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2020年07月17日

第163回直木賞は『少年と犬』に決定!


直木賞は馳星周さんの『少年と犬』に決まりましたね。
おめでとうございます!

本好きの間ではよく知られた話ですが、馳さんは若い頃、
ゴールデン街の『深夜+1』というバーで店員をしていました。
故・内藤陳さんがやっていたこのバーには当時、いまでは大御所になった
エンタメ小説の作家たちが毎晩のように通っていました。
彼らの薫陶を受けた馳さんも、後に作家になりました。

ですので「いつかは馳星周に直木賞を」というのは、
先輩作家みんなの思いだったのではないでしょうか。

宮部みゆきさんが選評でおっしゃっていたように、
犬を安易に擬人化せずに書いているところは確かに素晴らしいと思います。
また自然災害が猛威をふるう時代だからこそ、読まれるべき作品でもあります。

選評によれば、『雲を紡ぐ』『じんかん』が次点だったとのこと。
よくよく考えると、ぼくの推した『雲を紡ぐ』は、本屋大賞向きかもしれません。
ということで、来年の本屋大賞に向けてぜひ『雲を紡ぐ』も読んでみてください。

投稿者 yomehon : 07:00

2020年07月14日

第163回直木賞 最終予想


これで、すべての候補作の検討が終わりました。
受賞作の予想にいきたいところですが、今回はかなり難しい。
それぞれに良さがある一方で、突出した作品がないからです。

これまでのキャリアからすれば、また選考委員の人情からしても、
おそらく今回は、馳星周さんにとらせたいのだろうと思います。
ただ作品本位でみると『少年と犬』は
受賞作としてはちょっと弱いというのが正直なところ。

迷いましたが、今回は『雲を紡ぐ』を推すことにしました。
この作品には、「ホームスパン」を作る過程や、
この仕事に携わる人々の暮らしが、きめ細やかに描かれています。
日々を丁寧に生きることの素晴らしさが伝わってくるこの小説にこそ、
ぼくは、コロナ禍の中での新しい生活のヒントがあると思うのです。

それに読んでいると、盛岡に行きたくてたまらなくなってしまう。
僕だけじゃなく、この本を手に取った人はみんな「盛岡行きたい病」に
かかってしまうと思います。
とはいえ、いまは旅行にも気軽に行きづらいですよね。
行きたくてもなかなか行けないだけに、
作品の中で描かれる盛岡の美しさが余計に際立って感じられます。

『じんかん』のような熱さはないけれど、その代わり
しっかりと地に足のついた確かさが伝わってくる。
ポスト・コロナに読まれるべきなのは、こういう小説ではないでしょうか。

最後に芥川賞についても触れておきましょう。
今回はなんといっても太宰治の孫であり、
津島佑子の娘でもある石原然さんが話題です。

もし受賞すれば文学史的事件だと思いますが、
僕は高山羽根子さんがとると予想します。

芥川賞と直木賞、どちらも選考会は、
7月15日(水)午後2時から、都内で開催されます。

投稿者 yomehon : 17:00

2020年07月13日

第163回直木賞直前予想⑤ 『少年と犬』

最後は馳星周さんの『少年と犬』です。
キャリアからいえば、馳さんもとっくに直木賞を受賞していてもおかしくない作家ですよね。

本作は一匹の犬をめぐる連作短編集です。
そして作品の背景には、震災があります。

シェパードの血が混じった雑種犬が物語の一方の主人公。
この犬は、東日本大震災で迷い犬になり、その後さまざまな飼い主のもとを転々とします。
この飼い主たちが物語のもう片方の主人公です。

犬の名前は、最初は「多聞(たもん)」ですが、飼い主が入れ替わる中で呼び名も変わっていきます。
ただ作品を通して変わらないものもあります。
それはきわめて聡明なこの犬が、その時々の飼い主に大きな影響を与えること。
飼い主は、犬と出会ったことで、自分の人生を振り返るきっかけを与えられるのです。
もちろんすべての飼い主が犬と出会ったことで幸せになるわけではありません。
むしろビターな結末のほうが多い。でも結末がどうであれ、
飼い主たちは皆この犬から大きな贈り物をもらっているのです。

さて物語は、ただ犬が飼い主を替えていくというだけでなく、
この犬がいつも「ある方向を気にしている」という点が、
ストーリーを引っ張る牽引力にもなっています。
犬が気にしている方向に、本当の飼い主がいるのではないか……。
読者はそんな期待をもってページを捲っていきます。
そしてその謎は、本書の最後におさめられた表題作で明かされる仕掛けになっています。

愛犬家でもある著者の“犬愛”が全編にわたり横溢した作品です。
とは言っても、別に犬への愛を垂れ流しているわけではなく、
どの作品も著者らしくハードボイルドテイストでまとめられていますので、
犬好きであるかどうかに関係なく誰にでも面白く読めると思います。

