« トレンだま「せんべろ」 | たまにゃびペアグラス »


2009年08月17日

オヤジ魂「ロングセラー商品の裏側」

突然ですが問題です!
7月1日は、あるものの記念日、○○の日です。
1:あずきバーの日  2:ガリガリ君の日  さぁ、どっち?

正解は、あずきバーの日。正確には「井村屋あずきバーの日」。
7月1日から本格的な暑さがはじまることから、平成19年に日本記念日協会がこの日を「井村屋あずきバーの日」として認定しました。

あずきバーが発売されたのは昭和47年。当時は1本30円でした。
このようなロングセラー商品になるために、井村屋では3年前から新たなファンづくりを目指しています。
浸透の弱かった若年層へ向け、全国の幼稚園児1万人にサンプルを配布したり、冬の需要も取り込もうと去年初めて冬のキャンペーンを展開したほか、硬さを変えた冬商品の研究を進めています。

という訳で、今日はこんなテーマでお届けします。
「ロングセラー商品の裏側」

■ガリガリ君(赤城乳業)■
先ほどのクイズのもう1つの選択肢に出ていた、ガリガリ君についても少しご紹介しましょう。
昭和56年に赤城乳業から発売された「ガリガリ君」。
「ワンハンドで食べられるかき氷」を目指して、スティックタイプのかき氷を作りました。
こうして作り出されたのが、外はアイスキャンディ、中はかき氷のガリガリ君。
また早くからコンビニでの販売経路を確保した事も、ロングセラーにつながった裏側と言えるでしょう。

■のりたま(丸美屋)■
昭和26年、阿部(あべ)末吉(すえきち)さんが起こした丸美屋が「是はうまい」を越えるふりかけはできないのか!?と会議をしたところ、「海苔」と「卵」を使ったふりかけはどうだろう?というアイディアが出ました。
「旅館の朝食にはこの2品が必ず出る。それに当時は海苔も卵も庶民の食卓には上がらない贅沢品だ」という阿部さんの考えから昭和35年、「のりたま」が販売されたのです。
発売されて間もなく、エイトマンのキャラクターのシールを付けて売り出します。
昭和38年からテレビで放送された「エイトマン」は丸美屋が番組提供をしていたので、そのシールを袋に入れて販売したところ、欲しがる子供たちが殺到。
爆発的な売れ行きに生産が間に合わず、最後は倉庫から「のりたま」が盗まれるという事件も発生したと言います。

■野球盤(エポック社)■
野球盤の生みの親は、エポック社の創業者でもある前田竹虎さん。
初代の野球盤が出来たのが昭和33年。
しかしながら昭和40年代に入ると、野球盤のゲーム性に慣れてしまったのか、売れ行きにかげりが見え始めます。
そんな時、昭和46年に発売された漫画『巨人の星』の野球盤がある爆発的な売上を
記録します。
消える魔球が大ヒットとなり、その人気は野球盤史上でも歴代2位の出荷数を記録しました。

■バスクリン(ツムラ)■
バスクリンがツムラから発売されたのは、昭和5年のこと。
ロングセラーといわれる商品は、発売当時のデザインやパッケージ、ロゴなどを守り続けているものもありますが、バスクリンでは名前だけを残してパッケージなどは、その時代時代で大胆に変えています。
平成11年になって、それまで缶だった入れ物を、再生紙のパッケージに変更します。
それと同時に、容器を丸型から楕円型に変更しました。
握力の弱いお年寄りや年少者にとって、丸型は以外に持ちづらい。
持ちやすい楕円形にすることで、バスクリンを足の上に落としたり、浴槽の中に落としてしまうといった事態を避けるといった効果を狙っています。

■蚊取り線香(金鳥)■
蚊取り線香が誕生したのは明治23年。
この時は、うず巻きではなく、まだ棒状の線香でした。
長さ21cm、時間にすると20分ほどと短いものでした。
そして明治35年、渦巻きの蚊取り線香が誕生します。
しかし、昭和に入り、蚊取り線香が本格的に普及するに伴って、殺虫成分を
ほとんど含まれない模造品や紛らわしい名前の類似品が出回ります。
そこでニセモノと区別するために、左巻きの蚊取り線香を作ります。
蚊取り線香の販売に伴って、作業が機械化されるのですが、“ネジが緩む”と嫌われてきた左巻きをあえて採用して、他社の製品と差別化を図ったのです。
これにより、金鳥の蚊取り線香は類似品と間違われること無く、不動の地位を獲得し、現在までのロングセラーとつながっていきます。

今日は、現在も売れ続けているロングセラー商品の裏側について紹介しました。

投稿者 たまなび : 2009年08月17日 17:00

文化放送へ戻る