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2011年09月30日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 九月下席号

お彼岸すぎになって、ようやく秋めいてきました。皆様いかがお過ごしでしょうか。

今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の平成二十三年九月号下席号をUPいたします。この号では落語芸術協会の高座にあらたな発見をされている石井さん。落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!

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◆9月21日 宝塚歌劇団月組東京公演『アルジェの男』(柴田侑宏作。大野拓)史
演出)『DanceRomanesque』(中村暁作・演出)(東京宝塚劇場)

◆9月21日 遊雀玉手箱“大家さんは大変だ!の巻”(内幸町ホール)

談春・遊雀「御挨拶」/遊雀『風呂敷』/遊雀『小言幸兵衛』/談春『煮賣屋』//~仲
入り~//遊雀『五貫裁き』

※談春師はシークレットゲスト(東京かわら版には「ゲスト=T・D」と書いてあっ
たが)。台風のため、入場者は50人いるかいないか。ここ数年では「らくごカェ」
以外、最も小人数で談春師を聞く機会になった。

★遊雀師匠『風呂敷』

亭主が女房の乱暴さに泣き出す辺り、「泣きの遊雀」らしさを発揮して可笑しい。そ
こまで虐げられている亭主なら原作に戻して『風呂敷の間男』にしても良いと思う
が。

★遊雀師匠『小言幸兵衛』

序盤の豆腐屋は良かったが、仕立て屋の途中から急激に小声になり、トーンダウンし
て覇気の無い高座になってしまった。あと、最後が常盤津や清元の太夫には見えな
かった。見台の押さえ方も語り方も、どうみても義太夫の太夫。圓生師型なら常盤
津、他に清元で演じる人もあるが、義太夫ってのは見た事がない。

★談春師匠『煮賣屋』

目白より当然家元に近いが、茶店の婆さんの怪人ぶりが先代今輔師の『峠の茶屋』以
上で物凄く可笑しい。『おしくら』の婆さんもだが談春師の落語では婆が一番愉し
い。

★遊雀師匠『五貫裁き』

更に刈り込んで、八五郎と徳力屋の最初のやり取りはカット。最初の白州もトントン
運んで「一文納め」の件になる。「毎日、町役五人組同道せよ!」のお白州での命令
があって、次なる八五郎の一文運びをまた簡略化。夜中に店の前で八五郎が寝ていて
役人に起こされ、徳力屋が罰せられる件になる。こうなると、困って徳力屋の番頭が
訪れて来て、大家に小言を言われる件も省いて、直ぐに徳力屋本人が長屋へ来てもよ
いのではないか?と思ったほど。最後は徳力屋の持参した二十両は「借りた金」とし
て、八百屋を始めた八五郎が「真面目に働いて喩え一文ずつでも返します」「一文ず
つはもう勘弁」とサゲたが、これは少し「良い噺」にしすぎで、家.元の乱暴な可笑
しさに敵わない。とはいえ、芸術協会の主任時間でも十分演じられる噺になりそうだ

◆9月22日 新宿末廣亭昼席

小圓右/『千早振る』/圓遊『猫久』/章司/米丸『洗濯物』//~仲入り~//右左喜『善
哉公社』/Wモアモア/雷蔵『虱茶屋』/小柳枝『粗忽長屋』/ボンボンブラザース/と
ん馬『抜け雀』

★とん馬師匠『抜け雀』

終始ボヤーッとした甚兵衛さん的な亭主の少し暗めのキャラクターが長閑な落語味を
醸し出す。闊達な若い絵師の明るさ。老絵師の風格。口喧しいかみさんの可笑しさ。
トントントンと澱みなく運んで無駄な溜めが無く、粒立った口調と揃い、寄席の主任
芸として何の文句もない。老絵師が若い絵師に残す言葉に「温かみのない」のあめの
が鳥籠や止まり木を忘れた傲慢にピタリと刺さるのも説教がましくない名科白だろ
う。落語芸術協会は怖いなぁ。金遊師匠やとん馬師匠みたいな「寄席名人」が何の欲
気もなく番組の中に隠れている。「受け狙い」ばかりの若手に聞かせたいね。


◆9月23日 落語教育委員会(にぎわい座)

コント「犬神家の一族」/朝也『そば清』/歌武蔵『天災』//~仲入り~//喜多八『目
黒の秋刀魚』/喬太郎『宮戸川』

★喜多八師匠『目黒の秋刀魚』

出来は良かったけれども、会場の広さの割には小声で噺が粒立たなかったのは残念。
殿様が秋刀魚恋しさに妙なパントマイム風になる動きが一番可笑しかった。

★喬太郎師匠『宮戸川』

前半から後半の展開を意識したキャラクター作りなので噺が余り弾まない。半面、後
半に入り、亀の物語になってからが一番冴える。三回忌の半七の鎮静した表情も独
特。亀の物語で「慰んだのも三度、四度」「四度目だかにあっしがのしかかると」
「女が下からあっしの顔を見て」と、表現が次第にリアルさを増して、或る意味、扇
情的ですらある。私なんかだと「下からあっしの顔を見て」というのが「谷ナオミで
すか?」と訊きたくなる(谷ナオミでは、手込めにされるお花にしては年増過ぎるの
だが)。こういうリアルな心象は圓生師や馬生師は勿論、今の中堅若手真打でも少な
い。演者の「心の空白(闇でなく空白なんだなぁ。闇が覗けるのは三三師)」がチラッ
と覗けるのである。

★歌武蔵師匠『天災』

八五郎が本質的に無邪気なので聞き心地が良い(歌武蔵師の噺は本質的に無邪気だ)。
長屋に戻った八五郎が隣の熊五郎相手にペラペラと受け受けりを喋った揚げ句、途中
で「あたしもここまでは分からなかった」と言ったのには笑った笑った。

◆9月24日 ラクゴオルタナティブvol.7「柳家と立川②」(よみうりホール)

こしら『時そば』/喬太郎『ほんとのこというと』/談笑『粗忽長屋』//~仲入り~//
談笑『居酒屋改』(イラサリマケ)/喬太郎『小町~道灌』/座談

★喬太郎師匠『小町~道灌』

小町から聞いたのは初めてかな…ほぼ真っ当な演出で楽に楽しめた。欲を言うと、御
隠居と八五郎のテンションにかなり差がある。隠居がおとなし過ぎるのが惜しい(絶
叫して欲しい訳ではない)。

◆9月24日 上野鈴本演芸場夜席

豆緑『垂乳根』/左吉(交互出演)『後生鰻』/夢葉/柳朝(喬之助代演)『牛褒め』/燕路
(扇辰代演)『粗忽の釘(下)』/のいるこいる/才賀『台東区の老人たち』/琴調『お
民の度胸』//~仲入り~//小菊/文左衛門『夏泥』/仙三郎社中/左龍『茶の湯』

★左龍師匠『茶の湯』

ダレ場や無駄なセリフを刈り込んで非常に可笑しい噺になった。序盤の隠居と定吉の
やり取りからオムツの件などを省き、茶の飲み方もくどくない演出に変えてある。隠
居が茶釜を扱う様子はマクベスの魔女が鍋を掻き回すようで無気味に愉しい。「不幸
の手紙」を受け取った孫店三人のパニックは豆腐屋と頭の混乱ぶりに妙味あり。手習
の師匠が子供たちに語るセリフをカットして「茶の湯と引っ越し」から噺がズレない
ようにしたのも偉い。三人が茶を飲むときの体のくねらせ方は二丁目のママが身悶え
してるみたいでこんなに可笑しいのは初めて見た。羊羹泥棒から利休饅頭もトントン
運び、蔵前時代の知り合いも利休饅頭を袂に入れず、頬張ったまま廊下に出るので噺
が途切れない。キャラクターも過不足無く描かれ、近年聞いた中では一番可笑しい
『茶の湯』である。

★琴調先生『お民の度胸』

お民に色気があるけれど嫌らしくないのが結構。

★文左衛門師匠『夏泥』

泥棒の気弱さにもだが、好き勝手を言う相手の博打好きの大工に何とも言えない可愛
らしさがあるのは文左衛門師の強み。「殺せ殺せ殺せッー」のリズムも良いが若干
ヴォリュームが大きいのが惜しい。それでも、全体的には十二分なる佳作。

◆9月25日 文左衛門倉庫vol.12(ことぶ季)

ホルモン『道灌』(四天王入り)/文左衛門『短命』/二楽/アンケート読み//~仲入
り~//文左衛門『文七元結』

★文左衛門師匠『短命』

先代圓楽師型で久しぶりに「ブリのアラ」を聞いた。かみさんが凄まじく、「色っぽ
く」と言われて手にした茶碗を握り潰したのには笑った。

★文左衛門師匠『文七元結』

『短命』のマクラで圓朝の話をしていたから『芝浜』かと思っていた。元は家元型だ
が了見がすっかり文左衛門師に入れ換わっている。とはいえ、仕種の端々に家元系の
名残はある。また、長兵衛が実は気が小さい、そこに可愛さのある、子供っぽい人物
である事も家元と共通している(だから佐野槌の女将も可愛がる)けれど、家元ほど言
葉の上で悪ぶらないのが特徴。佐野槌の女将が長兵衛を気持ちの上で追い込まないの
は聞き心地が良い(まぁ、子供みたいなものだから)。文七は気の小さい、少し可笑し
な若者で、その若さが出ているのが良い。近江屋の旦那と番頭は良いコンビで、旦那
の長兵衛に対する気の使い方は如何にも大店の旦那らしく、番頭は良きコメディリ
リーフになっている。最後の場面で近江屋の「手前どもの用意致しましたお肴の味は
如何でございますか」が高慢に聞こえないのは極く珍しい。お久は最後、駕籠から出
ても訳が分からず「女将さんがもう良いって…このおじさんに連れられて来たの」と
上気している様子が素晴らしい。佐野槌の藤助の廓者らしさも良き香辛料。冒頭の長
兵衛のかみさんに稍物足りなさはあるが、生志師と並ぶ、この世代を代表する落語の
『文七元結』の一つである事に変わりはない。

◆9月25日 落語協会特選会圓太郎商店その十(池袋演芸場)

フラワー『道灌』/圓太郎『青菜』//~仲入り~//圓太郎『一人酒盛』

★圓太郎師匠『青菜』

熱烈な鯉の洗いの食べ方に現れされる、植木屋の一人合点なテンションの高さが実に
可笑しい。特に友達を呼び込んでからの、渋団扇をバサッバサッとさせる動きが抜群
に可笑しかったが、途中で止めてしまったのは残念。友達はいわば巻き込まれた被害
者。声はデカイが植木屋の言いなりになっている所はお人好しで、植木屋のテンショ
ンと好対照。かみさんは余り物知りでなく、割れ鍋に閉じ蓋夫婦らしさはクドくなく
十分に出ている。全体に調子が強すぎるので、些か固真面目かつ荒く感じる面もある
が本質的に似合う噺。

★圓太郎師匠『一人酒盛』

圓生師型だと思う。留さんが熊の家に着いた所から始まる。職人が似合う圓太郎師は
どう来るか?と思ったが、圓生師とは雰囲気が違い『おかしな二人』みたいな展開を
感じる。熊は『化物遣い』の隠居みたいに、命令タイプである。熊の一人語りで殆ど
進むが、熊の言葉で語られる留さんに燗奉行みたいな「上燗まであと何秒」みたいな
拘りがあったり、「かくやのこうこは生姜だけで醤油を垂らさなくても旨い」といっ
た細かさがある。つまり、一見、正反対のようで、考えの押し付け方に強弱があるだ
けで似た者同士なのだ。それが『おかしな二人』的であり、割と乱暴な酒飲みである
熊さんとの対比としても面白い。その対比が、勝手に盛り上がる熊さんを前に留さん
が不機嫌になる様子の可笑しさを伝えるだけでなく、留さんの不機嫌に連れて稍酒乱
的な言動を見せる熊さんを圓生師ほどは嫌な奴に感じさせない(ベロベロにならない
せいもある)。熊さんの「おめえと飲まなきゃ良かった」のセリフは余計だが、もう
少しこなれれば、目白型と圓生師型の間を行く面白味が更に高まると思う。

