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2020年07月10日

第163回直木賞直前予想④ 『銀花の蔵』


次は遠田潤子さんの『銀花の蔵』です。
今回、候補作の中に遠田さんの名前を見つけた時は、ちょっと嬉しかったですね。
遠田さんは、これまでコツコツと良質な作品を書き続けてきた作家。
派手さはありませんが、確実に面白いものを書く優れた職人です。
遠田さんが候補になるなんて、ちゃんと見ている人がいるんだなぁと嬉しくなりました。

さて、今回の作品の舞台は、奈良にある「雀醤油」という小さな醤油蔵です。
冒頭、蔵の改築工事中に、白骨化した子どもの遺体が発見されるところから物語はスタートします。
「これは誰?」という疑問を頭の片隅に、読者はストーリーを追っていくことになります。

主人公の銀花は、小学4年生の夏休みに、父と母と3人で大阪から奈良に移り住みます。
父親は雀醤油の跡取りであるにもかかわらず、画家を志して、長く蔵を離れていたのですが、
母親と杜氏ひとりが守り続けている醤油蔵を継ぐ決心をして、実家に戻って来たのです。

銀花の母親は、料理上手なかわいらしい女性ですが、
浮世離れしたところがある上に盗癖があり、時折深刻なトラブルを引き起こします。

一家が移り住んだ醤油蔵には、「座敷わらし」の言い伝えがありました。
「座敷わらし」は蔵の当主にしか見えないという言い伝えで、言い換えれば、
「座敷わらし」を見たものこそが、蔵の正当な継承者ということでもあります。

物語は銀花の成長を追うかたちで進んでいきます。この間、彼女は数々の試練に見舞われ、
その過程で周りの人物の隠された過去も少しずつ明らかになっていきます。
そしてラストで、あの白骨遺体の謎が解き明かされる仕掛けです。

1960年代後半から現在にかけての時代背景とともに、
ひとりの女性の半生を描いたビルドゥングス・ロマン。
銀花の人生は、NHK朝の連続テレビ小説に
このまま使えるんじゃないかというくらい起伏に富んでいて面白い。
この作家らしく手堅くまとめたなぁという印象です。

ところで、候補作になったのを知って、ある大きな書店にこの本を買いに行ったのですが、
本が置かれていたのはSFのコーナーでした。デビューが日本ファンタジーノベル大賞だから
なのかもしれませんが、この作品はSFではありません。「座敷わらし」の正体にしても、
作中で合理的な謎解きが提示されます。

個人的には、ちょっと嫌な感じの登場人物の印象が、
読んでいるうちにガラリと変わるところに感心しました。
銀花にことさら厳しく当たる祖母にも、盗みを咎められただ泣くことしかできない母にも、
読者が共感できる背景を作者はちゃんと用意しているんですよね。

わかりやすさを優先してキャラクターを一面的に描く小説が多い中、
人間には多面性があるということがきちんと書かれています。作者の成熟した視点を感じます。

端正につくられた大人の作品という印象。
漲るエネルギーというか、熱を感じさせる『じんかん』の対極に位置する作品だと思いました。

投稿者 yomehon : 2020年07月10日 07:00