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2009年01月06日

 スウェーデン発ノンストップ・ノヴェルが日本上陸!!


本を読んでいてつくづく思うことがあります。
それは、「世界は広い!」ということ。
世界にはなんと知らない作家が多いことか!
毎日欠かさず本を読んでいても、いまだに新しい作家との出会いがあります。
未知の作家との出会いは読書の醍醐味。
しかもその作家が、きわめて面白い小説を書くとなれば、
これはもう、宝くじに当たったのも同然の嬉しさです。


ところでスウェーデンの作家と聞いて、みなさんは誰か名前をあげることができますか?
「イケア」や「H&M」は知っていても、作家となると聞いたこともないという人が
おそらく大半ではないでしょうか。
日本ではたぶん『長くつ下のピッピ』を書いた児童文学作家
アストリッド・リンドグレーンの名前がわずかに知られているくらいでしょう。

このように、文学方面ではほとんど知られていないスウェーデンから、
このほどとてつもないエンターテイメント小説がわが国に上陸しました。


『ミレニアム1 ドラゴン・タトゥーの女』上 下 スティーグ・ラーソン著
ヘレンハルメ美穂・岩澤雅利訳 (早川書房)
は、
スウェーデンで驚異的なベストセラーを記録した話題の三部作の第一弾です。

ひとくちに「驚異的ベストセラー」といっても
いったいそれがどれくらい凄い数字かといえば、
人口約900万人のスウェーデンで、三部作あわせて290万部(総人口の3分の1!)を
売り上げたというのですから、そのもの凄さがおわかりいただけるかと思います。

この作品は、スカンジナヴィア推理作家協会が北欧5ヵ国で書かれた
もっとも優れたミステリに与える「ガラスの鍵」賞や
スウェーデン推理作家アカデミー最優秀賞などを受賞したほか、
世界30ヵ国以上で翻訳が進められており、一足早く出版された
フランスではすでに200万部を売り上げたとか。


さて、ではこれほどまでに評判の小説のストーリーはと言いますと、
まず冒頭のプロローグからして素晴らしい!

物語は82歳の誕生日を迎えた男のもとに、
額に入れられた押し花が届けられるところから始まります。
手紙もなく、封筒には送り主の名前も記されておらず、
消印はストックホルムやロンドン、パリ、コペンハーゲン、マドリードなどさまざま。
この押し花は、毎年11月1日の男の誕生日に、なんと40年以上にわたって
何者かによって届けられているのでした・・・・・・。
(どうですか?このプロローグ。いきなり大きな謎が提示され一気に引き込まれる。
素晴らしい“つかみ”だとは思いませんか)


物語はその後、男と女、2人の主人公を交互に描きながら進行していきます。

ひとり目の主人公はジャーナリストのミカエル。
彼は硬派な月刊誌「ミレニアム」の発行責任者でもあるのですが、
大物実業家のヴェンネルストレムの違法行為をスクープしたところ、
後にこれがガセネタとわかり、名誉毀損の裁判で敗訴し有罪判決を受けます。

失意の中「ミレニアム」を去ることになったミカエルに、
ある大企業グループの年老いた前会長ヘンリック・ヴァンゲルが接触してきます。
ヘンリックはミカエルの人物像を、この物語のもうひとりの主人公である
セキュリティー会社の女性調査員リスベットに調べさせていたのでした。

ミカエルが信頼に足る人物だと判断したヘンリックは、ある「取り引き」を持ちかけます。
その内容とは、兄の孫娘ハリエットの40年前の失踪事件を調べること。
そしてその調査結果と引き替えに、ヴェンネルストレムを破滅させることのできる情報を渡す、
というものでした。

ミカエルは依頼を受諾し一族が暮らす島で40年前の事件を調べ始めます。
やがてリスベットも相棒として調査に加わり、事件は解決に向けて動き始めますが、
誰も予想し得なかった結末へと物語は進んで行くのでした――。


『ミレニアム1』をすぐれたエンターテイメントたらしめている要素として
まず真っ先に挙げられるのは、主人公の魅力的なキャラクターです。

なによりも女性主人公のリスベット・サランデルが素晴らしい。

からだをいくつものタトゥーやピアスで飾り、パンクファッションに身を包んで、
性格は非社交的。なのに、ひとたび調査をさせればどんな人物の秘密も
暴いてしまう腕を持つリスベットは、これまでになかったヒロイン像ではないでしょうか。
(ぼくは映画『ニキータ』でニキータ役を演じたアンヌ・パリローをイメージしながら読みました)
24歳なのにティーンにしかみえないほどやせぎすで小柄なリスベットには、
男性よりもむしろ女性読者のほうが共感を寄せるのではないかと思います。


魅力的なのは登場人物だけではありません。
周到に練られたストーリーは、こちらがページをめくる手を止めるのを許してくれません。

孤立した島で起きた40年前の失踪事件の謎を解くという設定は、本格ミステリの趣きだし
(本格ファンに誤解されないよう急いで付け加えますが別に密室トリックなどは出てきません)、
後半、犯人が明らかになるくだりは、サイコ・スリラーやシリアルキラーものの様相を帯びてきます
――何が言いたいかといえば、要するにあらゆるエンターテイメント小説のテイストが入った
無茶苦茶面白い小説だってことです。

まだまだあります。
ヴァンゲル一族の歴史が明かされるくだりでは、
ヨーロッパに深い傷を残したナチズムの話も出てきますし、
スウェーデン社会ということでいえば、女性に対する性的暴力の話も出てきます。
ぼくらがなかなか知る機会のないスウェーデンの生活や文化を垣間見ることが
出来るところも、この小説の美点としてあげることができます。


著者のスティーグ・ラーソンについても紹介しておきましょう。
1954年生まれで、20年以上にわたりスウェーデン通信にグラフィックデザイナーとして
勤務するかたわら、反ファシズム雑誌の編集長としても活躍。
そんななか『ミレニアム』は書かれたわけですが、訳者のヘレンハルメ美穂さんの解説によれば、
『ミレニアム』シリーズは、本当は5部作として構想されていたそうです。

ところが三部まで書き上げ、第四部の執筆を開始したところで、
なんと彼は心筋梗塞で亡くなってしまうのです!まだ50歳の若さ。
しかもこの時点ではまだ第一部は発売されておらず、スティーグ・ラーソンは
その後の『ミレニアム』の歴史的ヒットを目にすることは叶いませんでした。

なんという悲劇でしょう。
著者の急逝によって、このデビュー作はそのまま伝説の作品となってしまったのです。

投稿者 yomehon : 2009年01月06日 00:31