«  第145回直木賞直前予想! | メイン | 上半期のエンターテインメントの収穫 『ジェノサイド』 »

2011年07月20日

祝 直木賞受賞! 『下町ロケット』


まず、最初に謝っておきます。

「ごめんなさい!このたびは大変申し訳ございませんでした」

第145回直木賞の予想、今回は大きく外してしまいました。
せっかく『下町ロケット』の名前をあげながら、迷いに迷って最後の最後に
『恋しぐれ』『ジェノサイド』の同時受賞を予想してしまうという展開は、
決定力の弱さというか勝負事での弱さをさらけだしてしまったようで
恥ずかしい限りです。

ただ、池井戸潤さんの記者会見のやりとりをみると、
山本周五郎賞で落選していたために、
ご本人もまさか受賞するとは思っていなかったみたいですね。
ぼくも同じ理由で受賞はないと読んでいただけに、今回の受賞にはびっくりしました。

おそらく選考委員の頭には、東北大震災のことがあったのではないかと思います。

ぼくはあの震災の後、しばらく小説が読めなくなりました。
人間の想像力を遥かに超えるあれだけの惨事を目にしてしまうと、
圧倒的な現実の前にただ立ちすくむしかなくて、とてもじゃありませんが、
そんな時に作家が頭の中でこしらえた程度の物語なんて
読んでる場合じゃないという感じになってしまったのです。

でも、震災から少しずつ時間がたつにつれて、徐々にではありますが、
小説の出番が増えてきたのではないかと思うようになりました。

いまにも生命が危険にさらされているような場面では
小説に出来ることなんてまったくありませんが、
ひとまず危険が去って、人々がようやく腰を上げ始めたようなタイミングに
その背中を押す役割は、小説をはじめとするフィクションにこそ可能だと思うのです。

『下町ロケット』はまさにそのような力を持った小説です。


東京の大田区といえば、
すぐれた技術力を持つ中小企業が集まる地域として知られていますが、
この地に社屋をかまえる佃製作所が物語の舞台です。
資本金3千万円、従業員200人を抱える佃製作所は、
エンジンやその周辺のデバイスを手掛ける精密機械製造業の会社です。

社長の佃航平は、かつて宇宙開発機構でロケット開発に従事していましたが、
自らが設計したエンジンバルブシステムの不調による打ち上げ失敗の責任をとって
研究職を辞め、いまは家業を継いで佃製作所の社長をつとめています。

ことエンジンに関する技術とノウハウでは大企業をも凌ぐという評判の
佃製作所ではありますが、そこはしがない中小企業。

取引額が総売り上げの10%を占めるような大口取引先から
いきなり来月からの取引停止を告げられても文句は言えず、
長年の信頼関係にある(と思っていた)銀行に融資を冷たく断られて傷つき、
あげくのはてには大手企業から特許を侵害されたといちゃもんをつけられ
90億円にものぼる損害賠償訴訟をおこされ右往左往・・・・・・。

このままいけば会社は遠からず行き詰まってしまう。
そんな八方ふさがりの日々を送っています。


でも、どんなに困難な状況にあっても、最後はかならず、
自分たちの技術力を信じて壁を乗り越えていくのです。
この物語の随所にそんな前向きな言葉があふれています。


「キーテクノロジーを我々は押さえている。その強みを利用しないでどうする」

「カネの問題じゃない」
「これはエンジンメーカーとしての夢とプライドの問題だ」

「穴を開ける、削る、研磨する――技術がいくら進歩しても、
それがモノ作りの基本だと思う」

「町工場だと思って舐めんなよ」


この物語全編にみなぎる「あきらめない」という意志や
「なにがなんでもやりぬくんだ」という不屈の精神は、
震災後の社会にもっとも必要とされているものではないでしょうか。

毎週毎週、読者の興味を惹かなければならない
週刊誌連載がもとになっているということもあって、
ストーリーは起伏に富んでいて飽きさせませんが、
欲をいえばちょっと立ち止まって
人物像を掘り下げてほしい場面もありました。
(特に凄腕弁護士の神山や、航平の別れた女房の沙耶などは
もっと書き込んで欲しかったと思います)

でもそんなことは瑣末なことです。
大切なのは、この『下町ロケット』がいまこそ読まれるべき小説だということ。

なでしこJAPANの活躍にぼくらが勇気づけられたように、
この『下町ロケット』もきっとあなたに元気を与えてくれるはずです。

投稿者 yomehon : 2011年07月20日 01:28