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2006年10月16日

二都物語

2週間ほど前にぼくの身の上に起きた“驚天動地の出来事”のせいで
まったくブログの更新ができませんでした。
ずいぶんご無沙汰してしまってすみません。
いずれあらためて書く機会もあるかと思いますが、
ともかくその“驚天動地の出来事”のせいで、
この2週間はバタバタとあわただしく動き回っていました。


ところで息つく間もないような毎日をおくっているとき、
忙しさがマックスなとき、
あるいはテンパッているとき、
ぼくの頭のなかではいつも決まってこんな言葉がぐるぐるとまわっています。


「あぁ・・・・京都いきたい・・・」


なぜこんなにも京都が好きなのでしょうか。
なぜこんなにも京都に恋い焦がれているのだろう。
ぼくにとっての京都はそうだな~
伊右衛門のCMに出てくる宮沢りえちゃんみたいな
和服美人の膝枕でやさしく耳かきしてもらっているような、
そんな夢のような心地よさをもたらしてくれる場所なのです・・・・・ってわかりにくいすかね?
(いちどヨメにそう説明したらものすごく冷ややかな目でみられたことがあります)

ま、それはいいんですが、
ともかく正確に数えたわけではないけれど
これまでに京都を訪れた回数はゆうに50回は超えていると思います。


エッセイストの酒井順子さんは、30歳をすぎてから
「京都って、何だかやたらと楽しい」
と思うようになったとか。

『都と京』(新潮社)はそんな京都フリークの酒井さんの手になる本。
ちなみにタイトルは「都と京」と書いて「みやことみやこ」と読ませます。
字面から推察できる通り、この本は「東京」と「京都」というふたつの都市を比較した都市論。
それも切れ味鋭く両者を比較検討した痛快な都市論なのです。

酒井順子さんといえば『負け犬の遠吠え』で30代以上のキャリアウーマンの
胸の内を鋭く分析して話題となったのが記憶に新しいところ。
けれども面白さではこの『都と京』も負けてはいません。

意地悪な観察眼。
意地悪なくせに丁寧な「です・ます調」で綴られた文章。
豊富な語彙と卓抜な比喩
読者にはおなじみの「酒井節」は今回も健在です。


では『都と京』において、
京都と東京はどんなふうに比較されているのでしょうか。
ちょっとみてみましょう。

たとえば【言葉】では、「いけず」(京都)と「意地悪」(東京)が、
【料理】では「薄味」と「濃い味」が比較検討されています。

まぁこのあたりは予想通りというか、比較としてはよくある組み合わせでしょう。
「京都は“ハレめし”もいいけど“ケめし”もいい」などといった卓見もみられますが、
雑誌やガイドブックでの知識程度にしか京都を知らない人でも
ついていけるレベルの話題です。

ではこれはどうでしょう?


【宿】 「俵屋」と「コンラッド」


「○○」と「××」という二項対立での面白さを狙う場合、
「○○」と「××」にそれぞれ何をチョイスするかが
書き手がセンスを問われる部分となります。

その意味で、「俵屋」と「コンラッド」は絶妙のコントラストをなしていると思います。
(俵屋をご存じない方は『俵屋の不思議』村松友み(世界文化社)をどうぞ)

客にほどよい孤独感をもたらしリラックスさせながら、
まるで心を読まれているかのようにサービスが行われる俵屋。
そこでは「委ねる勇気」が必要だと酒井さんはいいます。

対するコンラッドは近年東京で主流のスモール&ラグジュアリーなホテル。
雑多な視線の飛び交う大規模なグランドホテルとは違って
そこは限定された階層の人々が集う場所。
そこで必要になってくるのはセンスのいい人々に「見られる勇気」です。

ふたつの都市を代表する宿を比較することで、
それぞれの都市での人々の振るまいの違いもみえてくる。その面白さ。


さらにこの本で特に出色の対比をあげるとするならば、それは

【文学】 「綿矢りさ」と「金原ひとみ」

ではないでしょうか。


酒井さんはまず冒頭でとても面白い問いを投げかけます。
よそ者の小説家はこぞって京都を舞台にしたがるけれど
京都出身者はあまり京都のことを書かないのはなぜだろうか、と。

けれど、京都出身の小説家は少ないけれど、
その一方で京都出身の歌人は他県に比べ突出して多いのです。

それはなぜか?そこにどんな秘密が隠されているのか。

この文章は、文芸評論としても出色です。
都市を切り口に文学作品を読み解き、
『都市空間のなかの文学』(ちくま学芸文庫)などの名著を遺した
文芸評論家に故・前田愛さんがいますが、
酒井さんは前田さんがやったようなことをとても平易な文章でさらりと書いている。
これはほんとうにすごいことだと思います。


なお、ぼくが思わずニヤリとしたのは


【書店】 「恵文社」と「abc」。


「恵文社」は本好きにとってはまさに夢のような書店です。
「よそで手に入る本はよそで買ってください。うちは置きたい本しか置きません」
そんな正しい姿勢に貫かれた素晴らしい書店。

こんなアイテムを出してくるところが酒井順子さんのあなどれないところです。

ともかく、京都と東京で比較できるところはまだまだあります。
酒井さんの指摘に「そうそう」とうなずいたり「へ~」と感心したりしながら
ぜひあなたなりの比較を考えてみては?

この本であげられていないものでぼくが思いついたのは「バー」。
「祇園サンボア」と「銀座テンダー」なんてどうでしょうか?
いかにもふたつの都市の文化を代表しているように思うのですが。

投稿者 yomehon : 2006年10月16日 10:00