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2008年04月19日

落語と六歳児

うちの息子は2001年の生まれで現在、満6歳。そろそろ生落語のデビューをさせたいと思っていたのだが、どういうタイミングで初体験をさせるか?これがなかなか難しい。落語は言葉の芸能で「見た目」の面白さはほとんどないから、いきなり寄席に連れて行ってもたぶん飽きる。(ちなみに歌舞伎は一昨年、玉三郎「日高川」を見せてこれは人形ぶりだし川渡りのスペクタクルもあるし長さも丁度30分くらいだったので飽きずに見物して大喜びだった)
はじめは友達の落語家にどっかで一席やってもらうおうかとも思ったのだけど、落語に限らずライブってのは「不特定多数の人と一緒の空気で楽しむ」要素も大きいからそれもなあ・・・と思った。

で。思案した結果、息子が行っている保育所の年長クラスで落語会を開けばいいのではないか!とひらめきさっそく保育所の先生に提案。保育所側も大賛成で第一回保育所寄席の開催と相成った。

当日は、息子の行っている市立保育所に、近隣のもういっこの保育所の年長クラスの子供たちもやってきて、総勢35人くらいの子供たちが集合。

春風亭美由紀さんの俗曲(アンパンマンとか子供達の知っている曲をいろいろ織り込んでくれた)と金原亭馬治さんの落語「牛褒め」が口演された。

馬治さんの「牛褒め」は、子供達も大爆笑拍手喝采だったが、じつを言えば私自身にもちょっと驚きの一席だった。
正直に言えば「牛褒めってこんなに面白い噺だったのか」と認識を新たにしたのである。

かつて聞いた「牛褒め」のなかでは、傘寿を越えた桂文治の、翁であるがゆえの稚気あふれる高座が記憶に残っているが、その魅力は長老があえて前座噺を悠々と遊んでいる、その楽しさという意味合いが大きかった。

今回の馬治の「牛褒め」はそれともまた違っていた。
どんな寄席にもホール落語にもない、まさに白紙の観客=子供たちの反応によって、「牛褒め」もまた、その素顔を見せていたように思う。噺の素顔、それは子供の頃に、私の場合は祖父や母から聞かされた昔話や法螺話の感触である。

落語が面白くない場合、それは落語の内容がつまらないのではなく、演じられるシチュエーション(具体的には観客・環境)に原因があることが多いのではないだろうか。
澱んだ空間でなにをやろうと、落語はそう簡単に笑顔を見せてくれないのである。
子供の寄席で、落語のまだ見ぬ魅力を教えられたのはこちらのほうだったのである。


              松本尚久 (放送作家)

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投稿者 落語 : 2008年04月19日 22:44