◆9月26日 上野鈴本演芸場夜席

才賀『台東区の老人たち』/琴調『赤垣徳利の別れ』//~仲入り~//ペペ桜井(小菊代
演)/文左衛門『手紙無筆(上)』/仙三郎社中/左龍『甲府ぃ』

★左龍師匠『甲府ぃ』

客の少なさに合わせたのかもしれないが擽りを減らして演じた。豆腐屋親父の固法華
ぶりも余り出さないから笑いは少ない。しかし、如何にもさん喬師の一門らしい情話
として魅力がある。特に、若夫婦を見送る親父が大きく笑ってから善吉を黙って見る
辺りは市馬師の『淀五郎』終景の團蔵に通じる「引き立てた側の思い」があってホロ
リとした(親父の笑いから善吉の受けの表情などなく長屋のかみさんの「ご覧よ」に
直ぐ変わるカットバックも素晴らしい)。サゲの「甲府ぃ~」の声も情があり格段に
良くなった。半面、善吉は確かに善なる人だが、圓太郎師の善吉のような立身出世を
願う地方出身らしいエネルギッシュな面が物足りず、些か人物像が平坦なのは惜し
い。

★琴調先生『赤垣徳利の別れ』

松鯉先生のような講釈独特の侍気質は乏しいが、如何にも兄弟の話である。源蔵が兄
の羽織を前に、母に耳掃除をして貰った話をする件は聞いていて思わず涙が出た。源
蔵が終始明るいのがまた切ない。作左衛門が源蔵の剣を誉める話をする件、一次に源
蔵形見の呼子の笛を吹かせて酒を酌むラストにも兄弟の情が漂う。先代圓楽師以降、
噺家で『赤垣』を殆ど聞かないが、今の時代なればこそ、誰か演じても良いのにと思
う。

◆9月27日 新宿末廣亭昼席

北見伸&スティファニー/小圓右『道灌』/鯉昇『犬の目』/章司/小柳枝『妾馬』//~
仲入り~//右左喜『英会話』/Wモアモア/雷蔵『虱茶屋』/米丸『まちがい』/ボンボ
ンブラザース/とん馬『宿屋の富』

★とん馬師匠『宿屋の富』

古今亭型で物凄く口調が速い。スウィングがあればもっと良いだろう。一文無しの客
は最初、割と威勢が良くて明るいが、宿の主人が去ってから陰気になる。そのまま、
湯島天神境内でも陰気に「当たらなかった」とボヤいて富札を捨てるが、拾い直して
札を見ながら一番富の当たり番号と見比べて「何処が違うんだ、これ」と呟いたのが
無茶苦茶面白かった。先代柳好師の『宿屋の富』を稍陰にした可笑しさが此処で光
る。宿の主人はボヤッとしたキャラクターが目白型に近い。二番富の男は軽快。序
盤、一文無しと宿の主人の遣り取りで、主人側にもう少しメリハリがあれば佳作であ
る。

★小柳枝師匠『妾馬』

余り聞いた記憶のない型。「うんちは、うんちは」のセリフからすると夢楽師の『妾
馬』かな。赤井御門守の家来がみんな訛りが酷いので、余計に八五郎との会話がこん
がらがるのが可笑しい。門番・取り次ぎの侍・田中三太夫と揃って硬い野暮さが愉し
い。御門守は稍品格不足。八五郎は職人態で乱暴というよりはそそっかしい雰囲気で
世話味がある。割と泣くが嫌らしくは感じないのが長所だ。

★桂米丸師匠『まちがい』

 マクラが長く、極く簡単に演じただけではあるが、米丸師がこういう噺を演じると
は思わなかったので驚いた。新作っちゃ新作だけどね。

◆9月27日 第63回桂平治独演会(日本橋社会教育会館ホール)

昇也『雑俳』/昇々『アゴビヨン』(正式題名不詳)/平治『饅頭怖い』//~仲入り~
//昇太『人生が二度あれば』/平治『お見立て』

★平治師匠『お見立て』

大声の応酬で荒く聞こえるが、杢兵衛大尽の純情と自惚れ(「この顔ォ」や「吉原中
の女を死なせちまう」は笑った)、喜瀬川に掘れて馬鹿みたいになっているキャラク
ター、喜助が廓者とは思えない困り方をしている様子、二人の遣り取りはちゃんと描
かれている(寧ろ擽りが少ないくらい)。喜瀬川の色気づいたトドみたいな様子も可笑
しい。尤も、ズーッと大声の応酬で、『らくだ』みたいに締める所がないから、トリ
ネタだと聞き疲れもするな。

★平治師匠『饅頭怖い』

細心・気弱なとこが出て、客席で携帯が鳴ってからリズムが狂い、前半の「象」だけ
でなく「葛饅頭」の仕込みも抜けた。栗饅頭を食べる様子が妙に可愛いのは強み。

★昇太師匠『人生が二度あれば』

松の精が出てからのハチャメチャな過去の破綻の可笑しさ、爺さんがバタバタ動く可
笑しさはやはり得難いものだ。

★昇々さん『アゴビヨン』(正式題名不詳)

発想は分かりやすく可笑しい。半面、マクラから同じ、あの凭れ掛かってくる口調に
まだ馴染めない。

◆9月28日 宝塚歌劇団月組東京公演『アルジェの男』『DanceRomanesque』(東宝
劇場)

◆9月28日 第118回立川談笑月例独演会(国立演芸場)

談笑『粗忽の釘』/談笑『シシカバブ問答』/談笑『命のかね』//~仲入り~//談笑
『大工調べ』

★談笑師匠『粗忽の釘』

馬鹿馬鹿しくて結構。特に箪笥を運ぶ間、引出しが飛び出して何人にも迷惑を掛けま
くるのは粗忽者らしくて愉しい。

★談笑師匠『シシカバブ問答』

こんなに短かったっけ。旅のムスリムの陰な調子が妙にリアルで可笑しい。

★談笑師匠『命のかね』

「古典の掘り出し物だ」というが、見たり読んだりした記憶がない噺。『七面堂』や
『人参騙り』と似た詐欺噺だけれど、作りが遥かに緻密(演出で工夫したのかも)で面
白い。言えば、こすっからい乞食婆が詐欺師を息子のように思ってしまう心理過程が
稍弱いけれと、サゲのドライさといい、一寸『一文笛』の詐欺師版である。演じ方と
しては、詐欺師が最初から猫なで声過ぎるのが惜しい。市馬師や正蔵師など「良い人
芸」か(新国劇の出し物だった『アリラン軒』みたいなもの)昇太師みたいな芸風の
師匠が「意外な持ちネタ」として持っていると噺のドライさがなお活きるだろう。

※談笑師には『東海道御油並木』を掘り出して欲しい。

★談笑師匠『大工調べ』

与太郎=大岡越前守版。終演時間の関係か、前と変わって与太郎の「あたぼう」はな
く、棟梁の啖呵も短く、与太郎の混ぜっ返しも殆ど無い。お白州が長く、大家が嘘つ
きで卑怯で徹底した悪人なのは『お奉行ドラマ』の田口計等の雰囲気か。棟梁がひた
すら分が悪いから、そのシリアスさに初聞きの観客はシンと鎮まり返った。だから余
計に最後に大岡越前守、実は与太郎と分かると大爆笑は落語らしくて良い。今回は棟
梁、実は遠山金四郎(肌脱ぎになる)も加わって「仕方ないから、あっしが自分で裁こ
うかと思ってた」のサゲになる。時代は違うけど、まあいいや、落語だから(笑)。

※そのうち、暴れん坊将軍まで出てこないだろうな(笑)。

◆9月29日 新宿末廣亭昼席

マキ(北見伸&スティファニー昼夜代わり)/小圓右『初天神』/圓遊『崇徳院』/章司/
米丸『漫談』//~仲入り~//右左喜『猫と金魚(上)』/Wモアモア/雷蔵『虱茶屋』/
小柳枝『野晒し(上)』/ボンボンブラザース/とん馬『代わり目』

★とん馬師匠『代わり目』

九官鳥と猿の小噺を振ってから酒のマクラに入り、元帳で終らずサゲまで。鍋焼きう
どん屋に燗を付けさせ、新内流し(「訳あり」ってのがやはり良い)に都々逸、小噺の
アンコ入り都々逸を唄わせ、かっぽれを弾かせて踊る。雲助師とほぼ同じ演出。その
代り、序盤が少し違う。家の戸は亭主本人が叩き、おでんの具での言葉縮めの遣り取
りはない。代わりに「ちょいとあれば良いんだ…はんぺんが一つ、すじが二つ、竹輪
が三つ、大根が四つ、がんもどきが五つ、白滝が六つ」と亭主が言う可笑し味が入
る。亭主のざっかけない甘え方、色気は余り無いが女房の世話味、うどん屋のらしさ
が然り気無く良い。また、新内流しの女が「兄妹なんですよ」と言うセリフに仄かな
色気のあるのは出色。うどん屋の売り声と都々逸の調子が少し変だったが、栄馬師の
『代わり目』ともひと味違う愉しさあり。昼席の主任らしく腹に凭れない良さだ。

★雷蔵師匠『虱茶屋』

 仕種が全部流れてしまい、先代助六師匠のように「フォルム」として固定しないの
が惜しい。

◆9月29日 真一文字の会(内幸町ホール)

辰じん『金明竹』/一之輔『真打昇進騒動~つる』/一之輔『黄金の大黒』//~仲入り
~//一之輔『らくだ(上)』

★一之輔さん『つる』

隠居に聞いた話を兄貴分に受け売りする鸚鵡返しの部分を『天災』や『青菜』のよう
に膨らませた演出。相手が嫌がっているのが分からない無神経さは可笑しいが、ディ
スコミュニケーションを手法によく使い、芝居落語の面が強い一之輔さんだと、その
丁寧さがまだクドく感じる。

※「真打昇進騒動」は実名バンバンで面白すぎて書けない。

★一之輔さん『黄金の大黒』

大家さんの猫を食った件から入る。一番笑ったのは「掘り出したのが金の将軍様」と
いう言い間違い。口上の途中で泣き出して楽屋裏をバラしてしまう金さんも可笑し
い。「(貧乏長屋の連中が工面した)羽織の紐がサキイカ」ってのと「左の紋が三界
松、右が鬼蔦、背中が花菱」「談志に志ん朝じゃねぇか!背中がなんで三平一門なん
だ」にも笑った。「恵比寿も呼んで来る」のサゲまで演ったが、これは必要あるか
な。とはいえ、こういう気楽な噺で真打昇進興行の主任が取れるといいね。

※この噺、親分の家の祝儀に呼ばれて困る、貧乏で馬鹿な子分たち(つまり侠客の世
界)の設定に出来ないかな。

★一之輔さん『らくだ(上)』

割と古い家元型がベースだが、カンカンノウまでで50分以上もあるので聞きダレし
た。家元型という事は、噺の焦点が「笑い」になく「屑屋の被った悲劇の愚痴」にあ
る以上、テンポでなく、言葉をかれる演じ方をされると辛い。兄貴分の変に丁寧なと
こは似合わなくもないが、序盤の「らくだが死んだという報せ」から長く、屑屋が呑
み出してからの愚痴の数も多過ぎる。無駄山程状態。もしも火屋まで演じたら、と考
えると75~80分掛かるサイズだし、それじゃ六代目松鶴師か先代小染師くらい全
体に「酔っ払い噺」のコクが満ち溢れていないと、落語としての世界を保ちきれない
なァ。一朝師から、もっと中ネタや『黄金の大黒』のような演目を浚って貰わないと
マズイのではあるまいか。50日の披露興行で四苦八苦しかねない。例に出すのもな
んだが、小朝師の披露目のように「上野初日が愛宕山、二日目が明烏」と来ても全然
違和感がない、なんて離れ業はそうは出来ない(小朝師も50日間トータルのネタは
20くらいだったと思うし、大抵は25分前後の高座だった。『稽古屋』や『七段
目』のような飛び道具もあったからなァ。或る意味、一之輔さんは「普通の優れた若
手真打」なんだから『浮世床』や『鮑熨斗』でハネて当然くらいの気持ちでないと)

◆9月30日 新宿末廣亭昼席

鯉昇『粗忽の釘』/北見伸&スティファニー/小圓右『元犬』/圓遊『猫の災難』/章司
/米丸『日本貧乏記』//~仲入り~//右左喜『猫と金魚(上)』/Wモアモア/雷蔵『虱
茶屋』/幸丸『1960年代歌謡曲』/ボンボンブラザース/とん馬『稽古屋』

