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2009年11月08日

11月9日~11月13日の邦流は、ケーシー高峰さん

今週の「邦流」のゲストは、ケーシー高峰さん

11月9日≪月≫:代々医師の家庭に育って
ケーシー高峰さんは、山形県の先祖代々お医者さんという家庭に生まれ育ちました。
実家にはなんと往診専用の人力車まであったとか。子供たちは自動的に医師になるのことを期待されたそうです。お母さんは産婦人科医でしたが、とにかく忙しく、ケーシーさんはお母さんが寝巻きで眠る姿を見たことがありませんでした。
初日の今朝は、ケーシー高峰さんの人格形成に大きな影響を与えた子供時代の激しい家庭生活について伺います。

11月10日≪火≫:医学部から芸の道へ
医師になるため東京に出て、日大医学部に入学したケーシー高峰さん。しかし、ケーシーさんは高校時代にも、自習時間に人前で「アコーディオン漫談」をしていたほど演ずることが好きだったのです。ある日実家への学費への請求が、医学部ではなく芸術学部演劇科から来ていることに気付いたご両親が激怒!その後の仕送りをストップしてしまいます。
今朝は、アルバイトで生活費をかせぎながら芸の道を目指し始めた、ケーシー高峰さんの若き日のお話を伺います。

11月11日≪水≫:医事漫談「ケーシー高峰」の誕生
ケーシー高峰さんと言えば、白衣に黒板、そしてチョークを持って語る「医事漫談」。当時、歌謡曲の司会をたくさんやっていたケーシーさんでしたが、司会の合間にやっていた漫談がとにかく馬鹿受け、それが「医事漫談」誕生のきっかけになりました。
医師ばかりの家庭に育ったケーシーさんでしたが、白衣での漫談にやましい気持ちは全くなかったそうで、むしろご両親への罪滅ぼしの気持ちが強かったそうです。
今朝はこの「医事漫談」の誕生をめぐるお話を伺います。

11月12日≪木≫:テレビで人気者になり
医事漫談の大ヒットでテレビの仕事も増えたケーシー高峰さん。奥様グループが行ったアンケートでは、4年連続で「嫌いなタレント」第1位に輝いたそうですが、ケーシーさんは、とにかく注目されていることに有難味を感じていたそうです。「女性を口説くための名刺」まで持っていたというケーシーさん、様々な女優さんとの間に伝説のエピソードがありますが、実際は女遊びは全くしなかったそうです。
今朝はテレビを中心に華々しく活躍した時期のケーシー高峰さんのお話です。

11月13日≪金≫:数々の病気を体験して
医事漫談だけでなく俳優としても脂ののりきっていたケーシー高峰さんでしたが、2000年を過ぎるころから病気のため、テレビから遠ざかってしまう時期を迎えます。
4年前には「舌がん」で舌の一部を切除する手術も経験します。興業では、病院から喋れないままマスクをしてステージに出たことも。一切しゃべらずないまま黒板を使い、筆談で大爆笑をとったこともあったそうです。
今朝は、病気を乗り越え、今なお活躍するケーシー高峰さんの最近のお話を伺います。

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<ケーシー高峰>

1920年(昭和9年)山形県生まれ。
日本大学医学部に進むが、芸術学部に転部。
リーガル天才門下に弟子入りし修行する。
司会業から漫談家に転じ、「セニョール・グラッチェ」のギャグで漫談家の地位を確立。
1982年NHK「夢千代日記」以来、役者としても活躍。
現在はテレビ、映画、舞台などで幅広く活動中。

投稿者 joqr : 2009年11月08日 16:00

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