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2020年07月13日

第163回直木賞直前予想⑤ 『少年と犬』

最後は馳星周さんの『少年と犬』です。
キャリアからいえば、馳さんもとっくに直木賞を受賞していてもおかしくない作家ですよね。

本作は一匹の犬をめぐる連作短編集です。
そして作品の背景には、震災があります。

シェパードの血が混じった雑種犬が物語の一方の主人公。
この犬は、東日本大震災で迷い犬になり、その後さまざまな飼い主のもとを転々とします。
この飼い主たちが物語のもう片方の主人公です。

犬の名前は、最初は「多聞(たもん)」ですが、飼い主が入れ替わる中で呼び名も変わっていきます。
ただ作品を通して変わらないものもあります。
それはきわめて聡明なこの犬が、その時々の飼い主に大きな影響を与えること。
飼い主は、犬と出会ったことで、自分の人生を振り返るきっかけを与えられるのです。
もちろんすべての飼い主が犬と出会ったことで幸せになるわけではありません。
むしろビターな結末のほうが多い。でも結末がどうであれ、
飼い主たちは皆この犬から大きな贈り物をもらっているのです。

さて物語は、ただ犬が飼い主を替えていくというだけでなく、
この犬がいつも「ある方向を気にしている」という点が、
ストーリーを引っ張る牽引力にもなっています。
犬が気にしている方向に、本当の飼い主がいるのではないか……。
読者はそんな期待をもってページを捲っていきます。
そしてその謎は、本書の最後におさめられた表題作で明かされる仕掛けになっています。

愛犬家でもある著者の“犬愛”が全編にわたり横溢した作品です。
とは言っても、別に犬への愛を垂れ流しているわけではなく、
どの作品も著者らしくハードボイルドテイストでまとめられていますので、
犬好きであるかどうかに関係なく誰にでも面白く読めると思います。

個人的には少し単調に感じるところもありました。
どの作品も「犬との出会いと別れ」が鍵になっているので仕方がないのかもしれませんが……。

また、詳しくは明かせませんが、もしかすると今回の豪雨災害が、
選考会の議論になんらかの影響をもたらすかもしれません。
選考委員からどんな意見が出るのか、
注目しましょう。

投稿者 yomehon : 2020年07月13日 07:00