎>
1975年生まれ。市川段四郎の長男。80年『義経千本桜』で初お目見得、
83年『御目見得太功記』で二代目市川亀治郎を名のり初舞台。
多種多様な役柄に挑む若手花形きっての実力派。
歌舞伎座での活躍以外にも、「新春浅草花形歌舞伎」や
自主公演「亀治郎の会」における意欲的な舞台で高い評価を得る。
05年に『NINAGAWA十二夜』蜷川幸雄演出、06年に『決闘!高田馬場』
三谷幸喜脚本・演出と話題作に立て続けに出演。
06年ロンドン公演市川海老蔵と共演の『かさね』でローレンス・オリビエ賞にノミネート、
07年3月パリ・オペラ座公演と海外公演でも重要な役どころを勤めている。
2007年NHK大河ドラマ『風林火山』に武田信玄役で映像初出演。
02年松尾芸能賞新人賞。
06年浅草芸能大賞奨励賞、朝日舞台芸術賞寺山修司賞。

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投稿者 joqr : 10:44

2008年08月05日

8月4日~8月8日の邦流は、橋田壽賀子さん

今週の「邦流」のゲストは、橋田壽賀子さん

8月4日≪月≫:おしん
大ヒットした「おしん」。
実はある方へのメッセージがこめられているそうです。
他にもおしんにまつわる裏話をきいています。

8月5日≪火≫:脚本家になるきっかけ
大学に入った橋田さん。
この仕事に入るきっかけはなんと女優をなさったからなんだとか。
その後、松竹へ入られた橋田さんは一行も書かせてもらえなかったそうです。

8月6日≪水≫:テレビのお仕事
松竹で仕事させてもらえなかった橋田さんは、当時「ランク落ち」
といわれたテレビの仕事をすることになります。
「七人の刑事」「東芝 日曜劇場」など、当時のお話をうかがっています。

8月7日≪木≫:結婚生活
橋田さんがご主人と結婚を決意したのはオドロキの理由でした。
今日はご主人との結婚生活、そしてご主人の入院など、
当時のエピソードをうかがっています。

8月8日≪金≫:橋田流、夫婦のあり方
ホームドラマを書く上で、たくさんのご夫婦を見てこられた橋田さんは、
たいていのご夫婦を「もったいない」とおっしゃっていました。
橋田流夫婦円満の秘訣、夫婦のあり方をたっぷりうかがっています。

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<橋田壽賀子>
1925年、京城生まれ。
日本女子大学卒業後、早稲田大学文学部芸術学科入学、中退し、松竹に入社。
その後フリーの脚本家に。橋田文化財団理事長。
「となりの芝生」「おんな太閤記」をはじめ、数多くのTVドラマの脚本を手がける。
なかでも「おしん」は大反響を呼び、90年スタートの「渡る世間は鬼ばかり」は
続編が制作され続けている。菊池寛賞、紫綬褒章、勲三等瑞宝章ほかを受勲、受賞。
著書に『夫婦の時間』(知恵の森文庫)、『ひとりが、いちばん!』(大和書房)ほか。

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投稿者 joqr : 11:48

2008年07月27日

7月28日~8月1日の邦流は、榎木孝明さん

今週の「邦流」のゲストは、榎木孝明さん

7月28日≪月≫:九州男児の家庭に生まれて
4人兄弟の末っ子で、上3人が全てお姉さまだった榎木孝明さん。
それは大事に育てられたそうなのですが、
そのせいか、事あるごとに泣いてしまう、
ちょっと女々しいお子さんだったそうです。
そんな榎木さんを心配してか、九州男児を地でいくお父様は、
榎木さんに、かなり厳しい教育を施すようになるのですが、
これが我々の常識を超えた壮絶なものだったようです。
榎木さんの厳しかった家庭環境について伺っています。

7月29日≪火≫:演劇との出会い
小さな頃から絵を書くことが好きだった榎木孝明さん。
東京の武蔵野美術大学へ入学するため上京したのですが、
九州の片田舎からやってきた青年にとって、東京はあまりにも刺激的で、
『ここなら何でもできるのでは…』、と感じるようになります。
そんな折、榎木さんは、ある雑誌に書かれた
「明日のスター」という言葉に惹かれ、
俳優オーディションに出向くのですが…。
榎木さんの演劇との出会いのお話を伺っています。

7月30日≪水≫:日本男児と白タイツ
演劇を続けるために、バイトに勤しむ毎日の榎木孝明さんでしたが、
その後ある舞台がきっかけとなり、
日本を代表する劇団のひとつ、「劇団四季」を目指すことになります。
しかし当時、榎木さんはまだ劇団四季がミュージカルの劇団だと知らず、
オーディションの際、様々な苦労をされたそうです。
榎木さんの劇団四季時代についてお伺いしています

7月31日≪木≫:俳優としての転機
劇団四季を退団後、榎木孝明さんは、その舞台をテレビや映画の世界に移すこと
になりますが、
その俳優としての転機となったのが、内田康夫原作の人気ドラマ「名探偵・浅見
光彦シリーズ」の浅見光彦役でした。
榎木さんは、やはり今でもこの作品には特別な想いを持っていらっしゃるそうです。
榎木さんの俳優としての転機についてお伺いしています。

8月1日≪金≫:俳優・榎木孝明の夢
九州は鹿児島・薩摩のお生まれの榎木孝明さん。
いつかは故郷に恩返しを・・・と考えていた矢先、
激動の明治維新を駆け抜けた、ある伝説の人物と出会います。
その人物の魅力に惹かれた榎木孝明さんは、現在、その人物を
主人公にした薩摩の薩摩による薩摩のための映画を作る構想を練っているそうです。
榎木孝明さんの今後の夢について伺っています。

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<榎木孝明>
鹿児島県出身。武蔵野美術大学デザイン科に学ぶ。
劇団四季に入団、1981年『オンディーヌ』で初主演。
1983年劇団四季を退団し、
1984年NHK朝の連続テレビ小説『ロマンス』主演でテレビデビュー。
その後、俳優として、映画・テレビ・舞台で活躍。
旅を好み、アジア各地を中心に世界の風景を描き続ける。
毎年全国各地で個展を開催。

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投稿者 joqr : 16:00

2008年07月20日

7月22日~7月25日の邦流は、高中正義さん

今週の「邦流」のゲストは、ギタリストの高中正義さん

7月22日(火) 「叶わなかった夢」
ビートルズ好きのお兄さんの影響で中学からギターを始めた高中正義さん。
ベンチャーズの曲などをコピーして毎日のように弾いていたにも関わらず、
学校の勉強も怠ることはありませんでした。当然、成績も優秀。
そんな高中正義さんは、名門校である日比谷高校への進学を夢見ていたのですが、
ある理由でその夢は叶わぬものとなってしまったそうです。
果たして、その「理由」とは…。
月曜日は、高中正義さんの中学校時代のお話を中心に伺っています。

7月23日(水) 「サディスティック・ミカ・バンド」
デビュー時は何故か「ベーシスト」だった高中正義さんは、
1972年、伝説のバンド「サディスティック・ミカ・バンド」に参加。
当時は髪を緑色に染め、ド派手なファッションに身を包んでいたそうです。
その後、バンドはイギリスへも進出し、その音楽活動は、
一見、順風満帆に思えたのですが…。
火曜日は、高中正義さんが所属していた「サディスティック・ミカ・バンド」での
裏話などを伺ってみました。

7月24日(木) 「南の島とトロピカルサウンド」
サディスティック・ミカ・バンド解散後にソロになった高中正義さんが初めて気付いたこと。
それは、「自分が歌う歌は売り物にならない」ということだったそうです。
そのため、その後は専らインストゥルメンタル中心に活動してきたというのは、
ご本人の御謙遜なのでしょうか?
水曜日は、高中正義さんがソロになってからのお話と、
一時期住んでいたバハマでのエピソードを伺っています。
名曲「ブルー・ラグーン」は、あんなにもトロピカルなサウンドなのに、
東京・広尾の散らかったワンルームマンションの一室で作られたそうです。
信じられません…。

7月25日(金) 「ウォーキング・ギター」
高中正義さんは、現在、軽井沢にお住まいです。
周りには夜遅くまでやっている飲み屋などが無いため、非常に健康的な生活を送っており、
毎朝6時には起床。ランニングマシーンでウォーキングをしながらギターを弾くのが
日課になっているそうです。
桑名正博さんやTOKIOの松岡君も興味を示したという、この「ウォーキング・ギター」。
今後、流行る…かも?
最終日は、高中正義さんの軽井沢での生活模様と、
間もなく行われるライブに向けての意気込みなどを伺っています。

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<高中正義>
1953年東京都生まれ。71年、17歳のときにピンク・フロイド初来日となった
伝説の大型野外コンサート「箱根アフロディーテ」にフライド・エッグのベーシストとして登場。
72年サディスティック・ミカ・バンドにリードギターとして入り、75年の解散後、
サディスティックスを結成しほぼ同時にソロ活動を始める。
代表曲に『BLUE LAGOON』、『ALONE』 『渚・モデラート』『エビダウロスの風』
『BLUE STRIPE』などがある。

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投稿者 joqr : 17:00

2008年07月13日

7月14日~7月18日の邦流は、モト冬樹さん

今週の「邦流」のゲストは、モト冬樹さん!

7月14日(月):音楽との出会い
産婦人科のお医者様の家庭に生まれたモト冬樹さん。
中学校3年生までは、全く音楽に興味はなかったのですが、
ある「世界を代表するバンド」の音に触れたことがきっかけで、
それ以降、ギターの練習に明け暮れる毎日になったそうです。
モト冬樹さんの音楽との出会いを伺っています。

7月15日(火):ビジーフォー結成秘話
20代も半ばのころ、モト冬樹さんは、当時、活動していたバンドを解散し、
悶々とする日々を過ごされます。
そんな時出会ったのがウガンダ・トラさんでした。
ウガンダさんのドラムに惚れ込んだモト冬樹さんは、ウガンダさん、
そして小学校時代からの知り合いであるグッチ裕三さんらとともに
あの伝説のバンド「ビジーフォー」を結成します。
「ビジーフォー」結成のお話です。

7月16日(水):モノマネ四天王時代
純粋な音楽を目指し結成したビジーフォーですが、
メンバーの間での方向性の違いにより、
一度、メンバーはお互い距離を置くことになります。
そんなビジーフォーの人気に再び火がつくのが、
テレビ「モノマネ王座決定戦」での活躍でした。
モノマネ四天王時代のビジーフォーについてお話を伺っています。

7月17日(木):モト冬樹さんの結婚しない理由
モト冬樹さんは、芸能界でも交友関係が広いことで知られ、
多くの女性たちとも、お付き合いをしてきたそうなのですが、
結婚を意識するあまり、どうしてもそこまで踏み切れなかったそうです。
モト冬樹さんの結婚しない理由についてお話を伺っています。

7月18日(金):モト冬樹さんの上手な人付き合いの方法
モト冬樹さんは、人、とくに女性を楽しませる技術に関しては天才だと自認されておりますが、
実は、そうした「人との付き合い方」を良くするには、
あるポイントを押さえておくことが必要だと仰っています。
モト冬樹さんの上手な人付き合いの方法をお伺いしました。

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<モト冬樹>
中学時代、ベンチャーズに憧れギターを弾き始める。
高校卒業後、小学校から同級生だったグッチ裕三、実兄であるエド山口とバンドを組み、
銀座・六本木界隈でクラブを中心に活動開始。
その後、「ローズマリー」「ジュテーム」などのグループを経て1977年、
グッチ裕三、ウガンダ・イタッケ島田とともに「ビジー・フォー」を結成、
ライブハウスを中心に活躍。1983年、「ビジー・フォー」解散。
のちに「ビジー・フォースペシャル」を結成、ギター兼ボーカルを担当。
フジテレビ『ものまね王座決定戦』の出演をきっかけに“モノマネ四天王”ブーム
を巻き起こし人気を博す。
個性的なキャラクターを活かし、テレビドラマ・CMにも多数出演。


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2008年07月06日

7月7日~7月11日の邦流は、松平健さん

今週の「邦流」のゲストは、松平健さん!

7/7(月) 「子供の頃のお話」
7人兄弟の末っ子として生まれた健さん。小学生の頃はひょうきんだった健さんですが、
中学校に入りシャイになっていきます。初恋トークについても伺っています。

7/8(火) 「家出、そして下積み時代」
高校へ行かずに家出をした健さんは名古屋でアルバイトを始めます。
バイトをしながらある映画を見た健さんは、俳優になる決意をし上京します。
そしてその映画の主演の家を勝手に訪ねます。そして、劇団に入るんですが…

7/9(水) 「師匠・勝新太郎」
劇団に入団して4年目、師匠となる勝新太郎さんと出会い、テレビデビューすることになります。
健さんが勝さんに教わった事やプライベートの勝さんについて伺っています。

7/10(木) 「暴れん坊将軍のお話」
1978年からスタートした「暴れん坊将軍」。健さんは24歳の若さで大抜擢されます。
将軍を演じるために健さんは勝さんにあるところへ行くようアドバイスを受けます。
健さんが役作りに通い続けたある場所とは?

7/11(金) 「マツケンサンバⅡのヒット~暴れん坊将軍の打ち切り」
マツケンサンバⅡの大ヒットの裏で「暴れん坊将軍」が打ち切りになってしまいます。
ショックを受けた健さんは、逆に将軍にこだわらずいろいろな役にチャレンジしたそうです。
家での健さんのお話も伺っています。


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<松平健>
1953年、愛知県豊橋市出身。
17歳で上京し、劇団フジに入団。その後、勝新太郎の勝プロに移籍し、
75年フジテレビ「座頭市物語」第23話~心中あいや節~でデビュー。
78年、代表作である「吉宗評判記 暴れん坊将軍」がスタート。
以降、2003年まで830回放送される長寿番組となる。
1980年、アルバム「黎明」で歌手デビュー。
2004年リリースのCD「マツケンサンバII」で紅白歌合戦に出場。
また、同年には黒沢明監督の映画「用心棒」を舞台化し、菊田一夫演劇賞を受賞。

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投稿者 joqr : 16:00

2008年06月29日

6月30日~7月4日の邦流は、内館牧子さん

今週の「邦流」のゲストは、脚本家の内館牧子さん

●6月30日(月)「相撲好きの原点」
内館牧子さんは、小さい頃は一人でトイレにも行けない超・気の弱い子供で、
いつもイジメられていました。でもそんなとき助けてくれたのが、
金井くんという力道山そっくりの巨漢の男の子だったそうなのですが、
どうやらそれが内館さんの巨漢好きになるきっかけになったようです。
月曜日は、内館さんの相撲好きの原点を伺っています。

●7月1日(火)「相撲好きのOL時代」
小・中・高・大学と相撲への情熱が尽きることの無かった内館牧子さん。
三菱重工のOLとなってもそれは変わることなく、
ついには念願の北の冨士とのツーショット写真を取ることに成功します。
会社の同僚に自慢したかった内館さんは、
その写真を使ってあることをするのですが、
それが大騒動を引き起こすことになります。
火曜日は、内館さんのOL時代のお話です。

●7月2日(水)「脚本家・内館牧子誕生秘話」
相撲の世界で働きたい・・・
だけど、三菱という大企業からは離れられないという気持ちの間で、
悩み苦しむ内館牧子さん。
そんな時、ふと、シナリオライター養成所生徒募集の新聞広告を目にし、
軽い気持ちで受講します。
でもそれまで内館さんは、全く映画など見たことなく、
精々見たと言える映画といえば、やっぱりアノ関係の映画だけでした。
水曜日は、脚本家・内館牧子誕生秘話です。

●7月3日(木)「内館さんのなんて素敵な人生」
TBSの名作ドラマ「想い出にかわるまで」以降、次々とヒットを飛ばし、
ついには「相撲好きの女の子が主人公」のNHK朝の
連ドラ「ひらり」を書くまでに至ります。
その結果、取材という名目で、相撲部屋に行き放題となった内館さんは
「こんな人生ってあるのか」と、しみじみと思ったそうです。
木曜日は、内館さんの素敵な人生のお話を伺います。

●7月4日(金)「朝青龍・・・愛ゆえに・・・」
現在、横綱審議委員として活躍中の内館牧子さん。
その発言は様々な物議を醸してきましたが、
内館さんはアスリートとしての朝青龍は本当に大好きだが、
国技としての相撲を愛する者として、絶対に譲れないところがあると仰っています。
それが何なのか・・・金曜日は、内館さんの惚れ惚れする相撲愛をお聞きください。

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<内館牧子>
1948年9月10日生まれ、秋田市出身。武蔵野美術大学卒業後、三菱重工に入社。
13年間のOL生活を経て脚本家に。
代表作には『都合のいい女』(フジテレビ)、『週末婚』(TBS)、『汚れた舌』(TBS)、
『ひらり』(NHK朝の連続テレビ小説)、『私の青空』(NHK朝の連続テレビ小説)、
『毛利元就』(NHK大河ドラマ)など。
93年には『ひらり』で第1回橋田寿賀子賞受賞。
また女性初となる日本相撲協会の横綱審議委員を務める。

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投稿者 joqr : 17:00

2008年06月23日

6月23日~6月27日の邦流は、中尾ミエさん

今週の「邦流」のゲストは、中尾ミエさん!

