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2014年12月08日

2014年ミステリー界に現れた新人作家


年末恒例の本のランキングがいろいろなところで発表されていますが、
国内ミステリーの今年の収穫として上位にランクインしているのが、
『闇に香る嘘』下村敦史(講談社)です。
(もう一冊は米澤穂信さんの『満願』ですが、こちらはすでに直木賞予想の際に ご紹介しました


『闇に香る嘘』は、第60回江戸川乱歩賞を受賞して話題になった一冊。


個人的に乱歩賞受賞作を夢中になって読んでいたのはいつだっけか?とふと思って
歴代受賞者を調べてみると、だいたい第37回(平成3年)から第49回(平成15年)あたりでしょうか。

真保裕一、桐野夏生、中嶋博行、藤原伊織、野沢尚、渡辺容子、福井晴敏、池井戸潤、
新野剛志、首藤瓜於、高野和明、赤井三尋……受賞者には錚々たる名前が並びます。
中には亡くなった方もいらっしゃるとはいえ、みなさんいまも第一線でご活躍中の方ばかり。


その後、やや乱歩賞への興味が薄れてしまったのは、
一部例外もあるとはいえ、
往時に比べると全体的に受賞作が小粒になったように感じられたからでした。

かつては豪速球でファンを沸かせるような大型新人が毎年出て来ていたのに、
気がついたら変化球主体のこじんまりとまとまった投球をする新人ばかりになっていたというか。

そんなふうに一時よりは熱が冷めていたものですから、
この第60回の受賞作には本当に驚かされました。
面白いもので、物事の節目にはちゃんとこういうメルクマールとなるような作品が出てくるのですね。

間違いなくこの作品は、今年のミステリー界の収穫といえるでしょう。


『闇に香る嘘』のすごいところ。
それは、主人公を目の不自由な人物に設定した点に尽きます。


中年になってから全盲となった元カメラマンの村上和久は、
腎臓移植が必要な孫娘のために、みずからの腎臓を提供しようとしますが、
検査の結果、適合しないことが判明します。
ならばと実家を継いでいた兄の竜彦に移植を頼み込むのですが、
なぜか兄は検査を受けることさえも拒否します。

頑なに検査を拒む竜彦に、村上は違和感をおぼえます。

実は竜彦は、中国で生き別れとなり、その後再会した残留孤児でした。
けれども竜彦が帰国した際、村上はすでに失明していて、兄の顔はみていません。

竜彦はほんとうに兄なのだろうか?
偽物ではないのか?

竜彦の態度に不審な点を感じるのと時を同じくして、
村上の身辺におかしなことが起き始めます。

兄の正体を探るべく、村上は白杖を手に真相を追い始めるのでした――。


物語は、目の見えない主人公の一人称で進行します。
この一人称の効果が絶大というか、
目が見えない人が抱く不安や恐怖がストレートにこちらに伝わってくるのです。

たとえば、自分の部屋に何者かがいて、じっとこちらの様子を覗っているように感じるとか。
あるいは、腕をひいて一緒に歩いてくれていた人が、突然何も言わずに姿を消すとか。

主人公の視界に映るものが、作品から取り除かれることで、
これほどまでに物語に緊張感が増すのかと驚かされました。


結果的に作品全体にもたらされた効果を考えれば、
主人公を目の不自由な人物に設定したのは成功といえるでしょう。

でもそれはあくまで結果論に過ぎません。
そのようなアイデアは同時に、作者にとてつもなく高いハードルを課すことにもなります。
なにしろ主人公が感じている感覚だけを頼りにするしか、物語を前に進める術はないのですから。

読みながらぼくは、かつて同じような高いハードルに挑んだ作品があったことを思い出していました。

孤高のハードボイルド作家・香納諒一さんの傑作『梟の拳』(徳間文庫)です。

この作品の主人公は、全盲の元ボクサーです。
世界チャンピオンにまで登りつめたものの、網膜剥離が原因で失明した主人公が、
原発利権を背景とした巨大な敵に徒手空拳で立ち向かうというストーリー。

単行本が出たのが1995年で、いま振り返ってみれば、
当時ここまで原発利権のことを突っ込んで描いたのも凄いのですが、
それよりも初読時には、目の見えない主人公の内面描写に圧倒された記憶のほうが強いです。

かつて世界チャンピオンだった主人公が、なす術もなく見えない敵に殴られ、足蹴にされる。

主人公の恐怖や屈辱、無力感があますことなく描き出されていて、
世の中にはとんでもない筆力の作家がいるものだと驚愕したおぼえがあります。


目が不自由な人物を主人公にした作品を読んだのはそれ以来になるわけですが、
『闇に香る嘘』がもっと評価されていいと思うのは、作者が新人作家であるという点にもあります。


主人公のキャラクター造型にここまで高いハードルを課したデビュー作がかつてあったでしょうか。

しかもその果敢な挑戦に作者は見事に成功している。

一人称の内面描写を追いながら、
どこかに綻びがあるのではないかと探してもみましたが、
その描写は終始緊張感を保ったまま、ただ一点の瑕疵もありませんでした。

高いハードルをたくましい跳躍力で超えてみせた作者の力量に拍手をおくりたいと思います。


選考委員の選評によれば、
この作者は乱歩賞の最終候補にこれまで5回選ばれたらしい。
4回も落選してもめげずに応募し続けた執念もまた、称賛に値するのではないでしょうか。

物語を書くという作業は、そういうしつこさがないと無理だと思いますし、
この作家はこれからも書き続けていくことのできる人なのではないかと感じました。

というか、そもそもデビュー作でここまで凄いのなら、
次回作はどれだけレベルが高いんだという話ですよ。


と思っていたら、講談社の「新刊速報」で、
2作目の『叛徒』という作品が2015年1月20日に発売されることを知り狂喜しました。

こんどの主人公は、新宿署の「通訳捜査官」らしい。

「家族を巡る贖罪の警察小説は、衝撃の結末を迎える」とあります。

ヤバい・・・・・・。こんどの作品もむちゃくちゃ面白そうです。

クリスマスも正月も早送りで、はやく1月20日にならないものか。

こんなふうに首を長くして新作を待つことができる作家と今年も出会えたことが、
ぼくはなによりも嬉しいのです。

投稿者 yomehon : 2014年12月08日 17:29