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2009年01月12日

第140回直木賞 直前予想!


恒例の直木賞直前予想。
今回エントリーしているのは以下の6作品です。

恩田陸 『きのうの世界』(講談社)

北重人(きた・しげと) 『汐のなごり』(徳間書店)

天童荒太 『悼む人』(文藝春秋)

葉室麟(はむろ・りん) 『いのちなりけり』(文藝春秋)

道尾秀介 『カラスの親指』(講談社)

山本兼一 『利休にたずねよ』(PHP研究所)

今回の特色は、このところのブームを反映してか
時代小説が3作品もエントリーしていることです。(しかも力作ぞろい)
まずはここからみていきましょう。


『汐のなごり』は、北前船の航路にある湊町を舞台にした短編集。
北重人さんは建築コンサルタントの忙しい仕事のあいまを縫って小説を
書き続けてきた人で、時代小説ブームの中でも活躍が期待されている作家のひとり。
『汐のなごり』におさめられた6つの話は、どれも人情味あふれていて、
手堅くまとめられた感じ。ただ、この人の『蒼火』のような、手に汗握る時代ミステリを
堪能した者からすると、ちょっとおとなしすぎるような気がします。


『いのちなりけり』は、主君の命によって義父を討たざるを得なかった男と
その妻との純愛物語。物語の背景に、佐賀鍋島藩のお家の事情や島原の乱をめぐる因縁、
また将軍綱吉と水戸光圀の確執などがあり、恋愛小説でありながら骨太の歴史小説でもあるという、
ひじょうに読み応えのある物語に仕上がっています。

特に、男が愛する女のために「ある和歌」を探し続けるというアイデアは秀逸。
またこの夫婦の物語が、後に武士道の名著『葉隠』が書かれるきっかけになったという
仕掛けも面白い。

葉室麟さんは、凜とした人物を主人公にすえた時代小説を得意とする方。
『いのちなりけり』はその得意技がいかんなく発揮された作品で、
直木賞受賞もじゅうぶんあり得ると考えます。


『利休にたずねよ』は、千利休の美へのあくなき探求心の源にあるものは何かを描こうとした意欲作。
といっても、それが何かということは冒頭で早々に明かされるのですが。
実は利休の美に対する執着の背景にあるのは、若かりし頃のある異国の女性との悲恋でした。

この小説は面白い構成になっていて、
利休が秀吉の命によって切腹させられるところから、
過去へと時間をさかのぼるかたちで利休のことが描かれます。
クライマックスはもちろん愛する女性とのあいだに何があったのかということ。

鷹匠や棟梁といった匠の世界を描く名手として知られる山本兼一さんが、
匠のなかの匠といっても過言ではない千利休に挑んだこの一作。
本作で直木賞を受賞する可能性はおおいにあり得ると思います。


時代小説以外の候補作はどうでしょうか。

恩田陸さんの『きのうの世界』は、M町という塔と水路がトレードマークの町を
舞台にした本格ミステリともSFともつかない不思議なお話。
町はずれで発見された死体の謎がやがて町の成り立ちの謎と絡まり合っていきます。

作者が恩田陸さんなので面白くないわけがないのですが、
う~ん、ちょっと難解なところもあって読者を選ぶ作品かもしれません。
恩田さんにはいろんな作品があるのにどうしてこれが直木賞候補に?と思います。


道尾秀介さんの『カラスの親指』。
詐欺師の中年男二人組がある日突然ひとりの少女と共同生活を送るハメになります。
あれよあれよという間に同居人は増え、やがてそれぞれが人生にケリをつけるために
「ある計画」に着手することになるのですが・・・・・・というストーリー。

読者を巧妙に誘導することで見事に騙す道尾さんの小説らしく、
この小説も当初は「○○」だと思って読んでいたら
後で「△△」だと気がつかされて驚くという趣向になっています。
上質のミステリで誰にでもオススメできる作品ですが、
今回は「顔見せ興行」といったところでしょう。


次は、天童荒太さんの『悼む人』。
今回の候補作の中でいちばんの問題作です。
おそらく選考委員のあいだでもこの小説の評価をめぐって
議論が戦わされるに違いありません。

全国を放浪しながら痛ましい事件現場などを訪ね、
死者を悼む旅を続ける坂築静人。
この若者を主人公に、世をすねた週刊誌記者や、
暗い過去を背負い静人の旅の伴走者となる女性、
ガンに冒された静人の母などのドラマが描かれます。

ひとことで言って、とても説明しづらい小説です。

主人公は憑かれたように人が亡くなった現場へ足を運び、
関係者に話を聞いてまわり、死者を悼んではまた
次の土地へ旅立つという生活を繰り返している。

小説の主人公としては前代未聞のキャラクターで、
ここだけを切り取ってしまうと、胡散臭さのほうが先に立って、
とてもじゃないけれど共感できる主人公とは思えないでしょう。
共感どころか「そんなことをして何になるんだ」という疑問が湧いて当然です。

ところが実際に読んでみると、
不思議なことに主人公に惹きつけられてしまうのです。

それはおそらく、この「死者を悼む」という行為が、
いまの時代にもっとも欠けているからではないかと思います。

天童さんは松田哲夫さんによるインタビューの中で、
9・11の同時多発テロが起きた後、報復措置がとられたことに
大きなショックを受けた、とおっしゃっています。

「あれだけの人が死んだのに、その死をみんな本当に悼んだのだろうかと。
悼む間もなくやり返し、いたずらに死者を増やした。(略)
日本人の中にも9・11の被害者がいたけれど、当時の日本のリーダーたちは
被害者の方の名前をそらで言うことができたでしょうか」

イスラエルによるパレスチナへの空爆など
世界ではいまも同じようなことが繰り返されている。
主人公の行為は、一歩間違えばスピリチュアリズムや
偽善的なものに陥りかねない危険性を持っていますが、
その一方で、いまの時代に欠けている
とても大切な何かを秘めているような気がしてなりません。

もとよりこの小説の中で何らかの答えが示されているわけではありません。
政治的な主張があるわけでもないないし、説教臭いところもまったくない。
ただただ、死者を悼む主人公と、その周辺人物の戸惑いや葛藤が描かれるだけ。
きれいにまとまった小説ではありません。
でもなにかとても切実で、胸を打つものがこの小説にはあります。


文学作品を評価するのには、ごくおおまかに言って、ふたつの方向があります。

ひとつは時代背景も含めた中でその作品を評価する立場。
著者の生い立ちとか作品が書かれた社会背景なども視野に入れて評価します。

もうひとつは書かれた内容だけで評価する立場。
小説というのは書かれてあることだけがすべてで、
著者がどんな人かなどは作品評価からいっさい切り離すべき、という立場です。

本来、小説の評価というのは後者であるべきだと考えます。
だとすれば、作品の完成度から言って今回の直木賞は、
『利休にたずねよ』あたりが最有力ということになるでしょう。

けれども今回の予想に関しては、どうしてもぼくは時代背景のことを考えてしまうのです。
選考委員がこの作品をどこまで社会と対比させるかわかりませんが、
「こんな時代だからこそ、こういう小説が読まれるべきではないか」
そう考える選考委員がいてもおかしくありません。

これまでも時代を象徴するような作品を輩出してきた直木賞らしく、
いまの時代ならではの受賞作を選んでほしい。
そんな思いもあって、今回の直木賞の受賞作は『悼む人』と予想します。

選考委員会は1月15日(木)に行われます。

投稿者 yomehon : 2009年01月12日 23:49