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2008年01月28日
2008年 1月27日 都留市観光振興公社 田辺和代さん
都留市は、山梨県の東部に位置し周囲を山々に囲まれた自然豊かな街。リニアモーターカーの実験拠点基地があることでも有名。
雑穀を使った特産品づくり「どぶろく」をつくっています。市内の遊休農地では、いま古代米などの雑穀の生産が盛んに行われている。そこで目をつけたのが、「紫黒米」という、紫色の古代米。現在はどぶろく用に、品種改良をして、古代米を10アール分育てている。
なぜ「どぶろく」に加工しようと、当地は平成17年に山梨県初のどぶろく特区に指定され、それにともない、取り組みを開始。実は、どぶろくづくりは、全くの素人。農業試験場の協力もあり施設の職員が研修や作り方を勉強し、平成19年2月から本格的に販売を開始した。
どぶろく造りの難しさは、季節によって仕込み方を変えなければいけない。どぶろく作りは、2人で行っているので、大量生産ができない。
「和みの月」を販売しているのは、地元の温泉施設「芭蕉月待ちの湯」と体験交流施設の2箇所。1合(180CC)400円。古代米を使用したどぶろくは、薄いピンク色で
フルーティーな味がすると女性にも評判。
投稿者 joqr : 11:16
2008年1月28日 直向き
日曜日、2つの「意地」に感動した。
1つは「大相撲初場所」みごと優勝した横綱白鵬に。3場所ぶりに復帰した朝青龍に対する東横綱の意地。5年半ぶり千秋楽での横綱相星決戦。「負けられない」プレッシャーは15日目まで重くのしかかってきた。2場所相撲を取っていなかったとは言うものの、朝青龍には22回優勝の実績がある。千秋楽結びの1番には48本の懸賞が掛かった。仕切りを重ねるほど、両力士の表情が険しくなってくる。立ち上がった。予想通りの力相撲。渾身の力を振り絞ってまわしを引きつけ合い、おいそれと勝負はつかない。両者の腕に疲れが見えてきたその時、朝青龍が吊りにきた。白鵬の体が浮き上がった。しかしそれを堪えた。そして逆襲の上手投げ。朝青龍の体が側転状態で土俵に転がった。勝ちを確認してから、仁王のような形相で15日間にわたる東の重圧を吐ききった。「強いのは俺なんだ」とその顔が吼えていた。敗れた朝青龍は20分間風呂から出ず、そのあと報道陣に口をきかなかったと言う。白鵬のこの言葉に意地を感じた「とにかく下がらないように・・・」。
2つめの「意地」は、第27回大阪国際女子マラソン。「トラックの女王」福士加代子がマラソン初挑戦。彼女は常識破りと言われていた。それは練習方法や1ヶ月という調整期間。さらには走った距離が最長約32キロ。1度も42.195キロを経験していない。スタート直後から予想通り独走。だが30キロで大幅にペースダウン。突然目の前が真っ暗になったのだと言う。ふらふらになりながらも走る。沿道の人が併走しながら励ます。次々に抜かれ、トラックに戻る直前で転倒。足が言うことを聞かないくらい衰弱していた。それでも気力で立ち上がる。その表情には驚いた。安らかな笑みまでたたえているのだ。純粋にゴールを目指す・・・その一念。そしてトラックに。優勝者へ送られた数倍拍手が起こる。そこからも苦難は待っていた。これまでトラックで転んだことなど皆無だったはずの福士が、1周するのに3回も転んだ。足から崩れるどころか、顔からアンツーカーに倒れ込む。それでも笑みを浮かべて起きあがる。「諦めない!」両膝は赤く擦りむけている。結局19位。ゴールにテープはなかった。確かに非常識の調整だったかもしれない。しかし「意地」を見せ、きっちり最後まで走り抜いた福士の姿に熱いものがこみ上げてきた。一所懸命の姿に格好悪さなどない。そこには崇高さすら宿ることもあるのだ。「弱気に勝つ、最後まで諦めない」またスポーツから教えられた。
直向き
投稿者 joqr : 10:59
2008年01月27日
2008年1月27日 藤田智さん
1959年、秋田県のお生まれ。
宮沢賢治にあこがれて、岩手大学農学部に入学。
大学院を修了後、「野菜」や「園芸」の研究者の道をすすまれました。
現在、恵泉女学園大学で教鞭をとられるかたわら、テレビの園芸講座の講師や、市民農園の指導など、幅広い活躍をされています。
現在は新しいご本「キュウリのとげはなぜ消えたのか」が発売中。
投稿者 joqr : 19:19
2008年01月21日
2008年1月21日 じ~ん
年を重ねる毎に涙腺が弱くなってきた。電車の中で読んでいた短編小説に涙ぐみ、映画予告編で子を思う母の情に堪えきれない。気持ちが弱っているときに励ましの音楽を聴けば、目の前に暖かい膜が滲んでくる。しかしこれまで新聞を読んでいて泣けたことはなかった。それが日曜(1/20)の新聞を読んでいて落涙した。正確に言えば記事でなく、NTT DO CO MOの第6回「iのあるメール大賞」受賞作品の発表でだ。グランプリも準グランプリも素敵だった。しかし私が泣けたのは10代友人同士のメール。受信した方が病んで、孤独感に苛まれていたときに親友から送られてきたもの。
『subject 一度だけしか言わないぞ
一度しか言わないからよくきけよ?
