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2006年08月10日

痛快無比のピカレスク時代劇!

「面白い小説は一気に読み切るべし!」

読書に関する秘伝の奥義書がもしあったなら、
そこには絶対にこう記されているはずです。

一気に読み切れなかった場合はどうなるかといえば、
読みかけの小説を入れたカバンが
まるで大金でも入っているかのように始終気になるようになり、
営業の途中で喫茶店をみつけると無性に入りたくなり、
スポンサーさんの前で話をしているときも一刻もはやく切り上げて
再び続きを読みたくてたまらなくなってしまうという、悲惨な状態に陥ります。

ぼくも最近、不覚にも読み終わらなかった小説のために、
まったく仕事の手につかない一日を過ごすハメになりました。

『悪忍』海道龍一朗(双葉社)は、加藤段蔵という天才忍者を主人公にした
めっぽう面白い時代小説です。

この加藤段蔵、伊賀や甲賀といった忍者の“名門”を敵に回し、
たびたび命を狙われながらも、類い希なる強さで生き延びる“抜け忍”なのです。

段蔵の強さとは、ひとことでいえば“生き延びるためには手段を選ばない強さ”。
たとえば物語の冒頭からすでに加藤は手段を選びません。
冒頭、湯女と寝ているところを伊賀者に襲撃された段蔵は―――、


「段蔵は素早く眠りこけた湯女の乱れ髪を掴み、己の前に引きずり起こす。
ぎゃあぁ。
悲鳴とともに女の背中から段蔵の鼻先に向けて忍者刀の切先が飛び出る。
咄嗟に湯女を楯にしたこの漢の顔に生温い血飛沫が降った。
二人の忍者が同時に女の首と心の臓を突き刺し、湯女は何が起こったのか
わからないまま一瞬で絶命していた。
段蔵はその背中を蹴り上げ、正面から襲いかかった敵に向けて突き放す。
同時に自らはくるりと後転して身構えた。左手には枕の下に忍ばせてあった
短刀が握られていた」(6ページ)


どうですか!このスピード感。
息つく間もない戦闘の雰囲気を味わっていただくために、
あえて長めに引用してみました。
それにしても一夜をともにした女を躊躇なく楯に使うとはなんてヒドイ奴だ。

このあと段蔵は七人の伊賀者を斬り殺したうえに、
現場に血文字で「伊賀之阿呆」とわざわざ書き残すのです。
ちなみに甲賀のときは「甲賀之間抜」と書き残すのですから、
これはもう両者にあからさまにケンカを売っている。
ケンカを売っていながらぬけぬけと生き延びているのですから
段蔵がいかに強いかということです。

しかも強いだけではありません。
越前の朝倉家と加賀の一向一揆のあいだに情報戦をしかけ、
おいしい汁を吸い上げるなど、権謀術数の天才でもあるのです。

このようにとんでもない悪忍なのですが、
そんな彼にも苦手なモノがあります。
女装のはぐれ忍者、お六とお七の弁天姉妹は、
ストーカーのように段蔵をつけ回し辟易させます。

この女装の忍者のほか、計算高い商売人の忍者、黒狛の座無左、
蝦蟇蛙そっくりの風貌で火薬が大好きな児雷也の勝市など、
脇役もそれぞれキャラが立っています。


ともかく、ストーリーは圧倒的スピード感をもって二転三転。
そして、最後に「あっ!」と驚く加藤段蔵、真の姿があかされる。
読み始めたら止まらなくなること確実。
時代小説の世界にひさびさに現れた、
魅力あふれるピカレスク(悪漢)の縦横無尽の活躍ぶりを
とくとご堪能ください!

投稿者 yomehon : 2006年08月10日 10:00