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2009年02月08日

新しい郊外


朝晩の冷え込みがぐっと厳しくなるこの頃、今年もまたヨメがキレました。
もはや我が家では毎年恒例といってもいいヨメの爆発。
寒くて家の中で過ごす時間が増える時期に必ずそれはやってくるのでした。

怒りの原因になっているのはぼくの本です。
アリが巣穴にエサを運ぶようにせっせと買いためた本が棚から溢れ、
書斎の床を埋め尽くし、リビングにまで侵入したあたりで、
ヨメの怒りが沸点に達するというのが例年のパターン。

それにしても今回の怒りようは凄かった・・・・・・。
殺されるかと思いました。いやほんとうに。
しかも今回はひとしきり感情を爆発させた後、急に冷静になって、
あらためてぼくと話し合いたいなどと言い出すではありませんか。
(冷静なヨメもそれはそれでコワかった・・・・・・)

そして話し合いの結果、ぼくはヨメからある選択を迫られたのです。

ヨメから突きつけられた選択肢。
それは、このまま都心の狭い家に住み続けるか、
それとも郊外に引っ越していまより広い家に住むか、というものでした。


『「新しい郊外」の家』馬場正尊(太田出版)は、
ふとしたきっかけから房総の海辺に土地を買い、
都心との二重生活をスタートさせることになった建築家が、
自らの体験をもとに「新しい郊外」での生活を提案した一冊。

「新しい郊外」とは何か。

それは「積極的に、ある目的意識を持って住む郊外」のこと。

たとえば著者の馬場さんが設計した茨城県守谷市の「郊外の農家」。
住所から受ける印象だけだと、「都心からかなり遠そう」と感じてしまいますが、
実際はつくばエクスプレスで秋葉原から40分足らずなのだそうです。

施主はごく普通のサラリーマン。普段は都心のオフィスに通勤していますが、
定年後は頑張りすぎない程度に農業をやってみたいと考えていて、
庭が畑になった現代版農家の設計を馬場さんに依頼しました。
けれども空気のきれいな土地での暮らしを望む一方で、
映画館や美術館といった都市の文化的なインフラも手放したくないと考えています。

このような施主とのつきあいの中で馬場さんは気がつきます。
「何かを犠牲にするわけでもなく、すべてをバランスよく手に入れる」ために
「極めて合理的な判断の上で、(茨城県守谷市という)この場所が選ばれている」と。

都心は土地や家賃が高くて狭い家にしか住めないから
仕方なく郊外に住む、といった後ろ向きの選択ではなくて、
郊外に住むことに新たな価値を見出し、積極的にそれを選び取ること。
サーフィンがやりたいから、農業を楽しみたいから、釣りが好きだから、
山歩きを愛しているから、だからこそ郊外に住むんだというポジティブな選択。

それが著者の提唱する「新しい郊外」のライフスタイルです。


ただ、このような著者の主張がすごくユニークなものかといえばそうでもありません。
もともと郊外は、都会のインフラも適度に享受しつつ自然とも触れあえる場所として
あったわけですし、郊外をめぐるさまざまな議論の歴史の上に置いてみれば、
著者の主張は「新たな郊外回帰」とでも呼ぶべき程度のものであるといえましょう。


でもそれでもなお、この『「新しい郊外」の家』は素晴らしく魅力的な本なのです。

あなたの身近に、小さな子供を抱えて都心の賃貸マンションで暮らしている人や
これから家を買おうかどうか迷っている人はいませんか?もしいたらぜひ一読を
すすめていただきたいくらい、この本には共感できるところがたくさんあります。

それは著者がこの本の中で馬場家の実情を正直に明かしながら、
「住むこと」について考えているからだと思います。

馬場家は、馬場さんが40歳、奥さんと息子がふたりいて、
上が18歳の高校3年生、下は3歳。40歳にしては上の子供が大きいし、
長男と次男の年齢差が15歳もあるのもちょっと変わっています。
(ちなみに長男と次男の母親は同じ女性です)

けれどもこの家族構成が「房総の家」の成り立ちに深く関わっているのです。
もっといえば、長男と次男の間に15年もの時の流れがあったからこそ、
馬場家は房総に住むことになったともいえるでしょう。

馬場家が房総にたどり着くべくしてたどり着いた経緯は
本書のいちばんのハイライトなので、ぜひお読みいただきたいのですが、
このように著者がどこまでも自分の経験をもとにして家づくりを語っているからこそ、
読者であるぼくたちは共感できるのだと思います。

作家の藤原智美さんは名著『「家をつくる」ということ』の中で、
「家をつくる」ということは、「家族をつくりなおす」ことでもあると言っていますが、
馬場さんの房総の家づくりはまさにそのお手本です。


最後に著者の馬場正尊さんについてちょっと詳しくご紹介しておくと、
彼は「東京R不動産」という不動産仲介サイトを運営していることでも知られています。
この東京でいちばん変わった(でも面白い)物件が揃ったサイトはのぞいてみるだけでも
楽しいですよ。(本も出ています。こちらもオススメ!)


それにしても、本の収納がのっぴきならない事態にまで
発展してしまった我が家は、いったいこれからどうなるんだろうか。
本の収納に一部屋まるまる使えるくらい広い家が借りられる場所を探すと、
会社から2時間近くはかかります。
通勤に往復4時間。片道に1冊読めるとして一日2冊。
月~金だと10冊。ひと月にならすと約40冊。とすると年間480冊。
定年まで会社にいたとすると、通勤電車の中で読める本が1万560冊・・・・・・。

いくら本が好きとはいえ、はたしてこれは幸せな数字なんだろうか・・・・・・。
さすがに僕も考え込んでしまいました。

投稿者 yomehon : 2009年02月08日 12:59