★とん馬師匠『稽古屋』

踊り手とは知っていたが、こういう飛び道具もあるのか。古今亭系や先代小文治師の
演じていた『歌火事』で『色事根問』が冒頭に一寸付く。見た目のパッとしない職人
のガサガサした可笑しさが出ていて、草履を鉄瓶の湯気で乾かしそうな能天気さも柄
に合う。女師匠にもう少し色気が欲しく、また「昨晩、歌い過ぎた」とかで(笑)、
「喜撰」の調子は変だったが、「声を段々に上げて」と言われて這ったゴリラが立ち
上がるみたいな格好をするのが馬鹿に可笑しかった。『道成寺』の毬唄は真っ当だが
小朝師のようにシナを作った方が得だろう。或る意味、一朝師の『稽古屋』に近いシ
ンプルな良さがある。

★鯉昇師匠『粗忽の釘』

本題は5~6分だけど「頭を叩いて」と言われて自分の頭を金槌で叩く大工は、なん
て可笑しく可愛いのだろう。直解主義のギャグは枝雀師の発掘した「笑い」の素だけ
れど、枝雀師や鯉昇師みたいに、変な可愛さのある噺家さんが使うと一番活きる。

★米丸師匠『日本貧乏記』

戦後の焼け跡時代、省線の座席のビロードをカミソリで切り取って靴磨きに使った
り、靴磨きのおじさんに話を聞いたり、という話で、そんなに目新しい内容ではな
い。しかし、先代枝太郎師の『漫談東京百年』同様、その時代を目撃した人から聞か
ないと実感を伴わない内容でもある。今、米丸師の戦後懐古漫談が私には本当に面白
いし、寄席でないと聞けない演目だなァと思う。都電に自分で金を払って乗った記憶
のある世代の私だから面白いのかもしれんけど。

※新宿の喫茶店『楽屋』の御主人から聞いた「小芝居の『かたばみ座』は池之端の不
忍通り沿いにあって、坂東鶴蔵(小芝居の名優と呼ばれた人)を何度か見た」や「湯島
天神の隣が岩崎さんの豪邸で、切通の下、今、居酒屋『シンスケ』のある辺りに門が
あって玉砂利の道が内玄関まで続いていた」「3月10日の東京大空襲で黒門町の文
楽師匠の家に避難した」なんて話も私には面白い。「東京らしさ」への愛着というか

◆9月30日 J亭落語会柳家三三独演会(JTアートホール)

一之輔『夏泥』/三三『五目講釈』//~仲入り~//三三『品川心中(上)』/三三『五貫
裁き』

★三三師匠『五目講釈』

手慣れた噺で、或る意味、三三師の飛び道具噺なんだけれど(飛び道具のない一之輔
さんへの当て付けではあるまい)、聞く度に「家元の『居候講釈』の快感は素晴らし
かったな」と較べてしまう。だって、そんなに修羅場の講釈としては巧いと思えない
んだもん。

★三三師匠『品川心中(上)』

小三治型で心中場までしかない。演出自体が説明沢山に聞こえて、人情噺の発端みた
いな雰囲気を感じる。金蔵が醜男なのは構わないが、お染に惚れてる弱みがちっとも
感じられないから落語としての愉しさには乏しい。本質的にニンに無い噺を、更にニ
ンにない演出で演じている印象。人情噺的なドラマとしては「心中の片殺し生き残り
はほぼ死罪」という事の説明を入れないと心中場の緊迫感から金蔵の間抜けな生き残
り、という落差の笑いが取りにくいのでは?(普通の演出で演る落語の『品川心中』
にそんな無駄な緊迫感は要らない)。結果的に、人間の愚かさに対する慈しみのない
噺に聞こえるが、それは小三治師の意に添う事なのかなァ。

★三三師匠『五貫裁き』

噺としての面白さは家元以上。大家の啖呵が大分良くなったが、まだ三尺物の口調が
混じる。大家は町役だけれど素人でなきゃ。八五郎のキャラクターは暢気さを増して
結構。徳力屋のキャラクターは相変わらず曖昧。これがハッキリすると終盤の人格変
化に面白味が出る。徳力屋が功徳に目覚める、ってラストは前から入れてたっけ?大
家の啖呵がいつも気になって、その後は余り覚えてない。遊雀師みたいにオチをつけ
た方が落語らしさは増すかも。

★一之輔さん『夏泥』

大工の上げる声の手順からすると、小三治型の変形かなァ。声が最初からデカ過ぎる
のは感心しないけれど、泥棒の気弱さは魅力がある(良い人でなく気弱な人なのは喜
多八師っぽい)。出来は悪くないが、文左衛門師の『夏泥』みたいな可愛さが二人の
遣り取りにもっと必要なんじゃないだろうか?


                       石井徹也(落語”道落”者)

投稿者 落語 : 12:34

2011年09月21日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 九月中席号

九月・・・とは言えどもまだまだ暑い日が続きます!

今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の平成二十三年九月号中席号をUPいたします。この号では立川流や圓楽一門会の落語会レポも読めます。落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!

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◆9月11日 生志のにぎわい日和(にぎわい座)

昇也『動物園』/琴柑『出世の馬揃え』/生志『寝床』//~仲入り~//夢葉/生志『ね
ずみ』

★生志師匠『寝床』

茂蔵の報告は稍たどたどしく、旦那の怒りも稍強すぎたが、番頭が旦那を宥める辺り
から出来は上昇。旦那の「“でもありましょうが”のひと言が何故言えない。お前が
言わないから私が言うけど」が実に可笑しく、集まった長屋連中が演目を聞きに行っ
て墓穴を掘る圓生師型が入るのも、旦那がトントン演目を並べるから気軽に愉しい。
「あなたは分家から来たから知らないんだ」と先代番頭の悲劇(蔵の中で髪が真っ白
になる)を長屋の衆が今の番頭に語るのも、理が通っていて理屈っぽくない。旦那の
義太夫が始まると刺身の色が真っ黒に変わるのには笑った。更に、某大臣の失言を直
ぐに取り入れた「あの長屋もやがて●の町になる」にも受けたが、「どうせ私は下手
です」が後ろにあるのでラストまでテンションが下がらない。いずれ十八番になる演
目だろう。

★生志師匠『ねずみ』

非常に会話の遣り取りに配慮の行き届いた演出。卯兵衛の話を聴いた甚五郎の「済ま
ないね。辛い事を思い出させてしまって」や、甚五郎と知った卯兵衛が慌てて「うち
などでなく生駒屋にお泊まりを」と謙って勧めるのを「あたしは卯之坊に惚れて、お
たくに泊まりたいんだから」と甚五郎が差し戻すのも、嫌みさなどサラサラなくて気
持ち良い。卯兵衛の話は前妻との馴れ初めからあり、卯之吉が十年目に生まれた一粒
種、三歳の幼子を残してかみさんは五年前に没。一周忌を終えてお紺が後添えに、と
いう細部は独特で、これも理が通っている。また、卯兵衛夫婦の惚れあいぶりと悲し
み(泣いたりはしない)、凡そ40代前半という卯兵衛の年齢も分かるのが結構(卯兵
衛は大抵、爺過ぎる)。甚五郎は徹頭徹尾職人で巨匠ぶった所など皆目なく、如何に
も職人気質溢れる苦労人。それは、最後に鼠に話しかける調子にも良く現れている。
卯之吉は序盤、笑っているのに目が泣いているのが哀れで、ふと涙がこみ上げて来
る。ねずみ屋の繁盛に、嫌々虎屋で働いていた奉公人がねずみ屋に次々と移ってき
て、正々堂々(笑)丑蔵・お紺の悪口を世間に言う、ってのも実感のある演出。飯田丹
下が最初は虎を断るが甚五郎と聞いて態度を変えるのも一興。ラスト、甚五郎が長め
に鼠に声を掛けると、ユックリ顔を上げた鼠が「お久しぶりです」と挨拶をしてか
ら、改めて甚五郎の言葉を聞き直し、サゲになるのも独特の工夫。志ん橋師みたい
に、顔を上げた途端、鼠にしか見えない(笑)個性の持ち主ではないが、可愛くて良い
鼠である。鯉昇師、志ん橋師と並ぶ『ねずみ』の佳作。

◆9月11日 扇辰日和vol.42(なかの芸能小劇場)

辰じん『ひと目上り』/駒次『鉄道戦国絵巻』/扇辰『五人廻し』//~仲入り~//馬る
こ『牛褒め改定版』/扇辰『蒟蒻問答』

★扇辰師匠『蒟蒻問答』

喉を絞った発声の、ビュッフェの人物画みたいな印象を与える択善の真面目馬鹿ぶり
が際立っておかしい。しかし、択善に限らず、択善を謀るのを「喧嘩ですねェ!」と
勇み立つ八五郎の能天気さ(袈裟輪の代わりが蚊取り線香ってのは笑った)、「おら、
勧める訳ではねェだよ」と怪しげな視線で八五郎を誘う権助、「衣で飲むな」と諭し
ながら択善から馬鹿にされたと勘違いするや「なんだァ彼奴はァ!」と絶叫する六兵
衛と、先代柳朝師や小三治師の演じていた『蒟蒻問答』に漂う自棄っぱちぶりを引き
継いだ印象がある。つまり、みんな変な人。これだけ怪人物揃いで可笑しい『蒟蒻問
答』は珍しい。

★扇辰師匠『五人廻し』

小三治師型だが、官員の横柄、田舎者の珍奇、通人の奇っ怪、それぞれのキャラク
ターが際立つ。特に田舎者はドナルドダックが高音でが喚いているみたいであり、通
人は立派なヒステリー性変態。悩んでいる喜助の一番まともなリアクションがまた良
い。最後に出てくる喜瀬川の色気があって冷淡というシニカルさが良いアクセントに
なっている。江戸っ子の啖呵がスピード重視で内容と自慢ぶりが明瞭でないのと、廊
下を回る喜助の声に夜の雰囲気が乏しいのは惜しい。

★馬るこさん『牛褒め改作版』

高級住宅地にデザイナーブランドの豪邸を建て乍ら、何故か牛も飼い始めた金持ちの
伯父さんの家を与太郎が褒めに行く。滅茶苦茶なパロディでギャグ満載だが、ここま
で破天荒だと皮田の春團治師匠的なナンセンスになり、シュールな今様ポンチ絵に
なってくる。数あるギャグの中、「畳はビンラディンの・・・」が私は一番笑った。

◆9月12日 池袋演芸場昼席「白鳥三題噺十日間」

丈二『目薬』/白鳥・丈二「お題取り」/馬石(交互出演)『安兵衛狐』/美智・美都/扇
治『割引寄席』(正式題名不詳)/喬太郎『竈幽霊』/順子/文左衛門『千早振る』//
~仲入り~//圓太郎『棒鱈』(彦いち代演)/わたる(二楽代演)/白鳥『三題噺~鰌・
上越高田・バーテンダー』

★白鳥師匠『三題噺』

題名は『マキシム・ド・どぜう』かなァ(笑)。六本木でバブリーな鰌屋をやってた男
が左前になって故郷上越高田に引っ込むが、鷹匠のアドバイスでバーみたいな鰌屋を
開いて成功する、という展開。サゲは先日の喬太郎師の『三題噺』のパクリっぽい
が、Uターン組が地元の清流鰌を知って立ち直る、という「良い話」的展開ではある
けれど、勿論、白鳥師的に馬鹿馬鹿しいが)は筋が通っており、最後は矢張り明るい
のが結構。

◆9月12日 池袋演芸場夜席

いっぽん『桃太郎』/市江(交互出演)『寄合酒』/燕路『もぐら泥』/アサダ/蔵之助
『善哉公社』/志ん橋『鮑熨斗(上)』/鏡味仙三郎社中/さん喬『天狗裁き』//~仲入
り~//玉の輔『マキシム・ド・呑兵衛』/小里ん(権太楼休演交代)『蜘蛛駕籠』/正楽
/扇遊(市馬代演)『お見立て』

★扇遊師匠『お見立て』

客席にズーッと変な声で笑ってる奇怪なオバサンがいて邪魔されたが、それを弾き返
す出来。喜瀬川から「あれが、兄貴ィ?!」と酷く嫌われているにも関わらず杢兵衛
大尽が実に良い人なんである。田舎者ぶりを強調し過ぎず、「そうだよ」というアク
セントに何とも素朴な味わいがある。「骨ェ分けて貰って」というくらい喜瀬川にベ
タ惚れしている様子が愛しい。また、喜瀬川は徹頭徹尾、薄情な花魁で冷静なのが可
笑しい(余り色気は感じない)。間に挟まれて、稍大尽に気持ちが傾き乍ら悩む喜助
が、見事に妓夫らしい軽薄さと色気の持ち主なのが良く、三人三態のバランスが取れ
た佳作。