6/23(月) 「ひねくれていた子供時代」
九州・小倉で生まれた中尾ミエさんは子供時代、
ご本人いわく、相当ひねくれた女の子だったそうです。
周りがみんな手を焼いたという数々エピソードを伺いました。

6/24(火) 「デビュー曲『可愛いベイビー』」
今日は、中尾ミエさんのデビュー曲にしていきなりの大ヒット曲、
「可愛いベイビー」に出会うまでの話です。
当時15歳の中尾ミエさんは、家族の生活のため、食べるために
働こうと決心したそうです。

6/25(水) 「三人娘の笑顔の裏には・・・」
中尾ミエさんがデビュー後、伊東ゆかりさん・園まりさんと組んだ「三人娘」は
当時はラジオやテレビで大人気でした。
しかし当の本人たちは嫌で嫌でしょうがなかったそうです。
「三人娘」の本音を伺っています。

6/26(木) 「どうしてもダメな結婚」
これまでずっと独身の中尾ミエさんは、「結婚」という言葉には
寒気がするくらい拒絶反応があるそうです。
中尾ミエさんの恋愛観についてです。

6/27(金) 「玄人はだしの水泳」
中尾ミエさんは実は本格的に水泳に取り組んでいて
ウーマンズマスターズ世界大会にも出場経験があるそうです。
最終日の今日は水泳と、公開間近の中尾ミエさん出演の
ミュージカルのお話です。

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<中尾ミエ>
昭和37年、「可愛いベイビー」でデビュー。
その大ヒットで、一躍スターとなる。
そして、伊東ゆかり、園まりと共に「三人娘」としてトリオを組み、一時代を築く。
デビュー当時から、歌だけでなく映画やテレビドラマでも活躍し、
昭和38年に歌手では初めて映画製作者協会から新人賞を受賞。
また、表現力の豊かさ、洒落たおしゃべりには定評がある。
森山良子との絶妙なコンビで行っていたトーク番組「ミエと良子のおしゃべり泥棒」では、
その魅力を発揮し長い間人気を博していた。
バラエティーでも大いに活躍しており、中尾ミエのキャパシティーの広さを物語っている。


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投稿者 joqr : 10:48

2008年06月15日

6月16日~6月20日の邦流は、筧利夫さん

今週の「邦流」のゲストは、筧利夫さん

●6月16日(月)「肉と魚が大嫌い」
子供の頃の筧利夫さんは肉と魚が大嫌いで、毎日、お菓子ばかり食べているような少年だったそうです。そして、その偏った食生活のため、ついには栄養失調にまでなってしまったんだとか…。
月曜日は、わがままし放題で協調性には欠けていたけど集中力には自信があったという、少年時代の筧利夫さんにスポットを当てています。

●6月17日(火)「地獄の少林寺拳法部」
漫画『 嗚呼!花の応援団 』のような硬派な世界に憧れていた筧利夫さんは、俳優を目指して入学した大阪芸術大学で少林寺拳法部に入部しました。長ラン(詰襟が高くて、丈が長い変形学生服)を着られるし、先輩たちも優しそうだったからという軽い気持ちでの入部だったそうなのですが、先輩たちが優しかったのは最初の一週間だけ。その後には、理不尽な規律や、想像を絶するハードな練習が待ち構えていたといいます。
火曜日は、少林寺拳法部での地獄の日々を振り返ってもらいました。

●6月18日(水)「劇団☆新感線から第三舞台へ」
筧利夫さんの大学時代の風貌はといえば「パンチパーマにヒゲ」という厳ついモノ。筧さんはこのスタイルのまま大学の授業でシェークスピア劇を演じ、また、当時は学生劇団であった『劇団☆新感線』に参加していたそうです。
そして、その後、鴻上尚史さんが率いる『第三舞台』のオーディションに合格。ここで、「自分で演技を考える」ということを初めて学んだんだとか…。
水曜日は、筧利夫さんが所属した両劇団でのエピソードなどを伺っています。

●6月19日(木)「スランプだった頃」
恋人役の女優さんを現実の世界でも本気で好きになってしまうほど役にのめりこむという筧利夫さん。そんな一本気な性格が災いしてか、テレビドラマに出始めた頃は舞台での演技との違いに戸惑いを感じてスランプに陥り、一時は引きこもりに近い状態にまでなってしまったそうです。そんな時、筧さんは映画を見まくり、「映画日記」を付け始めるのですが…。
木曜日は、筧利夫さんがテレビに出始めた頃の苦労話を中心に伺っています。

●6月20日(金)「ミス・サイゴン」
筧利夫さんのモットーは「嫌いな仕事はしないで楽しいことだけやっていきたい」というもの。そのせいなのか、お酒を飲みに行っても周りに愚痴ることはほとんど無いんだそうです。私、野村邦丸のように泥酔して道端で眠ってしまったこともないそうです。「そんなはずはない!記憶に残っていないだけだ」」と、私は思うのですが…。
さて、そんな筧利夫さんが7月からミュージカル「ミス・サイゴン」に出演します。
最終日の金曜は「ミス・サイゴン」の見所などを伺いました。
また、密かに歌手デビューもしていたそうです。詳しくは放送で!

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<筧利夫>
1962年8月10日生まれ。静岡県出身。主な出演作品として、舞台『幕末純情伝』『飛龍伝』、『エビ大王』『何日君再来-イツノヒカキミカエル-』、ミュージカル『ミス・サイゴン』、映画『踊る大捜査線 THE MOVIE』、『22才の別れLycoris-葉見ず花見ず物語』、『キャプテン』、ドラマ『Dr.コトー診療所2006』など。


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投稿者 joqr : 16:00

2008年06月08日

6月9日~6月13日の邦流は、津川雅彦さん

今週の「邦流」のゲストは、津川雅彦さん

6月9日(月) 「津川雅彦、華麗なるデビューについて」
日本の映画界を支えた芸能一家に生まれた津川雅彦さん。
生まれた時からハンサムで、お母様に、それはそれは溺愛されて育てられたそうです。
その後、そうした環境に反発し、新聞記者を志すのですが、
やはり周囲は、津川さんをほっておいてはくれませんでした。
津川さんの映画デビューまでのお話です。

6月10日(火) 「松竹への移籍、そして挫折・・・」
映画「狂った果実」で一世を風靡した津川雅彦さん。
街を歩けばキャーキャー言われてとてもいい気持ちだったそうなのですが、
日活から松竹へ移籍したのをきっかけに、
全てがうまくいかなくなってしまいました。
そんな状況を津川さんは落ち込むことなく、
ある逆転の発想で乗り切ったそうなのですが・・・
それは一体何だったのか。その頃のお話です。

6月11日(水) 「伊丹監督との出会い」
松竹へ移籍して以来、全てがうまくいかなくなった津川さんですが、
「もう、いい子ちゃんはやめて悪役になろう」という逆転の発想の結果、
次第に人気を取り戻していきます。
そうしたなか出会ったのが、伊丹十三監督。
津川さんは伊丹さんから様々なことを学んだそうです。
そんな津川さんの伊丹監督への想いを伺っています。

6月12日(木) 「津川雅彦ラブシーン講座」
日本映画界で「ラブシーンをやらせたら右に出るものはいない」
と呼ばれている津川雅彦さん。
そうそうたる女優さん達とラブシーンを演じてうらやましがられることも多いそうですが、
津川さん曰く「ラブシーンは女性を美しく見せるための殺陣(たて)」なんだそうです。
津川さんのラブシーン講座です。

6月13日(金) 「津川雅彦、遊びの哲学」
津川雅彦さんは「命を削ってでも遊ぶ」というほど、
「遊ぶ」という行為を大切になさっています。
そこには津川さんの「遊び」に対するこだわりがあります。
津川さんの「遊びの哲学」と、その遊びのひとつである映画作りについて
お話を伺っています。

お楽しみに!

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<津川雅彦>
俳優。演劇一家に生まれ、5歳から子役として活躍。
1956年の映画『狂った果実』で一躍トップスターに。
以後、ブルーリボン助演男優賞を受賞した映画『マノン』、
日本アカデミー賞優秀主演男優賞を受賞した映画『プライド・運命の瞬間』など
数々の話題作に出演。
映画・テレビ・舞台のあらゆる役柄をこなす日本演劇界の代表的存在。
2006年から映画監督「マキノ雅彦」としても活動開始。

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投稿者 joqr : 16:00

2008年06月01日

6月2日~6月6日の邦流は、前川清さん

今週の「邦流」のゲストは、前川清さん

6月2日(月)「米軍基地にて」
長崎県の佐世保に生まれた前川清さんは、子供の頃、
野球をするために出入りしていた米軍基地でアメリカ人と日本人の違いを
まざまざと見せつけられたそうです。
月曜日は、そんな前川清さんが音楽に興味を持ち、
歌を歌い始めるまでの話を中心に伺いました。
当時は、直立不動の姿勢でローリングストーンズを歌っていたというから笑えます。

6月3日(火)「荒んだ生活」
若い頃は友人の家を転々とし、貧しくて荒んだ生活を送っていたという前川清さん。
19歳の時、知り合いの店で歌っていたところをクールファイブのメンバーにスカウトされ、
多少は生活が楽になるかと思われましたが、実際にはなかなかボーカルをとらせてもらえず、
給料も思ったほどではなかったと言います。
そして、メンバー全員に「デビューして有名になってやろう」という気はまったく無かったんだとか…。
火曜日は、前川清さんの下積み時代の話です。

6月4日(水)
「直立不動の前川スタイル」
スタンドマイクの前で直立不動で歌う前川清さんの歌唱スタイル。
あのスタイルはどこでどのようにして生まれたのでしょうか?
この日の放送を聞けば、その謎がスッキリと解けるはず。
でも、実は一度だけ振りを付けて歌ったことがあるとのことなのですが…。

6月5日(木)
「欽ちゃんの教え」
それまで「無口で真面目」のイメージが強かった前川清さんをお笑い番組に
起用したのが欽ちゃんこと萩本欽一さん。これが大当たりして番組は高視聴率。
前川清さんはお笑いに関する多くのことを欽ちゃんから学んだそうです。
木曜日は、前川清さんの別の一面を引き出してくれた萩本欽一さんに
関するエピソードを中心に伺っています。

6月6日(金)
「馬主としての顔」
昨年、前川清さん所有の牝馬「コイウタ」がGⅠレース・ヴィクトリアマイルで
優勝して話題となりました。
金曜日は、その時の裏話をたっぷりと伺ってみました。
レース当日、前川清さんが「九州で仕事」と周りにウソをついて北海道で
ゴルフをしていたのは何故なのか?
なお、前川清さんの今後の活動予定につきましては公式HP「清にゾッコン!」をご覧下さい。

お楽しみに!

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<前川清>
1969年内山田洋とクールファイブのヴォーカルとして 「長崎は今日も雨だった」でデビュー。
その後「そして神戸」・「中の島ブルース」 ・「東京砂漠」などが大ヒット。
1987年よりソロ活動を開始し 「花の時・愛の時」・「男と女の破片」のヒットを飛ばす。
2002年テイチクレコードより福山雅治プロデュースによる新曲「ひまわり」を発売。
現在、ソロでの活動のほか、前川清&クール・ファイブとしても活動中。

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投稿者 joqr : 16:26

2008年05月25日

5月26日~5月30日の邦流は、渡辺正行さん

今週の「邦流」のゲストは、タレントの渡辺正行さん

●5月26日(月) 「学生時代のお話 剣道部から落研へ」
中学高校と剣道に明け暮れていた渡辺正行さん。
芸能界での仕事など、みじんも考えていなかったそうです。
なぜ落研に入ったのか? なぜ芸能界のお仕事を考えるようになったのか?
それはある方との出会いがあったからなんだそうです。
学生時代のお話を伺っています。

●5月27日(火) 「小宮さん、石井さんとの出会い、そしてコント赤信号結成」
大学で落研に入った渡辺正行さん。落語も友人もカルチャーショックだったそうです。
急に色々なことに興味を持った渡辺正行さんは、俳優の勉強もはじめられます。
そしてあることに疑問をもたれた渡辺さんは、あの二人とお笑いの道を目指すことになります。
コント赤信号を結成するまでのお話を伺っています。

●5月28日(水) 「コント赤信号、下積みからブレイクまで」
当時バイトで生計を立てていた3人。
ストリップ劇場で仕事をしだすようになります。
そんな中「マンザイブーム」がやってきますが、コント赤信号はさっぱり売れませんでした。
これを最後にとある先輩に誘われて、テレビでネタを見せることになります。
コント赤信号、下積み時代から、テレビに出るようになるまでをうかがっています。

●5月29日(木)「渡辺さんと女性のお話」
さまざまな雑誌がテレビや週刊誌で騒がれていた頃、もちろん本命の彼女がいました。
当時のびっくりするお話や、ひょうきん族でのウラ話など女性のお話中心にお届けします。

●5月30日(金)「娘さんのお話」
8歳になられた渡辺正行さんと娘さんのお話です。
爆笑お受験トークから、ちょっとウルウルしてしまう話など、
渡辺さんの煩悩ぶりをお聞きください。

お楽しみに!

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<渡辺正行>
1956年、千葉県生まれ。
明治大学卒業後の77年、落語研究会で出会った小宮孝泰、
劇団テアトル・エコーで知り合った石井章雄との3人で「コント赤信号」を結成。
東京・渋谷のストリップの「道頓堀劇場」でコント修業を積む。
フジテレビ「花王名人劇場」でテレビデビューし、人気お笑いタレントの仲間入り。
80年代後半からソロ活動が多くなり、バラエティー番組を中心に活動。
99年に18歳年下のフルート奏者の敦子夫人と結婚、翌年に長女が誕生。


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投稿者 joqr : 16:01

2008年05月18日

5月19日~5月23日の邦流は、高木美保さん

今週の「邦流」のゲストは、女優・エッセイストの高木美保さん

●5月19日(月)
小さい頃からワンパクで男の子とばかり遊んでいた高木美保さん、
礼儀作法に厳しいお父様からは、「女の子らしい服装をしろッ」と叱られていたそうです。
でも高木さんは、そんな父の心配をよそに、外を遊びまわっていたそうです。
その頃のお話をお伺いしています。

●5月20日(火)
お父様の脱サラにより、生活が一変。
一時期、家が傾くほどの貧困生活を送った高木美保さんですが、
ご自身の青春時代も男っ気のない残念なものだったそうです。
しかしそんな折、友人の付き添いとして行った女優のオーディションで、
高木さんは転機を迎えることになります。
その頃のお話です。

●5月21日(水)
主演ドラマの大ヒットで、一躍スターの仲間入りを果たした高木美保さんですが、
絶頂期に女優を辞めてしまいます。
そこには高木さんの「役を演じることへの苦悩」があったのだそうですが、
そんな折、高木さんは日本の自然に触れ、その素晴らしさに惹かれていきます。
その頃のお話をお伺いしています。

●5月22日(木)
那須での田舎暮らしを始めた高木美保さん。
現在は、東京と那須との往復生活を続けていらっしゃいますが、
高木さんは田舎暮らしの魅力を、「人づきあいの温かさ」と考えていらっしゃいます。
そんな高木美保さんの田舎暮らしについてお話をお伺いしています。

●5月23日(金)
ハリウッドスターのキアヌ・リーブスが大好きと公言して憚らない高木美保さんですが、
高木さんの求める男性像には主に3つのポイントがあるそうです。
今日は高木さんの理想の男性についてお話を伺っています。

お楽しみに!

