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2011年09月26日

我が家の問題


この夏、引っ越しをしました。
新居は廊下の壁がすべて作り付けの本棚という、本好きにとっては夢のような家。
かなりの冊数が収納できるとあって、本の仕分けから梱包、陳列と、
片付けは大の苦手にもかかわらず、引っ越しでは張り切って先頭に立ちました。

努力の甲斐あって、出来上がった本棚はまさにため息が出るような美しさ。
床から天井まで圧縮陳列された本棚を、ひとり深夜にうっとり眺めるのが
ここ最近のお楽しみになっていました。

にもかかわらず、このささやかな楽しみにまたしてもヨメが水をさしてきたのです。

ヨメによれば、新居に招待した友人たちのあいだでことごとく本棚が不評とのこと。


「なんか……本多すぎない?」
「インテリアの中で本棚の主張が強すぎるよ」
「本棚に脅迫されているような気がする」
「うう……なんか……息苦しい」


類は友を呼ぶといいますが、さすがヨメの友人であります。
よそ様ん家の本棚を前によくもこれだけ無礼な口がきけたもんだ。
そして、ひとしきり本棚への違和感を表明した後は、
きまってヨメと友人とのあいだでこんなやりとりが交わされるそうです。


「ところでこれって全部仕事関係の本なの?」
「いいえ!」
「じゃあ何?これ趣味?」
「そう、趣味!」
「全部買ったわけ?」
「そう、うちのお金で!!」
「うわー最悪。大変だねー!!」


……最悪とか、大変って、あのね。
なにも子どもの給食費を使い込んで本を買ってたりするわけじゃなくて、
お小遣いのなかでやりくりして買ってるんですが……。
ったく、ヨメの得意満面の顔が目に浮かぶようです。

まぁ、でも、しかし、こんなふうに本をめぐってモメるたびに思うのです。

「結婚て、なんなんだろうなぁ」と。


昨今の婚活事情の体当たりルポ、
『婚活したらすごかった』石神賢介(新潮新書)などを読むと、
ネット婚活とか、お見合いパーティーとか、結婚相談所とか、
結婚するためのさまざまな機会を提供するビジネスが大盛況だということがわかります。
しかも、会って即カラダの相性が知りたいからとホテルに誘う客室乗務員とか、
8歳もサバを読んでパーティーに参加するフリーアナウンサーとか、
二股交際をしてそれぞれの男性に交際一ヶ月で決断を迫る女性とか、
結婚するためならなんだってやるって人がこの本には大勢出てきます。

でも……結婚ってそんなにいいものなんでしょうか?

つまるところ結婚とは、
価値観を異にする男女がひとつ屋根の下で暮らすことであります。
そう、「価値観が別」ということ。
おそらくこれが結婚をめぐるすべてのトラブルのもとに違いありません。


現代の家族の肖像をユーモラスに描く短編集
『我が家の問題』奥田英朗(集英社)を開いてみると、
価値観を異にするがために勃発するささいなトラブルが満載です。

たとえば冒頭におかれた「甘い生活?」。

新婚の妻は同僚も羨むような非の打ちどころのない女性。
美しく思いやりがあり料理が上手で家庭的。
けれども夫は家に帰るのが憂鬱でたまりません。
なぜならあまりに完璧すぎて息苦しいから。
ふたりのあいだに徐々に降り積もって行く行く不信感。
やがてそれは諍いに発展し、ふたりは互いに価値観の違いをぶつけあいます。

あるいは「夫とUFO」という作品。

ある日突然、UFOを見たと言い出し夫に翻弄される妻のお話。
夫は関連書籍を買い漁り「フォースの暗黒面」がどうしたとか口走る。
妻は夫は病気なのではないかと疑い、やがてその行動を監視するようになります。


いやー、どちらもいま自分が置かれている状況と相通じるところがあって、
とても他人事とは思えない。
でも、奥田英朗さんの小説は、毎度のことながらユーモアがあって、
通勤電車のなかで読みながらなんども爆笑しそうになってしまいました。

笑いをかみ殺しながら読んでいるうちに、
ヨメにイライラしていたこととかが、
たいしたことではないように思えてくるから不思議。

どこの家にでもあるような悩みやトラブルを題材にしながら、
笑えて、ちょっと心があったかくなって、
しまいには「家族っていいなぁ」と読者に思わせるような作品が並んでいます。

家族の出来事がこれだけ面白いのは、考えてみれば、
家族それぞれで考えていることや抱えている思いが違うからかもしれませんね。
「価値観の違い」は、すれ違いや誤解といった小さなドラマを生み出します。
そしてそのようなドラマがあるからこそ家族は面白いのではないでしょうか。

しかもそれを当代きっての物語作家である奥田英朗さんが
小説に仕立て上げたのですから、面白さはさらに倍増。

いつも思うことですけど、奥田さんって、
価値観が違う登場人物のどちらか片方の肩を持つということをしないんです。
誰もバカにせず、誰も裁かない。
すべての登場人物に等しく愛情をそそいでいる。
このスタンスは奥田作品に共通するものです。
こういう姿勢だからこそ、奥田さんの小説はいつも読後感が爽やかなのでしょう。


家族を題材にした奥田作品では『家日和』(集英社文庫)もオススメです。
『我が家の問題』に妻がランニングにはまって右往左往する話(「妻とマラソン」)の主人公として
出てくる小説家の大塚康夫が、『家日和』では妻が突如ロハスに凝り始める話で登場します。

また、長編では『サウスバウンド』(角川文庫)もオススメ。
元過激派の型破りな父親に振り回される一家を息子の視点から描いた家族小説の大傑作です。

投稿者 yomehon : 2011年09月26日 13:50