◆9月13日 第250回小満んの会(お江戸日本橋亭)

半輔『間抜け泥』/小満ん『二十四孝』/小満ん『文様』//~仲入り~//小満ん『カラ
ンコロン』

★小満ん師匠『二十四孝』

 タップリ40分近く。八五郎の、小粋ささえ感じさせる能天気さと小満ん師の端正
な見た目がアンバランスで余計に可笑しく、言葉の一つ一つが活きていて爆笑。大家
さんは四代目小さん師を見る如くでピッタリ。八五郎の孝行に呆れる友達、急な孝行
に警戒して身構える阿っ母さんと揃った佳作。

★小満ん師匠『お文様』

こういう計略を立てる旦那を小満ん師が演じると洒脱になるのが持ち味の強み。妾で
あるお文の健気さがまたしとやかで、矢鱈と悋気心の強いかみさんとの好対照も面白
い(かみさんがキィキィいうのは黒門町譲り)。定吉の利発も可愛くて、25分程に
まとめられた尺も筋物として長過ぎず、洒落た喜劇を見たような中品の印象。

★小満ん師匠『カランコロン』

「お露新三郎」から「カランコロン」まで50分。新三郎の線病質な真面目さ・野暮
さ、お露の清麗な事はそう聴けるものではない。抱き寝をする場面などないが、因縁
を感じさせる面妖な色気が柳島の場からカランコロンまで漂っている。間を取り持つ
山本志丈の圓転洒脱なキャラクターも他の追随しかねるものがある。伴蔵はまだ活躍
しないが植木職人上がりという設定は初耳。白宝堂(白翁堂ではなかった)勇斎も良い
が、良石和尚の壮健かつ賢聖が自ずと現れているのが素晴らしい。圓朝物に有りがち
な演劇的な重さがなく、瓢々たる粋譚に親しむような雰囲気に包まれた50分間であ
る。較べて、三遊派の芸系は矢張り野暮なのかな。

◆9月14日 上野鈴本演芸場昼席

喬之助(交互出演)『子褒め』/川柳川柳『ガーコン』/ニューマリオネット/藤兵衛
『江ノ島の風』/正朝『蔵前駕籠』/ホームラン/圓窓『つる』//~仲入り~//仙三郎
社中/雲助『権助魚』/歌奴『お花半七』/ペペ櫻井(小円歌代演)/喬太郎『死神』

★喬太郎師匠『死神』

咳き込んだりしたため、前半客席が乱れたのが逆に幸いして、余り煮詰まった感じは
しなかったが、雲助師などに較べると「そうはしまい」としながら芝居落語の要素が
終盤で濃くなる印象。いっそ、開き直って手を入れて、徹底的に芝居落語にした方が
良かないかなァ。

★歌奴師匠『お花半七』

伯父さんのキャラクターが立っていて、骨太でおおらかな笑いがある。半七お花の若
さにも違和感が無い。闊闥な中に硬めだが艶のある『お花半七』として魅力あり。

★圓窓師匠『つる』

 もって回ってグルグル同じ展開を繰り返した。悪改作の見本。

★正朝師匠『蔵前駕籠』

 この噺の馬鹿馬鹿しさと、一種のシニカルさが適っているのだと思う。最後に駕籠
の中で浪人たちを睨む江戸っ子の表情も如何にも似合っているし、浪人が茫然として
「もう済んだか」も良い。稲荷町のより面白い。

◆9月14日 月例三三独演(国立演芸場)

市楽『芝居の喧嘩』/三三『のめる』/三三『出来心』//~仲入り//三三『猫定』

★三三師匠『出来心』

冒頭の泥棒の親分と子分の遣り取りから最後までズーッと平坦。「ケツから縁が離れ
ないな」「血縁関係」ってのは笑ったが。大家さんの帳付けの辺りから足首が攣った
という。それもあろうが、八五郎の悪ノリの仕方に感情が伴わないし、大家の呆れ方
もありきたり。筋の無い遣り取りは本当に不得手・・・というか、落語の馬鹿馬鹿し
さを信じてないんだろうか。

★三三師匠『のめる』

ま、十八番である。

★三三師匠『猫定』

この夏、立て続けにこの噺を聞いたが流行りなのかな(噺としては『猫怪談』の方が
面白いと私は思う)。足首の攣りは続いていたそうだが、下手な筋物の講釈を聞いて
いるようで、ただストーリーの起伏のままに噺が進み、演者が膨らました部分を感じ
ないから味気ない。定吉と猫の遣り取りに怪異な面白さが乏しく(正確には猫に怪異
はあるが定吉のリアクションに怪異が皆無)、お滝と間男の遣り取りも圓生師をな
ぞっているみたいなまんま。定吉は博打打ちだが、人柄の良い男なので、極悪人を描
くようには人物が出て来ない。兎に角、前半は極く詰まらない。死体が棺桶から立ち
上がる怪異以降は滑稽怪談的になるが、三味の市が何も分からず死体の前にいる絵が
浮かんでこないのは、長屋の連中も含めた「普通の人々」の描き方の浅さ故か。一時
期、『長屋の花見』を立て続けに何度も聞いてもピンと来なかったが、長屋暮らしの
人々に実感を与える何かが足りないのだ。職人や労働者が実感出来る落語らしい描き
方を学ばないと。

◆9月15日 上野鈴本演芸場昼席

小太郎『やかん』(交互出演)/ダーク広和/左龍(交互出演)『六銭小僧』/カンジヤマ
マイム(ニューマリオネット代演)/川柳『ガーコン』/藤兵衛『のめる』/正朝『から
抜け』/ホームラン/伯楽(圓窓代演)『お花半七』//~仲入り~//仙三郎社中/雲助
『夏泥』/歌奴『転失気』/小円歌/喬太郎『井戸の茶碗』

★喬太郎師匠『井戸の茶碗』

「梅毒」も「瘡毒」も無いくらいで、大分刈り込んでいたが(本題は30分弱か)、闊
達で新ギャグ挿入による停滞も殆ど無く、トントントンとテンポ良く進み、久々に良
い出来の喬太郎師古典を聞いた気分。息が詰むと仕種などが非常にさん喬師と似てい
るのも分かる。高木作左衛門、屑屋、千代田卜斎、良助と人物像も悪くない(千代田
が稍作り過ぎだがテンポで気にならず)。終盤、清兵衛「娘を百五十両で売るんです
ね?」⇒卜斎「娘は屑ではな~い!」の遣り取りの後、屑屋が畏れ入って頭を下げた
息が良すぎて、団体のお客がサゲと勘違いして一斉に拍手をしてしまったが(喬太郎
師も驚いていた)、こんな場面は東横落語会の志ん朝師『子は鎹』以来である。

◆9月15日 喜多八激闘正蔵 浅草落語番外地vol.7(ことふ季亭)

はな平『鮑熨斗』/正蔵『伊予吉幽霊』/喜多八『目黒の秋刀魚』//~仲入り~//正蔵
『猫の皿』/喜多八『鰻の幇間』

★喜多八師匠『目黒のさんま』

特に品が良いという訳ではないが、屋敷帰還後、最上階から目黒の方を向いて秋刀魚
を想い涙ぐんでいる殿様の子供っぽさが可愛い。

★喜多八師匠『鰻の幇間』

割と「その場ギャグ」を入れて、遊びのある珍しい高座。とはいえ、自分から声を掛
けて来る「先のとこの男」の狡滑さや、無神経な女中の態度を見ていると、如何に自
分から脂濃く飯をねだったとはいえ、「こっちをお向きよ!」と扇子の要で床を叩き
ながら一八が怒るのも納得してしまう。部分的に最近の市馬師はこれを参考にしてい
るのかな?と思える場面もある。

★正蔵師匠『猫の皿』

馬桜師型。設定が詳細過ぎるのが正蔵師匠向きとは思わないが、茶店の主人からアク
が抜けて、如何にも謀っているという雰囲気をさせないのは良い。半面、夏の暑さが
足りないので季節不明の噺になっている。また、『伊予吉幽霊』にも言えたが、サゲ
を言いながら頭を下げてしまうので、誰に言っている言葉かが曖昧になる。サゲに
よって、誰に向かって言っているのか明確に変化をつけないと、噺が尻窄みになる。

★正蔵師匠『伊予吉幽霊』

噺全体が更に明るさをましているのと、伊予吉と友達の八五郎の遣り取りが仕込みの
段取りセリフでなく、極く普通の会話になっているのが良い。

◆9月16日 上野鈴本演芸場昼席

喬之助(交互出演)『六銭小僧』/ニューマリオネット/川柳『ガーコン』/藤兵衛『元
帳』/正朝『浮世床・講釈本』/ホームラン/圓窓『垂乳根』//仲入り//仙三郎社中/雲
助『笊屋』/歌奴『子褒め』/小円歌/喬太郎『幇間腹』

★喬太郎師匠『幇間腹』

本人が愉しそうに演っている雰囲気が客席を温める。若旦那の稍ブラックな性格付け
が強まったかな。一八はだいぶ幇間っぽくなってきた。

◆9月16日 第11回北沢落語名人会瀧川鯉昇・栁家喜多八ふたり会(北沢タウン
ホール)

しん歩『強情灸』/しん平『御挨拶』/喜多八『明烏』//仲入り//ニックス/鯉昇『船
徳』

★喜多八師匠『明烏』

「源兵衛太助に誘われて」と時次郎が報告する件をカット。時次郎は銭湯と髪結床の
帰りから登場。時次郎がグズっぽい印象を強めているのが特徴的。

★鯉昇師匠『船徳』

『湯屋番』みたいに、船宿のかみさんの愚痴から夫婦喧嘩に入って、その後、二階か
ら若旦那が降りてくる。正に『湯屋番』の若旦那に匹敵する能天気な若旦那で、後半
のしっちゃかめっちゃかさにキャラクターがちゃんと繋がる。船頭たちの失敗談は無
く、四万六千日の由来(一升桝の米粒の両)が入って客二人の登場となる。棹捌き、船
の揺れ、煙草点けと非常に細かく工夫された仕種の可笑しさは特筆物だが、鯉昇師の
語り口だと慌ただしくなく、ノンビリした雰囲気になるのがユニーク。前の『明烏』
を受けたギャグも幾つか交えたが、尖がらないで、ひたすら能天気な若旦那の我儘ぶ
りと、手酷い目に遇う客二人の悲劇が炎天もゆる下の川面で展開するマンガとして楽
しめる。

※今夜の若旦那は二人とも全く二枚目には見えない(笑)。

◆9月17日 雲助蔵出しふたたび9(浅草三業会館二階座敷)

市楽『孝行糖』雲助『黄金の大黒』雲助『目黒の秋刀魚』//~仲入り~//雲助『やん
ま久次』

★雲助師匠『黄金の大黒』

猫を食べちゃう型だが長屋の連中の羽織騒ぎ、口上騒動などから終始能天気に可笑し
い。寿司の件もわざとらしいクサ味が、先代馬生師匠譲りでサラリと軽妙に感じられ
るのが雲助落とし噺の良さ。

★雲助師匠『目黒の秋刀魚』

殿様の我儘さが愉しく、初めて秋刀魚を食べての「美味である!」の大声には大爆
笑。家来連中がひたすらマジなのが一寸物足りないかな。

★雲助師匠『やんま久次』

最後の芝居掛かりまでは如何にも説教がましい噺で雲助師匠もその線に則って侍気質
を厳めしく堅苦しく演じている。それ以外には「切腹の場」が用意される、という事
ぐらいしか聞いていて面白い箇所が少ないのは事実。最後の芝居掛かりになって「沢
庵の美味いまずいを」辺りの科白廻しは河内山の「ひじきと油揚の煮た物を有難がっ
て食っているようでは」と同じ幕末の退廃と小市民的生活への嘲笑がある。スカッと
するというより「ざまぁねェや」という面白味で、其処に雲助師匠的ピカレスクの味
わいが加わる。実は、目糞鼻糞みたいな罵りなんだけどね。

◆9月17日 上野鈴本演芸場夜席

志ん公(交互出演)『転失気』/和楽社中/馬石(交互出演)『堀ノ内』/はん治(市馬代
演)『君よモーツァルトを聞け』/紫文/菊志ん(扇辰代演)『紙入れ』/文左衛門(百栄
代演)『笠碁』//~仲入り~//遊平かほり/琴調『小政の生い立ち』/アサダ(夢葉代
演)/白酒『抜け雀』