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<高木美保>
1962年生まれ。東京都葛飾区出身。
1998年、自然とともにある生活を求めて栃木県那須郡に移住し、
自ら有機農業にも従事。
テレビのコメンテーターとしても活躍中で、
飾らない自然体で発せられるコメントは広く一般に受け入れられている。
好きな人物はキアヌ・リーブス、五木寛之、イル・ディーボ、サラブライトマン。

「SATURDAY HUMAN SQUARE 高木美保 close to you」
http://www.joqr.co.jp/closetoyou/

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投稿者 joqr : 16:15

2008年05月11日

5月12日~5月16日の邦流は、中村メイコさん

今週の「邦流」のゲストは、中村メイコさん!

5月12日(月)
ユーモア作家のお父様と元新劇女優のお母様の間に生まれた中村メイコさん。
ご両親は当時、時代の最先端をいくモボ・モガだったそうで、
その生活ぶりが他とはちょっと違っていたそうです。
今日は、中村メイコさんのご両親についてお話を伺っています。

5月13日(火)
当時、すでに名子役として大活躍だった中村メイコさん。
「普通の女の子の生活がしたい」という願望から、
当時若者の間で流行っていたアルバイトを始めます。
そして、そこで出会ったある人にメイコさんは恋をしてしまいます。
さてそのお相手とは・・・
今日は、中村メイコさんの初恋についてお話を伺っています。

5月14日(水)
中村メイコさんは、仕事現場で、当時、音大生だった神津善行さんと出会い、
その後、結婚します。
でもそれを聞いて号泣する男が一人・・・
その人は、そんなメイコさんへの想いを込めて、
今では世界中で歌われる名曲となった、あの曲を作り出します。
今日は中村メイコさんの結婚についてお話を伺っています。

5月15日(木)
中村メイコさんのご家族は、夫で作曲家の神津善行さんを筆頭に、
優れた芸能一家でいらっしゃいます。
女優業をこなしながら、家族を切り盛りするのは、
並大抵のことではなかったようですが、
そこは、独自のルールと絆で乗り越えていったそうです。
今日はメイコさんの家族についてお話を伺っています。

5月16日(金)
中村メイコさんの大の親友であった美空ひばりさん。
メイコさんは、ひばりさんのことを思い出すあまり、
あの名曲「川の流れのように」を今でも聴くことができないのだそうです。
今日は親友だった美空ひばりさんの思い出をお伺いします。

お楽しみに!

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<中村メイコ>
女優。作家・故・中村正常の長女として東京に生まれる。
2歳8ヶ月で映画「江戸っ子、健ちゃん」でデビュー。
1957年、作曲家・神津善行氏と結婚。
長女・十月(カンナ)、次女・八月(はづき)、長男・善之介の一男二女の母。
現在も舞台、ドラマ、映画、ラジオ、執筆と幅広く活躍中。

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投稿者 joqr : 16:14

2008年05月04日

5月7日~5月9日の邦流は、玉川美沙さん

今週の「邦流」のゲストは、玉川美沙さん!

●5月7日(水) 「大阪から東京へ」
生まれ故郷である大阪でラジオのパーソナリティーなどをしていた玉川美沙さん。本人は地元で気楽にやっていくつもりだったらしいのですが、周りの人たちがあまりにも東京進出を進めるため、その流れに身を任せてみたところ、トントン拍子でラジオ・テレビの仕事が決まっていったそうです。
唯一の悩みといえば地元に残してきた当時の彼氏のこと。果たして恋の行方は?

●5月8日(木)「オートバイと焼酎」
高校生の頃、「走り屋」に憧れてオートバイに乗り始めたという玉川美沙さん。お酒を飲むようになってからは焼酎にハマり、自宅には150本もの焼酎が常備されているそうです。
「オートバイ」と「焼酎」。玉川美沙さんにとって大切なこの2つのモノについてアレコレ伺っています。

●5月9日(金)「恋の話」
初恋。バレンタインデーでの苦い思い出。親友である藤原紀香さんの結婚。
「たまなび」でもあまり話さないという、玉川美沙さんの恋愛感について執拗に迫ってみました。

お楽しみに!

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<玉川美沙>
1971年生まれ。大阪府出身。
FM大阪でラジオパーソナリティーとして番組を担当。
以後東京へ活躍の場を移す。
現在、文化放送『玉川美沙たまなび』(月~金)のパーソナリティーとして活躍。

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投稿者 joqr : 15:37

2008年04月27日

4月28日~5月2日の邦流は、山本譲二さん

今週の「邦流」のゲストは、山本譲二さん!

●4/28(月) 「苦労してこぎつけた初デート」
高校球児として甲子園にも出場した山本譲二さんは、
当時あこがれだった「みっちゃん」とデートをしたいがために
ある方法を使って厳しい部活をさぼりました。
月曜日は、山本青年の思い出の初デートの話です。

●4/30(水) 「新宿駅での野宿がスタートだった上京物語」
山口県から上京して、行くあてのないまま新宿駅にたどりついた
山本譲二さんは新宿駅前での野宿が東京生活のスタートだったそうです。
水曜日はデビューのきっかけとなった恩師・浜圭介さんや
師匠の北島三郎さんとの出会いのお話です。

●5/1(木) 「実は他人の曲だった『みちのくひとり旅』」
大ヒット曲となった「みちのくひとり旅」は当初、違う歌手の歌として
つくられたもので、あることがきっかけで山本譲二さんの歌になったそうです。
木曜日はそんな「みちのくひとり旅」とのめぐり合いのお話です。

●5/2(金) 「最後の女・悦子夫人の話」
最終日は、山本譲二さんの「最後の女」悦子夫人のお話です。
金曜日は涙無くしては聞けない、娘さんの出産エピソードです。

お楽しみに!

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<山本譲二>
1950年、山口県下関市出身。
歌手を夢見て上京。デビューするも下積み時代が続く。
北島三郎の門をたたき修行を重ね、
山本譲二として1978年「北ものがたり」で再デビュー。
『みちのくひとり旅』でミリオンセラーを記録し、名実ともの夢を叶える。
テイチクエンタテインメントへ移籍後、
しあわせ演歌で新境地を開拓、連続ヒットを記録している。

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投稿者 joqr : 16:00

2008年04月21日

4月21日~4月25日の邦流は、水谷豊さん

今週の「邦流」のゲストは、水谷豊さん!
お楽しみに。

<水谷豊>
1952年生まれ、北海道出身。
68年にTV「バンパイヤ」(CX)で主演デビュー。
少年時代からドラマを中心に活躍する。
その後チンピラ役を演じた74年「傷だらけの天使」、
熱血先生役を演じた78年「熱中時代」で、若者を中心に多大な影響を与える。
76年の映画「青春の殺人者」では、キネマ旬報主演男優賞を受賞。
今年5月1日から公開される「相棒 -劇場版-」は
25年ぶりの本格的な映画出演となる。
また、歌手としては、79年「カリフォルニア・コネクション」など
数々の大ヒット曲を持ち、
今年5月14日にセルフカバーのCDアルバム「TIME CAPSULE」を発売。

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月曜日
北海道の大自然のなかで生まれた水谷豊さん。
子供の頃、テレビがなぜ映るのか不思議でしょうがなかったそうです。
そんなテレビの魅力に惹かれていったことが、
今日(コンニチ)の俳優・水谷豊ができあがるきっかけだったように私は思えました。
今日は、水谷さんの少年時代の話をお伺いしています。

火曜日
近所のおばさんの紹介で児童劇団へ入団した水谷豊さん。
岸田今日子さんら、諸先輩方にかわいがられながら順調に、役者をこなし、
ついに念願のテレビに出演します。
しかし、あれだけ楽しみにしていたテレビ出演も、
思春期の水谷さんには、思ったほどの感動はなく、
ついに役者をやめてしまいます。
今日は、その頃のお話です。

水曜日
俳優をやめた後、大学受験の失敗から家出を繰り返すようになった水谷豊さんは、
お金を稼ぐ手段として再び俳優の道に戻ることになります。
しかし、俳優を続けることへの迷いが消えることはなく、
名作「傷だらけの天使」を演じているなかでも、その葛藤は残っていたのだそうです。
今日は、そんな水谷さんの俳優への迷いを伺っています。

木曜日
水谷豊さんが主演したドラマ「熱中時代」。
これは水谷さんのこれまで求められていたチンピラ役のイメージを打ち壊すものになりました。
演技ではなく、本当の先生と生徒として接しようと心がけた水谷さんと、
それに応えようとする生徒たちの力が、あの卒業の名場面を作ったのだそうです。
今日は、熱中時代のお話です。

金曜日
水谷豊さんの奥様といえば、ご存知、伊藤蘭さんです。
おふたりは、夫婦喧嘩をすることがほとんどないんだそうですが、
それは水谷さんが奥様の出産に立ち会ったことがきっかけだったそうです。
今日は、奥様とのエピソードと最新映画「相棒」についてお話を伺っています。

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投稿者 joqr : 15:34

2008年04月11日

4月14日~4月18日の邦流は、山田邦子さん

今週の「邦流」のゲストは、山田邦子さん!

●4月14日(月) 「幼少~高校時代のお話」
学校では大人気だった邦子さん。
家ではおとなしい女の子だったそうです。
その理由や爆笑のお父様のエピソードをうかがっています。

●4月15日(火) 「芸能界に入ったきっかけ」
学校で人気者だった邦子さんですが、芸能界デビューしたら退学という学校でした。
もちろんお父様も大反対。
デビュー当時のお話をうかがっています。

●4月16日(水) 「大ブレイクの毎日」
当時週に16本ものレギュラーをこなしていた邦子さん。
一度辞めたいと思ったことがあったそうです。
水泳大会やひょうきん族のウラ話も飛び出します。

●4月17日(木) 「結婚生活」
2000年に結婚なさった邦子さん。
旦那さんとは何十年も前から知り合っていたんだそうです。
結婚生活そして乳がんのお話をお聞きしています。

●4月18日(金) 「舞台の仕事への憧れ」
来週から公演される「アニー」。
座長までつとめた邦子さんが今回はかなり苦労なさっているんだそうです。
アニーのウラ話をうかがっています。

お楽しみに!

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<山田邦子>
昭和56年5月、TBSドラマ『野々村病院物語』でデビュー。
同時に『皆様右手をごらんくださいませ。一番高いのが中指です。』など
一連のギャグを織り込んだバスガイドネタでデビュー。 
翌年度末のバラエティ部門新人賞を総嘗めし、一躍テレビ界の寵児となる。
以後、司会・ドラマ・講演・執筆等の分野にマルチぶりを発揮し、
平成1年から8年迄NHK“好きなタレント”調査では8年連続第1位 を記録した。
執筆分野では既に13タイトルの小説を上梓し、その他多数のエッセイ本も出している。


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投稿者 joqr : 11:48

2008年04月06日

4月7日~4月11日の邦流は、秋川雅史さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の秋川雅史さん!

●4月7日(月)音楽とともに成長した日々
高校の音楽教師で声楽家の父を持った秋川雅史さん。
機嫌が良いときは、ところかまわず歌をうたっていたという父親のもとで育った秋川さんのまわりには、常に音楽がありました。今日はその頃のお話をお聞きしました。

●4月8日(火)失恋とイタリア道中記
東京の音楽大学に進学し、大学院を修了後、秋川雅史さんは、予てからの目標だったイタリアへの留学を決意します。
でもこれは当時、ひとめぼれした後輩の女の子に振られたことがきっかけでした。
今日は、そんな失恋の思い出と、イタリア語を一切学ばないで訪れたイタリアでのエピソードをお聞きしています。

●4月9日(水)扁桃腺との戦い
イタリア留学から4年が過ぎた頃、秋川雅史さんは突然、歌声に変な音が交じるようになります。
検査の結果、それが扁桃腺肥大とわかった秋川さんは、自らの美しい声を取り戻すため、扁桃腺の手術をしてくれる病院をアルバイトしながら探します。
今日は、そんな扁桃腺との戦いの日々をお聞きしています。

●4月10日(木)千の風になってとの出会い
今の秋川雅史さんの確固たる地位を築き上げたのが、この曲「千の風になって」です。
秋川さんは、この曲の歌詞から、突然この世からいなくなってしまったある人のことを思い出すそうです。
今日はそんな秋川さんの「千の風になって」についてのエピソードをお伺いしています。

●4月11日(金)祭りとシュークリーム
「テノールの貴公子」「秋様」なんて呼ばれる秋川雅史さんですが、実は毎年地元の祭りに参加し、一年のストレスを解消しているそうです。
今日は、そんな祭りのエピソードとコンサートのまえに必ず食べるシュークリームのお話、そして最新アルバムについてお話をお伺いしています。

お楽しみに!

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<秋川雅史>
1967年愛媛県西条市生まれ。
4歳よりヴァイオリンとピアノを始める。
後に声楽家である父の指導のもとに、声楽の道へと転向。
国立音楽大学・同大学院にて中村健氏の指導を受けた後、
4年間イタリアのパルマでデリオ・ポレンギ氏に師事。
帰国後、第九のソロや数々のコンサートに出演。
1998年カンツォーネコンクール第1位、
日本クラシック音楽コンクール最高位をそれぞれ受賞。
2001年CDデビュー。
そして、2004年、JOC(日本オリンピック委員会)
公式応援ソング「輝け日本」(作詞・作曲:遠藤実)の歌手として任命され、
今後オリンピック開催毎にその美声が披露される。
現在、最も注目を浴びる若手テノール歌手として話題を呼んでいる。


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投稿者 joqr : 15:47

2008年03月30日

3月31日~4月4日の邦流は、綾戸智恵さん

今週の「邦流」のゲストは、ジャズシンガーの綾戸智恵さん!

●3月31日(月) 「音楽の原点」
3歳からホテルのラウンジなどでピアノを弾いていたという綾戸智恵さんは、通っていたミッション系の幼稚園で初めてゴスペルに触れ、そこに「音楽の楽しさ」を見い出したといいます。その後もピアノのレッスンを続けた綾戸智恵さん。高校生の頃には大阪・ミナミのジャズクラブで弾き語りをしてギャラを貰うまでになっていました。当然、プロにならないかとのスカウトもあったそうですが、本人に全くその気はなかったそうです。1日目は、綾戸智恵さんの「音楽の原点」についてお話を伺っています。

●4月1日(火) 「アメリカでの生活」
高校3年生の時に憧れのアメリカを初めて訪れて以来、渡米を繰り返していた綾戸智恵さんは、ある日、ニューヨークのCDショップの店員に「教会に連れてってやるよ」と声をかけられたのがきっかけで「本場のゴスペル」と出会い、そのパワーに圧倒されたそうです。そして、その後、教会で知り合った外国人男性と結婚。しかし、幸せな日々は長くは続きませんでした。2日目は、綾戸智恵さんがアメリカで生活していた頃のお話を中心に伺っています。

●4月2日(水) 「デビューまでの軌跡」
1歳にもならない幼子を抱えてアメリカから大阪に戻ってきた綾戸智恵さん。しばらくは子育て中心の生活を余儀なくされますが、しだいにライブ活動を再開。そして40歳の時、知り合いに頼まれてたまたま出演したジャズフェスティバルで「ドクタージャズ」と呼ばれる大先生にスカウトされることになります。そんな時、必死に口説くスタッフに綾戸さんはある条件(給料補償)を突きつけました。その条件とは…? 3日目は、綾戸智恵さんが40歳でデビューするまでの軌跡を伺っています。

●4月3日(木) 「家族への思い」
「まず家族があって、次に歌がある」と語る綾戸智恵さん。歌手活動で忙しい中でも息子さんのお弁当とお母様への食事は毎朝欠かさず作っていたそうです。そんな家族思いの綾戸智恵さんですが、息子さんが小学校1年生の時に担任の先生と意見が衝突。以降、息子さんは不登校になり悩んだ時期もあったんだとか…。4日目は、綾戸智恵さんの家族に対する思いを伺っています。

●4月4日(金) 「これからのこと」
綾戸智恵さんは昨年の9月に名前の表記を本名(「綾戸智絵」 → 「綾戸智恵」)に戻して活動をしていますが、これにはいろいろな意味があるそうです。現在は10周年記念全国ツアーの真っ最中。昨年の10月にはニューアルバムも発売されています。このアルバム、女性を口説くにはもってこいですよ!(邦丸 談) 最終日は「これからのこと」について伺っています。

お楽しみに!


