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2014年07月15日

直木賞候補作を読む(6) 『満願』


さて残る一作は米澤穂信さんの『満願』(新潮社)です。

それぞれに趣向を凝らした6編が楽しめるミステリー短編集。


米澤さんは若手作家の中でも屈指の超絶テクニックの持ち主です。

嘘だと思うなら、この本の冒頭に置かれた「夜警」だけでも読んでみてください。


夫が暴れているとの通報を受け、現場に駆け付けた新人の巡査が刃物を振り回す男に発砲。
男を射殺する一方で、みずからも男に切り付けられ、命を落とした――。


このように、要約すればたった2行にまとめられる事件が、
作者の手にかかると、まるで違った相貌を帯びてきます。

勇敢な新人警察官が不運にも殉職したというニュースは、
周到に張られたいくつもの伏線によって、読者の予想は次々に裏切られ、
最後に待ち構えるどんでん返しは、ほとんどすべての読者を驚愕させることでしょう。

ラストでそれまでの事件の構図がガラリと入れ替わる瞬間には、
まるで見慣れていた風景がまばたきをしただけで別の風景へと切り替わってしまったような
感覚をおぼえるはず。

米澤さんの「超絶テクニック」がいかなるものか、
よく実感していただけるのがこの「夜警」だと思います。


米澤穂信さんは、
昨年お亡くなりになった連城三紀彦さんの衣鉢を継ぐ作家だともいわれています。

連城さんが生み出した数々の傑作については、
いずれ機会をあらためてご紹介いたしますが、
ひとことでいえば、連城作品の新しさは、
あっと驚くトリッキーな「どんでん返し」と、情趣溢れる美文体を融合させたことにありました。

艶めいた恋愛小説でありながら、同時に本格推理小説であるような、
そんな稀有な作品を次々に世に送り出した偉大な小説家でした。


そんな作家と名を比されることからしても、
米澤さんへの期待度の大きさがおわかりいただけると思います。


『満願』には「夜警」を皮切りに、
自殺の名所といわれる山深い温泉宿で自殺志願者が誰かを推理する「死人宿」、
離婚を決意したある女性の話が、少女の妖しい欲望の話へとかたちをかえていく「柘榴」、
商社マンが一線を踏み越えてある国で犯した犯罪を描いた「万灯」、
寝苦しい夜にかく汗のような、肌に粘りつくようなじっとりした恐怖を感じさせる「関守」、
夫殺しで服役した女性の犯行に秘められた謎を解き明かす「満願」の6編がおさめられています。


どの作品も長編でもいけそうな題材。
作家として少ない手間で大きなリターンを得ようと思えば、そうすることだって可能でしょうに、
米澤さんは惜しげもなく短い一編の中にアイデアを注ぎ込んでいます。
とても贅沢で、しかも完成度の高い作品集であるといえるでしょう。

満場一致で第27回の山本周五郎賞を受賞したというのも頷けます。

ただひとつだけ、気になったことがあります。

米澤さんはたしかに連城三紀彦さんの系譜に連なる作家かもしれない。
ただ、連城作品の特長である情感においては連城さんに及ばないと思いました。

「死人宿」や「柘榴」のように耽美的、官能的な作品もあるにはありますが、
連城作品との比較を念頭に読んでみると、
米澤さんの作品からはまだまだ人工的な雰囲気が感じられるのです。

完璧といえるのは「夜警」のみで、
あとの作品からは若干、芝居の書き割りチックなにおいを感じるというか。
その点は今後に期待したいところです。

ただこれはあくまで、作品全体が高い完成度にあることを前提としたうえでのお話。

テクニックが超一流なところに、
連城作品のような深みが加わった時、
この米澤穂信という作家は向かうところ敵なしになるのではないでしょうか。

以上、6作品をざっとご紹介しました。

連日のように文章を書き飛ばし、
読みづらい点も多々あったかと存じますが、その点はどうぞお許しを。


さて、「で、直木賞受賞作はどれなの?」という方。

受賞予想は、7月17日(木)の『福井謙二グッモニ』の中で発表させていただきます!

ぜひお聴きください♪

投稿者 yomehon : 2014年07月15日 15:06