★白酒師匠『抜け雀』

寄席サイズに簡略化されてはいるが、絵師親子が自ら墨を摺ったり、衝立を持たせて
「息を止めろ」など先代馬生師匠の細かい演出が次第に入って来ている。ラストの衝
立前における若い絵師の端正、精神的成長は過去に表現されなかったもの。

★文左衛門師匠『笠碁』

今までになくじっくりと演じてコクがある。最後に碁盤を出してからは稍受け狙いの
演出となったが、その前に待つ側の旦那が言う「行っちゃった!」「碁会所か
な?!」の気弱な可笑しさ、心情の現れはステキに愉しい。

★菊志ん師匠『紙入れ』

 スピーディーで可笑しく、それでいておかみさんには色気もある。「女役」を売り
物にしているみたいな、変な下品さのないのが良い。

★馬石師匠『堀の内』

 『松曳き』といい、この噺といい、白酒師匠とは全く違うコンタクトの仕方で「粗
忽者」が見事に描かれる。小ネタの可笑しさではベテランをも凌ぐ。

◆9月18日  第292回圓橘の会(深川東京モダン館)

橘也『子褒め』圓橘『夢の酒』//~仲入り~//きつつき『狸賽』/圓橘『鹿政談』

★圓橘師匠『夢の酒』

簡略化というか、枝葉を刈り取って親父の酒好き中心に構成してある。嫁の嫉妬深さ
など出さない(嫁のセリフを親旦那が引き取る)。親旦那の「こんなことをしに伺った
訳では、本日は貴女に申し上げにくい事を申し上げに参りまして」のセリフが効いて
いる。嫁が親旦那を起こした際に、奥の座敷の静かな雰囲気が出るのにも感心した。
目白の師匠的に刈り込んだ佳作。

★圓橘師匠『鹿政談』

圓生師匠風で稍硬いが、奉行の迫力、与兵衛のクサくない人間味と揃った慈味ある高
座。

★きつつきさん『狸賽』

狸を助ける件から始まるが、疑わしそうな子供が仲間にそっと告げる「仲間だな」か
ら可笑しい。熊さんが今日で博打を止める前に一度儲けたいと狸を賽子に化けさせる
演出は初めて聞いた。この狸の賽が少し毛が生えていたり、真っ直ぐに落ちて身動き
しなかったりと可笑しさは抜群。特に、噺と熊の締まらない性格に適した演出やセリ
フの可笑しさは図抜けている。白酒師・馬石師に近い、キャラクターギャグ仲間だな
のセンス溢れる高座だ。一之輔さんと二人会をさせたいなぁ。

◆9月18日 池袋演芸場夜席

燕路『やかん舐め』/アサダⅡ世/蔵之助『佃島』/志ん橋『熊の皮』/仙三郎社中/馬
の助(さん喬代演)『お見立て』・百面相//~仲入り~//玉の輔『マキシム・ド・呑兵
衛』/

小里ん『棒鱈』/正楽/市馬『鰻の幇魔』

★市馬師匠『鰻の幇間』

この芝居では『首提燈』『松曳き』『猫の災難』『笠碁』と演じていると聞いたが、
この所、私は矢鱈と『鰻の幇間』に合う。その度にアドリヴが入るのだけれど、その
アドリヴの穿ちの良さが毎回堪らない。今夜は一八が女中に「何かあったら手を叩く
から」と言って、先のとこの男への世辞に手を叩くと女中が来ちゃうので一八が手を
叩けなくなり、空振りする演出が入った。手を打てない幇間の困り方ってのが馬鹿に
可笑しい。「横を向いて笑うな」と言われても平気で、自ら洒落を言い、一八の洒落
にも突っ込んでくる女中に、一八が散々弄ばれる可笑しさは曾てどんな『鰻の幇間』
にも無かったろう。志ん朝師以降、最強の『鰻の幇間』に近づきつつあるのではない
だろうか。

※先の男を見て、「秋元さんの旦那かな、安田の大将かな?」って一八のアドリヴに
も笑った。詳しくは出番をどうぞ。

★小里ん師匠『棒鱈』

少し簡略化していたが、素晴らしい出来。田舎侍の唄に酔っ払いの江戸っ子がジレる
調子を派手にせず、「おれァ、あの唄、覚えちゃったよ」でドカンと受けるまでバラ
けさせない人物描写が巧く、仕種のキレも抜群。流石は「安田の大将」である。

◆9月19日 池袋演芸場昼席

はな平『垂乳根』/玉々丈(交互出演)『シロの恩返し』(正式題名不明)/扇治『寿限
無の稽古』(正式題名不明)/白鳥・丈二「お題取り」/菊志ん(木久蔵・馬石代演)
『御血脈(『地獄巡り』入り)』/美智美都/丈二『極道のバイト達』/白酒(喬太郎代
演)『元帳』/順子・文左衛門/文左衛門『笠碁』//~仲入り~//彦いち『キレる』/二
楽/白鳥『三題噺~敬老の日・釣竿・アルツハイマー』

★白鳥師匠『三題噺~敬老の日・釣竿・アルツハイマー』

少し手を入れれば『フィッシングの殿様』てなタイトルの噺として、寄席にも定着出
来るのではあるまいか?白鳥師だと、普通は怪談・因縁噺になるでろう題材の噺が落
語になるから妙である。※『殿様と海』という正式題名になったらしい。

※そういえば、昔実際に「虎狩りの宮様」と呼ばれた華族が日本にいたなァ。ああい
う話は落語にならないかな。瓢右衛門先生の『自転車の宮様』も懐かしく可笑しい作
品だが落語化はされていないね。

★文左衛門師匠『笠碁』

登場人物に何とも言えない可愛さがある。この噺と『猫の災難』はやはりこの世代で
は文左衛門師匠のものになりそう。

★菊志ん師匠『御血脈』

『地獄巡り』を取り入れて、善光寺由来からの中ダルミを防いだのは偉い。軽快さを
増して面白い。

◆9月19日 池袋演芸場夜席

扇『金明竹』/市楽(交互出演)『道灌』/馬石(燕路代演)『反対俥』/アサダⅡ世/志ん
馬(蔵之助代演)『のめる』/志ん橋『間抜け泥』/ストレート松浦(仙三郎社中代演)/
さん喬『蟇の油』//~仲入り~//玉の輔『宗論』/小里ん『悋気の独楽』/たかし(正
楽代演)/市馬『らくだ』

★市馬師匠『らくだ』

簡略化しながら35分で火屋のサゲまで。剃刀から先は付けたり程度の軽さである
が。前半は大分変化して、兄貴分の凄みと屑屋の軽い可笑しさが好対照を為しながら
展開する。兄貴分の凄みは何やら陰鬱な雰囲気を伴うようになって怖さを強く感じ
る。屑屋はカンカンノウを唄ってから「面白くなってきた」とセリフにある如く軽妙
で可笑しい。「死人のやり場に困っております」を芝居気取りで演じて、相手の八百
屋に「何がお前をそうさせる」と言われ、更に「こうお座敷が多くちゃ」と帰りかけ
ると今度は八百屋に「跳ねて行くなよ」と声を掛けられるのも無理はない、貧乏人の
明るい可笑しさに溢れているキャラクターが酔いと共に反転するが、家元的な精神錯
乱には至らず、剃刀を取りに出かける兄貴分を見送り乍ら、「可愛らしいとこがあ
る」と言い放つ可笑しさに戻る。「いずれ50分前後で、桂平治師と甲乙を争う『ら
くだ』になるでろう」という期待の高まる高座だった。

★さん喬師匠『蟇の油』

久しぶり。一寸間違えていたが、やはり安定感が違う。

★小里ん師匠『悋気の独楽』

これまた久しぶり。ラストの独楽廻しは故・文朝師のシニカルさに敵わないが、定吉
の可愛さ、上方の「後をちゃんと閉めとこぞ」に当たる悪戯をする洒落っ気、旦那の
主人らしい硬さ、おかみさんのきつ過ぎない嫉妬と言った具合に、以前と較べて表現
のバランスと人物像の深みを明らかに増している。

◆9月20日 池袋演芸場昼席

ありがとう『他行』/ぬう生(交互出演)『先生の渾名』(正式題名不明)/丈二『つ
る』/白鳥・丈二「お題取り」/木久蔵(交互出演)『こうもり』/美智美都/扇治『加賀
の千代』/喬太郎『牡丹燈籠~香箱の夢』/ホンキートンク(順子代演)/文左衛門『千
早振る』//~仲入り~//彦いち『掛け声指南』/二楽/白鳥『三題噺~越中褌・襲名の
争い・ドリンク剤』

★白鳥師匠『三題噺~越中褌・襲名の争い・ドリンク剤』

「越中褌の由来」みたいな内容の鸚鵡返し落語に仕立てた。細川ガラシアや細川越中
守忠興が出て来たりと、妙に歴史考証的にまともな所とハチャメチャな所の綯い混ぜ
は白鳥師ならではか、前半は仕込みになるから稍トーンダウンするが、そこは歴史で
引っ張り、最後は馬鹿馬鹿しい鸚鵡返しで馬鹿受けと、確かに落語らしい展開。

★喬太郎師匠『牡丹燈籠~香箱の夢』

25分程度かな。「新三郎の青春の彷徨」というイメージで、一寸フランス青春映画
風に巧くまとめてあるのに感心した。『マイノリ』にも言えるのだが、中年となった
現在の視点から見た「青春へのオマージュ」が似合う。

◆9月20日 池袋演芸場夜席

市也『のめる』/市楽(交互出演)『悋気の独楽』/燕路『トビの夫婦』/ダーク広和ア
サダⅡ世/蔵之助『蛇含草』/志ん橋『居酒屋』/仙三郎社中/さん喬『そば清』//~仲
入り~//志ん馬(玉の輔代演)『看板のピン』/小里ん『三方一両損』/正楽/市馬『七
段目』

★市馬師匠『七段目』

マクラが長めだったけれど、本題の芝居部分は何時もよりタップリ。お七の階段登り
は久しぶりに見た。全体に小朝師以降の華やぎのある『七段目』だが、お駆と平右衛
門の遣り取りで、セリフが時々素になるのが今夜は気になった。

★さん喬師匠『そば清』

※出来は良かったが…前に『蛇含草』がサゲまで出ていたのに『そば清』とは摩訶不
思議。前にも若手真打が『蟇の油』を開演早々に演った後、仲入りで圓丈師が『蟇の
油』を演っちゃった事がある。新宿末廣亭だと前座が楽屋から「師匠、出てます」と
声を掛けるのを何度か聞いているが,池袋の立て前座の位置からは高座が聞こえない
のかな?

★小里ん師匠『三方一両損』

珍しいなぁ、全く聞いた記憶がない演目。口慣れていないせいか、「目腐れ金」が言
い難いらしく三度ほど口が回らなかった。しかし、それ以外は無駄なく、江戸っ子が
り・粋がりのお馬鹿ぶりを愉しく描いた出来。惜しむらくは「何を言ってやがんで
い、糞ったれ家主」の啖呵が小さいが、今後もっと聞きたい噺。

★燕路師匠『トビの夫婦』

巧いんだけど雰囲気が陰気というか、噺のシニカルな面ばかりが前に出過ぎる。


石井徹也 (落語”道落”者)

投稿者 落語 : 12:29

2011年09月13日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 九月上席号

お待たせいたしました!

今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の平成二十三年九月号上席号をUPいたします。この回は喬太郎さんの高座に通いまくっています。落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!