<綾戸智恵>
1957年、大阪生まれ。
3歳からピアノの勉強を始め、両親の影響でジャズ、そしてアメリカに興味を持つ。
10代で渡米。結婚、離婚を経て34歳で帰国。
数々の仕事を経験して40歳でCDデビュー。



※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 16:30

2008年03月24日

3月24日~3月28日の邦流は、朝丘雪路さん

今週の「邦流」のゲストは、女優の朝丘雪路さん!

●3月24日(月) 「朝丘雪路さんのお嬢様伝説」
大正から昭和にかけて一世を風靡した画家の伊東深水さんの一人娘として
生まれた朝丘雪路さん。
お父様に、それはそれは大切に育てられたそうで、
小学生時代は、ばあやさんと一緒に人力車で学校に通っていたのだそうです。
今日は、そんな朝丘雪路さんの驚くべきお嬢様伝説をお聞きしています。

●3月25日(火) 「宝塚入団、そしてジャズとの出会い」
中学まで何不自由なく、育てられた朝丘雪路さん。
そのあまりの過保護ぶりを見かねた父親の友人達に薦めにより、
朝丘さんは宝塚歌劇団へ入団することになります。
生まれて初めての家事や厳しいレッスンに悪戦苦闘している中、
朝丘さんはジャズに出会い、そのジャズのおかげで
初舞台の年に主役に抜擢される快挙を成し遂げます。
その頃のお話をお聞きしました。

●3月26日(水) 「11PMとボイン誕生秘話」
ジャズの才能を見出だされ、「神風タレント」と呼ばれるほど、
超売れっ子になった朝丘雪路さんは、
宝塚を退団後、伝説の深夜テレビ番組「11PM」に出演することになります。
でも11PMへの出演は、朝丘さんを溺愛する
お父様のススメによるものであったのだそうです。
そんな朝丘さんと11PMとの出会い、そしてボイン誕生までのお話です。

●3月27日(木) 「津川雅彦さんとお姑さんとの生活」
朝丘雪路さんは、28歳の時に1度ご結婚をなさっています。
相手には全く不満はなかったのですが、
当時、舞台で共演した津川雅彦さんのある一言が原因で、
結局、離婚してしまいます。
その後、朝丘さんはその津川さんと再婚することになるのですが、
朝丘さんはその結婚生活においてお姑さんとの生活が
今も忘れられないと仰っています。
津川さんとの再婚とお姑さんについてお聞きしています。

●3月28日(金) 「40数年ぶりジャズについて」
朝丘雪路さんのお父様、伊東深水さんは朝丘さんがお付き合いする人に対しても、
かなりうるさかったそうで、よく朝丘さんに「男はボーフラだ」と仰っていたそうです。
そんなお父様のお話や、40数年ぶりに歌ったジャズの話など、
朝丘さんの近況についてお話をお聞きしています。

お楽しみに!

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<朝丘雪路>
昭和10年生まれ。3歳のころより日本舞踊を花柳三之輔に師事。
洋舞を矢田茂、音楽を服部良一に師事。
山脇学園卒業後、昭和26年宝塚音楽学校に入学。
在団中にジャズ歌手としてデビュー、数々のステージを踏む。
宝塚歌劇団退団後、松竹映画と専属契約。
その後フリーになり、舞台で活躍。
映画、テレビ、 歌、に各方面、多くのファンを持つ。
日本舞踊深水流家元 深水美智雪。
夫は俳優の津川雅彦、長女は女優の真由子。
義兄長門裕之、義姉南田洋子など芸能一家である。
父親は、日本画家・故伊東深水。

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投稿者 joqr : 08:30

2008年03月17日

3月17日~3月21日の邦流は、コメディアンの志村けんさん

今週の「邦流」のゲストは、コメディアンの志村けんさん

●3/17(月)「志村けん初体験の話」
朝から恐縮ですが、若き日の「コタツ」での秘め事や、意外?にもロマンティックな志村けんさんのエピソ-ドを伺っています。
●3/18(火)「ドリフの笑いのヒミツ」
ドリフターズでの「8時だョ!全員集合」のコントにはある鉄則があったそうです。ドリフのコントについて伺います。
●3/19(水)「ギャグが生まれる瞬間」
志村けんさんのコントやギャグがどうやって出来てきたか掘り下げて伺っています。「人間観察」がキーワードです。
●3/20(木)「志村けんさんの好きなタイプは?」
志村けんさんの女性のタイプなど恋愛感について伺っています。恋愛にはいつも真剣で、相手の親御さんに会う事もしょっちゅうだとか・・・そんな志村けんさんの恋愛体験をたくさん披露してもらいます。
●3/21(金)「志村けん一座の舞台『志村魂』の話」
生で「バカ殿」が見られる志村けんさんの舞台「志村魂」の話題です。コント以外にも志村けんさんの意外な一面が見られます。

お楽しみに!!

<志村けん>
1950年、東京都東村山市生まれ。
1974年にザ・ドリフターズの正式メンバーに。
「東村山音頭」「ひげダンス」「カラスの唄」などで、瞬く間に人気となる。
1985年「8時だよ!全員集合」終了後は単独でも活動をスタート。
「バカ殿様」「変なおじさん」など、次々に人気キャラクターを発表。
主な著書に「変なおじさん 完全版」「志村流」「志村流遊び術」がある。

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投稿者 joqr : 08:30

2008年03月10日

3月10日~3月14日の邦流は、歌手の和田アキ子さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の和田アキ子さん
柔道の師範をしている厳格な父親のもとで育った和田さん。
事あるごとに“シバかれていた”そうで、
中学時代、和田さんは反発して家出を繰り返していました。
その時は“ミナミのアコ”として大阪で名前をとどろかせ、
ケンカに明け暮れる日々。
「顔が気に入らない」という理由だけで
ケンカをふっかけた事もあったそうです。
「1日10回はケンカしないと気がすまなかった」という
和田さんの武勇伝をお聞きしています。
その後、ゴーゴー喫茶で歌っているところを
「世界に通用する歌手に育てる!」と、ホリプロの堀会長が自らスカウト。
直々にスカウトされたのはホリプロの歴史の中でも
和田さんだけなんだそうです。
結婚してすぐに子宮ガンである事が発覚。
子宮を摘出することになり、
子供に対する思いが人一倍強かった和田さんは、
何度も自殺を考えたそうです。
そんな時、夫の飯塚さんは付きっ切りで看病して、
和田さんを支えました。
“夫婦愛”について語ってもらっています。
1月17日に発売された本「おとなの叱り方」が現在好評発売中。
「人を叱る」とはどういうことなのか?
“和田さん流の叱り方”を伝授してもらっています。
お楽しみに!!

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<和田アキ子>
1950年、大阪府生まれ。
1968年「星空の孤独」で歌手デビュー。
以来、「どしゃぶりの雨の中で」「笑って許して」
「あの鐘を鳴らすのはあなた」など、数々のヒットを飛ばす。
その後も、”ゴッド姉ちゃん”とよばれ、
ラジオやテレビ番組の司会などで活躍中。
現在、2月27日発売の新曲「幸せのちから」が好評発売中。

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投稿者 joqr : 11:00

2008年03月02日

3月3日~3月7日の邦流は、川中美幸さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の川中美幸さん!
大阪・吹田で生まれた川中さんは、
小さな頃からご両親の笑顔見たさに数々のちびっ子のど自慢大会に出場。
当時から歌の上手さは評判だったとか。
そんな川中さんのデビューは17歳。
しかしそこに待っていたのは、華々しい世界ではなく挫折の日々。
そんなつらい毎日を送る川中さんを救ったのはお母さんでした。
川中さんを救ってくれた一言とは?
2枚のシングルをリリースして挫折して大阪に戻った後も、
歌手の夢が捨てられず、地元の人に後押しされて再びデビューすることに。
5作目のシングル「ふたり酒」で初のミリオンセラーを記録。
しかし、この曲は最初は乗り気ではなかったそうです。
その当時のウラ話をきいています。
そのほか紅白歌合戦やヒット曲のエピソードを
たっぷりとお話ししていただいています。
お楽しみに!

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<川中美幸>
1955(昭和30)年、大阪府吹田市生まれ。
73年春日はるみの芸名でデビユー。
77年川中美幸に改名、「あなたに命がけ」で再デビュー。
80年「ふたり酒」がミリオンセラーとなり、
日本レコード大賞金賞など、各賞受賞。
81年NHK紅白初出場。
84年大阪梅田コマ劇場初座長公演。
以後、大阪、東京、名古屋で精力的に公演を続け、
「越前岬」「豊後水道」「二輪草」などのヒットで不動の人気を得る。
レギュラー番組、文化放送「人・うた・こころ」(月~金)が人気。

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投稿者 joqr : 11:00

2008年02月25日

2月25日~2月29日の邦流は、永島敏行さん

今週の「邦流」のゲストは、俳優の永島敏行さん!
ご実家が旅館を経営していたため、
従業員の大人たちに囲まれて育った永島さん。
ブルドックだけが友達だったという永島さんの少年時代とは?
1977年、映画「ドカベン」でデビューされますが、
そのきっかけは父親が勝手に申し込んだオーディション。
俳優になるとは考えてもいなかったとか。
つづく「サード」は自らオーディションを受けて大抜擢。
その意外な理由とは?
また主演男優賞を受賞した「遠雷」での石田えりさんのアノシーンのウラ話も
お聞きしました。
永島さんと言えば、農業についてもプロ級の知識をお持ちで有名ですが、
農業にのめりこんでいったきっかけや、
その魅力などについて熱く語っていただいています。
お楽しみに!


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<永島敏行>
昭和31年、千葉県生まれ。俳優。
専修大学文学部卒業。
大学在学中の昭和52年、映画「ドカベン」でデビュー。
昭和53年、主演映画「サード」で
ブルーリボン賞新人賞など数々の新人賞を受賞。
昭和56年「遠雷」では主演男優賞を独占。
映画、舞台、テレビで活躍する他、
秋田で農家から米作りを教わったのをきっかけに、
米作りにも取り組む。
昨年より、全国各地の農産物、海産物を集めた
「青空市場」の実行委員長を務める。

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投稿者 joqr : 10:34

2008年02月18日

2月18日~2月22日の邦流は、小松政夫さん

今週の「邦流」のゲストは、コメディアン・俳優の小松政夫さん!
子供の頃から友達を呼んで演芸会を開くなど、
人前で何かすることが大好きだったという小松さん。
子供に頃に住んでいた家の前は神社で、
お祭りの時に出る屋台の口上がおもしろくてずっと見ていたとか。
中でも大好きだったという「バナナのたたき売り」を再現してもらいました!
高校卒業後は、俳優を目指して上京し、
新劇の研究生の試験を受けて合格するも、入団費と月謝が払えずに断念。
いくつもの職を転々とした後に入った横浜トヨペットでは入社早々トップセールスマンに!
優秀なセールマンで収入も良かった小松さんが、
コメディアンになろうと思ったきっかけとは?
小松さんのキャリアは植木等さんの付き人からスタート。
付き人になって3年目、付き人を卒業する瞬間は突然訪れ、
植木さんにかけられた“ある言葉”に小松さんは感動して号泣してしまったそうです。
「温かい人柄で何度も泣かされた」と小松さんが語る植木等さんの知られざる素顔とは?
師弟の感動エピソードが満載です!
「シャボン玉ホリデー」でデビューした後、数々のギャグで一世を風靡!
あの人気ギャグが誕生した瞬間について熱く語っていただきました。
さらに、1日1つ“あの人気ギャグ”をやってくれています。 
これには邦丸も大感激! お楽しみに!!

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<小松政夫>
1942年、博多生まれ。
公募で植木等の付き人兼運転手として芸能界入り。
付き人時代の約4年間にタレントとしての基礎を学び、
日本テレビ「シャボン玉ホリデー」でデビュー。
その後「どうして!どうして!おせーて!」「もう、イヤ、こんな生活!」や
「電線音頭」「しらけどり音頭」などで一躍人気コメディアンとなる。
俳優としても数多くのテレビドラマ、映画、舞台で活躍中。

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投稿者 joqr : 08:00

2008年02月11日

2月11日~2月15日の邦流は、作詞家の松本隆さん

今週の「邦流」のゲストは、作詞家の松本隆さん
松田聖子、太田裕美、薬師丸ひろ子、近藤真彦、小泉今日子など、
これまでに作詞を手がけた曲はなんと2000曲以上!
そんな松本さんですが、子供の頃は文学青年だったそうです。
音楽に目覚めたきっかけは中学生の時に聴いたビートルズ。
その時に感じた衝撃とは?
大学時代には細野晴臣さんなどと共に
「はっぴぃえんど」の前身となるロックバンドを結成。
この当時から"日本語ロック"にこだわっていたそうです。
「はっぴぃえんど」解散後は作詞家として活動することを決意。
しかし当時は「歌謡界に身を売った」と周りからは冷たい目で見られ、
とてもつらかったとか…。
そんな時代を乗り越えヒット曲を連発。
あの名曲が生まれるまでのウラ話をたっぷりお聞きしています!
お楽しみに!

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<松本隆>
1949年7月16日、東京都港区生まれ。
20歳の時、伝説のロックバンド「はっぴいえんど」を細野晴臣、大瀧詠一、鈴木茂と結成し、
ドラムスと作詞を担当。
同バンド解散後、作詞家となり太田裕美、松田聖子をはじめ多数のヒット曲を手がけ、
81年「ルビーの指環」で日本レコード大賞作詞賞を受賞。
KinKi Kids(97年~)や山下達郎(96年~)へシングル、アルバムの作品を提供し、
98年10月インターネット上で公式サイト「風待茶房」を開設。
2002年、シューベルト「美しき水車小屋の娘」を日本語訳するなど
クラシック方面での活動を続ける一方、オリジナル・ラヴ、中島美嘉、藤井隆などへ詞を提供。
また、インディーズ・レーベル"風待レコード"を発足。


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投稿者 joqr : 11:00

2008年02月04日

2月4日~2月8日の邦流は、歌手のペギー葉山さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手のペギー葉山さん。
中学時代からジャズに夢中になり、高校生になるとアメリカ軍のキャンプで歌っていたそうですが、
その頃からすでに“ペギー葉山”という名前だったそうです。
この名前は、なんとある“まちがい電話”がきっかけで付けられたのだとか。
“ペギー葉山”誕生の驚きのエピソードとは?
1959年にリリースされた戦後の歌謡史に残る名曲「南国土佐を後にして」や、
♪「ド~はドーナツのド」でおなじみの「ドレミのうた」が
大ヒットするまでのウラ話もたっぷりとお聞きしています。
当初は♪「ミ~は“みんな”のミ」ではなかった!?
最後に、2005年に亡くなった夫で俳優の根上淳さんに対する思いも
じっくりと語ってもらっています。
ペギーさんがひつぎの中に入れた手紙に書いたという「3つのごめんなさい」とは?
お楽しみに!