あと返信はしなくていい
俺はお前の仲間だ
』
あれこれ解説すると野暮になる。この5行の行間、飾りのない言葉・・・泣けた。
若者同士の友情と照れと潔よさ・・・そして微笑んだ。
幸せな気持ちになった。言葉ってやはりすごいなあ。
じ~ん
投稿者 joqr : 11:00
2008年01月20日
2008年1月20日 米長邦雄さん
1943年、山梨県のお生まれ。
奨励会を経て、1963年にプロ入りをされました。
70年代以降、頭角をあらわし「名人」「棋聖」「王将」など数々のタイトルを制覇。
98年には、「永世棋聖」の称号を受けられています。
2003年に現役の棋士を引退。
現在は日本将棋連盟の会長として将棋界をリードし、また、講演・執筆など幅広い活動をされています。
投稿者 joqr : 19:17
2008年01月15日
2008年1月15日 雪山・・重さを知る場所
この冬は山の遭難ニュースが多い。雪崩、滑落・・・自然や自分自身に挑む登山者の勇気には敬意を表する。高尾山に登る者として、自然の美しさ、山登りの達成感・爽快感は理解できる。しかし冬山はレベルが全く違う。そんな魅力を知人に聞いてみたことがある。
彼曰く「山は人生そのもの。先ず空の青と雪の白!飛行機に初めて乗った時の空と雲のコントラスト、わかるだろ?それに朝陽が雪に降り注ぐ時、雪が恥ずかしがるようにピンクに染まるんだ!そんな瞬間に全てを忘れる。どうなってもいい!って思うくらいだ。まさに神々しいんだ。それと冒険心だな。雪山を見上げて、その頂に行ったらどんな気持ちなのだろう・・・って。腰くらいの雪中を進むのは辛い。でもそれを超えた後の爽快感を知っているから。マラソンをしていて、ランニングハイがあると言うよな。白い世界の、極寒のハイなんだよ。荒い息をしながら表情には幸福感が漂うんだ。何度か危ない目にもあった。しかしまた呼ばれちゃうんだ。妖精なのか神なのか・・・声なき声がする気がしてね。冬と雪と会話をしに行く感覚って言えばいいかな・・自分ともね。辛い時に何が大切なのかがわかるんだ。山はなめたらやられる。でも怖じ気づけば頂にはあがれないんだ。」
先月30日に山形・福島県境の吾妻連峰へ入山したまま連絡がとれなくなり、12日ぶりに自力下山した55才の男性が会見をした。入山の際、リフトの係員から「これから吹雪になる」と言われたが決行した。「長く登山をやってきて生意気になっていた。山はもうやめる」厳しい表情だった。山から出てこられた理由には2つ。1つは、遭難しても経験からパニックにならず、1日を計画的に行動し体力を温存した。そして2つめは、親子の絆が強かったこと。「介護を受けている母親がおり、自分が死んだら困る」歩きながらずっと考えていたと言う。親とは、時として神をも超える存在・・・・。短絡的な理由で親を殺めるニュースに驚かなくなったご時世に、改めて自然な子の思いを感じた。
雪山・・重さを知る場所
投稿者 joqr : 10:47
2008年01月07日
2008年 1月6日、13日 コーナーお休み
1月6、13日の「浜美枝のあなたを訪ねて」のコーナーはお休みです。
1月20日は、おはがきをご紹介しました。
投稿者 joqr : 17:00
2007年12月30日 東京都江戸川区・川手農園 代表・川手進さん
セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、スズナ、スズシロ。
1月7日は、「春の七草」の日ですね!