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◆9月1日 鈴木製作所公演『ノミコムオンナ』(新宿シアターモリエール)

作・蓬莱竜太。演出・鈴木裕美。出演・陽月華。柴一平。安田栄徳。福麻むつ美。久
保酎吉。

◆9月1日 柳家喬太郎プロデュース公演『喬太郎寄席根多独演会』(本多劇場)

 喬太郎『寿限無』/喬太郎『バイオレンス・チワワ』/喬太郎『綿医者』/喬太郎
『反対俥』//~仲入り~//喬太郎『紙入れ』(『転失気』変更)/喬太郎『孫帰る』

★喬太郎師匠『寿限無』

子供仲間の「じゅ~げむ、じゅげむ、ごこ~のす~りきれっ」のリズムが可愛く愉し
い。昨日の柴田幸子さんの原型でリズムは伝わっている。

★喬太郎師匠『バイオレンス・チワワ』

成る程、犬の仕種が矢鱈と可愛い喬太郎師の演目にしては余り面白くない。

★喬太郎師匠『綿医者』

大腸ポリープ体験のマクラが可笑し過ぎて、本題のナンセンスさが霞んだ。大腸ポ
リープ話は矢張り『義眼』のマクラだな。

★喬太郎師匠『反対俥』

四席目だし、明らかに疲れ気味。寄席で聞いた時の方が元気があった。

※本当に草臥れたそうで、この日の仲入りは20分あった。

★喬太郎師匠『紙入れ』

喬太郎師の場合、かみさんのマダムっぽさは独特だが、妙に熟女好み的な生々しさが
好き嫌いの分かれるとこではあるまいか。

※この辺りでこちらも聞き疲れしてきた印象。

★喬太郎師匠『孫帰る』

最後を「良い話」っぽく締めるのは悪くないが、「寄席ネタ」としては些か湿り気が
強い。

※今回は「最近、余り演らない傾向の寄席ネタ独演会」で、最近の喬太郎師なら『幇
間腹』『初天神』『家見舞』『饅頭怖い』『ぽんこん』『夜の慣用句』『ほんとのこ

 というと』辺りの方が寄席ネタのイメージは強い。

※話は違うが初日の「三題噺」で喬太郎師が演じた浅草の鰌屋の噺。鰌は好きだけ
ど、店を継ぎたくない長男が喬太郎師、鰌は好きじゃないけど店を継ぐ次男が左龍
師、

 カザフスタンから来た娘が落語。鰌がさん喬師、なんて喩えられるかなァと帰り道
で思った。

◆9月2日  柳家喬太郎プロデュース公演『怪談牡丹燈籠其之壱』(本多劇場)

 たけ平『こうもり』/喬太郎『本郷刀屋』/喬太郎『お露新三郎』//~仲入り~//二
楽/喬太郎『飯島討ち』

★『本郷刀屋~お露新三郎』

いわば、発端の『刀屋』から『孝助の奉公』、『お露新三郎』『香箱の夢』までを続
けて40分。展開のベース的な紹介に近い。珍しく圓生師の口調がかなり混じってい
た。お国の設定が奥方について来た事になっているのは圓朝全集のままだが年齢的に
違和感が残る。新三郎の曖昧な二枚目ぶりは感じがあるけれど、後はキャラクターが
余り立たず。お露新三郎の初な出会いも今様な人物像で、分かりやすくはあるけれ
ど、夢の場面でも艶や色気が足りない。全体像として大切なのは平左衛門と伴蔵だと
思うが、平左衛門は侍らしさ足らず、夢の場の伴蔵は志丈と変化が無い。

★『飯島討ち』(こういうタイトルを付けた『牡丹燈籠』は初めて聞いた)

圓生師が演らなかった「孝助の槍」がメイン。今夜はこの孝助に刺された平左衛門の
述懐と平左衛門が孝助に負わせた運命が主体で、仲入り前はアペリティフみたいかも
のか。主従の遣り取り、平左衛門の孝助に感じている侍心故の負い目、孝助が平左衛
門に感じている忠義と感謝、といった非近代的な思いをどう自分が受け止めるかに主
体がある。それが全面的に成功しているとは言い難いが、「古めかしい思い」だけに
終わったとは思えない。それだけにお国は分かりやすい悪婆で処理され(昨夜の『紙
入れ』のかみさんと余り変わらない)、新三郎と共通する宮野辺源次郎の曖昧さ、江
戸時代の浪人や旗本次男坊の「生きる目的の無い若者像」も明確とは言い難い。源次
郎に傷を負わす前に平左衛門が落ち入った(後から慌てて足していた)のにも驚いた
が、そういうディテールが滅茶苦茶なのは承知の上で、平左衛門と孝助の思いに同化
出来るかを試した印象である。ディテールは滅茶苦茶でも圓朝作品を自らに同化させ
られる白鳥師の存在に影響されたのだろうか。

※プログラムを見ても、サラにたけ平さんが入り、仲入り後にヒザで二楽師が入って
いるのを見ても、「『牡丹燈籠』の通し口演は建前で、“演った事のない部分”“自

  分が演じて納得出来るかどうか定まっていな部分”を演じてみる三日間か」と感
じた。今夜の意図が「平左衛門と孝助の遣り取り」にあるなら、明日の昼夜の意図は

  処にあるのだろう。

◆9月3日 柳家喬太郎プロデュース公演『怪談牡丹燈籠其之弐』(本多劇場)

鯉橋『元犬』/喬太郎『お札剥がし』//~仲入り~//紋之助/喬太郎『お峰殺し』

★喬太郎師匠『お札剥がし』

『カランコロン』から『お札剥がし』まで。噺の展開もダイジェストに近い組み替え
方。お露お米、伴蔵お峰、新三郎もあまり彫り深く演じていないし、生世話型の芝居
系人物像を避けている印象。当然、ドラマっぽくなく、といって扇橋師の艶麗もなく
物語解説的。劇場外から響く太鼓の音が予想外の効果になったのは不思議な縁。

★喬太郎師匠『お峰殺し』

 安定感あり。圓生師的な芝居落語のメリハリでなはく、落語の登場人物の造型に近
い。お峰の作りは悪くないが稍芝居っぽい。ただ、圓生師のネチネチしたしつこい嫉
妬ではなく、割と形而下的な嫉妬であるから重くない。伴蔵は悪党でなく、普通の
「悪心」の持ち主で、怒って調子を上げるまでは芝居臭くない。歌舞伎生世話の影響
を受けない人情噺の模索中だろうか。

◆9月3日 柳家喬太郎プロデュース公演『怪談牡丹燈籠其之参』(本多劇場)

風車『看板のピン』/喬太郎『孝助の婚礼』/喬太郎『関口屋の強請』//~仲入り~//
はだか/喬太郎『十郎ケ峰の仇討』

★喬太郎師匠『孝助の婚礼~関口屋の強請』

婚礼は極く短めにして、孝助を旅立たせて関口屋へ。相川新五兵衛・お徳に印象的な
キャラクターは無い。山本志丈のキャラクター、腰の軽さが似合う。人と人を結び付
けた最後に志丈が生き残る演出などを聞いてみたい。源次郎の強請は型通り。伴蔵の
啖呵は『大工調べ』の棟梁的で、生世話の雰囲気とは違う作りになっている。この場
の志丈のヘラヘラぶりがしたたかで面白い。一番志丈がしたたかに映る事に違和感の
無い辺りが喬太郎師らしい。

★喬太郎師匠『十郎ケ峰の仇討』

ここだけ妙に圓朝全集のまんま。中では白翁堂勇斎の面倒臭がりのキャラクターが私
には一番面白い。孝助の母りえが義娘お国と実息子孝助の間で義理合いに苦しみ、お
国たちの逃げ道を孝助に教えて自害する辺り、観客みんなに解かれと言っても難しい
が逃げずに演じた印象である。余り無駄な間を置かず演じたので、説教臭い泣かせに
はなっていない。仇討の件は今回の口演でカットされていた相助・亀蔵が突然お国源
次郎の手助けに出てくるのが厄介なのと、お国源次郎に手傷を負わせず、いきなり顔
をズタズタに切る(圓朝の女性的な性格の発露かもしれない)のは無理を感じる。他の
仇討物にもあるが顔をズタズタにしたら人相が崩れて首実験がしにくかろう。また、
「高橋お伝処刑の報告文」などを参照しても手傷も負わせず、死に物狂いの人間二人
の顔をズタズタにしたり首を取るのは難しい。圓朝は武道の心得は無かったって事
か。

※この物語で常に客観的立場にいる良石和尚、白翁堂勇斎、山本志丈の不思議な人物
像には益々興味を惹かれる。

◆9月4日 柳家喬太郎プロデュース公演『落語ジャンクションSpecial』
(本多劇場)

白鳥・喬太郎「落語ジャンクション事始」/天どん『ひと夏の経験』/百栄『弟子の赤
飯』/白鳥『コロコロ』//~仲入り~//茜『お札貼り』/喬太郎『カマ手本忠臣蔵』

★喬太郎師匠『カマ手本忠臣蔵』

吹っ切れたようでテンションは高いが、ある意味、テンションの高い分、内匠守のカ
マぶりがいつも以上にマジに感じられてしまい、吉良の迷惑が妙に重めな気の毒な役
に感じられた。

★白鳥師匠『コロコロ』

もっとコロコロする噺なのかと思っていたが、神様の良い加減さがメインなのね。抱
きしめられたり、ブルマーになったりする妄想は、白鳥師よりも寧ろ、きく麿師に向
きそうに思うが。

★百栄師匠『弟子の赤飯』

 数を演ってるうちに、高校生の口調や仕種の細部が益々圓生師に似てきた。マクラ
のう勝さん入門話も可笑しい。

★茜先生『お札貼り』

『牡丹燈籠』の落風的講釈(講釈には聞こえないが)化としては、『お初徳兵衛』に対
する『船徳』みたいなもので、これくらい視点を変えないとあかんな。若手の女性噺
家が演じるのに向いた噺だと思う。山上たつひこの『喜劇新思想体系』の「ボタン燈
籠」みたいにお露がブスじゃない辺りが女性の作らしい。

★天どんさん『ひと夏の経験』

まとまらないハチャメチャさでは一番圓丈師匠に似てるなァ。

◆9月5日 宝塚歌劇団星組・涼紫央ディナーショー『LOVE』(新橋第一ホテル
5F。ボールルーム「ローズ」)

◆9月6日 三遊亭白鳥・桃月庵白酒ふたり会『残暑Wホワイト よたび』(北沢タ
ウンホール)

白鳥・白酒「御挨拶」/白酒『松曳き』/白鳥『珍景かさねが真打(上)』//~仲入り~
//白鳥『珍景かさねが真打(下)』/白酒『不動坊火焔』

★白鳥師匠『珍景かさねが真打』

今回の主役は白鳥門下の三遊亭Q蔵の設定。小円歌師とぽっぽちゃんは同じ設定。狼
連は白酒師と歌武蔵師。上下に分けたが、前半は「圓朝物パロディ」、後半は「女寄
席芸人物語」と色合いがハッキリ分かれるのがより明確になる。ギャグも入れ替わっ
ており、爆笑ネタである事は間違いない。

★白酒師匠『松曳き』

少し全体のテンションが低い。二人の「御挨拶」の繋がりみたいなマクラを振り過ぎ
たというべきか、はたまた演り過ぎか聞き過ぎか。噺が段々短くなっている。また、
三太夫さんのキャラクターは終始見事に緻密な健忘症なのに比べると、殿様が「姉上
御死去」と聞いた辺りから健忘症が弱まって、サケまでは割とまともな殿様になって
しまうのは気になる。

★白酒師匠『不動坊火焔』

 銭湯の場面に三人の悪口を入れた代わり、今回は「うまらない」「水臭い」を省い
た(『珍景かさねが真打』が長くて押したせいもあろうが)。このバランスの方が上下
としては良い。後半は「鉄さんの色が黒くて夜は見えない」というギャグを繰り返し
て笑いを増やしているが、前回無かった目白の小さん師の使っていたくすぐりを入れ
ていたが、その方が三人の性格に適った可笑しさである。幽霊役が下に降りてからサ
ゲまでテンションが下がるのは、白酒師にしては珍しく、三人プラス幽霊役の性格が
まだ曖昧なのが原因か。あと、幽霊役が上に引っ張られる際の動きが故・圓彌師や文
蔵師、枝雀師に比べて面白くないのもサゲ間際のテンション低下に繋がっている。

◆9月7日 柳家三三『島鵆沖白浪』六ヶ月連続公演五(にぎわい座)

ろべえ『落語家の夢』/三三『菊蔵殺し』//~仲入り~//三三『大文字屋の強請』

★三三師匠『菊蔵殺し』

弟吉次郎と仇の菊蔵に、偶然喜三郎とお寅が出会い、菊蔵を討ち果たして江戸へ向か
う件。ノリが侠客物だからストーリーテリングは手慣れた物だが、喜三郎のセリフは
兎も角、暗闇の中に白刃を持って立つお寅の色気が中途半端。芝居落語でなし純人情
噺でなし、こういう場面の女は口調の定まらない所がある。吉次郎の鬱陶しい善人ぶ
りは良く出ている。

