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2022年07月19日

第167回直木賞 受賞作予想

直木賞の受賞作最終予想にまいりましょう。
今回は河﨑秋子さんの『絞め殺しの樹』
深緑野分さんの『スタッフロール』の一騎打ちではないかと思います。

心を鷲掴みにされるインパクトでは河﨑さん。
創作に携わる人々の情熱に胸を熱くさせられるのは深緑さん。
どちらが受賞してもおかしくありません。

正直、物語の凄みみたいなところでは河﨑さんが一頭地を抜いています。
ただ、河﨑さんは初エントリー。初エントリーで受賞したケースも
過去にはありますが、やっぱり数は少ないです。
河﨑さんについては「次作も見てみたい」という判断に
落ち着くような気がしてなりません。

そんなわけで今回は深緑野分さんの『スタッフロール』を推すことにします。

芥川賞にも触れておきましょう。
今回は候補者がすべて女性ということで話題になりました。
ベテランの物語巧者が揃った直木賞に比べ、
芥川賞には新しい才能に出会える楽しみがあるのですが、
その中でも特に驚かされたのは年森瑛さんの『N/A』です。

主人公は高校2年の女の子。中高一貫の女子校に通っているのですが、
学校では王子様扱いされ、同性の憧れの的になっています。

彼女は体重が40キロほどしかなく、
母親や保健室の先生から拒食症ではないかと心配されています。
でも実は摂食障害などではなく、彼女は生理がくるのが嫌で
やせているのです。ところが周囲は拒食症ではないかと気遣い、
優しい言葉をかけてくる。本人の認識とは著しくギャップがあります。
主人公にしてみればやせているのは個人的な意志によるもの。
これに対して周囲は拒食症にカテゴライズしてくる。
この落差、ギャップが本作を貫くテーマになっています。

主人公には付き合って間もない「うみちゃん」という恋人がいます。
うみちゃんは女性です。これもはたから見ればLGBTQですが、
主人公は「かけがえのない他人」を探し求めているだけで、
相手の性別はどうでもいいのです。ここにもギャップがあります。

マイノリティを前にした時、私たちは相手を気遣い、
やさしく接しようとします。でも、この態度って正しいのでしょうか?

目の前の相手は世間一般からすれば「マイノリティ」という
カテゴリーにあてはまるのかもしれません。
でも「マジョリティ/マイノリティ」という区別をせず、
相手をただの「個人」として接することはできないのでしょうか。

社会的少数者というカテゴライズの是非や、
価値観が異なる相手とどう接していくかというのは、
社会のこれからを考える上で、最先端のテーマです。

優れたクリエイターは、
無意識に現代の最先端のテーマとシンクロするものです。
『N/A』はまさにそうした作品です。

著者が原稿用紙100枚以上の作品を書いたのはこの作品が初めてだとか。
おそるべき才能の登場というほかありません。
芥川賞はこの『N/A』が受賞すると予想します。

投稿者 yomehon : 2022年07月19日 09:00