個人的には少し単調に感じるところもありました。
どの作品も「犬との出会いと別れ」が鍵になっているので仕方がないのかもしれませんが……。

また、詳しくは明かせませんが、もしかすると今回の豪雨災害が、
選考会の議論になんらかの影響をもたらすかもしれません。
選考委員からどんな意見が出るのか、
注目しましょう。

投稿者 yomehon : 07:00

2020年07月10日

第163回直木賞直前予想④ 『銀花の蔵』


次は遠田潤子さんの『銀花の蔵』です。
今回、候補作の中に遠田さんの名前を見つけた時は、ちょっと嬉しかったですね。
遠田さんは、これまでコツコツと良質な作品を書き続けてきた作家。
派手さはありませんが、確実に面白いものを書く優れた職人です。
遠田さんが候補になるなんて、ちゃんと見ている人がいるんだなぁと嬉しくなりました。

さて、今回の作品の舞台は、奈良にある「雀醤油」という小さな醤油蔵です。
冒頭、蔵の改築工事中に、白骨化した子どもの遺体が発見されるところから物語はスタートします。
「これは誰?」という疑問を頭の片隅に、読者はストーリーを追っていくことになります。

主人公の銀花は、小学4年生の夏休みに、父と母と3人で大阪から奈良に移り住みます。
父親は雀醤油の跡取りであるにもかかわらず、画家を志して、長く蔵を離れていたのですが、
母親と杜氏ひとりが守り続けている醤油蔵を継ぐ決心をして、実家に戻って来たのです。

銀花の母親は、料理上手なかわいらしい女性ですが、
浮世離れしたところがある上に盗癖があり、時折深刻なトラブルを引き起こします。

一家が移り住んだ醤油蔵には、「座敷わらし」の言い伝えがありました。
「座敷わらし」は蔵の当主にしか見えないという言い伝えで、言い換えれば、
「座敷わらし」を見たものこそが、蔵の正当な継承者ということでもあります。

物語は銀花の成長を追うかたちで進んでいきます。この間、彼女は数々の試練に見舞われ、
その過程で周りの人物の隠された過去も少しずつ明らかになっていきます。
そしてラストで、あの白骨遺体の謎が解き明かされる仕掛けです。

1960年代後半から現在にかけての時代背景とともに、
ひとりの女性の半生を描いたビルドゥングス・ロマン。
銀花の人生は、NHK朝の連続テレビ小説に
このまま使えるんじゃないかというくらい起伏に富んでいて面白い。
この作家らしく手堅くまとめたなぁという印象です。

ところで、候補作になったのを知って、ある大きな書店にこの本を買いに行ったのですが、
本が置かれていたのはSFのコーナーでした。デビューが日本ファンタジーノベル大賞だから
なのかもしれませんが、この作品はSFではありません。「座敷わらし」の正体にしても、
作中で合理的な謎解きが提示されます。

個人的には、ちょっと嫌な感じの登場人物の印象が、
読んでいるうちにガラリと変わるところに感心しました。
銀花にことさら厳しく当たる祖母にも、盗みを咎められただ泣くことしかできない母にも、
読者が共感できる背景を作者はちゃんと用意しているんですよね。

わかりやすさを優先してキャラクターを一面的に描く小説が多い中、
人間には多面性があるということがきちんと書かれています。作者の成熟した視点を感じます。

端正につくられた大人の作品という印象。
漲るエネルギーというか、熱を感じさせる『じんかん』の対極に位置する作品だと思いました。

投稿者 yomehon : 07:00

2020年07月09日

第163回直木賞直前予想③『能楽ものがたり 稚児桜』


次は澤田瞳子さんの『能楽ものがたり 稚児桜』です。
澤田さんはいずれ直木賞をとる人だと思いますが、問題はどの作品でとるのかということです。
はたしてこの作品は受賞作としてふさわしいでしょうか。

本書には、能の名曲にインスパイアされて書かれた8つの短編がおさめられています。
能楽を題材にするなんて、学生時代から能を習っているという著者ならでは。
とはいえ、能に詳しくない人でも面白く読めますので、その点はご心配なく。

表題作の「稚児桜」こそ、僧の夜の相手をする稚児をめぐる話ですが、
それ以外は女性が主人公といっていい作品が並びます。
それもたくましかったり、悪事を働いたり、一癖も二癖もある女性が多い。
このことは、この短編集の独特の個性となっています。

大学院で奈良仏教史を専攻していたこともあって、澤田さんの作品は、
時代考証がしっかりしていることで知られています。
澤田さんの描く古代から中世にかけての人々の生活の様子など
さすがのクオリティで、これを堪能できるのもこの短編集の魅力。