★三三師匠『大文字屋の強請』

江戸で金に困ったお寅が花鳥時代の馴染み・大文字屋の番頭右兵衛を見つけ、待合い
で嘘八百を並べてたらしこみ、翌日、喜三郎に強請に行かせるが其処に梅津長門が現
れて・・という件まで。「この男が誰かは来月申し上げます」の切れ場は上出来。
白々しく嘘八百を並べて右兵衛をたらしこむ件から喜三郎に強請を命じるまで、お寅
の悪婆系のセリフは中々。圓生師の得意そうな場面でもある。喜三郎が強請に出掛け
て右兵衛に押し返される辺り、あくまでも侠客で「悪党」になりきれない様子も良く
出た(この辺りのお寅と喜三郎の関係は明らかに『お富與三郎』のもじりだね)。右兵
衛の女に弱く、金に強いキャラクターの変わりも面白い。

◆9月8日 池袋演芸場昼席

伸治『浮世床・夢』/歌春『元犬』//~仲入り~//Wモアモア/昇之進(小文治代演)/
笑遊『幽霊の辻』/鏡味味千代/茶楽『品川心中(上)』

★茶楽師匠『品川心中(上)』

サラッと愉しい出来。矢張り色気があるのは強みで、色気の中に、お初のマジで困っ
ている哀れさが、哀れなるが故に可笑しい味わいがある。

★笑遊師匠『幽霊の辻』

権太楼師型だが、よりキャラクター性の強い可笑しさになっている。茶店の婆さんは
先代今輔師の婆さんがよりドメステイックな妖怪風になった雰囲気で可笑しい。今日
は「てて追い橋」は抜きでサゲはお化け屋敷。

◆9月8日 TOKYOFM半蔵門寄席柳家喬太郎独演会『わたし、ラジオの味方で
す2』(日経ホール)

柴田幸子『寿限無』/喬太郎『死神』//~仲入り~//喬太郎・柴田幸子・廣瀬和生/喬
太郎(5分落語)『長屋の花見』~『饅頭怖い』~『井戸の茶碗』~『芝浜』/喬太郎
『寝床』

★喬太郎師匠『死神』

少し演り過ぎかなァ。噺が煮詰まっているように感じられる。ホールの会への出演に
限らず、寄席の主任でも『死神』は出るから、どうしても噺の風化が速くなる。それ
ほど演じる回数の多い必要のない噺ではあるまいか。今のさん喬師のように、様々な
ネタが2~3年前とは明らかに違ってきているなら兎も角ね。ネタ仕込みの場所が矢
張り少な過ぎるのかな。取り敢えず、仲入りならもっと気楽な中ネタが欲しい。例え
ば、近年のネタ卸しなら『故郷のフィルム』など、まだ変化の余地が色々あると思う
のだけれど。

★喬太郎師匠『寝床』

終演時間に迫られたのか20分前後の短縮版。その代わり、タップリ演じる時の重
さ、終盤のテンションの下がり方は無かった。圓生師は寄席の主任だと25分で『寝
床』をよく演っていたが、演出は兎も角、噺の長さとしては圓生師程度が喬太郎師に
は適ってるのかも。

★喬太郎師匠『5分落語リレー長屋の花見~饅頭怖い~井戸の茶碗~芝浜』

いつものハイテンションを稍オーバーにした雰囲気。『長屋の花見』の自棄、『饅頭
怖い』の軽い悪意は普段の拡大心理。『井戸の茶碗』までの三作は明らかに「つか芝
居」のノリの影響大。エリザベスとダニエル版『芝浜』はセリフの言い方が下手な新
劇の翻訳芝居みたいで薄気味悪い。三代目三木助師以降の『芝浜』が「実は薄気味悪
い噺」って事の証明かな。

 ※放送局にありがちなセンスの「イベント落語会」と分ってたら、遊雀師匠の主任
に行っていた。放送メディアの嘘っぽさはもういい加減にして欲しい。

◆9月9日 池袋演芸場昼席

ひでややすこ(章司代演)/遊馬(伸治代演)『南瓜屋』/松鯉(歌春代演)『山吹の戒め』
//~仲入り~//Wモアモア/小文治『酢豆腐』/笑遊『宿屋の仇討(上)』/鏡味味千代/
茶楽『線香の立切れ』

★茶楽師匠『線香の立切れ』

25分を切る尺だが、見事なまでに会話に無駄がない。扇橋師で伺えなくなって以
降、私の知る「東京のスタンダード『立切れ』」で「寄席名人」の芸。番頭に言いく
るめられる若旦那の初さ、蔵に番頭を迎える場面の若旦那の品の良さ。特に蔵中の静
寂に包まれて心穏やかな若旦那が実に良い。黒門町の文楽師のある一面は、小満ん師
以外では茶楽師と圓輔師に残っている。番頭の出過ぎない利発さと使用人らしい物
腰、それでいて漂う貫禄は東京の噺家さんでは珍しい。小久が死んだと知ってからの
狼狽に現れる気の弱さ。女将が若旦那の蔵入りを知ってからの見事な明るさ(色町の
女の配慮だなァ)が小久の死という陰と好対照を為して噺を人情噺に堕落させない。
一転、三味線を聞いた女将の「若旦那の好きな『黒髪』を弾いてますわ」の泣かな
い、抑えた調子が心を揺さぶる。江戸前だなァ。

★笑遊師匠『宿屋の仇討(上)』

侍が相撲騒ぎに困って「伊八~!」と呼んだ件までで「馬鹿馬鹿しいお噺で」とサゲ
た。笑遊師自身が「受けなくたっていいや。一所懸命演ってれば」とボヤきつつだっ
たように、本息というよりは探りながら、伊八などかなり小声だったし、明らかに試
演だろう(12月の三人会でネタ出しをされている)。妙にテンションが上がり下がり
したので受けないのも仕方ない(笑)。これも元は権太楼師かな。江戸っ子三人の調子
が権太楼師。「先代今輔師匠のお婆さんみたいだ」とボヤいた婆ァ芸者が可笑しい。
江戸っ子三人の能天気は勿論柄にある。侍はキチンとして(流石に笑いながらは演じ
ない)、武骨である。伊八が稍地味かな。いずれ本息になれば爆笑ネタになるね。

◆9月9日 第二期四季の正蔵 夏の正蔵(紀尾井小ホール)

正蔵『もぐら泥』/正蔵『王子の狐』/たこ平『親子酒』/正蔵『ぼんぼん唄』 

★正蔵師匠『もぐら泥』

喜多八師匠譲りらしく、小味だが、落語国の住人らしい暢気な泥棒でお気楽に愉し
い。金を取って逃げる男にもう少しタチの悪さが欲しいな。

★正蔵師匠『王子の狐』

もぐら泥で金を取った男が主人公というのは笑った。小満ん師譲りで淡い演出だが、
「勘定は貴方から」と言われて驚いた狐が「気のいい狐で」と語られ、金を払う算段
をして首を傾げている、という如何にも小満ん師らしい描写が活きて、実に酒脱で馬
鹿馬鹿しく嬉しい。先代馬生師に、主人公が狐が呑む口元を見て「凄い歯ですね」と
怯える抜群に可笑しいくすぐりがあったが、そういうのを二つ三つ入れてメリハリを
つけたい。最後に出てくる仔狐の可愛さは出色。動物は十八番だ。

★正蔵師匠『ぼんぼん唄』

 お囃子のその師匠に盆唄のメロディを探して貰い、盆唄を子供たちが唄う場面で歌
入りのハメ物として入れた。また、台本も小佐田定男氏に書いて貰った改訂版。仕立
屋夫婦の迷子に対する微妙な感情の差が難しいが、巧く笑いに転化して噺を進めた。
本来の親を探す件はもう少し短く、夫婦が子供を可愛がる場面はもう少しあってもよ
い。子供の生まれた町が子供たちの歌う盆唄から分かって以降、夫婦の直面する哀し
嬉しが涙を誘う。さのみ尺もかからず、良い人情落語の小品新生だと思う。サゲも仕
立屋と呉服屋で糸縁に変えてある。

★たこ平さん『親子酒』

 かなり独特の口調(今回は上方弁ではない)だが、そのクセの強さかもう一寸で面
白さに熟成する、という雰囲気。クンネリクンネリした芸なんだけど、もっと枝雀師
の計算された演出に近づけても良いと思う。たこ平さんの個性はそれでも前に出て来
ると思いから。

◆9月10日 気軽に志ん輔(お江戸日本橋亭)

半輔『寄合酒』/才紫『夏泥』/志ん輔『化物遣い』//~仲入り~//志ん輔『明烏』

★志ん輔師匠『化物遣い』(ネタ卸し)

 初演だったかなァ?「最後に一本取られたな」等、隠居の口喧しい割に、杢助に押
されると黙っちゃう辺り、人柄は出ているが、それでもまだ叱言が先立つ。何か、愛
嬌になるスキというか、杢助曰くの「無駄」をつい言ったりしたりしてしまう面が役
柄の落語らしい愛嬌として欲しい。杢助は野暮だし骨太だし、結構なもの。

★志ん輔師匠『明烏』

源兵衛が若旦那の「瘡ァかきます」のセリフが元で花魁を怒らせてしまい、振られた
挙句の自棄酒のやり過ぎで二日酔い。梅干を楊枝でつつき、茶を飲みながら仏頂面で
ボヤいてる、太助は若旦那が敵娼と泊まったと知って喜んでる、それを聞いて源兵衛
が怒りだす、って翌朝の件が馬鹿に可笑しい。そのまんま、甘納豆抜きでサゲまで行
くのが演出としてスッキリしてる。太助の「(大門で縛られるのは)ホント?」もな
く、敵娼も浦里とは言わない。他人の懐を目当てにしてた二人がとんだしっぺ返しを
食う女郎買失敗譚として成立している。惜しむらくは若旦那が初めての外出に端から
不安を表に出し過ぎる。言わば、今の木久蔵師が学問馬鹿になったみたいに、ポヤッ
としていた方が前半のトーンが一層明るくなり、源兵衛の悲劇(笑)との落差が出るの
では?

◆9月10日 新宿末広亭夜席

京丸京平/壽輔『善哉公社』/夢太朗『佐野山』//~仲入り~//遊之介『浮世床・芸~
将棋』/扇鶴/歌助(柳橋代演)『金明竹』/小圓右(米助代演)『道灌』/マキ/遊雀『宿
屋の富』

★遊雀師匠『宿屋の富』

古今亭型『宿屋の富』では現在東京一番の爆笑高座だろう。宿屋主人の「夢のような
お話で」と言いながらの気弱な笑顔を繰り返す事で前半を快調に進め、軽い調子で法
螺を吹いていた客の「なけなしの一分取られちゃったよォ」の悔しい泣きでドッと受
けさせる。中盤は二番富の男の狂騒が無闇と愉しく、「あっしはゆうべもここまで来
ると泣けて」や呆れて聞いてた男が拍手をしながら「おめでとう」と言うのがステキ
に可笑しく馬鹿ウケ。身請けかうどんかの騒ぎから一転して、客が千両に当たる騒ぎ
になるが、クドいほど「当たったかな?」の繰り返したりしないし(当たったのを理
解出来ない様子をクドく演じる『宿屋の富』は聞きダレする)、ここで「五百両や
るって言わなきゃ良かった」を直ぐ言うのがまた可笑しい。続く、宿屋の主人も一瞬
にして当たったと分かって驚くから(この辺り、仕種も非常に効果的に可笑しい)可
笑しさが下がらない。宿屋に客が戻り、主人が戻ってからもトントン進んで最後まで
飽きさせない。遊雀師ならではの「泣き爆笑」を凌駕する演者は当分いないだろう
なァ。可笑しさでは枝雀師の『高津の富』より上だろう。惜しむらくは、客が二階で
寝てるんだよね。

                         石井徹也 (落語”道落”者)

投稿者 落語 : 12:24

2011年09月02日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 八月中席下席合併号

昨日に引き続いての更新です!

今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の平成二十三年八月号中席号と下席号を合併にてお送りいたします。かなりの分量ですが、落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!

