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2020年07月09日

第163回直木賞直前予想③『能楽ものがたり 稚児桜』


次は澤田瞳子さんの『能楽ものがたり 稚児桜』です。
澤田さんはいずれ直木賞をとる人だと思いますが、問題はどの作品でとるのかということです。
はたしてこの作品は受賞作としてふさわしいでしょうか。

本書には、能の名曲にインスパイアされて書かれた8つの短編がおさめられています。
能楽を題材にするなんて、学生時代から能を習っているという著者ならでは。
とはいえ、能に詳しくない人でも面白く読めますので、その点はご心配なく。

表題作の「稚児桜」こそ、僧の夜の相手をする稚児をめぐる話ですが、
それ以外は女性が主人公といっていい作品が並びます。
それもたくましかったり、悪事を働いたり、一癖も二癖もある女性が多い。
このことは、この短編集の独特の個性となっています。

大学院で奈良仏教史を専攻していたこともあって、澤田さんの作品は、
時代考証がしっかりしていることで知られています。
澤田さんの描く古代から中世にかけての人々の生活の様子など
さすがのクオリティで、これを堪能できるのもこの短編集の魅力。

ひとつひとつの話は短く、『今昔物語』のような説話集を読んでいるような趣があります。
ただその短さゆえに、若干の物足りなさを感じるのも事実です。
一編一編は、手のひらサイズの雅な工芸品のような完成度。
この「手のひらサイズ」というところが個人的には気になってしまいます。

直木賞の受賞作ならば、もう少しスケール感が欲しい。
以前、直木賞候補作になっていますが、澤田さんには平将門を描いた『落花』や、
疫病と戦う奈良時代の医師たちを描いた『火定』のような構えの大きい作品もあります
(『火定』なんてコロナ禍の今こそ読まれるべき作品かも)。
直木賞にふさわしいのは、こちらの路線だよなーと思ってしまうのです。

投稿者 yomehon : 2020年07月09日 07:00