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2012年07月30日

「イギリス」を感じる5冊!(+おまけの一冊)


ついにロンドン五輪が開幕しましたね!

まず興奮させられたのは開会式です。
実に素晴らしい演出でした。

一連の演出をひと言で表現するなら「大人の余裕」でしょうか。

オリンピックの開会式イベントというのは、
往々にして肩に力の入ったものになりがちです。
ド派手な演出やら一糸乱れぬマスゲームやらで、
これでもかと国の力を誇示しようとした北京五輪などはその典型でした。

今回の開会式は、そうしたノリとは対極にありました。

イギリスは産業革命によって近代文明を生み出し、
かつては世界に冠たる大英帝国として栄華を極めましたが、
現在では長い衰退期にある「老いたる大国」です。

けれども、そうした成熟した大人の国だからこそできる
懐の深い、自由でユーモアに満ちた演出が随所にみられました。

だいたいエリザベス女王が007とヘリコプターからダイブしたり
Mr.ビーンがロンドン・シンフォニー・オーケストラと共演するなんてアイデアは、
ユーモアを解する余裕をもった大人の国ならではの発想ではないでしょうか。

それにしても「老いたる大国」とはいえ、この国のソフト・パワーは凄まじい。
シェイクスピアの芝居や数々の名作ファンタジー群、
それにパンクやニューウェーブなどを生み出したUKロックなど、
人類の財産といってもいい素晴らしい文化財が、
すべてこの国から生まれているのというのは驚くべきことです。


そこで今回は、イギリスをより身近に感じていただける5冊をご紹介。
オリンピックはもちろん競技を観て楽しむものですが、
読書でもオリンピック気分を味わっていただこうという趣向です。

まずは贅沢な写真でイギリスの不思議を感じていただきましょう。

『巨石 イギリス・アイルランドの古代を歩く』山田英春(早川書房)は、
イギリス各地に数えきれないほどあるストーンサークルやドルメンなどの
巨石遺跡をくまなく巡り歩き、ケルトの伝説や古代の天文学などの説を
わかりやすく紹介しつつ、イギリスの美しい草原や田園に佇む巨石群を
美しいオールカラーの写真でまとめた一冊。

これは手にとる価値のある素晴らしい本です。
著者の山田英春さんの本業はブック・デザイナーで、
文章も写真も装丁も造本もすべて著者ひとりの手によるものなのですが、
このクオリティが信じられないくらい高いんです。
しかも謎の巨石文明に魅せられた著者の思いがビンビンに伝わってきて、
ページを開くと、一挙に古代へと連れて行かれます。

就寝前に飲むお酒をナイト・キャップといいますが、
ぼくにとってはこの本がナイト・キャップ代わり。
深夜、古代人の巨石信仰に思いを馳せながらページをめくっていると、
なんとも贅沢な気持ちになります。


さて、お次はイギリスのお家芸ファンタジーから。

『トムは真夜中の庭で』フィリップ・ピアス作 高杉一郎訳(岩波少年文庫)
いかがでしょうか。

兄弟がはしかにかかったために、
ロンドンから離れた親戚の家に預けられたトムは、
ある真夜中にアパートの古時計が13も時を打つのを聞きます。
裏庭に出てみると、そこには昼間はなかったはずの庭園が広がっていて、
トムはヴィクトリア朝時代の不思議な少女と友だちになるのでした……。

「時」をテーマにしたタイム・ファンタジーの傑作であると同時に、
イギリス児童文学を代表する名作でもあります。

ル・グウィンが「夜の言葉」と表現したように、
ファンタジーにはやはり夜が似合います。
ファンタジーが教えてくれるのは、ビジネスや学校の勉強のように
「昼の言葉」の世界だけで生きていると、人間の精神はやせ細ってしまうということ。
ファンタジーは決して子どもだけの読み物ではありません。
たまには手にとってみてください。とてもいい読書体験になると思いますよ。


次はコミックから。
もしこれまで読んできた漫画のなかで最高傑作を挙げよと言われれば、
ぼくは迷うことなく『MASTER キートン』浦沢直樹(小学館)の名をあげます。
昨年、脚本のクレジットに、これまでの勝鹿北星氏の他に、
新たに長崎尚志氏の名前を加えて、完全復刻版の刊行が始まったことは、
個人的には慶賀すべき出来事でした。
(復刻版の刊行に至るまでにいろんな込み入った事情があったのです。詳しくは割愛)

日本人の父とイギリス人の母を持つ平賀=キートン・太一は、
イギリス国籍でオックスフォード大学で考古学を学んだ経歴を持つ一方で、
SAS(イギリス特殊空挺部隊)の元隊員でサバイバル術のエキスパートでもあります。

キートンが巻き込まれる様々な事件には、
イギリスに伝わる民話や伝説を背景にしたものや、
国際政治におけるイギリスの立場を背景にしたものがかなりあります。
物語の面白さに没頭しながらイギリスを感じることができる。なんて贅沢なんだ!


お次はイギリスの顔といってもいいヒーロー007です。

『カジノ・ロワイヤル』イアン・フレミング作 井上一夫訳(創元推理文庫)は、
この世に007ことジェームズ・ボンドを生み出した記念すべき一冊。

もはや説明は不要でしょう。
ただ映画に関していえば、一連のボンド・シリーズの中でも、
この原作の雰囲気をもっとも忠実に踏襲しているのは、
現在ボンドを演じているダニエル・クレイグの作品であるとだけ申し上げておきます。


最後はいまのロンドンの街の空気がもっともよく伝わってくる一冊を。

『ブリジット・ジョーンズの日記』ヘレン・フィールディング著 亀井よし子訳
(ヴィレッジブックス)
は、30代シングル女性の等身大の姿を描いて、
イギリスのみならず世界中の女性たちの共感を得たベストセラー小説。

足の太さを気にしながらも頑張ってミニスカートをはいたり、
女子会で盛り上がって飲み過ぎたり、機械オンチでAV機器の操作にイライラしたり、
ロンドンで一人暮らしをおくる女性の日常が巧みに描かれています。


さて、5冊といっておきながら、
きょう読み終えたばかりの本がとても面白かったので、おまけでもう一冊ご紹介。

『英連邦』小川浩之(中公叢書)は、
「大人の余裕」を持つイギリスという国の秘密を教えてくれます。

この本で初めて知ったのですが、
2012年現在、世界各地の大国から小国まで、あわせて54カ国が、
英連邦に加盟しているそうです。(この数はなんと国連加盟国の28%にあたります)

しかもオリンピックのように4年にいちど、
英連邦競技大会(コモンウェルス・ゲームズ)なる大規模なスポーツ大会が開催され、
しばしば世界記録も生まれるなど毎回大きな注目を集めているなんてこと、みなさん知ってました?

著者が本書を通じて解き明かそうと試みていることは、以下の一文に集約されます。


「中国、韓国をはじめ、日本は過去に植民地支配、あるいは侵略を行った相手である
アジアの国々から強い憤りと非難を繰り返し浴びせかけられてきた。日本による過去の
植民地支配は、多くの場合、現在の厳しい対立につながっている。それに対して、
イギリスはなぜ、過去の帝国支配から脱して独立した国々と、英連邦という枠組みを
通して共存を可能にできたのだろうか」


その秘密はぜひ本書でどうぞ。

ただひとつだけ、ぼくたちが観たあの開会式にこそ、
その秘密の一端が現れていたとだけ申し上げておきましょう。

投稿者 yomehon : 2012年07月30日 20:28