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2006年05月02日

面白い吸血鬼小説は別にある!(その2)

前回の続きです。


まず駆け足で吸血鬼小説の歴史を押さえておきましょう。


そもそも吸血鬼伝説は
古くからヨーロッパの民衆のあいだで語られていたものですが、
現代の吸血鬼小説のルーツとなった名作が誕生したのは1816年のことです。


この年の夏、詩人のバイロン、同じく詩人のシェリーとその妻メアリ、
そしてバイロンの主治医ポリドリが、スイスのジュネーブ湖畔を訪れていました。


雨が降り続いたある日、
憂さ晴らしにみんなで怖い話を考えようということになりました。
それぞれが一編ずつ怪談を書いてみようということになったのですが、
実際にはバイロンとシェリーは忙しさにまぎれて怪談をつくれませんでした。
しかし若いメアリとポリドリのふたりは怪談を完成させました。


驚くなかれこのときメアリ・シェリーが書いたのが「フランケンシュタイン」。
ジョン・ポリドリが書き上げたのが「吸血鬼」だったのです!


なんとふたつの怪物が同時に誕生したという驚きのエピソードは、
荒俣宏『ホラー小説講義』(角川書店)で紹介されています。

その後、いくつかの吸血鬼小説が書かれましたが、
特筆すべき傑作は『吸血鬼カーミラ』ジョゼフ・シェリダン・レ・ファニュ【著】
平井呈一【訳】(創元推理文庫)
でしょう。
女吸血鬼カーミラと山荘の娘のレズビアンがテーマの異色小説です。

そして1897年に真打ちが登場します。
イギリスの作家ブラム・ストーカーが『ドラキュラ』を発表したのです。


劇場支配人の仕事をしていたブラム・ストーカーは(ちなみにブラムは愛称で
正式にはエイブラハムです)あるときブタペスト大学の学者と出会い、
15世紀にワラキアとトランシルヴァニア地方に実在した王の物語を聞きます。

ワラキア、トランシルヴァニア地方というのは、現在のルーマニアです。
この地方に王として君臨した男は洗礼名をヴラド・ツェペシュといい、
あらゆる拷問を考案し、後に「串刺し公」と呼ばれました。
また彼にはもうひとつ、「ドラクラ」というあだ名もありました。
「ドラクラ」はルーマニア語で「悪魔」を意味する言葉であると同時に、
「龍」(ドラゴン)のルーマニア語読みでもあります。

この実在の人物にインスピレーションを得て書かれたのが『ドラキュラ』です。
吸血鬼=ドラキュラとなったのはこのときからです。


日本では平井呈一氏による名訳が長く親しまれてきましたが、
まだこの作品が英文学の古典として認知される以前のものであることから、
ストーリー展開にそれほど重要でない部分が省略されたり改竄されるなどして
原文に忠実な翻訳ではないことがわかっています。


なんといってもいま手に入るもので最高なのは
『ドラキュラ 完訳詳注版』新妻昭彦・丹治愛【訳・注釈】(水声社)
です。
「ドラキュラ」が書かれる前に構想された短編「ドラキュラの客」や
ストーカーの「ドラキュラ創作ノート」などもおさめられて至れり尽くせりの内容。
興味があるかたは読んでみてください。

ところで、ストーカーが生み出したドラキュラはそもそもなぜ
19世紀のイギリスで受け入れられたのでしょうか。

その背景には、他国による侵略恐怖やユダヤ人恐怖、
当時流行したコレラへの恐怖がある、と喝破したのが
『ドラキュラの世紀末』丹治愛(東京大学出版会)です。
当時の人々が抱いていた「ぼんやりとした不安」を
キャラクターとして形象化させたのがドラキュラだったのです。

「ホームズ学」ならぬ「ドラキュラ学」とでもいうべきたいへん面白い研究なので、
こちらもあわせてお読みください。


そろそろ面白い吸血鬼小説を紹介しなければなりません。


まずスティーヴン・キングの『呪われた町』(集英社文庫)ははずせません。
人々が吸血鬼に襲われ同類になっていく様子が淡々と描かれているのが
読む者の恐怖心を掻き立てます。

日本の作家では小野不由美の『屍鬼』(新潮文庫)をおさえておきましょう。
『呪われた町』へのオマージュから書かれた作品であることは
あまりにも有名ですが、この作品から感じる恐怖は、
夏の夜に首筋にべったりとかいた汗のようなもの。
不快な恐怖とでも言えばいいでしょうか。

恐怖という切り口では、この2作品が群を抜いていると思います。
次はちょっと切り口をかえて、
吸血鬼を異形の者としてとらえその哀しみを描いた作品。
『ポーの一族』萩尾望都(小学館文庫)は名作中の名作です。
この歴史的傑作が『吸血鬼カーミラ』に多くの影響を受けていることは
あまり知られていないかもしれません。

でも、キングも小野不由美も萩尾望都もぜんぶ有名な吸血鬼作品じゃないか!
あらたまって紹介されなくったって知っているよ!
という人がいるかもしれませんね。

たしかに定番すぎたかもしれない。
では最後はちょっとひねったチョイスでいきましょう。


『石の血脈』半村良(ハルキ文庫)という傑作伝奇小説があるのをご存知ですか?
これも吸血鬼小説のひとつに数えていいと思います。


ある新進建築家の美しい妻が失踪します。
妻の行方を追ううちに、建築家はある集団と遭遇するのですが、
それは不死を求める人々でした・・・。


筋はたったこれだけしか明かせない!!
この小説の面白さを損なわないためには
ストーリー紹介に細心の注意が必要だからです。

吸血鬼伝説はもちろん物語の大きな柱となっていますが、
この小説の凄いところは、吸血鬼の話が、古代の巨石信仰やアトランティス伝説、
狼男伝説や日本の犬神信仰などにまでつながっていくところです。

これだけのものを詰め込めば、普通なら作品が破綻してもおかしくありません。
しかし読んでいただくとわかりますが、
信じられないほどの説得力をもってそれぞれの要素がつながっています。

吸血鬼、アトランティス、ストーンヘンジなどの巨石(メガリス)信仰、
狼男、犬神信仰などなど、世界に残る伝説・伝承には
人類の恐るべき事実を解く鍵が潜んでいるのですが・・・・・・
ダメだ!これ以上は言えない。

ともかく読み始めると止まらなくなりますからご注意を。
僕もひさしぶりに読み返したら徹夜するはめになってしまいました。

それと再読して思い出したのですが、
この小説に出てくるセックスシーンはけっこうエロいです。
そして実はそのエロさにも吸血鬼伝説が関係しているのです・・・。

どうですか?読みたくなったでしょう。

投稿者 yomehon : 2006年05月02日 08:22