それらをお粥にして食べるのは中国から伝わった風習なんだそうです。
お正月料理で疲れた胃を休め、1年を元気に過ごせると言う意味があり、縁起ものの一つです。
その春の七草を出荷していらっしゃいます東京都・江戸川区「川手農園」の川手進さんにお話をお伺いします。
川出さんのところでは、七種類の野菜をかごに植えつけている。このかごを、毎年2500~3000セット出荷。今年のできは残暑が厳しかったが、七草への影響は特にない。例年通り、できのいい七草が出荷できました。
七草を作り始めたきっかけは、元々、川手さんは園芸農家、花の栽培を主にやっている。七草を作り始めたのは、今から15年ほど前。友人の農家に、春の七草に特産品である小松菜を入れて出荷しようという話があった。
今のように「寄せ植え」で出荷するようになったのは、いつ頃からでしょうか?
当初は、パック詰めで販売していたが、パック詰めをすると作業を年末年始に行わなければいけないため、とても手間が掛かった。そこで、本業の園芸で培った技術を生かし、寄せ植えを考案した。寄せ植えの中には江戸文字を使用した木の札が入っている。使用するスズシロは「亀戸大根」、スズナは「金町小カブ」など江戸の在来品種を使用している。
作業に取り掛かるのは、だいたい9月頃から種まきを始める。12月上旬頃に一つのかごに7種類の野菜&草を植え直す。
苦労されている部分は、出荷する際、見た目を考え同じ大きさの野菜を揃えなければいけない。ゴギョウは、人工的に種をまいても生えてこない。自然に生えているものを畑などから探してくる。
投稿者 joqr : 16:52
2008年 1月6日、13日 野村万作さん
1931年、六世野村万蔵さんの次男として、東京にお生まれになりました。
3才のとき「靫猿」の子猿役で初舞台。
以来、これまでに、三番叟、釣狐、花子など流儀にあるほとんどの作品を上演されてきました。
芸術祭大賞、日本芸術院賞など受賞も多く、昨年は人間国宝にも認定されました。
当代の人気狂言師、野村萬斎さんのお父様でもいらっしゃいます。
投稿者 joqr : 16:25
2008年1月7日 それでも日は昇る
2008年が幕を上げた。今年は干支の1番手、子年(ねどし)。さらに詳しくは戊子(つちのえね)。西暦を60で割って28余る年。戊(つちのえ)とは東洋歴で言う「茂る」の意。子(ね)は「増える」を表している。新しい命が芽生える様子が想像できる。
兜町の言い伝えでは、子年が年間株価上昇率は12支の中で1番。それにネズミは、お金の神・大黒様のお使いとも言われる。これだけ聞くと今年は素晴らしい年になりそうだ。しかしどうもそうとはいかない。年明け早々の東京証券取引所・大発会で、株価は一時700円を超す下げとなった。原油も1バーレル100ドルを超えた。波乱の幕開けである。先行きは不安だらけ。2007年は様々なデータから日本の地盤沈下が明白になった。1人当たりのGDPは、およそ15年前の世界3位から18位に落ちた。海外投資家は日本株に投資をためらい始めた。海外からは「将来性の無い国」のレッテルを貼られかけているのかもしれない。国内に目を向けても、年金問題、防衛省問題、呆れる事が山積している。これまでの日本を森林に置き換えればわかりやすいかもしれない。経済成長してきた日本。バブルを迎え、その後戦後最長の景気の良さをキープしているとは言、国民に実感は無し。森の場合、やたらと繁殖した樹木は葉が重なるなどして日当たりや風通しが悪くなる。梢枯れや根上りが起きて、悪くすれば木が枯れてしまう。そこで茂りすぎた葉や枝を思い切って剪定し、新しい風を送り日当たりを改善してやる。
これは人の世も一緒ではないだろうか。特に官庁。「省」と言う時は不要なものを省くのが大事な役目のため古来から付けられていると言う。そこに手を入れなければ、全体の森である国が滅んでしまう。福田総理は年頭の記者会見で「生活者、消費者が主役となる社会も元年にする」と言った。がっかりした。これまで生活者・消費者は政治や行政の主役ではなく、従属の立場と捉えられていたのだ。では誰が長年主役だったのか?今年こそ、日本という大きな森に「新しい風」と「光」を入れないといけない。そして主役は私たち一人一人なのだ。いやあ、大変な幕開けですぞ!
それでも日は昇る
投稿者 joqr : 11:32