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2008年01月20日

 どこにでもいる少年のありふれたヘビーな物語


このたびの直木賞予想はめでたく的中いたしました。
が、そんなことより、これで桜庭一樹さんの作品がもっともっとたくさんの人に
手にとってもらえるようになるかと思うと、そっちのほうが嬉しい。
『私の男』を読んだ人はぜひ他の作品も読んでみてください。
『赤朽葉家の伝説』(東京創元社)とか『青年のための読書クラブ』(新潮社)とか。
どちらもまったく雰囲気の違う作品で、彼女の引き出しの多さに驚かされるはずです。

さて、このところ小説ばかり大量に摂取しすぎて
ちょっとおなかいっぱいになってしまったので、
今回はマンガをご紹介することにいたしましょう。
それも今まさに進行形で描かれているとびきりの傑作を。


現在、2巻まで刊行されている浅野いにおさんの
『おやすみプンプン』(小学館ヤングサンデーコミコックス)は、
シュールな発想とリアリズムに徹した画力で少年プンプンの成長を描いた作品。
現代マンガの最先端を疾走する傑作といっていいでしょう。


主人公のプンプンは小学5年生。
ただしプンプンは、クラスの中でなぜかひとりだけ、おかしな姿をしています。
鳩サブレの鳩にひょろりと細長い手足がついたような、そんな姿なのです。

プンプンには同じ姿をしたお父さんとお母さんがいますが、
このふたりはしょっちゅうケンカをします。
そんなときプンプンは神様にお祈りします。
以前、叔父さんに教えてもらった
「神様神様チンクルホイ」という呪文を唱えると、
なぜか槇原敬之似の神様が出てきて話し相手になってくれるのです。

ある朝のこと。

プンプンが2階の子ども部屋からおりていくと、リビングがメチャメチャになっていて、
お母さんが倒れています。そしてその場に立ちつくしていたお父さんがこう言います。
「プンプン、大変だ・・・・・・強盗が入った」「信じてくれるよね、プンプン」

お父さんは傷害で警察に捕まり、お母さんは重傷で入院。
残されたプンプンは叔父さんと暮らし始めます・・・・・・。


このマンガを初めて読む人は、
なぜプンプンが鳩サブレの鳩みたいな姿をしているのか疑問に思うことでしょう。
その理由について作者はいっさい触れていませんが、ぼくはこう思うのです。

プンプンにはきっと自分のことがこんなふうに見えているに違いない、と。

家と学校が子どもにとっての世界のすべてだとするならば、
プンプンの場合は、その世界の半分を占める家庭が崩壊状態にあります。
プン山家は、昔は家族みんなで幸せに暮らしていましたが、
お父さんは、会社をリストラされてからというもの酔ってお母さんを殴るようになり、
お母さんは、結婚は失敗だった子どもなんていらなかったと泣くようになりました。

子どもにしてみれば相当にキツイ状況です。

よその家は幸せそうなのにどうしてうちはこんなに両親の仲が悪いのだろう?
どうしてうちの家だけが特別なのだろう?どうしてボクだけが――。

自分はフツーではないのではないかという違和感。
プンプンがおかしな姿をしているのは、そんな彼の心の状態を
象徴的に表しているからではないかと思うのです。


でも大人になってみるとわかることですが、
プンプンのような家庭は世の中にたくさんありますし、
また少年期には誰もが周囲への違和感を抱えています。

つまりこれはどこにでもいるフツーの少年の物語でもあるのです。

プンプンは好きな女の子と両思いになったり、
初めての夢精に「オチンコから脳がとび出た」と悩んだり、
廃工場にみんなで宝探しに行きスタンド・バイ・ミーちっくな体験をしたりします。
誰もがかつて経験したことがあるようなことばかりです。

けれども一方で少年期というのは、
「よくよく考えればありふれているかもしれないけれど、
渦中にいる当人にとってはなかなかにヘビーである」
というやっかいな時期でもあります。

プンプンも例外ではありません。
だからプンプンは自分だけの呪文を唱え、
自分だけの神様を呼び出して話をするのです。

子供でここまで追いつめられると相当辛いと思うのですが、
プンプンのシュールな外見が(なにせ鳩サブレですから)
なんともいえないユーモアを醸し出していることも見逃せません。
その結果、ぼくら読者は、シリアスとユーモアが入り交じった
不思議な作品世界を体験することになるのです。


浅野いにおさんは、もともと叙情的な短編を得意とする作家で、
『素晴らしい世界』(全2巻)『ひかりのまち』といった短編集を発表していましたが、
夢と現実のはざまであがくフリーターカップルを描いた
長編マンガ『ソラニン』(全2巻)が大反響を呼び、
新世代の作家として注目を集めるようになりました。

いま名前をあげた作品はどれも素晴らしいものばかりですが、
少年の成長を巧みに描いた『おやすみプンプン』はさらにその上を行く傑作です。
ぜひ最先端のマンガ表現を体験してください。

投稿者 yomehon : 2008年01月20日 21:37