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2023年01月16日

直木賞候補作④『しろがねの葉』

次は千早茜さんの『しろがねの葉』にまいりましょう。
候補作の中で唯一の時代小説。しかも作者の千早さんにとっても
時代小説は初めて挑んだジャンルになります。

物語の舞台は世界遺産としても知られる石見銀山です。
そう、「しろがね」とは、銀(しろがね)のことです。

時は戦国末期。
ある事情で親と生き別れになったウメは、喜兵衛という男に拾われます。
喜兵衛は天才山師でした。山師は鉱脈を見つけ、発掘現場を指揮します。
ウメは男たちと一緒に、間歩(まぶ)と呼ばれる坑道に入って仕事をします。
夜目がきくウメにとって、真っ暗な間歩の中は、恐ろしくもあり、
どこか落ち着く場所でもありました。

ウメの成長とともに、女としての葛藤や、男たちとの関わりなどが描かれます。
粉塵によってやがて肺を病み、短命であることを宿命づけられた男たち。
その一方で、子を孕み、命を繋いでいく女たち。
「銀山の女性は三人の夫を持つ」という言葉が作中で語られます。
この男女の人生の対比が物語に深い陰影を与えています。

女性の人生を描き続けてきた作家らしく、
ウメ以外の登場人物も実に魅力的に描かれています。
いかにも銀山の女という感じのおとよ、遊女の夕鶴、
そして出雲阿国を思わせる旅芸人のおくに。

銀掘(かねほり)として生き、命短く死んでいくことに
1ミリも疑問を抱いていない男たちに比べ、
この小説に出てくる女たちは、それぞれが自分の人生を生きています。
だからといって女たちがみな幸せかといえばそうではないのですが、
少なくとも銀掘の男たちのモノトーンな人生よりは、
いくばくかの輝きを放っています。

時代小説マニアではないので、石見銀山を舞台にした小説は
他に澤田瞳子さんの作品くらいしか知りませんが、鉱山というのは、
実によく世の中の動きを映し出す舞台装置だと思いました。
かつては世界の銀の産出量の3分の1を占めたとされる鉱山が、
空前のシルバーラッシュを経て次第に枯れていくまで、
そんな時代の流れに山や人々が翻弄されるありさまも、
本書では丁寧に描かれています。

時代小説初挑戦とは思えないクオリティの作品だと思います。

投稿者 yomehon : 2023年01月16日 07:00