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2013年11月17日

リンゴに映る自画像


ヨメが新しいiPhoneを手に入れてからというもの、
のべつまくなしにいじりまわしているために、
ただでさえ少ない夫婦の会話がますます少なくなってしまいました。

おかげで読書がはかどってはかどって仕方ありません。
先週は読みかけの人文書やら読んだことのなかったシリーズものの小説など、
ずいぶんと読み終えることができました。
このまま永遠にいじりまわしていてほしいものです。

ま、しかしヨメの気持ちもわからんでもありません。
iPhoneはやっぱり美しい。
アルミニウムの筐体は信じられないくらい薄くて軽く、
特別な商品であるというオーラがビンビンに出ています。


いまから10年以上前のこと、
アップルが2001年に売り出したノートパソコン「PowerBookG4」は、
チタニウムという金属が世界で初めて使われたパソコンでした。

美しい光沢を持つうえに軽くて丈夫なチタニウムに、
アップルの幹部らは惚れ込んでいたといいます。
けれど当初は、このチタニウムを
美しく磨き上げることのできる業者がいませんでした。

世界中を探したあげく、彼らは日本にその職人がいることを突き止めます。
新潟県燕市の磨き職人たちです。
江戸時代から刃物や金属を研磨する産業が栄え、
現在でもナイフやフォークなどの洋食器の加工でその名を知られています。


彼らはアップルの要請に見事に応え、
以来、iPodの裏蓋の研磨を一手に引き受けることになります。

「女性の手鏡のように」ピカピカにしてほしいとアップルが指定してきたのは、
「ミラーの800番」と呼ばれる光沢度の基準値でした。

ところが燕の職人たちが試行錯誤の末に磨き上げた製品の品質は、
ミラーの800番どころか830番から900番へと次第にグレードアップし、
最後はこれ以上光らせるのは「物理的にも絶対にムリ」という
極限値の1000番まで高まったというのです。
驚くべき職人技です。

実はこのように、アップルと日本は密接な関係にあります。
アップル製品のそこかしこに日本の優れた技術が使われているのです。

『アップル帝国の正体』後藤直義・森川潤(文藝春秋)は、
秘密主義で知られるアップル社の「正体」に綿密な取材で迫ったノンフィクション。
タイトルから内幕暴露ものを想像する方もいらっしゃるかもしれませんが、
日本企業がアップル社といかなる関係にあるかを辛抱強く取材して明らかにした、
非常に読み応えのある一冊です。

本書によれば、日本の名だたるメーカーで
アップルと関係をもっているところを挙げれば枚挙にいとまがないほど。

たとえばソニーはiPhoneのカメラ部分をつくっている他、
スマートフォンの生命線であるリチウムイオン電池も供給していますし、
またかつて「亀山モデル」の名で一世を風靡したシャープの亀山工場も、
いまではiPhone用の液晶パネルを製造しています。

飛ぶ鳥を落とす勢いのアップルと組むことで生きながらえようとしたメーカーは、
けれどその一方で、強烈な「副作用」に見舞われることになりました。

「私たちは、かじってはいけない”毒リンゴ”に手を出してしまったのかもしれない」

あるメーカー社員は取材に対してそんな本音を漏らしています。

アップルと組むことによる「副作用」とは何か。
ひと言で言えばそれは、「生殺与奪の権利をアップルに握られる」ことにあります。

アップルと取引を行う日本企業は、
神経質なまでのNDA(秘密保持契約 Non-disclosure agreementの略称)を
結ばされる一方、逆にアップル側からは「丸裸」にされてしまうといいます。

その分野に精通した専門家がチームで乗り込んできて、
徹底的に製造現場を調べ上げるというのですから恐ろしい。
なまじっかな嘘やごまかしはすぐに見破られてしまいます。

コストカットの交渉でも、
「その誤差はわずか数パーセント」という正確さで原価を見抜いてくるので、
取引先企業は最後はアップルの言い値に頷くしかなくなってしまうのだとか。

技術情報を吸い上げられ、コスト構造を白日の下にさらされ、
日本側の都合などはおかまいなしに一方的にノルマを課される……。

本書の帯には「日本企業は植民地化していた!」の文字が踊っていますが、
なるほどここまでくると、日本企業はアップルと協力関係にあるというより、
「軍門に下った」という言い方の方が的を射ているように思えてきます。


ただ、本書を読んでいると、
これが単なるアップルの横暴だとも言えないのではないかとも思えるのですね。

海外で開かれたディスプレイ関連の学会に参加したあるメーカーの社員は、
「最前列にズラッとアップルの関係者たちが座っていた」と証言しています。

あるいは、日本人でさえ知る人の少ないような
技術力に優れた中小企業を見つけ出しては、
積極的にアプローチをしてくるという話もあります。

信じられないくらいのハングリーさでモノづくりに取り組んでいるのが、
日本のメーカーではなくアップルであるという現実。
これはいささかショックです。
かつて日本の代名詞のように言われた「モノづくり」は、
いまや我が国の専売特許でもなんでもないということなのですから。


けれども、アップルという鏡に映った日本企業の姿からは、
未来について考える上での大切なヒントもまた見えてきます。

ある部品供給メーカーの幹部は、
「アップルと付き合う上で重要なのは、
他社に真似できない高い技術力をもっているかどうかだ」
と述べています。
そういう圧倒的な技術力を持つ会社は、
「ティア1」と呼ばれる特別なカテゴリーに分類され、
アップルも対等な付き合いをしてくれるそうです。

結局、最後に自分の身を守るのは、
自分自身の実力しかない、ということなのでしょう。

でも不安をおぼえる必要はありません。

たとえば『統計データが語る日本人の大きな誤解』本川裕(日経プレミア)によれば、
国際特許の出願数を世界各国の地域別でみると、
東京はシリコンバレーを抜いて世界ランキングトップの出願数だそう。
これはほんの一例。この他にも明るい材料があります。

技術立国・日本はまだまだ健在!
その事実に、ぼくらはもっと胸を張ろうではありませんか。

投稿者 yomehon : 2013年11月17日 15:55