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投稿者 joqr : 11:00

2008年01月28日

1月28日~2月1日の邦流は、女優の冨士眞奈美さん

今週の「邦流」のゲストは、女優の冨士眞奈美さん
静岡県の三島のお生まれで、幼少の頃は近くを流れる柿田川で泳いでいたという冨士さん。
お父さんは新聞記者をやっていたため、
家の本棚には日本文学がズラリ。
父親の影響からか小学生の頃から本を読むのが大好きで、
「将来は物を書く事をしたかった」とのこと。
そんな芝居に興味がなかった冨士さんが
女優の道を歩むことになったきっかけとは?
大ヒットドラマ「細うで繁盛記」では「おみゃーに食わせる飯などねーズラ!」と
ヒロインをいびる小姑役がハマリ役で話題に。
この役をきっかけに「行かず後家」の役を一手に引き受けることにようになったそうです。
冨士さんが「背水の陣で臨んだ」と語る「細うで繁盛記」のウラ話を語っていただきました。
さらに、かつて「横綱・柏戸の次に飲む」と言われるほど
酒豪でならした冨士さんのお酒のエピソードもお聞きしています。
お楽しみに!!

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<冨士眞奈美>
静岡県三島市出身。
1957年NHK専属女優となる。
「この瞳」(内村直也作)でデビュー。
俳優座養成所第9期生として3年間、 演技の基礎を学ぶ。
1960年フリーになる。
1974年に結婚、一女をもうける。 女優業を休業、文筆業に専念。
1984年に離婚、女優業復活。
趣味は、オペラ鑑賞、俳句、相撲・プロ野球観戦。

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投稿者 joqr : 11:00

2008年01月21日

1月21日~1月25日の邦流は、氷川きよしさん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の氷川きよしさん
昨年、氷川さんには邦流に出演して頂きましたが、
その時は2日間だけの放送でした。
リスナーのみなさんから「氷川さんのお話をもっと聞きたい!」という声が多かったため、
今週は「邦流特別バージョン」として、
これまでの氷川さんのヒット曲を聴きながら、
それぞれの曲について氷川さんと一緒に振りかえっていきます。
お楽しみに!

<氷川きよし>
高校在学中に演歌に目覚め、数々のオーディションやカラオケ大会に出場。
平成7年12月、NHK-BS「歌謡塾あなたが一番」に出演し、
審査員をしていた作曲家・水森英夫氏にスカウトされる。
平成8年4月、高校卒業後上京。
水森氏に師事し、アルバイトを続けながら3年半の修行を積む。
平成12年2月「箱根八里の半次郎」でデビュー。


※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 11:00

2008年01月15日

1月15日~1月18日の邦流は、渡辺久信さん

今週の「邦流」のゲストは、埼玉西武ライオンズ新監督の渡辺久信さん!
現役時代は3度の最多勝に輝くなど、西武の黄金期を支えた渡辺久信さん。
高校時代は、1年の春から前橋工業のエースとして活躍しますが、高校最後の夏の予選では決勝戦で自らの押し出し四球でサヨナラ負けを喫してしまいます。
しかしそのサヨナラ負けが渡辺さんの野球に対するターニングポイントになったそうです。
そのときのエピソードを語ってもらってもらいました。
早熟だった渡辺さんはピークが25歳の頃にやってきて、それ以降は苦しみながらのピッチングが続いていました。
そんな中、西武時代の盟友・郭泰源さんから「ピッチングコーチと台湾にきてくれ」と要請があります。
そこでコーチ兼選手でいきなり最多勝を獲得するなど大活躍。
渡辺さんが台湾で見たもうひとつの野球とは?
最後に今年の新生西武ライオンズのペナントレースの戦い方も伺いました!

<渡辺久信>
1965年生まれ。群馬県出身。
前橋工業から84年のドラフト1位で西武に入団。
3年目の86年には16勝をあげて最多勝を手にするなど、
西武黄金期のエースとして君臨。
90年、91年には日本シリーズで完封勝利を収め、
2年連続でMVPを獲得。
98年に移籍したヤクルトで日本球界から引退した後、台湾リーグで活躍。
04年から西武2軍コーチ、05年に二軍監督をつとめ、
今シーズンから監督に就任。


※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 11:00

2008年01月07日

1月7日~1月11日の邦流は、俳優の地井武男さん

今週の「邦流」のゲストは、俳優の地井武男さん
8人兄弟の末っ子として皆に可愛がられていた地井さん。
小学校の学芸会があるとお姉さん達がお芝居の練習に付き合ってくれ、
それがきっかけで俳優の道を歩むことになったそうです。
高校卒業後は俳優座に入るわけですが、
同期は村井国夫さん、原田芳雄さん、小野武彦さん、前田吟さんなどそうそうたるメンバー。
そんな養成所の仲間達との出会いが今の地井さんを作ったそうです。
養成所時代をふりかえってもらっています。
地井さんは最初の奥さんをガンでなくされていますが、
闘病中、「北の国から」の中で、
地井さん演じる中畑和夫の妻がガンで亡くなる場面が出てきます。
その撮影の始まる2ヶ月前に地井さんの奥さんは亡くなってしまい、
撮影では涙が止まらなかったのだとか。
その時の心情をたっぷり語ってもらいました。
お楽しみに!!

<地井武男>
1942年、千葉県生まれ。63年、俳優座養成所15期生に。
68年、映画「斬る」でデビュー。70年には「沖縄」の主役として注目を集める。
71年、「海軍特別年少兵」「どぶ川学級」で毎日映画コンクール男優演技賞受賞。
また、「太陽にほえろ!」「北の国から」などテレビドラマにも多数出演。
近年はバラエティやワイドショーのコメンテーターを務めるなど、幅広く活躍している。

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投稿者 joqr : 11:00

2008年01月01日

1月1日・4日の邦流は、若手お笑いコンビの「あきげん」と「ハマカーン」

いつもは1週間1人のゲストにお話をうかがっている「邦流」のコーナーですが、
1月1日・4日はお正月特別企画!
今年ブレイクが期待される若手お笑いコンビの「あきげん」と「ハマカーン」が登場します。
お楽しみに!!

1月1日(火)は、あきげん。

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1月4日(金)は、ハマカーン

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※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 10:00

2007年12月24日

12月24日~12月28日の邦流は、俳優の國村隼さん

今週の「邦流」のゲストは、俳優の國村隼さん
國村さんは、サントリー「オールド」のCMでのお父さん役としておなじみ。
ハリウッド映画や香港映画にも数多く出演している演技派俳優です。
そんな國村さんのデビュー作は、81年に公開された井筒監督の「ガキ帝国」。
全部無許可で撮影を行なったそうで、
中でも「電車内での乱闘シーン」は、
一般の乗客のフリをしながらの撮影で本当に大変だったそうです。
その時の爆笑エピソードを語ってもらっています。
そして1989年公開のハリウッド映画「ブラックレイン」が國村さん2本目の出演作品。
オーディションから撮影まで、ハリウッド映画のウラ側をお聞きしました。
さらにその映画で松田優作さんとも共演。
松田優作さんの素顔とは?
また「演技」についても熱く語ってもらっています。
國村さん曰く「これまで役作りをしたことがない」とのこと。
その理由とは?
國村さんの渋くてカッコイイ声を堪能してください!
お楽しみに!!

<國村隼>
1955年大阪出身。
カンヌ国際映画祭カメラ・ドール賞『萌の朱雀』で主演するなど多くの映画、テレビに出演。
89年『ブラック・レイン』、
92年『ハード・ボイルド/新・男たちの挽歌』、
03年『キル・ビル Vol.1』など海外の映画にも出演。
近日公開の映画は、1月12日公開の『銀色のシーズン』、
1月19日公開の『SILK/シルク』、
2月9日公開の『チーム・バチスタの栄光』など。

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投稿者 joqr : 11:00

2007年12月17日

12月17日~12月21日の邦流は、音楽評論家で作詞家の湯川れい子さん

今週の「邦流」のゲストは、音楽評論家で作詞家の湯川れい子さん
日本にエルヴィス・プレスリーやビートルズを広めたことでおなじみの湯川さんが、
最初にエルヴィスを聞いたのはラジオ。
こどもの頃からラジオのヘビーリスナーになったのは、
"戦争に行ったお兄さん"とのあるエピソードがきっかけ。
お兄さんの思い出を語っていただきましたが、
これが涙無しでは聞けないお話です。
邦丸さんも思わずウルウルきていました…。
湯川さんは昭和35年にジャズ評論家としてデビューを果たしましたが、
もともとジャズは大嫌いだったとか。
それがあるきっかけで"本物のジャズ"を聴き、その世界にのめりこんでしまったのこと。
その時に受けた衝撃とは?
その他、エルビスやジョン・レノンと交流があった湯川さんに、
2人の知られざるプライベートの姿についてたっぷり語ってもらっています。
お楽しみに!!


<湯川れい子>
東京都目黒で生まれ、山形県米沢で育つ。
昭和35年、ジャズ専門誌 『スウィング・ジャーナル』 への投稿が認められ、
ジャズ評論家としてデビュー。
その後、17年間に渡って続いた 『全米TOP40』 をはじめとするラジオのDJ、
独自の視点によるポップスの評論・解説などで、国内外の音楽シーンを紹介し続ける。
また、作詞家としては、代表的なヒット曲に 『涙の太陽』、『ランナウェイ』、『ハリケーン』、
『センチメンタル・ジャーニー』、『ロング・バージョン』、『六本木心中』、
『あゝ無情』、『恋におちて』などがあり、
「FNS歌謡祭音楽大賞最優秀作詞賞」、「JASRAC賞」、「オリコン トップディスク賞作詞賞」など、
各レコード会社のプラチナ・ディスク、ゴールド・ディスクを数多く受賞。

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2007年12月10日

12月10日~12月14日の邦流は、漫画家の永井豪さん!

今週の「邦流」のゲストは、今年でデビュー40周年を迎える漫画家の永井豪さん
子供の頃から"空想が大好き"で、「考えた事が頭の中で勝手に動き出していた」とのこと。
頭の中の空想を吐き出す方法として永井さんが選んだものが漫画だったそうです。
そんな永井さんが本格的に漫画を書くきっかけとなった「あるカン違い」とは?
その後、デビューを目指し、石ノ森章太郎さんのアシスタントとなるわけですが、
「寝られない、食べられないで目がくぼんできた」というほどの過酷生活。
そんな下積み時代を振り返ってもらっています。
デビュー2作目で、大ヒットを記録した「ハレンチ学園」。
しかしそのちょっとエッチな内容から全国のPTAを敵に回し、マスコミからは大バッシング。
TVの討論番組では吊るし上げにあうことも。
でもPTAに実際に会ってみると意外な反応が…。
歴史的名作「デビルマン」「マジンガーZ」「キューティーハニー」は
どうやって生まれたのかも聞いています。
お楽しみに!!


<永井豪>
本名・永井潔(きよし)。
1945年9月6日、石川県輪島市生まれ。
幼いころに手塚治虫の漫画「ロストワールド」に出合い、漫画家を目指す。
65年9月、石ノ森章太郎氏のアシスタントになる。
67年、「目明しポリ吉」でデビュー。
69年4月、ダイナミックプロダクションを設立。
代表作に「ハレンチ学園」「デビルマン」「キューティーハニー」「マジンガーZ」などがある。
大阪芸大キャラクター造形学科教授。血液型O。

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投稿者 joqr : 11:00

2007年12月03日

12月3日~12月7日の邦流は、ピーコさん

今週の「邦流」のゲストは、服飾評論家のピーコさん!
「毛皮のコートとロングブーツ」姿がばっちり決まっていたピーコさん。
以前「野村邦丸のごきげん!二重丸」で「おすぎとピーコのすみれ修道院」という
コーナーを担当されていたこともあり、初日からお互い遠慮なしのトークを展開!
女の子ばかりと遊んでいた幼少時代、無敵(?)の学生時代、初恋の思い出、
アパレルメーカー時代に一日で100点も服を売ったというエピソード、
おすぎさんの話など、たっぷり語ってくださいました!
さらに本のプレゼントもあります。
お楽しみに!

<ピーコ>
1945年横浜生まれ。
高校卒業後自動車販売会社、アパレルメーカーを経て
文化服装学院へ。
卒業後、テレビ制作会社に勤めていたおすぎさんの紹介で、
衣装デザイナーとして芸能界へ。
おしゃべりでも注目を浴び75年に「おすぎとピーコ」としてデビュー。
軽妙なトークが話題を呼び、テレビ、雑誌など活躍。
現在はファッション評論家およびシャンソン歌手としても活躍。

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投稿者 joqr : 10:30

2007年11月26日

11月26日~11月30日の邦流は、島倉千代子さん

今週の「邦流」のゲストは、歌手の島倉千代子さん
大ヒット曲「人生いろいろ」でおなじみの島倉さんですが、曲のタイトルどおり壮絶な人生を歩んでこられたそうです。
7歳の時に命にかかわる大ケガで左手の切断の危機、3度の中絶、離婚、そして6億円の借金…。
戦後の日本の歌謡界を支え、53年間第一線で歌い続けてきた島倉さんにはそんな苦悩があったそうです。
苦しかった時代を振り返ってもらいました。
また、“人生で最も大きな影響を受けた人”という美空ひばりさんとの感動秘話、先日亡くなった大投手・稲尾和久さんとの噂の真相なども語っていただきました!
お楽しみに!!


<島倉千代子>
東京都品川区生まれ。
1955年「この世の花」でデビュー。
「東京だよおっ母さん」「からたち日記」などヒット曲を生み、50周年までに吹き込んだ曲は1600曲以上。
68年「愛のさざなみ」でレコード大賞特別賞、88年「人生いろいろ」でレコード大賞金賞と歌唱賞を受賞。
99年に紫綬褒章を受ける。

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2007年11月19日

11月19日~11月22日の邦流は、作曲家の都倉俊一さん!

今週の「邦流」のゲストは、作曲家の都倉俊一さん
都倉さんは"ピンクレディーの生みの親"といわれ、これまで『S.O.S』『ぺッパー警部』など数々のヒット曲を手がけたことで知られています。
ピンクレディーといえば、インパクトのあるコスチュームや振り付けでおなじみですが、当時のレコード会社は“フォークデュオ”として売り出す予定だったため、都倉さんは1人で猛反対したそうです。
そんな「ピンクレディーの誕生秘話」をお聞きしました!
他に、都倉さんが曲を手がけた代表的な歌手に山口百恵さんがいます。
都倉さんいわく、山口百恵さんには他の歌手にはない“不思議な魅力”があったそうです。
デビューから芸能界を引退するまでを見てきた都倉さんに、様々なエピソードを語っていただきました。
お楽しみに!!


<都倉俊一>
1948年、東京都生まれ。
学習院大学在学中の69年に、中山千夏「あなたの心に」で作曲家デビュー。
ピンクレディーをはじめ、山口百恵、山本リンダなど数多くのヒット曲を手がける。
日本レコード大賞・作曲賞など多くの賞を受賞し、これまでに世に出した曲は1000曲以上。
83年以降、拠点を海外に移し、ロサンゼルスで作曲・プロデュースを手がける。
94年ロンドンでミュージカルオペラ「OUT OF THE BLUE」を発表。


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2007年11月12日

11月12日~11月16日の邦流は、、TVキャスターの草野仁さん!

今週の「邦流」のゲストは、TVキャスターの草野仁さん
NHKでは史上最年少でオリンピック中継を担当され、フリーになってからも「ザ・ワイド」のキャスターを長年務めた草野さんですが、最初はアナウンサーになりたくなかったそうです。
草野さんがアナウンサーになったきっかけとは?
高校時代、陸上部で100M11秒2を記録するなど、オリンピックも夢ではなかった草野さんが高校3年になると同時に突然退部。
一体何があった??
さらに、“130キロの力士をブン投げた話”や“初めてやったレスリングで現役レスラーに勝った話”など、「草野仁伝説」も徹底検証! 
真偽のほどはいかに!?
超人的なエピソードが満載です!
お楽しみに!!