ひとつひとつの話は短く、『今昔物語』のような説話集を読んでいるような趣があります。
ただその短さゆえに、若干の物足りなさを感じるのも事実です。
一編一編は、手のひらサイズの雅な工芸品のような完成度。
この「手のひらサイズ」というところが個人的には気になってしまいます。

直木賞の受賞作ならば、もう少しスケール感が欲しい。
以前、直木賞候補作になっていますが、澤田さんには平将門を描いた『落花』や、
疫病と戦う奈良時代の医師たちを描いた『火定』のような構えの大きい作品もあります
(『火定』なんてコロナ禍の今こそ読まれるべき作品かも)。
直木賞にふさわしいのは、こちらの路線だよなーと思ってしまうのです。

投稿者 yomehon : 07:00

2020年07月08日

第163回直木賞直前予想②『じんかん』

次は今村翔吾さんの『じんかん』です。
今村翔吾といえば、いま乗りに乗っている時代小説作家ですね。
この本の帯にも「著作累計100万部突破 今村翔吾 キャンペーン実施中」とあります。

さて、そんないまをときめく作家が取り上げたのは、マニアックにも「松永久秀」です。
大河ドラマ『麒麟がくる』では吉田鋼太郎が演じている人物ですが、
この松永久秀、戦国時代の武将の中でも、ひときわ評判の悪い人物として知られています。
その悪評は、久秀が犯したとされる「三悪」(三つの悪業)からきています。

その三つの悪業とはすなわち「主家である三好家を乗っ取ったこと」
「将軍足利義輝を殺したこと」「東大寺を焼き討ちしたこと」の三つ。
いくら情け容赦のない戦国の世とはいえ、ひとつならともかく、
三つもの悪業を犯すのは余程の極悪人であろう、というわけで、
松永久秀の悪名は後世まで伝わることになってしまいました。

一方、ただの悪人かと思えばさにあらず。久秀は戦国を代表する趣味人でもあります。
武野紹鷗に茶の手ほどきを受け(ということは、久秀は千利休の兄弟子)、
大名物として知られる九十九髪茄子を所持し、織田信長に献上。
最期は信長の所望した、これも大名物の平蜘蛛とともに爆死したという伝説を持っています。

そうそう、信長といえば、久秀は信長に対して謀反を起こしたことがあるにもかかわらず、
なぜか許されているというのも不思議。松永久秀という武将は、巷間伝えられているような
悪人というレッテルだけではとらえきれないスケールの大きさを持った人物のようです。

実はこの松永久秀、三好長慶の家臣として歴史に登場するまでは、
どこで何をしていたのか、よくわかっていません。
作者はこの「歴史の空白」を、大胆な想像力で埋めてみせました。
久秀がなぜ武将となるに至ったのか、その過程が生き生きとした筆で語られます。

松永久秀を血の通った人物として造型してみせただけではありません。
作者は久秀の例の「三悪」でさえも、180度見解をひっくり返して見せます。
つまりある事情があって、久秀があえて悪評を被ったというふうに描くのです。
これが実に読み応えがあります。

物語の語り手が信長であるというのにも意表を突かれます。
信長が小姓を相手に、松永久秀の半生を語って聞かせるという設定になっているのです。
この作者のアイデアが上手くはまっています。

最後にタイトルの「じんかん」についても触れておきましょう。
幸若舞の演目のひとつ「敦盛」は信長が好んだことで知られていますが、あの
〽️人間五十年、化天(下天)のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり
の「人間」が「じんかん」です。

「じんかん」とは「人と人との繋がりが織りなす俗世」、つまり「この世」のこと。
敦盛は、「人の世の五十年など、天上界に比べれば夢幻のように短い」と唱っているわけです。

文句なしの力作ですが、もしかすると選考会では、この作品の長さが議論になるかも。
なにしろ509ページもあります。読んでいて、少しダレるところもありましたので、
もうちょっと削れるのではないかという指摘は、選考委員からありそうな気がします。

投稿者 yomehon : 07:00

2020年07月07日

第163回直木賞直前予想① 『雲を紡ぐ』

トップバッターは伊吹有喜(いぶき・ゆき)さんの『雲を紡ぐ』です。
これ、ハートウォーミングな素晴らしい作品でした。

主人公の山崎美緒は高校生。教育熱心な母親の望み通り、中高一貫の私立女子校に入学したものの、
クラスメイトの「いじり」が原因で、不登校になってしまいます。
美緒の母親は高校の英語教師、父親は家電メーカーの技術者。
ふたりともひとり娘の美緒を心配していますが、お互い仕事でいっぱいいっぱいで、
娘とちゃんと向き合う心の余裕がありません。夫婦仲もぎくしゃくしています。
家には横浜に住む母方の祖母が頻繁に訪ねてきますが、岩手出身の父方の祖父母は、
美緒の初宮参りの日に来てくれたきり、会っていません。その後、祖母は事故で亡くなり、
現在は祖父がひとり盛岡市で「山崎工藝舎」という工房を営んでいます。

