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2021年01月19日

第164回直木賞 最終予想

それでは、受賞作の予想にまいりましょう。

通常、初ノミネートは顔見せ的なところがあって、
「もう少しこの人の書くものを見てみたい」「今後に期待」と
受賞が先送りになるパターンが多いのですが、なにしろ今回は全員が初ノミネート。
予想もなかなか難しいところがあります。

直木賞の王道といえば時代小説ですが、
『心淋し川』は「閨仏」などひときわ印象に残る短編もあるものの、
全体的におとなしくまとまり過ぎているかなと思いますし、
また、半藤一利さんがお亡くなりになったこともあって、
戦争の歪みを描いた『インビジブル』も気になるところですが、
もう少しミステリー部分のインパクトが強ければなぁと思いました。

そんなわけで、今回は『八月の銀の雪』を推します。
直木賞受賞作は、ふだんあまり本を読まない人たちにも読まれます。
ならば、今この時代に広く読まれるべき作品はどれだろうか。
そんな視点で選んだら、この作品しかないと思いました。

賞にふさわしい華々しさはありませんが、地味な見かけとは裏腹に
この作品は、サイエンスと文学を融合させた新しいタイプの小説です。
まずこの新しさが評価に値します。自然科学の話題をこれだけ違和感なく
物語に落とし込めている小説は、ちょっと他に思い浮かびません。

もうひとつの推しポイントは、自然に対するセンス・オブ・ワンダーを
しっかりと伝えてくれる作品であること。
気候変動の問題やSDGsなどのように、私たちの住む世界が
このまま持続的な発展を続けていけるかということに関して、
いま世界中で関心が高まっていますが、この小説は、
私たちが忘れていた自然に対する興味や感動を呼び覚ましてくれます。

一方で、科学の分野で人間が犯した過ちも、
ちゃんと物語のテーマとして押さえているところも好感が持てる。

自然科学を切り口にすると、思いもしなかった景色がみえるのだということを
この作品はおしえてくれました。新しい小説というのはまだまだあるのだなぁということも。

科学的な視点や科学的素養はとても大切です。
ここが欠けていると、新型コロナのような
目に見えないウイルスの脅威に晒された時に、
恐怖や感情だけが世論を動かすようになってしまう。
それはとても危険なことでないでしょうか。

科学と社会をどう結びつけるか、
科学をどうやって身近なものにするかと考えた時に、
この作品はとても大きな示唆を与えてくれるように思うのです。
小説にまだ役割が残されていると思うなら、
このような作品にこそ直木賞を与えるべきでしょう。

最後に芥川賞についても一言。
今回は乗代雄介さんがとると予想します!

選考会は明日、20日(水)に行われます。
通常だと夜7時くらいに受賞作決定の速報が流れますが、
今回はリモートでしょうからいつもより早いかもしれませんね。

投稿者 yomehon : 2021年01月19日 05:00