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2011年07月31日

上半期のエンターテインメントの収穫 『ジェノサイド』


先日惜しくも直木賞を逃した
高野和明さんの『ジェノサイド』(角川書店)ですが、
『本の雑誌』8月号ではめでたく
上半期エンターテイメントのベスト1に選ばれました。

とはいえ『本の雑誌』のランキングは、
ゆる~い雰囲気の座談会で選ばれるので
(まぁ、そこがいいんですけど)、
なし崩し的に1位になった感も否めませんが、
個人的には「よくぞ選んでくれた」と納得のベスト1です。

この小説のなにがすごいって、
ともかくスケールが大きいのです。
ざっとストーリーをご紹介すると・・・・・・


大学院で創薬化学を専攻している古賀研人のもとに、
ある日死んだ父親からのメールが届きます。
ウィルス学者だった父親から送られてきたメールには、
「アイスキャンディで汚した本を開け」
という奇妙な指令が書かれていました。

このメールが発端となり、
研人は父親が行っていた謎の研究を引き継ぐことになります。
どうやら父親は新しい薬をつくろうとしていたようなのです。
しかもその薬の完成までにはタイムリミットが設けられていました。


一方、アメリカでは、
イラクでの任務を終え帰国したばかりの
特殊部隊出身の傭兵、ジョナサン・イエ―ガーに、
新しい極秘任務の話がもたらされていました。

任務の詳細は不明。
ただしギャラは破格。
事前に明かされたのは、
「人類全体に奉仕する仕事」ということだけ。

イエ―ガーは、難病で苦しむひとり息子の治療費を稼ぐため、
依頼を引き受けます。

やがてアフリカに飛んだイエ―ガーらに明かされた任務は、
コンゴ共和国のジャングルに侵入し、
あるアメリカ人と彼が潜む部族のキャンプを殲滅せよ、
というものでした。

「ガーディアン作戦」と名付けられたその極秘任務には、
奇妙なことに、
「もし任務遂行中に、見たことがない生物に遭遇したら、真っ先に殺せ」
という謎めいた指令が付け加えられていました。

父の遺志を継ぎ手探りで新しい薬をつくりはじめた研人と、
ひとり息子を救うために危険なジャングルへと足を踏み入れるイエ―ガー。

本来、交わるはずのないふたりの人生は、
やがて思いもよらないかたちで交錯することになります。

ふたりの人生がクロスするとき、
人類の未来を賭けた壮絶な戦いの幕が切って落とされるのでした――。


と、こんなふうにストーリーをまとめてみましたが、
これだけでも物語のほんの入り口に過ぎません。

しかもこの先の展開を予測できる人はおそらく誰もいないでしょう。
それくらい壮大で、衝撃的で、かつ驚愕のストーリー展開が待っていますので、
ぜひとも、本を手にとって体感してください。

SFとしての面白さだけでなく、
冒険小説や国際謀略小説の要素も詰まっていますし、
ウィルス学や人類学、進化論などの
知見も散りばめられて知的興奮を覚えるうえに、
「ヒトはなぜ争うのか」という深遠なテーマも抱合している。
そして読み終えた後は、人類の未来について深く考えさせられる。

こんな素晴らしい娯楽作品はそうそうありません。
ひさしぶりに直球ド真ん中の(それも160キロを超える豪速球の)
エンターテインメント小説を読んだ満足感に浸れること請け合いです。


さて、実際に読んでいただいた方は、
おそらくこの作品のキーワードである
「人類の進化」について考えてみたくなることでしょう。
最後にそっち方面の参考図書もいくつかあげておきます。

現生人類は「かしこい人」を意味する
「ホモ・サピエンス」と呼ばれています。
にもかかわらず大昔から争いごとを繰り返していて、
実際にはちっとも「かしこく」なんかありません。

暴力とはなにか。
人間の持つ攻撃性はどこからきているのか。
その謎にサルの研究から迫ったのが
『暴力はどこからきたか 人間性の起源を探る』山極寿一(NHKブックス)です。
人類は霊長類として進化する過程で暴力を獲得し、
またそれだけではなく、
争いごとを解決するための社会性も同時に手に入れてきたことがわかります。

この他、人類の進化のミステリーを堪能したい人には、
『ホモ・フロレシエンシス 1万21千年前に消えた人類』(NHKブックス)もオススメ。

2004年に科学誌「ネイチャー」に発表された論文が世界を驚かせました。
インドネシアの孤島、フローレス島で、新種の人類の化石が発見されたのです。

なにが世界を驚かせたか。
この人類は、90センチほどの身長で脳の容量がチンパンジー並みながら、
火を使い、石器を操り、狩りをして暮らしていたというのです。

これまでの人類学の常識では、
「人間らしさ」を示す主な特徴として、

①手を自由にした直立2足歩行の確立
②食性に対応する咀嚼器官の変化
③文化を生み出す大脳の拡大

の3つが必須だったらしいのですが、
木にも登り、脳も小さい新種の人類化石の発見は、
従来の「ヒトがヒトである条件」に根本的な見直しを迫るものでした。

さらに驚くべきことは、
彼らがわずか1万2千年前まで地球上に存在していたということです。
1万2千年前といえば日本では縄文時代。
縄文時代にわれわれとは別の人類が存在していたという事実は、
「人類には別の進化の可能性もあったのではないか」
「いまぼくらが人類として生き残っているのは、たまたまではないか」
という想像をもたらします。

以上の本は『ジェノサイド』の世界ともどこかでつながっていますので、
こちらもぜひ手に取ってみてください。


投稿者 yomehon : 2011年07月31日 23:55