« 直木賞候補作④『しろがねの葉』 | メイン | 直木賞受賞作予想 »

2023年01月17日

直木賞候補作⑤『汝、星のごとく』

次は凪良ゆうさんの『汝、星のごとく』です。
『流浪の月』で本屋大賞を受賞してから2年ぶりの長編となります。
昨年から評判になっている作品ですね。

瀬戸内の島で暮らす高校生・暁美は、
家庭に問題を抱えています。父親が愛人のもとへ走り、
日に日に心を病んでいく母親と二人暮らしをしているのです。
ある日、京都からの転校生・櫂と親しくなります。
櫂もまた、家庭に問題を抱えていました。
スナックを営む母親は、かなり困ったレベルの恋愛体質で、
新しい男ができるたびに子どものことがそっちのけになってしまいます。
島にやってきたのも、京都で知り合った男を追いかけてのことでした。

物語は暁美と櫂との、不器用で純粋な恋愛を、長期間にわたり見つめます。
そこでは、極めて特殊な人間関係が描かれます。
いかに特殊かは要約ではなかなか伝わらないと思いますので、
これはもう読んでいただくしかありません。
(なにしろ冒頭の一文からして変わっています。
「月に一度、わたしの夫は恋人に会いにいく」)

この小説を、そのへんの恋愛小説と一緒にしてはいけません。
ヤングケアラーやネグレクト、毒親の問題、
田舎の因習や、都会と田舎、あるいは男と女の格差の問題などが
実に巧みに物語の中に織り込まれています。
暁美と櫂はそれぞれ、ものを生み出す仕事に関わっていきますが、
小説を書く仕事に携わる作者の心情を投影するかのように、
そうした創作にまつわる熱い思いも作中で語られます。

恋愛小説は基本的に若い人のものだと思います。
年をとるにつれて恋愛が面倒になってくる。
好いた惚れたと大騒ぎするのがバカらしくなってきます。
ある程度年をとると、世の大半の恋愛小説は、
退屈で、ぬるくて、読めたものではなくなってしまいます。

でもこの作品はまったく違います。
世間一般の恋愛小説にはない「強度」があります。
強度とはなんでしょうか。この物語の根底には、
「人と人は基本わかりあえない」という諦念があります。
そしてわかりあえないからこそ、
暗闇の中でも手を繋げるような相手と出会うことが、
いかに奇跡かということを、作者は確信をもって描いています。
この揺るぎない確信が、作品に強さを与えていると思うのです。

絶望的な状況の中で、互いを理解しあえるような関係を
誰かと結べるというのは、なかなかないことです。
その一方で、次々に降りかかる人生の困難の前では、
そうした繊細な関係は実に脆いものでもあります。
それは、暗い夜空に開く花火のように儚いものかもしれませんが、
見る者の目には、忘れられない残像を残します。

小池真理子さんの『恋』や、山本文緒さんの『恋愛中毒』といった
傑作とも似た読後感があります。
退屈な恋愛小説が描きがちなロマンティックな男女の関係ではなく、
剥き出しの人間性がぶつかりあうヒリヒリした感じが心に刺さります。
強く印象に残る作品でした。

投稿者 yomehon : 2023年01月17日 07:00