<草野仁>
1944年、旧満州生まれ。長崎に育つ。
東京大学文学部社会学科卒業。
67年、NHK入局。鹿児島、福岡、大阪放送局を経て、77年から東京アナウンス室勤務。主にスポーツキャスターとして実況中継を担当。
85年、フリーのキャスターに。
現在は「世界・ふしぎ発見!」「草野☆キッド」など、人気番組の司会・キャスターとして活躍中。
「娘へ」「生きてるからこそ」「たかが競馬されど競馬」など著書も多数。

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投稿者 joqr : 10:30

2007年11月05日

11月5日~11月9日の邦流は、山下洋輔さん

今週の「邦流」のゲストは、ジャズピアニストの山下洋輔さん
山下洋輔さんといえば、“ヒジで鍵盤を鳴らす”ことでもおなじみの型破りなピアニスト。
「ヒジ打ち奏法」をやろうと思ったキッカケやジャズの醍醐味などについてお聞きしました。
今回のお話を聞けば、ジャズのイメージが180度変わるかもしれません!
また、タモリさんの初代マネージャーでもある山下さんに、2人の“奇跡的な出会いの瞬間”についてもたっぷりと語っていただきました!

<山下洋輔>
1942年東京都生まれ。
62年国立音楽大学卒業。69年山下洋輔トリオを結成。
数度のメンバー交代の後、83年でトリオ解散。
88年ニューヨーク・トリオを結成、94年カーネギーホールに出演。
2000年自作のピアノ協奏曲を発表。
2003年に紫綬褒章を受賞。
代表作に『クルディッシュ・ダンス』『フィールド・オブ・グルーヴス』など多数。
『ピアニストを笑え』『ドバラダ門』など、著書も多数。

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2007年10月29日

10月29日~11月2日の邦流のゲストは、峰岸徹さん

今週の「邦流」のゲストは、峰岸徹さん
1943年7月 東京銀座で生まれる 血液型O型
日本大学中退後、俳優座養成所16期生となり大映映画にも数年所属
代表作に舞台「天保12年のシェイクスピア」、「ピーターパン」、「マクベス」、「バラのいれずみ」、「隠れ菊」、「墨東綺譚」、「アニー」など 映画「太陽が見た」、「闇を裂く一発」、「天国にいちばん近い島」、「ねらわれた学園」、「廃市」、「あした」、「風の歌が聴きたい」、「告別」、「らくだ銀座」、「新しい風」、「理由」
また趣味のトライアスロンでは宮古島トライアスロン 2000年から2005年 5回完走

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2007年10月22日

10月22日~10月26日の邦流のゲストは、宮本信子さん

今週の「邦流」のゲストは、宮本信子さん
1963年文学座付属演劇研究所、1964年劇団青芸在籍時に別役実作『三日月の影』で初舞台。
1967年劇団青俳で木村光一作演出『地の群れ』今井正演出『神通川』出演。
2007年12月2日(日)~23日(日)明治座で「眉山-びざん」に出演。

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※今回のPodcastでの配信はございません。

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2007年10月15日

10月15日~10月19日の邦流のゲストは、井上順さん

今週の「邦流」のゲストは、井上順さん
1947年生まれ、東京都出身。
タレント、元・ザ・スパイダースでは堺正章とともにリードボーカルを務めた。
バンド解散後はソロ歌手、俳優、司会業で活躍。
ヒット曲に「なんとなく なんとなく」、「お世話になりました」、「昨日・今日・明日」など。
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2007年10月09日

10月9日~10月12日の邦流のゲストは、増田明美さん

今週の「邦流」のゲストは、増田明美さん
1964年、千葉県生まれ。
私立成田高校在学中、長距離種目で次々に日本記録を樹立する。
1982年にマラソンで日本最高新記録を作り、1984年のロス五輪ではメダルを期待されたが、無念の途中棄権。
1992年に引退するまでの13年間に残した記録は日本最高記録12回、世界最高記録2回更新。
現在はスポーツジャーナリストとして執筆活動・マラソン中継の解説に携わるほか、
講演、イベント、TV・ラジオ番組の出演など多方面に活動中。
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2007年10月01日

10月1日~10月5日の邦流のゲストは、橋爪功さん

今週の「邦流」のゲストは、橋爪功さん
1941年9月17日生まれ。大阪府出身。文学座、劇団雲を経て、演劇集団円の設立に参加。
朝の連続ドラマ「青春家族」、大河ドラマ「武田信玄」の真田幸隆役で注目を浴びる。
映画「マルサの女」、ドラマ「新赤かぶ検事奮戦記」、「京都迷宮案内」、「こちら本池上署」、
「女系家族」、舞台「野田版・国姓爺合戦」、「シラノ・ド・ベルジュラック」など、存在感のある演技に定評がある。
10月3日から「レインマン」の再演が決定しています。

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2007年09月25日

9月25日~9月28日の邦流のゲストは、平山郁夫さん

今週の「邦流」のゲストは、平山郁夫さん

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昭和5年6月15日、広島県瀬戸田町生まれ。日本画家。
昭和27年に東京美術学校(現東京藝術大学)を卒業後、
前田青邨に師事し、主に院展を舞台に活動。
昭和20年の夏、広島での被爆体験がきっかけとなり、「平和を祈る心」を仏教伝来の道シルクロードに重ね合わせ、昭和43年以来「シルクロードシリーズ」を描き続ける。
これらの画業は日本のみならず世界各国でも高い評価を受けている。
それと同時に、仏教文化遺跡である中国・敦煌の保護財団を創立に尽力するなど、世界各地の文化遺産の保護救済も手掛ける。また、日本美術院理事長を務めるかたわら、日本人初のユネスコ親善大使やアフガニスタンの支援活動など多方面で活躍。

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2007年09月18日

9月18日~9月21日の邦流のゲストは、石川さゆりさん

今週の「邦流」のゲストは、石川さゆりさん

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1973年3月25日、「かくれんぼ」でデビュー。
1977年に『津軽海峡・冬景色』『能登半島』が大ヒット。
2006年までにNHK『紅白歌合戦』に29回出場している。
今年は歌手生活35周年。
11月5日からは「石川さゆり音楽会」を青山劇場で行われます。
アルバム 歌芝居「飢餓海峡」を10月24日リリース。
9月5日にはシングル「花歌」をリリース。


※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 11:00

2007年09月10日

9月10日~9月14日の邦流のゲストは、セルジオ越後さん

今週の「邦流」のゲストは、セルジオ越後さん

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18歳でブラジル、サンパウロの名門クラブ「コリンチャンス」とプロ契約。
ブラジル五輪代表候補にも選ばれる。
1972年に来日し、藤和不動産(現:湘南ベルマーレ)でゲームメーカーとして貢献。
1978年から(財)日本サッカー協会公認「さわやかサッカー教室」(現アクエリアスサッカークリニック)の認定指導員として全国各地で、青少年のサッカー指導にあたる。
以後、20年以上にわたり、延べ50万人以上にサッカーの魅力を伝え、またサッカー解説者として、中継やコラムなどをメディアを通じて日本サッカーの向上に貢献。
辛らつで辛口な内容とユニークな話しぶりにファンも多く、サッカー以外にも、子育てについての独自の意見や、ブラジルと日本の文化の違いからの視点など、様々な切り口で講演活動も行っている。
アイスホッケー、日光神戸アイスバックスのシニアディレクターでもある。

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2007年09月03日

9月3日~9月7日の邦流のゲストは、戸田恵子さん

今週の「邦流」のゲストは、戸田恵子さん

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NHK名古屋放送局児童劇団に小学5年から在籍し、『中学生群像』でデビュー。
その後、「機動戦士ガンダム」のマチルダ中尉役で人気に。当時の声優ブームを牽引する一人となり、歌手としても数枚のアルバムをリリース。
その後も、「それいけ!アンパンマン」のアンパンマンや、「キャッツ・アイ」の瞳、「ゲゲゲの鬼太郎」の鬼太郎(二代目)など、幅広い役柄をこなす。
海外の映画・ドラマの吹き替えを担当することも多く、「X-ファイル」のスカリー捜査官などが有名。
女優としても「ちゅらさん」、「天才・柳沢教授の生活」「ショムニ」などのドラマ、映画「ラヂオの時間」やドラマ「古畑任三郎」「総理と呼ばないで」「HR」などに出演。
アルバム『ACTRESS』を9月5日にリリース。

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2007年08月27日

8月27日~8月31日の邦流のゲストは、金田正一さん

今週の「邦流」のゲストは、金田正一さん
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1933(昭和8)年、愛知県生まれ。1950年、2年生で享栄商のエースとして夏の甲子園を目指したが、準決勝で敗退。すぐに国鉄スワローズと契約し、享栄商を2年で中退して入団。
入団2年目から14年連続20勝という大記録を達成。
1965年、巨人に移籍、1969年に前人未到の通算400勝を達成。その年限りで現役を引退。
引退後、1973年から1978年、1990から1991年にロッテ監督を務め、1974年には日本一。
1988年に野球殿堂入りを果たす。


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2007年08月20日

8月20日~8月24日の邦流のゲストは、武田鉄矢さん

今週の「邦流」のゲストは、武田鉄矢さん
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1949年4月11日 福岡県福岡市生まれ。
1972年、海援隊のメンバー、中牟田俊男、千葉和臣と共に上京。
エレックレコードよりアルバム「海援隊が行く」でデビュー。
夢を追いかけることを許してくれた母への詫び状のつもりで作った「母に捧げるバラード」が大ヒット。
1974年にNHK紅白歌合戦にも初出場。
1977年初の映画出演「幸せの黄色いハンカチ」により日本アカデミー賞最優秀助演男優賞を受賞。
1979年TBSテレビ「3年B組金八先生」主演。主題歌「贈る言葉」は海援隊の代表曲になる。
その後も、映画、テレビドラマ、バラエティー、執筆活動、映画監督、海援隊としてのライブとソロライブと多岐に渡って活動。
月曜~金曜 7時45分~7時55分「武田鉄矢・今朝の三枚おろし」放送中


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2007年08月13日

8月13日~8月17日の邦流のゲストは、伊藤蘭さん

今週の「邦流」のゲストは、伊藤蘭さん

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1973年(昭和48年)9月1日、田中好子、藤村美樹と共にキャンディーズとして「あなたに夢中」で歌手デビュー。ニックネームはランちゃん。
主な作品に、「つばさ」「アンティックドール」「黄色いカヌー」「へそまがり」「恋がひとつ」「今日から私は」「鏡の中で」「MOONLIGHT」「ろうそくの灯に」「ささやき」「悲しみのヒロイン」などがある。
1978年(昭和53年)4月4日のキャンディーズ解散と同時に芸能界を引退するが、後に芸能界に復帰し女優業に専念。

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2007年08月06日

8月6日~8月10日の邦流のゲストは、伊勢正三さん

今週の「邦流」のゲストは、伊勢正三さん

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1971年南こうせつ、山田パンダと共に70年代フォークの代表とされる『かぐや姫』のメンバーとして活動し、「22才の別れ」「なごり雪」等に代表されるようにその洗練されたメロディーラインと感情溢れる詩の世界は当時から多くの人の心を惹きつけた。かぐや姫が解散となった75年春、『猫』の大久保一久氏と『風』を結成。
79年解散するまでの間に「風」ブームを巻き起こし、“かぐや姫の伊勢正三”とは違う新たな音楽の世界を展開した。
その後発売された「ささやかなこの人生」「ほおづえをつく女」「海風」「君と歩いた青春」「海岸通」など数々の名曲を生み出しアルバム6枚、シングル6枚を発表。
『かぐや姫』『風』というスーパーグループを経て80年ソロへ転向。ソロアルバム「北斗七星」をリリース。
以降、5枚のアルバム「渚ゆく」「スモークドガラス越しの景色」「Half Shoot」「ORANGE」「HEART BEAT」を発売。

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2007年07月30日

7月30日~8月3日の邦流のゲストは、黒鉄ヒロシさん

今週の「邦流」のゲストは、黒鉄ヒロシさん。

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黒鉄ヒロシ
1945年、高知生まれ。
武蔵野美術大学商業デザイン学科抹籍。
1968年、漫画雑誌に持ち込んだ原稿が初回から採用されてデビュー。
同年、『漫画サンデー』に「ひみこーッ」の連載開始。
以後、『週刊漫画アクション』に「結作物語」、『週刊漫画タイムズ』に「昭和情話」など多くの雑誌に次々と作品を発表、とぼけた味のエロチックなギャグまんがで独自の作風を築き、人気を集める。
また、競馬、競輪、麻雀など広範にわたるギャンブル通はつとに有名である。

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投稿者 joqr : 12:09

2007年07月23日

7月23日~27日の邦流のゲストは、鳥越俊太郎さん

今週の「邦流」のゲストは、鳥越俊太郎さん。

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鳥越俊太郎
1940年生まれ、福岡県出身。65年京都大学文学部国史学科卒業。同年毎日新聞入社。
新潟支局、大阪本社社会部、東京本社社会部、サンデー毎日編集部、外信部(テヘラン特派員)を経て、88年『サンデー毎日』編集長となる。
89年同社を退職、同年10月から報道番組『ザ・スクープ』(テレビ朝日系)のキャスターを務める。
現在は、『スーパーモーニング』(テレビ朝日系)のコメンテーターを務めるなど、テレビで活躍する傍ら、関西大学で教鞭を執る。

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投稿者 joqr : 11:03

2007年07月17日

7月17日~20日の邦流のゲストは、岡林信康さん

今週の「邦流」のゲストは、岡林信康さん。

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日本のフォークを語る上で絶対に忘れられない人物。
69年に“反戦フォークの旗手”として彗星の如く現れ、
肉体労働者や部落問題などを扱ったトピカル・ソングで大いに注目を集める。
70年代には傾倒するボブ・ディランにならって、サウンドをロック化。
デビュー前の“はっぴいえんど”がバックを務めたことは有名である。
現在も、田舎に居を構えながら、地方に根差した活動を展開している。

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投稿者 joqr : 11:11

2007年07月09日

7月9日~13日の邦流のゲストは、桂歌丸さん

今週の「邦流」のゲストは、桂歌丸さん。
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桂歌丸
1936年横浜生まれ。'51年、桂 米丸に入門。師匠の前名、古今亭今児を名乗る。
'54年、二ツ目昇進し桂 歌丸に改名。'68年真打昇進。国民的テレビ番組『笑点』の大喜利に出演。
現在は5代目の司会者。2004年(社)落語芸術協会会長就任。
'05年、芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。

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2007年07月02日

7月2日~6日の邦流のゲストは、宮嶋茂樹さん。

今週の「邦流」のゲストは、宮嶋茂樹さん。
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宮嶋茂樹
日本大学芸術学部写真学科卒業後、
講談社「フライデー」編集部所属カメラマンを経てフリーに。
主に週刊誌などで活動し、
東京拘置所収監中の麻原彰晃やロシア外遊中の金正日などの姿を捉えた
スクープ写真を数多く撮影している。また世界のあらゆる戦場にも出向き、
戦地での生の状況を写真として数多く伝えている。

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投稿者 joqr : 13:06

2007年06月25日

6月25日~6月29日 邦流ゲストは、竹内まりやさん

今週の「邦流」のゲストは、竹内まりやさん。

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竹内まりや
1978年、シングル「戻っておいで・私の時間」でデビュー。
「SEPTEMBER」「不思議なピーチパイ」など次々とヒットを飛ばす。
結婚後は作詞・作曲家として「けんかをやめて」「元気を出して」「駅」など
多くの作品を他の歌手に提供するかたわら、1984年に自らもシンガー・ソングライター
として活動復帰し、1987年に発表した「REQUEST」以降すべてのオリジナル・アルバムが
ミリオン・セールスを記録している。
また、1994年発表のベスト・アルバム「Impressions」
は 350万枚以上の記録的な大ヒットとなり、日本ゴールドディスク大賞ポップス
部門(邦楽・女性)でグランプリ・アルバム賞を受賞。
ベスト盤ブームの先駆けとなった。その後も独自のスタンスを守りながら、
音楽活動を続けている。

※今回のPodcastでの配信はございません。

投稿者 joqr : 11:19

2007年06月11日

6月11日~6月15日 邦流ゲストは、石坂浩二さん

今週の「邦流」のゲストは、石坂浩二さん。

石坂さんは戦前の生まれで、生まれたのは田園調布。
当時はお金持ち側とお金持ちではない側があってお金持ち側ではなかったとか。
でも家は銀座・日本橋にお店をやっててお金持ちだった?
戦争時のエピソードで、空襲にあい、アメリカの飛行機が機銃掃射を打ち人が消えていった?
慶応高校で勉強をしながら放送作家の仕事もスタート。
放送作家の傍ら演劇の戯曲を書いていた中、
エキストラでお金を稼いでいたとき、石井ふくこさんに見出され役者の道に…
その他、1週間楽しいお話盛りだくさんです。

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石坂浩二
1941年東京生まれ。
慶應義塾大学法学部卒業。
1962年テレビドラマ「七人の刑事」でデビュー。
劇団「四季」所属を経て、映画、舞台、 テレビドラマなどで幅広く活躍。
絵画、料理にも造詣が深く、著書多数。公職も多く「横浜人形の家」館長、横浜観光コンベンション・ビューローの理事長などを兼ねる。

投稿者 joqr : 11:12

2007年06月04日

6月4日~6月8日 邦流ゲストは、黒川紀章さん

今週の「邦流」のゲストは、黒川紀章さん。

戦争を経験し、実家は当時、名古屋で家が焼け野原になってしまった…。
東京大学に入った黒川さんですが、当時は官僚になるか大手ゼネコンに入るかという時代に建築家を目指す人はほとんどいなかったとか?
建築家になりたてのころは仕事がなく貧乏だったが、、
しかしバイトはせず食べずに国から大きな仕事が入ったつもりで
設計図に向かう日々だったとか。
その建築物はソーメン・ラーメン・うどん・そばで模型を作り、
いらなくなったら食べていた?
また、なぜ都知事選に出馬したかなどの裏話もお聞きしてます。
お楽しみに!!