美緒は初宮参りの時に祖父母が持って来てくれた赤いショールをとても大切にしています。
辛いことがあると、ショールを頭からかぶってしまう。
すると守られているような安心感を覚えるのです。
美緒にとってこのショールは「ライナスの毛布」というわけです。

この赤いショールは、山崎工藝舎でつくられたものでした。
美緒はある日、辛さに耐えられなくなり、衝動的に盛岡の祖父のもとに向かいます。
実は祖父の山崎紘治郎は、ホームスパンの職人として有名な人物でした。
ホームスパンというのは、手作業で羊毛から糸を紡ぎ、染め、織り上げられた美しい布のことです。

ウィリアム・モリスという人を知っているでしょうか。
19世紀のイギリスで活躍した詩人であり思想家ですが、
「モダンデザインの父」とも呼ばれています(ネットで検索すると、モリスのデザインが
たくさん出てくるのでぜひ見てください。「いちご泥棒」とか有名な柄がいくつもあります)。
産業革命を経て工業製品が世に溢れ始めた時に、モリスが提唱したのが
「アーツ&クラフト運動」でした。ひとことでいえば、
「毎日の生活に美しいものを使いましょう」ということ。
この運動を受けて、大正時代の日本で盛んになったのが柳宗悦が始めた民藝運動です。

民藝運動は、アーツ&クラフト運動よりももう少し手仕事寄りというか、
「職人の手仕事の中に美を見出す」という側面がありました。
岩手のホームスパンは、この民藝運動の中で盛んになったものなのです。

着の身着のまま家を飛び出した美緒は、祖父のもとでホームスパンを学び始めます。
この職人の手仕事を学ぶ過程と、美緒の成長、そしてバラバラだった家族が再び結びつくまでが、
それこそ一枚の布のように見事に織り合わされた作品になっています。

都会の学校で不登校になった子どもが自然の中で体を動かすことで立ち直っていく、
という骨格だけを取り出してみれば、特に珍しい話ではないかもしれません。
でもこの作品はその骨格に、一枚の布が織り上げられるまでの大変な工程や、
そこに宿る豊かな時間を丁寧に肉付けすることで、実に読み応えのある物語に仕上げています。

物語の中には、実在する盛岡のお店もたくさん出てきます。
あまり知られていませんが、盛岡は珈琲の街でもあるんです。
東京で珈琲の店といえば、今風のカフェか昭和レトロな純喫茶という感じですが、
盛岡には木のぬくもりを感じるシンプルでハイセンスな喫茶店がたくさんあります。
そうした実在する店がこの作品の随所に登場します。

それに岩手といえば、なんといっても宮沢賢治はかかせません。
もちろんこの作品の中でも宮沢賢治の作品(『水仙月の四日』)が印象的に使われています。

本書を読み終えた時、盛岡に行きたくてたまらなくなりました。
街を歩き、職人たちの美しい手仕事を見て、美緒や紘治郎の行きつけの喫茶店に寄って
「さわや書店」で買った本を読みたい。なんと贅沢な時間でしょう。
人を行動に駆り立てる力を持った本というのは滅多にありませんが、この作品にはその力があります。

いやー、トップバッターからこんな素晴らしい作品と出合えるとは。
前回のエントリーで「抜きん出た作品がない、というのが第一印象」などと
言っておきながらなんですが、幸先のいいスタートです。

投稿者 yomehon : 07:00

2020年07月06日

第163回直木賞予想はじめます!

来たる7月15日(水)は、第163回直木賞の選考会です。
いつもだと、午後5時から築地の料亭「新喜楽」で開催というパターンですが、
今回は「午後2時より都内にて開催」とあります。
おそらく新型コロナウイルスの感染防止のため、いつもとは違う選考会になるのでしょうね。
受賞者は記者会見の後、選考委員たちと銀座の文壇バーに飲みに行ったりするみたいですけど、
それも今回はどうなるんだろう。

さて、候補作はすでに発表されています。
今回のラインナップは以下の通り。

『伊吹有喜 『雲を紡ぐ』 (文藝春秋)

『今村翔吾 『じんかん』  (講談社)

『澤田瞳子 『能楽ものがたり稚児桜』(淡交社)

『遠田潤子 『銀花の蔵』 (新潮社)

『馳星周  『少年と犬』 (文藝春秋)

以上、5作品です。
今回は混戦になりそうですね。
正直、抜きん出た作品がない、というのが第一印象です。
それでは明日からひとつずつ候補作をみていきましょう。お楽しみに!

投稿者 yomehon : 07:00