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2008年06月26日

この才能はホンモノ!話題のデビュー作に続く新作もすごい!


こんな経験はありませんか?
あなたが本好きだと知ったとたんに
相手がこんな質問をぶつけてくるのです。

「いま面白い本は何?」


これは意外とやっかいな質問です。
特に飲み会の場だったりすればなおのこと。
なぜならその場にいる人がどれくらい本好きかわからないからです。

相手が大の本好きならば
マイナー作家の新作とか注目の新人作家とか
思う存分本の話に興じることができるのですが、
そんなに本を読まない人の場合は、
せっかく面白い本をあげても
「ふ~ん」と気のない返事が返ってくるのが関の山だったりします。

ところが最近、ぼくがある本の名前をあげたところ、
ふだんそれほど本を読まない人たちから
「あ!それ知ってる」とか「その本読んでみたい」といった
思いもよらない反応が返ってくるという体験をしました。

その本の名は『のぼうの城』。

以前この欄でもご紹介したことがある
時代小説のニューウェーブです。

「でくのぼう」であるがゆえに衆人を魅了してやまないという、
これまでにない新しい英雄像を描き出すことに成功した『のぼうの城』は、
『王様のブランチ』などの大プッシュもあっていまや10万部突破の大ベストセラー。

そのおかげで以前だったら『のぼうの城』の名前を聞いても
興味関心を示さなかったような人たちの態度が
「読んでみたい!」という積極的なものに変わったのですから、
やはりベストセラーの力はすごいものです。

まだ読んだことがないという方はぜひお読みになってください。
難攻不落の武州・忍城をめぐる息詰まる攻防を楽しみながら、
人間の器についても考えさせられる抜群に面白い一冊です。

そして!(ここからが本日の本題)
興奮しながら『のぼうの城』をイッキ読みした後は、
迷うことなく『忍びの国』に進みましょう!


時代小説の新鋭・和田竜さんが、
『のぼうの城』に続いて世に問う最新作『忍びの国』(新潮社)は、
伊賀きっての忍び、無門の活躍を描いたきわめて面白い忍者小説です。

今回、物語の素材となる史実は、
北畠信雄(きたばたけ・のぶかつ)による伊賀攻め。

織田信長の次男で、伊勢を支配していた北畠家の養子となった信雄は、
信長の命令に逆らって伊賀に大軍を送り込み、大敗を喫します。

この伊賀攻めの真相としてよく語られるのは、
父・信長に認めてもらいたかった信雄が功を焦った、というものですが、
史料をじっくり読み込んだ作者は、なんと!攻められる側の伊賀が、
信雄を罠にかけて伊賀を攻めるよう仕向けた、とオドロキの説を唱えます。

伊賀衆がなぜそんなことを企んだのかは
物語の鍵となっているのでここでは明かせません。

ただ、読み進むうちに、伊賀衆が敵をはめるために
どんな心理的トラップを仕掛けたかということが徐々に明らかになってきます。
ここは物語のおおきな読みどころのひとつとなっています。

主人公も魅力的です。
『のぼうの城』でユニークな主人公を造型してみせた作者は、
この『忍びの国』でも魅力に富んだ主人公を生み出すことに成功しています。

主人公の無門は伊賀最強の忍びにもかかわらず妻のお国に頭があがりません。
お国は西国のさる名家から無門がさらってきた美女。
けれど肝が据わっているうえに金への執着がすごく、
あるていど稼げるようになるまでは夫婦の契りは結ばないと宣言して
無門を家から叩きだしてしまうような女です。
このふたりが信雄の軍勢との死闘の中でみせる夫婦愛。
ここも読みどころのひとつといえるでしょう。

でも、この小説を胸躍るものにしているのは、なによりも
派手なアクションが連続する戦闘シーンの素晴らしさに尽きます。

特に無門と武将・日置大膳(へき・だいぜん)との一騎打ちは物語最大の見せ場。
常人の運動能力の限界をはるかに超えた領域で繰り広げられるバトルは
一読の価値有りです。


デビュー作『のぼうの城』に比べると、この『忍びの国』では
作者の筆がより奔放さを増しているような印象を持つのですが、
おそらくそれは、忍術という「ありえない」技の数々を描いているからだと思います。

土器の欠片を水の上に投げて軽々とその上を渡ったり、
目に見えない速度で枝から枝へ飛び移ったり、
超高速で飛んでくる矢を目の前でキャッチしたり、
忍術は現実的にはありえない技の連続です。

言葉を換えれば、城攻めがリアルに描かれた『のぼうの城』から一転して、
『忍びの国』ではアニメやコミック的な世界に接近していると言えるかもしれません。

でも忍術が現実にはありえない、
徹底的に非現実的なものだからこそ、
作者は自由に筆を走らせることができたのではないかと思うのです。


それにしても、たとえ作品のテイストが変わってもこんなに面白いのですから
この和田竜という作家、並々ならぬ力量の持ち主です。
脚本家から時代小説作家になった先輩としては故・隆慶一郎氏がいますが、
今後も先輩に負けない面白い作品を書き続けていただきたいと思います。


最後に。
腕の立つ忍者を主人公にした小説では、
以前この欄でも紹介した『悪忍』という面白い作品もあります。
興味がある方はそちらもぜひお読み下さい。

投稿者 yomehon : 01:27