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黒川紀章
1934年生まれ。建築家、日本芸術院会員、日本景観学会会長。
1960年、26歳でメタボリズム・グループ結成。
その後、機械の時代から生命の時代への革変を一貫して主張し、
その活動は、世界20ヶ国におよび、世界各地で完成した作品は高い評価を得ている。
今年行われた東京都知事選に出馬し話題を集めた。

※Podcastでの配信は今回はございません。

投稿者 joqr : 11:00

2007年05月28日

5月28日~6月1日 邦流ゲストは、残間里江子さん

今週の「邦流」のゲストは、残間里江子さん。

山口百恵さんとの思い出の本「蒼い時」。
今回、本を書くに当たって、めったにしない
山口百恵さんとのエピソードをお聞きします。
また残間理恵子が考える団塊世代とは?
お楽しみに!!

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残間里江子
1950年仙台市生まれ。
アナウンサー、編集者を経て、'80年に企画制作会社「キャンディッド・コミュニケーションズ」を設立。
出版、映像、文化イベント等を多数企画・開催する。
2005年7月シニアに向けた新しいライフスタイルを提案する会社「クリエイティブ・シニア」を設立し、
代表取締役社長に就任。近著「それでいいのか蕎麦打ち男」(新潮社刊)
2007年ユニバーサル技能五輪国際大会総合プロデューサー。

※「邦流」はポッドキャストでもお楽しみいただけます! 詳しくはこちらから!

投稿者 joqr : 10:50

2007年05月21日

5月21日~25日 邦流ゲストは、遠藤実さん

今週の「邦流」のゲストは、遠藤実さん。
エピソードの宝庫。
今では考えられないほどの貧乏生活…。
それを歌手になりたいという思いで歌手にはなったが、
歌が上手いわけではない…売れない…貧乏になる…
貧しさを支えたのは、母親であり奥さんであった。
お月さん今晩わ・からたち日記・アキラのズンドコ節
おひまなら来てね・若いふたり・高校三年生・こまっちゃうナ
星影のワルツ・せんせい・くちなしの花などの制作秘話などもお話いただきました。
お楽しみに!!

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遠藤実
戦後歌謡界を代表する日本の作曲家。日本作曲家協会会長。
1957年の「お月さん今晩わ」以来、世に送り出した楽曲は5000曲以上といわれ、
舟木一夫、千昌夫など多くの歌手を育てた。
また自らの名をつけたレコード会社、ミノルフォン (現:徳間ジャパンコミュニケーションズ) を
創業したことでも有名。
2003年、歌謡界から初めて文化功労者に選出された。

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投稿者 joqr : 12:09

2007年05月14日

5月14日~18日 邦流ゲストは、黒沢年雄さん

今週の「邦流」のゲストは、黒沢年雄さん。

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黒沢年雄
俳優、歌手。
1944年、神奈川県生まれ。1964年第4期東宝ニューフェイスとして映画デビュー。
2年後、初主演映画で、スター新人賞を受賞。以後、数多くの映画やテレビドラマなどで名演技を披露。
さらに歌手としても、多くのヒット曲を持つ。
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投稿者 joqr : 11:11

2007年05月07日

5月7日~11日 邦流ゲストは、加藤登紀子さん

今週の「邦流」のゲストは、加藤登紀子さん。
「知床旅情」は旦那さんがデートの時に歌ってくれた歌だった?
なぜシャンソンを歌いだしたか?実はただ単にパリに行きたかったからとか。
お父さんはキングレコードのディレクターだったそうですが、実は昭和の歌姫、美空ひばりをオーディションで落としていた…。
などなど、お楽しみに!!

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加藤登紀子
1943年中国・ハルビン生まれ。東京大学在学中の1965年、日本アマチュアシャンソンコンクールに優勝、歌手活動に入る。
1966年「赤い風船」で第8回レコード大賞新人賞受賞。69年「ひとり寝の子守歌」、71年「知床旅情」で日本レコード大賞を受賞。その後も「愛のくらし」「時代おくれの酒場」
「百万本のバラ」など数多くのヒット曲を持つ。海外でも積極的に公演を行い、92年フランス政府より芸術文化勲章「シュバリエ」を受章。
ミュージシャンとしての活動のほか、女優としても活躍。

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投稿者 joqr : 11:55

2007年04月30日

5月1日(火)~5月4日(金) 邦流ゲストは 氷川きよしさん

今週の「邦流」のゲストは、氷川きよしさん。
放送は、5月1日、2日、4日になります。
(5月4日は、邦流の放送時間が変更となりますので、お気をつけください。)

※Podcastでの配信は今回はございません。

投稿者 joqr : 14:55

2007年04月23日

4月23日(月)~4月27日(金) 邦流ゲストは 大竹まことさん

今週の「邦流」のゲストは、大竹まことさん。
ゴールデンラジオ、本心ではやりたくなかった?
番組制作記者会見終了後、すぐの収録で爆弾発言連発!?
アシスタントの印象から山本モナとの不倫疑惑まで
すべてをお話していただきました。
お楽しみに!!

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大竹まこと
1949年5月22日生まれ。シティボーイズのリーダー。
5月7日、お昼の1時から「大竹まこと ゴールデンラジオ」がいよいよスタート。

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投稿者 joqr : 10:19

2007年04月16日

4月16日(月)~4月20日(金) お休みです

今週の「邦流」は特別企画のため、お休みです。

投稿者 joqr : 10:15

2007年04月09日

4月9日(月)~4月13日(金) 邦流ゲストは 田中眞紀子さん

今週の「邦流」のゲストは、田中眞紀子さん。
物心つかないときから政治の舞台にいつも引き連れてもらっていた田中真紀子さん。
常に本物を見て感じろという田中角栄さんの帝王学を女性でありながら伝授された真紀子さん。
ケネディー大統領とジャクリーヌ婦人に、ホワイトハウスに誘われたのを眠いからという理由で断ったという話。
そんな真紀子さんから見た田中角栄を週の前半でたっぷり語ってもらっています。
後半では、田中真紀子さんがどのように政治家を見て感じて判断しているかを
歯切れよく語ってもらっています。
お楽しみに!!

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田中眞紀子
1944年1月14日生まれ。日本の女性政治家。衆議院議員(5期)。
国務大臣科学技術庁長官(第54代)、外務大臣(第130代)を歴任。

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投稿者 joqr : 10:30

2007年04月02日

4月2日(月)~4月6日(金) 邦流ゲストは 三遊亭円楽さん

今週の「邦流」のゲストは、三遊亭円楽さん。
子供の頃から武士道の中に生きてきた家に育つ。
戦争中の逃げる時のエピソード。みんなは水のある方に逃げたがガスタンクの方へ?
落語家の怖さ…高座に上がっている落語家の悪口を楽屋で…。
そのためいくつになっても高座は怖かったとか。
笑点の裏話から脳梗塞になっての思い、そして引退を思った時…。
円楽師匠の半生をお話していただいています。
お楽しみに!!

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三遊亭円楽
1933年、お寺の9人兄弟の四男として浅草で生まれる。
54年6代目三遊亭圓生に入門。
62年真打昇進、5代目三遊亭円楽を襲名。
テレビ演芸番組「笑点」で23年間司会者を務める。
文化庁芸術祭・優秀賞受賞ほか。


※Podcastでの配信は今回はございません。

投稿者 joqr : 10:09

2007年03月26日

3月26日(月)~3月30日(金) 邦流ゲストは 吉田照美さん

今週の「邦流」のゲストは、吉田照美さん。
子供時代のお話を赤裸々にお話してくださいました。
案外モテテいたとか…。
やるマンの最終週にお送りするこのコーナー。
やるまん20年の思い出なども語ってもらっています。
そして4月からスタートする朝のワイド番組「吉田照美 ソコダイジナトコ」についても聞けるかも?
お楽しみに!!

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吉田照美
元・文化放送アナウンサー。1974年入社、1985年退社。
深夜番組「セイ!ヤング」で人気を博し、
「夜はこれから・吉田照美のてるてるワイド」(のちに「吉田照美のふッかいあな」)が
当時の中高生の間で大人気に。
1987年4月から2007年3月まで放送の昼ワイド
「吉田照美のやる気MANMAN!」は20年に渡る長寿番組となった。
2007年4月2日から自身初の朝ワイド「吉田照美 ソコダイジナトコ」で
パーソナリティーを務める。

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投稿者 joqr : 11:05

2007年03月19日

3月19日(月)~3月23日(金) 邦流ゲストは 三宅裕司さん

今週の「邦流」のゲストは、三宅裕司さん。
神田生まれ、神田育ちで、学校は全て近く、定期という物を持ったものがない。
子供のころからモテモテの生活?初恋の女の子との出会い、そして結婚。
劇団スーパーエキセントリックシアターの立ち上げの話。
YMOとの出会いとCDをリリースするまで。
伝説のラジオ番組『三宅裕司のヤングパラダイス』の裏話。なんでも照美さんを
聴取率で抜いたときの喜び!!などなど。
熱海五郎一座の特製タオルのプレゼントもあります。
お楽しみに!!

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☆三宅裕司
明治大学経営学部卒業後、79年に劇団スーパーエキセントリックシアター(通称SET)を結成。
“ミュージカル・アクション・コメディ”を旗印に、幅広いジャンルの舞台を上演。
84年2月からニッポン放送で『三宅裕司のヤングパラダイス』を開始。86年には『テレビ探偵団』(TBS系)で、
テレビ初のメインMCをスタート。その後は司会者としても活躍。


※Podcastでの配信は今回はございません。

投稿者 joqr : 11:00

2007年03月12日

3月12日(月)~3月16日(金) 邦流ゲストは 小川宏さん

今週の「邦流」のゲストは、小川宏さん。
建築業界に就職したが、2ヶ月で退職。
興味のなかったアナウンサーになる?
アナウンサーのレベルで言えば、当時したから2番目?
そして小川宏ショーの裏話。最終回には長嶋茂雄・石原裕次郎・高峰三枝子など大御所の前で司会を。
その後の闘病生活の話など・・・。

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☆小川宏
NHKのアナウンサーとして1955年から伝説のテレビ番組『ジェスチャー』の4代目司会者として
10年に渡って活躍。
NHK退職後、フジテレビで朝のワイドショー『小川宏ショー』の司会を通算17年務め、
4451回という金字塔を打ち立て、「人名を冠した番組の最長寿記録」として
ギネスブックから認定・掲載された。
その後、うつ病に罹病し自ら克服、その体験談を出版し、
現在ではその経験を元に講演活動を行うなど活躍している。

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投稿者 joqr : 10:45

2007年03月05日

3月5日(月)~3月9日(金) 邦流ゲストは 細野晴臣さん

今週の「邦流」のゲストは、細野晴臣さん。
小さなころのお話から、音楽との出会い。
そしてギターとの感動の対面からYMOの結成秘話など。
そして最新の本のお話から「ハリー細野 クラウン・イヤーズ1974-77」の話まで、
素敵なプレゼントもあります。お楽しみに!!

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☆細野晴臣
高校時代から本格的にバンド活動を始め、エイプリル・フールに参加したのち、
立教大学在学中にはっぴいえんどを結成。
その後、キャラメル・ママ~ティン・パン・アレーの活動を経て、
YMOのメンバーとして活躍すると同時に、松田聖子をはじめとして多数の歌謡曲仕事もこなす。
83年、YMO散開後は、アルファレコード内で、高橋幸宏と共に立ち上げた、¥ENレーベルで活動。
2月7日には「ハリー細野 クラウン・イヤーズ1974-77」をリリース。

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投稿者 joqr : 11:07

2007年02月26日

2月26日(月)~3月2日(金) 邦流ゲストは 内田春菊 さん

今週の「邦流」のゲストは、内田春菊さん。
著書「ファザーファッカー」の話から、どうやって漫画家になったのか?
育ての親の虐待・家出…アイドルになるためのオーディション話。
クラブ歌手としての生活、などなど波乱万丈の人生を生きてこられた
内田春菊さんのお話です。
お楽しみに!!

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☆内田春菊
1984年、四コママンガで漫画家デビュー。
以来幅広いファン層に支持される。
93年、初めての小説「ファザーファッカー」を出版、直木賞候補となる。
94年「私たちは繁殖している」「ファザーファッカー」の2作品で、
第4回Bunkamuraドゥマゴ文学賞受賞。
ヴォーカリスト兼ダンサーとしては、上田現のツアーメンバーとして参加経験あり。
女優としても、国内にとどまらず海外でも評価を得ている。

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投稿者 joqr : 10:14

2007年02月19日

2月19日(月)~2月23日(金) 邦流は、お休みです。

今週の「邦流」は、スペシャル企画をお送りするため、
お休みです。

来週の「邦流」をお楽しみに!

投稿者 joqr : 08:00

2007年02月13日

2月13日(火)~2月16日(金) 邦流ゲストは 具志堅用高 さん

今週の「邦流」のゲストは 具志堅用高さん。
幼いころのお話から、プロのボクサーになったエピソード。
実は大学進学が決定していたにもかかわらず、空港からジムの人に連れ去られた?
チャンピオンになってからの超過密スケジュールは大変だった?
地元沖縄での最後の世界戦、負けた時の想いなど…。お楽しみに !!

具志堅用高

☆具志堅用高
沖縄県石垣市出身の元プロボクサー。
WBA世界ジュニアフライ級(現ライトフライ級)王座を13度防衛。
“世界王座13度防衛”は現在も日本国内最多記録として君臨している。
愛称は“カンムリワシ”。
現在は「白井・具志堅スポーツジム」の会長として後進育成に力を入れている。

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投稿者 joqr : 10:58

2007年02月05日

2月5日(月)~2月9日(金) 邦流ゲストは 岡部幸雄 さん

今週の「邦流」のゲストは 岡部幸雄さん。
去年競馬会を駆け抜けたディープインパクトを見ての感想。
岡部さんが見ても、武豊とディープはやっぱりものが違う !!
実家は馬を扱う家で、幼いころから馬に接していたとか。
たくさんの勝利を収めてきた岡部さんですが、やっぱり初めて勝利を収めた時の感動は?
めったに書かないサイン色紙のプレゼントもありますのでお楽しみに !!

岡部幸雄 岡部幸雄

☆岡部幸雄
日本中央競馬会の元騎手。
群馬県太田市出身。 幾多の記録を塗り替え、クラシック三冠馬シンボリルドルフをはじめ数々の名馬の手綱を取った事で知られる。
ファンの間で名手と称された。 また、トレセンでの通り名は 「ジョッキー」。

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投稿者 joqr : 15:20

2007年01月29日

1月29日(月)~2月2日(金) 邦流ゲストは 市原悦子 さん

今週の「邦流」のゲストは 市原悦子さん。
めったにトーク番組に出ない市原悦子さんは邦丸の話術にかかり、なんと恋愛話を暴露。
日本昔話・家政婦は見た!の裏話もお話いただきました。
このHPを見るより、聞いた方が絶対いい !! お楽しみに !!

