2006年03月13日

Kazumi in the USA

太平洋を5年ぶりに渡ったぜぃ!
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アメリカに来ています。丸2日が経ちました。
初・ロサンゼルスです。

『さてさて~、トシちゃん・マッチ・ヨッちゃんは
 ロサンゼルスで写真集の撮影があったんですよね~。
 その模様をVTRでご覧下さい!・・・・・・・・・・・・・・・
 いや~、3人とも青空の下、元気いっぱいでしたね!
 以上、ロサンゼルスin“たのきん”でした』
   (生島ヒロシ。ザ・べストテンの司会で)
『え~、先ほどの私の英語は文法表現として誤りがありました。
 正しくは“たのきん”inロサンゼルスです。
 どうもすいませんでしたっ!』
   (生島ヒロシ。CМ後にお詫びと訂正)

あれ以来、英語を使う時、どっちだったっけ?と迷ったら
【ロサンゼルスin“たのきん”の逆】を言えばいい、と
思えるようになったんだよなぁ・・・としょうもないことを 
カリフォルニアの青い空を見上げて、ふと考えてしまいました。
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で、ハイウェーでタクシーをすっ飛ばして1時間。
WBC日本代表が練習している
アナハイムのエンゼルスタジアムへ直行!
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しばらくすると、大雨に変わってしまいました。
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けっこう、寒いんですよね。
厚手のジャケットを家に置いてきたことを、今でも悔やんでいます。

一夜明けて、アメリカとの決戦の日。
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長い間、日本の野球選手が憧れ続けたメジャーリーガー達と
今日、ついに、日の丸をつけて真剣勝負を戦うんだ・・と
感慨もひとしおの方が、ここにいらっしゃいました。
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あの先頭打者ホームランの美しい弾道を
スタジアムの真横から目撃したことは、生涯忘れえぬ僕の財産です。
と同時に、イチローには
もう日本の球場は似合わないことも分かりました。
東京ドームにいた時より、明らかにになっているのですから。
僕の5年前の渡米は、イチローのメジャー1年目の取材。
何か、別の選手を見ているようでした。

そして・・・・・・・・・
岩村・小笠原・川崎の巧打と好守!
上原・藤田・薮田の激投!
王監督の抗議!

惜しかったなんてもんじゃないですね。
タッチアップの判定が覆ってなけりゃ、勝ってたと思う人!ハ~イ!

嬉しかったのは、試合展開だけでなく
スタンドの応援も日本がアメリカの先、先を行っていたところです。
終盤、日本が勝ち越しのチャンスをつかむと
“ニッポン、チャチャチャ”(あぁ、文字にすると情けない)が自然発生。
負けじとアメリカ人が“USA!USA!”と野太い声の大合唱。
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それからというもの、明らかに少数派の日本人が
大多数のアメリカ人を引っ張る、という流れは
王監督の、極力怒りを抑えた抗議まで変わりませんでした。

そう、あれで全てが変わったのです。

でも、日本代表は皆ガムシャラでした。
アメリカ戦直前の僕の心配は
確かに敗れたとはいえ完全にハズレました!

次、準決勝で当たったら、間違いなくアメリカに勝てます。
ただし、メキシコVS.韓国を目の当たりにすると
そこまでたどり着くには
並大抵の心構えではダメだ、と思い知らされました。
あと2試合、勝つのは簡単ではありません。

それにしても、アメリカで観戦する野球は最高です。

乾いた空気に響く、打球音と捕球音。
フィールドとの垣根が低いフェンス。
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今行われているプレーについて隣人と熱く語らい
かつ選手に大声援を送る姿勢。
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野球に全く興味がない人をこういう場所に連れて来たい、と
切に願ってしまうほど、楽しいのなんのって。

隣に座った年配のご夫婦と、ずっと話しながら観戦しました。
トムさんとメアリーさんです。
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中1の英語の教科書に出てきそうな名前のカップルに
ついに出会えました。

誰とでもすぐに仲良くなれるのが、アメリカのボールパーク。
野球狂に国境はありません。


投稿者 斉藤一美 : 2006年03月13日 19:28

 

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