市原悦子

☆市原悦子
千葉県千葉市出身。 千葉県立千葉高等学校卒業後、俳優座養成所に進む。
以来、新劇をはじめ映画・テレビと総合的に活躍。
アニメ 「まんが日本昔ばなし」 の声の出演やドラマ 「家政婦は見た!」 シリーズの主演などの代表作で知られる。

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投稿者 joqr : 11:43

2007年01月22日

1月22日(月)~26日(金) 邦流ゲストは 大沢啓二 さん

今週の「邦流」のゲストは 大沢啓二さん。
子供の頃からガキ大将。いつも近所の親父から殴られ育てられる。
常に4番を打っていた親分は立教大学時代、1年の長嶋に簡単に4番の座を…
親分から見ても長嶋のバッティングは違ったらしい。
現在のプロ野球の人気低迷についても渇をいただきました。
野球を知らない人が聞いてもとても面白いです。 お楽しみに !!

大沢啓二 大沢啓二

☆大沢啓二
通称 「大沢親分」 「親分」。
神奈川商工高校から立教大学を経て、1956年、南海ホークスに入団。 守備の名手として活躍。
その後1976年から日本ハム・ファイターズの3代目監督に就任。 1981年、多くの選手を入れ替え、チームを初のパ・リーグ優勝に導く。
現在は野球解説者として活躍。 また、社団法人全国野球振興会理事長を務め、OBを中心とした活動に積極的で、マスターズリーグを発案するなど野球の普及にも尽力。
TBSサンデーモーニング内の 「週刊御意見番」 のコーナーで、御意見番として張本勲と共に人気を博している。

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投稿者 joqr : 11:14

2007年01月15日

1月15日(月)~19日(金) 邦流ゲストは 立松和平 さん

今週の「邦流」のゲストは 立松和平さん。
高校時代の夢は写真家になりたかったが、
親にまっとうな仕事をしてくれと頼まれるが、結局は作家に。
貧乏時代から旅のお話。
ニュースステーションでの探検記の裏話など、たくさんのお話を伺いました。
サイン色紙のプレゼントもあります。 お楽しみに !!

立松和平 立松和平

☆立松和平
作家。 1947年栃木県生まれ。 早稲田大学政治経済学部卒業。
在学中に「自転車」で早稲田文学新人賞。卒業後、種々の職業を経験。
80年 『遠雷』 で野間文芸新人賞、93年 『卵洗い』 で坪田譲治文学賞、97年 『毒――風聞・田中正造』 で毎日出版文化賞。
国内外を問わず、各地を旺盛に旅する行動派で、近年は自然環境保護問題にも積極的に取り組む。

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投稿者 joqr : 10:37

2007年01月09日

1月9日(火)~12日(金) 邦流ゲストは 三浦雄一郎 さん

今週の「邦流」のゲストは 三浦雄一郎さん。
お父さんの背中を見て、スキーをはじめるが、初めは父親についていくのがやっと。
雪山に取り残されたこともあるとか…。
学生時代にはプロ並みの腕前を持ち、オリンピックに出場目前までもいくも…。 そこから富士山からの滑降。 そしてエベレストからの滑降の話など、冒険家・三浦雄一郎さんの半生を振り返ります。 お楽しみに !!

三浦雄一郎

☆三浦雄一郎
1960年代からプロスキーヤーとして活躍、1964年7月イタリアで開催されたキロメーターランセに日本人で初めて参加、時速172.084キロの世界新記録を樹立。
1966年4月富士山直滑降、1970年5月エベレストのサウスコル8000m地点からの滑降 (ギネスブックに掲載) など世界7大陸最高峰からの滑降を成し遂げた。

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投稿者 joqr : 08:00

2007年01月01日

1月1日(月)~5日(金) 邦流ゲストは 海老一染之助 さん

今週の「邦流」のゲストは 海老一染之助さん。
兄染太郎さんは芸をする才能がなく、弟の染之助さんがメインの芸をすることに。
ゆういつお兄ちゃんが考えたギャグは「いつもより多く回っております」だけ?
その他は染之助さんが考えたとか?
でもお兄ちゃんが大好きだとか。 お楽しみに !!

海老一染之助

☆海老一染之助
東京都生まれ。1945年、伝統演芸太神楽の2代目海老一海老蔵に入門。
1946年(昭和21年)に兄とのコンビ「海老一勝太郎・小福」の名で初舞台。
1949年(昭和24年)に「海老一染之助・染太郎」に改名。
お正月といえばこの方 !!

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投稿者 joqr : 10:45

2006年12月25日

12月25日(月)~29日(金) 邦流ゲストは 高田純次 さん

今週の「邦流」のゲストは 高田純次さん。
あの高田純次さんが、なんとまじめに人生を語ってくれました。
小さい頃から、サラリーマン時代、そして劇団での事、
本当の母親には人生で一度しか会っておらず、会ったときもお母さんだと知らされなかったとか。
育ての母親は高田さんが思っていた名前と違っていた?
高田さんの監修の「適当手帳」のプレゼントもあります。 お楽しみに !!

高田純次 高田純次

☆高田純次
1971年に 「自由劇場」 の研究生となり、1年後にイッセー尾形氏らと劇団を結成。
その後4年間のサラリーマン生活を経て、劇団 「東京乾電池」 に参加。
1989年に独立し、テレビのバラエティー、ドラマ、映画にて活躍中。

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投稿者 joqr : 12:30

2006年12月18日

12月18日(月)~22日(金) 邦流ゲストは 有森裕子 さん

今週の「邦流」のゲストは 有森裕子さん。
ランナーとして期待されての苦悩…
オリンピック選考委員会でのバッシング、走るにはこんなに苦労が必要なのか…
また一時期話題になった旦那さんのホモ疑惑について。
学生時代の恋の話、そして有森さんは何でもしつこい性格だとか? お楽しみに !!

有森裕子 有森裕子

☆有森裕子
1966年岡山県生まれ。就実高校、日本体育大学を卒業して、(株)リクルート入社。
バルセロナオリンピック、アトランタオリンピックの女子マラソンでは銀メダル、銅メダルを獲得。
1998年NPO「ハート・オブ・ゴールド」設立、代表就任。
2002年4月アスリートのマネジメント会社「ライツ」設立、取締役就任。
現在、国連人口基金親善大使、日本陸連女性委員会特別委員、国際陸連(IAAF)女性委員、
日豪交流年 観光広報大使、米国コロラド州ボルダー在住。

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投稿者 joqr : 11:51

2006年12月11日

12月11日(月)~15日(金) 邦流ゲストは 北島三郎 さん 

今週の「邦流」のゲストは 北島三郎さん。
はじめに誤ります。 今回、デビューまでの話しか聞けませんでした。
北海道の漁村に育ち、貧しい少年時代…。
そんな北島三郎さん (大野穣(みのる)くん) が歌手を目指して上京するのは命がけだったとか。
そして流しになり、下積み時代から、北島三郎になるまでの苦労…。
北島三郎芸道45周年記念、長財布を5名様にプレゼントします。 お楽しみに !!

北島三郎

☆北島三郎
演歌ひとすじ三十余年。 女シリーズ、仁侠シリーズ、一文字シリーズをはじめ、ヒット曲多数。
長年に亘る舞台公演やTV時代劇など出演し役者としても高い評価を受ける。
海外公演も多く、文化人としても国際交流に貢献する。
観客の拍手を勲章とし、終りなき芸道を歩み続ける。

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投稿者 joqr : 11:14

2006年12月04日

12月4日(月)~8日(金) 邦流ゲストは 半藤一利 さん 

今週の「邦流」のゲストは 半藤一利さん。
12月8日は真珠湾攻撃の日。 そこで大ベストセラー 「昭和史」 の著者・半藤一利さんに
日本が文明開化から日清・日露戦争を経て、なぜ太平洋戦争に突入したのかを
ゆっくり5日間かけて伺います。

半藤一利  半藤一利

☆半藤一利
1930年東京向島生まれ。 東京大学文学部卒業後、文芸春秋入社。
「週刊文春」 「文芸春秋」 編集長、取締役などを経て作家。
『漱石先生ぞな、もし』 で新田次郎文学賞受賞。
『日本のいちばん長い日』、『ノモンハンの夏』 (山本七平賞)など著書多数。

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投稿者 joqr : 00:23

2006年11月27日

11月27日(月)~12月1日(金) 邦流ゲストは 奥田瑛二さん

今週の「邦流」のゲストは 奥田瑛二さん。
ものすごい問題児で話せないことは話せない。
超貧乏生活…代々木公園で生活していた?
本当に女を泣かせた話。 罰が当たるかも知れないくらい…。
「長い散歩」の裏話から…。 お楽しみに !!

◆奥田瑛二さん監督の映画 『長い散歩』 公式ページ
http://www.eiga.com/official/nagaisanpo/

奥田瑛二  奥田瑛二

☆奥田瑛二
俳優の故・天知茂に師事。 1974年にっかつ映画 「もっとしなやかに、もっとしたたかに」 (藤田敏八監督) で主役に抜擢され、頭角を表す。
85年 「海と毒薬」 (熊井啓監督) で毎日映画コンクール男優主演賞受賞。 94年 「棒の哀しみ」 (神代辰己監督) では、キネマ旬報、ブルーリボン賞など9つの主演男優賞を受賞する。
2001年、映画 「少女」 を初監督。 ヴェネチア映画祭他多くの映画祭から招待を受け、第17回パリ映画祭、第16回AFI映画祭でグランプリを受賞。
又、画家としても絵画個展や絵本などで活躍中。

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投稿者 joqr : 13:00

2006年11月20日

11月20日(月)~11月24日(金) 邦流ゲストは 菅井きんさん

今週の「邦流」のゲストは 菅井きんさん。
野村邦丸、超感激 !! あの名セリフを !!
お父さん、お母さんの思い出から女優になるまでのお話。
女優になってからのエピソードや必殺シリーズ時の苦悩…。
プレゼントもあります。お楽しみに !!

菅井きん

☆菅井きん
1951年に 『風にそよぐ葦』 で映画デビューの後、数々の映画、テレビに出演。
今や日本の演劇・テレビドラマには欠かせない名脇役。
代表作といえば1973年から放送が開始された 『必殺仕置人』 を始めとする
一連のシリーズにおける主人公の姑・中村せん役。
婿殿・中村主水を演じる藤田まことをいびる様子は非常に憎々しく、
しかし同時に何処か愛嬌もあり、嫁・りつ役の白木万理と共に、
シリーズになくてはならない存在だった。

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投稿者 joqr : 09:30

2006年11月13日

11月13日(月)~11月17日(金) 邦流ゲストは 田崎真也さん

今週の「邦流」のゲストは 田崎真也さん。
中学の頃から釣りが大好きで、新島でバイトを始めた話。
スナックのバイトを始めたら料理の世界に魅せられ、修行に。
先輩がフランスに修行に行くといってフランスでワインに魅せられる…。
3歳年齢をごまかしながら働いたとか…。
毎日田崎さん自らが選んだワインのプレゼントもあります。お楽しみに !!

田崎真也 田崎真也

☆田崎真也
1977年に渡仏し、フランスのワイン生産地を巡る。
帰国後 数々のコンクールで賞を受賞し、
1995年 第8回世界最優秀 ソムリエコンクールに日本人初の優勝に輝く。
「ワインは、覚えてから楽しむものではなく、楽しんでから覚えるもの」をコンセプトに
田崎真也ワインサロンを主宰。若手ソムリエの育成にも携わる。

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投稿者 joqr : 09:30

2006年11月06日

11月6日(月)~11月10日(金) 邦流ゲストは 服部幸應さん

今週の「邦流」のゲストは 服部幸應さん。
お父さんは有名な料理家で、いきなり天丼を作れと命令された。そのとき○歳…。
おばあちゃんと勉強のため、有名店を食べ歩き…。
子供だから色々秘伝の技を教えてくれたとか。
調理師免許のエピソードや、奥さんとのこと、食育の話から
料理のワンポイントアドバイスまで、本のプレゼントもあります。お楽しみに !!

服部幸應

☆服部幸應
学校法人服部学園 服部栄養専門学校の理事長兼校長。
(社)全国調理師養成施設協会 会長。
(社)全国栄養士養成施設協会副会長及び全国栄養士養成専門学校協議会会長など
数えきれないくらいの肩書きを持ち、受賞歴も、厚生大臣表彰、文部大臣表彰、
仏国より農事勲章シェヴァリエ章、ボンタン騎士称号(ボルドー)、
アルマニャックの騎士称号など数知れない。「料理の鉄人」出演以降TV番組にも多数出演。

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投稿者 joqr : 11:00

2006年10月30日

10月30日(月)~11月2日(木) 邦流ゲストは 藤原紀香さん

今週の「邦流」のゲストは 藤原紀香さん。
現在放送中のドラマ「だめんず・うぉ~か~」の裏話。
アフガニスタンでの経験、そして写真。
東京に出てきたときは超ビンボーだったとか。
1階のラーメン店のにおいをかぎながら…。お楽しみに !!

藤原紀香 藤原紀香

☆藤原紀香
兵庫県西宮市生まれ。
1992年ミス日本グランプリ受賞。
その後、モデル、キャンペーンガール、イメージガール等を経て、現在、女優として活躍中。

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投稿者 joqr : 10:59

2006年10月23日

10月23日(月)~10月27日(金) 邦流ゲストは 糸井重里さん

今週の「邦流」のゲストは 糸井重里さん。
学生運動の話から趣味の釣りの話。
小さいころはお父さんに進められ大人が読む本を読んでいたとか。
後は何かにつけて起こられていたとか?
コピーライターになるまでの話など聞き所もりだくさんです。お楽しみに !!

糸井重里 糸井重里

☆糸井重里
コピーライター、エッセイスト。
1948年群馬県生まれ。法政大学文学部中退後、広告プロダクションに勤務。
1971年にコピーライターとしてデビュー。
1975年にTCC(東京コピーライターズクラブ)新人賞受賞。
「不思議、大好き」、「おいしい生活」、「君にクラクラ」などのコピーが大ヒットし、日本を代表する
コピーライターとなる。

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投稿者 joqr : 08:00

2006年10月16日

10月16日(月)~10月20日(金) 邦流ゲストは 黒柳徹子さん

今週の「邦流」のゲストは 黒柳徹子さん。
亡くなったお母さんの話。小学生の時はとっても問題児?小学校を転々とする…。
渥美清さんとの深い交流の話。亡くなる直前の心温まるエピソード。
毎日が笑いと涙の深いお話をお聞きしています。お楽しみに !!

黒柳徹子

☆黒柳徹子
日本の女優・タレント・エッセイスト・平和運動家。愛称は「トットちゃん」。
テレビ番組「徹子の部屋」の司会や、日本最大のベストセラーである「窓ぎわのトットちゃん」の著者として知られる。
1953年のテレビ放送開始以来、テレビレギュラーを途切れる事無く持っている唯一の芸能人でもある。

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投稿者 joqr : 11:40

2006年10月02日

10月2日(月)~10月6日(金) 邦流ゲストは KONISHIKI さん

今週の「邦流」のゲストは KONISHIKI さん。
ハワイでの生活。 お父さん・お母さんの話。 なんでもとっても厳しいご両親だとか?
相撲をとるきっかけはハワイでのスカウト。 まったく相談せず日本行きを決めた?
相撲時代のエピソードから引退直前の苦悩の日々。
そしてミュージシャンとしてのお話も聞いています。 お楽しみに !!

KONISHIKI KONISHIKI

☆KONISHIKI
1963年 米国ハワイ州オアフ島出身。
1982年7月場所で初土俵。 1989年11月場所で幕内初優勝。 最高位は大関。
1997年11月場所で引退。 佐ノ山親方として相撲協会に勤務の後、退職。
その後はタレント、ミュージシャンとしてKONISHIKIと名乗る。

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投稿者 joqr : 17:29

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