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◆8月11日 第六次第九回圓朝座(全生庵座禅堂)

朝呂久『権助魚』/馬桜『真景累ケ淵~豊志賀の死』//~仲入り~//小里ん『小雀長吉(通し)』

★小里ん師匠『小雀長吉』

圓生師型がベースだが雰囲気はかなり違う。冒頭、長吉の悪さが圓生師のように「嫌らしい子供」でなく、「子供の反発」に感じられる。大家が長吉の悪さを教えて長兵衛を諌める辺りの遣り取りは非常に落語っぽく可笑し味が立つ。山崎屋の件も権九郎がネチネチしていない分、長吉に百両盗めと命令するまでの遣り取りが逆に長吉の「悪心」が「悪党」へと流されて行く「人の無常」を漂わせる。定吉殺しは掛け守りの件が短めであるが、形が決まって息が鋭く緊密度が高い。手拭いを捩る動きで語らずに殺意を感じさせるのは巧い。この辺りまで聞き、明らかに「語り」の芸で、同時に「圓生師は確かに二枚目芸だが、それをあからさまに見せようとする芝居っ気が強過ぎた」のを感じた。三遊と柳の「噺の捉え方」の違いが明確だ。後半、雪の子別れで義母お光と長吉の邂逅は独特の世話味があり、幕末の大谷広治的な二枚目になる。お光もだが、長兵衛が圓生師型だと余りに惨めな病人過ぎるが
(泣かせが強くて私は大嫌い)
、小里ん師の長兵衛は『大和往来』の孫右衛門的な気骨を示すので、子への情愛はあるが惨めではない。その意見に長吉が頭を下げる姿の良さに、改心せぬ盗人とは言い乍ら親への情と心の弱りが溢れているのには感心した。「里心が出るようでは泥棒も落ち目」ってのが分かる。吾妻橋の芝居掛かりも上野の主任の高座より調子を張り、形も綺麗でありながら、見せる意識の強過ぎない演技が独特。鐘の銅鑼が打ち損ねたのは痛かったが、柳系の「自然体の人情噺」の魅力を堪能した。


★馬桜師匠『豊志賀の死』

怖い事・気味の悪い事が苦手な演者なので噺のメリハリに乏しい。セリフの尻押さえが聞かず、感情が流れる箇所が散見される。愚かな深情けを描くにも、大年増の色気が出ない。坊主頭でこの噺を演じていると骸骨の独白みたいにも見えた。

◆8月12日 月例三三独演(国立演芸場)

ろべえ『もぐら泥』/三三『蚊戦さ』/三三『厩火事』//~仲入り~//三三『萬両婿』

★三三師匠『蚊戦さ』

蒸夏に相応しい「お気楽な三席」が並んだ勉強会の印象。この噺に関しては、蚊と戦い出してからはドタバタコメディで可笑しいが、前半は些か刈り込み不足。剣術の先生が幇間みたいで可笑しい割には、主人公の剣術凝りぶりの馬鹿馬鹿しさが物足りない。


★三三師匠『厩火事』

噺をおやかしに掛かっているのかな。『洒落小町』のお松以上に喋るお崎で、旦那が「人の話を途中で取って突っ走る。喧嘩の絶えない理由は亭主だけじゃないな」というのも分かるし、破れ鍋に閉じ蓋的夫婦らしくて、人情噺めかない『厩火事』になるのは好ましい。反して、亭主はヒモにしては言うことが乱暴で、余り嬉しくないキャラクターなのはどうして?


★三三師匠『萬両婿』

大家の「やべッ!」、小四郎の「しめた!」に代表されるように、こういう与太なキャラクターの揃ったスーダララッタなストーリーを操る噺は似合って無理なく愉しい。この噺をおやかした先代圓楽師の功績大だが、三三師の場合、「真面目な人がおやかす工夫をしてる苦渋」は微塵も無いから、余計にマンガで馬鹿馬鹿しい。前よりシニカルが目立たなくなったのもおやかし意識の効果か。この噺で一番まともな人である佐吉が殆ど口をきかないのも巧い。小四郎のかみさんもお崎さんの少し大人しい程度の変な人だ。

◆8月13日 第四回正蔵・馬石・一之輔の会(六本木BeeHive)

なな子『転失気』/一之輔『麻暖簾』/正蔵『伊予吉幽霊』//~仲入り~//馬石『船徳』

★正蔵師匠『伊予吉幽霊』

昇太師のようにキャアキャアした声質ではないから、阿っ母さんが伊予吉の死んだのを知っていた、と分かって以降、少し噺のトーンが下がり過ぎる。「死んじゃったんだねェ」と笑う阿っ母さんで泣かせたい。伊予吉と八五郎のキャラクターは適ってる。正蔵師が演ると『頓馬の使者』っぽい雰囲気になるね。


★馬石師匠『船徳』****

ポンポン蒸気の出てくる雲助師型だが徳の気障な二枚目ぶりは先代馬生師に似ている。女中の暢気な表情から船頭たちが「親方の小言」と聞いてアタフタする件の表情が生き生きと間抜けで実に落語らしいのに感心。親方もなかなか二枚目。船頭たちが親方のいる二階に上がって行く雰囲気も雰囲気が出ていて楽しい。漕ぎ出してから、棹の扱いはリアル。徳の短気な所はお祭佐七っぽく、結構形の良い怒りんぼなのが可笑しい。客二人はまとまってアタフタしてるが特に特徴的な性格差は感じない困りキャラ。とはいえ、妙に必死に徳を助けるのが可笑しく、また煙草がなかなか点かない件で一方が「あたしが一拍置くから」と言ったのには爆笑。


★一之輔さん『麻暖簾』

叫ばず、ギャグ沢山にせずで落ち着いた出来(実は扇辰師の『朝暖簾』そっくり)。杢市も酒飲みらしさはあるが割と大人しい。寧ろ、もう少し意地っ張りでも良いくらい。噺全体に良い意味で盲人ぶりを強調する扇橋師系の臭味が無い展開である。それが逆に、口をきかない女中も含めて、家中の静かな雰囲気を感じさせる。他の会の一之輔さんは二ツ目の芸だが、この会では真打の芸になる。空間とお客と共演者のお陰かな。煽るだけのマニア客はこないし。


◆8月14日 第56回七転八倒の会(毘沙門天善国寺書院)

一力『子褒め』/龍玉『星野屋』/喜多八『長屋の算術』//~仲入り~//龍玉『千両蜜柑』/喜多八『鰻の幇間』

★喜多八師匠『長屋の算術』

益々可笑しさを増している。『黄金の大黒』並に馬鹿馬鹿しく愉しい噺になってきた。

★喜多八師匠『鰻の幇間』

稍前半簡略乍ら爆笑。矢張り女中のシラッとした感じが一八の熱い怒りとの対比、アク抜き役になっているのが分る。

★龍玉師匠『星野屋』

細部の工夫は増えて噺の緊密度は高まっているが、旦那の後半の登場が少なく感じられるほど、色悪ぶりが物足りない。

★龍玉師匠『千両蜜柑』

米朝師型の商人気質と倫理を取り込んだ展開。水菓子問屋の旦那は関西弁。番頭の「貰っときゃ良かった」が大笑い。


◆8月14日 上野鈴本演芸場夜席第22回鈴本夏まつり吉例夏夜噺“さん喬・権太楼特選集”

我太楼(四人交代出演)『強情灸』/紋之助/正朝『ぽんこん』/ロケット団/藤兵衛『日和違い』/喬太郎『午後の保健室』/小菊/扇遊『厩火事』//~仲入り~
//正楽/権太楼(さん喬交互出演)『素人義太夫』/仙三郎社中/さん喬(権太楼交互主任) 『死神』

★さん喬師匠『死神』

稍簡略化されているのだろうが、簡略の仕方が抜群に巧い。死神自体が悪意の存在で、こんなに怖い『死神』は初めて聞いた。声が怖く、松の枝にヒョイと腰かけているのがまた怖い。主人公に「八五郎」の名前がある『死神』も珍しい。ラストは主人公が死んで、死神の笑いが続く中で暗転⇒緞帳を下ろす⇒下りきった所で笑いが止まり明転という展開だった。「落語なの?」と疑問を呈している観客もあったが彦六師の新作人情噺などに近く、演劇過ぎるとは思わない。また、「消える」か「消えた」か論議や「『死神』のサゲは落語と言えるのか?」という枝雀師の疑問に対する一つの答えになっている。この『死神』の主人公は八五郎でなく「寿命がまだあった八五郎を死なせたかった死神」だからである。蝋燭とサゲの関係、という呪縛から噺を解放した意味で画期的な『死神』だろう。そういう展開でいながら、上方から帰った主人公が患者の枕元にばかり死神がいるので「弱ったな」とボヤいている様子は目白の小さん師的で、明らかに落語の世界なのである。今年聞いてきた落語の中でも、非常に興味深い一席だった。

★権太楼師匠『素人義太夫』

少しポッとしたとこのある茂蔵のキャラクターも可笑しく、茂蔵の姿を見た魚屋が店を閉めて出てこないってのも爆笑だが、「(義太夫を語りたい気持ちが)
滾っているんだ」のセリフが描き出す旦那のキャラクターが、何より可愛いらしくて愉しい。****

◆8月15日 道楽亭寄席「桂平治独演会“練る”第8夜(道楽亭)

昇也『動物園』/平治『二十四孝』/平治『代り目』//~仲入り~//平治『明烏』

★平治師匠『明烏』

扇遊師譲りとは知らなかった。平治師の超大声に慣れると迫力ある可笑しさに圧倒されてしまう(
慣れていないと声とダイナミックな動きに眩惑されて、平治師らしい演出の気配り、細かさが分かり辛い)
。源兵衛と太助のキャラクターが明確に違い、先っ走りだが能天気な源兵衛と強もて気味にドスを利かせる太助の対比が、特にお茶屋の座敷からハッキリ違って可笑しい。時次郎の度を越した堅真面目ぶり
(見た目はウーパールーパー的だが)
、遣り手の迫力も含めて、四人の表情と声のダブルパンチが効果的だ。まだ色気がしっとりはしないが、「貸座敷」「お手水」と言葉の使い方の配慮も結構なもの。


★平治師匠『代り目』

「元帳」まで。俥屋がしつこくないので序盤はサラサラと進み、夫婦の遣り取りからテンションが上がる。シーボーズみたいなかみさんが段々と可愛く見えてくるのが長所。亭主も可笑しいのだが、平治師は体が大きいから、志ん生師・先代馬生師・先代文治師のチョコマカと甘えている雰囲気がまだ弱い。基本的にキャラクターは適ってるから、蚤の夫婦みたいに、亭主は少し調子を下げてもよいかも。


★平治師匠『二十四孝』

先代文治師譲りとの事だが、基本的に展開は目白の小さん師と同じ。二十四孝で王褒が出てこないくらいか。友達と会って説教する件の場所を入れ間違えたみたいだが、全体に八五郎の能天気さと裏腹な素直さは似合って可笑しい。友達
(平治ってん!)
、かみさん、阿っ母さんも『二十四孝』らしくて愉しい。先代文治師みたいな隠居が時々友達みたいま口調になるのと、『二十四孝』の説明で『源平』的な地の調子になるのが惜しい。数少ない『二十四孝』の演者として、隠居の変化に期待したい。


※先代文治師が先々代燕路師(武田新之助の燕路師)
を大変に尊敬していた、という話と、先代文治師や柳昇師の演っていた『雑俳』の出所が先々代燕路師だという話は興味深かった。

★昇也さん『動物園』

平治師や桃太郎師と共通する可笑しさがあるだけでなく、サゲの言い方など巧いのに感心した。

◆8月16日 にぎわい座夏祭り特別企画“若手精鋭東京四派揃い踏みの会”(にぎわい座)

宮治『元犬』/一之輔『粗忽の釘』/兼好『看板のピン』/遊雀『七段目』//~仲入り~//ブーとパー/生志『お菊の皿』/大喜利

※ANAの機内放送用の会だった。それじゃ、何だか意味の分らない会でも仕方ない。

★生志師匠『お菊の皿』

昇太師型に近いかな。お菊さんがCM(シャンプーと筋肉消炎スプレー)
に出て人気者になる。「一枚、二枚」と数を数える際、ちゃんと皿を持つ手つきになっているのは感心。大人数相手でもお菊の芸はクサくならないが、怒った客に呼び戻されて出て来た時、煙草を吸ってる姿が『カスバの女』みたいで矢鱈と可笑しい。サラッと言ったサゲの言い方も本格。


★遊雀師匠『七段目』

流石に前の二人とは腕が違い、芝居気違いの可笑しさと芝居掛かりのセリフの明確、芝居の所作を誇張した笑いと揃っている。

★兼好師匠『看板のピン』

親分等を聞くと結構年寄り臭い芸なのね。そのため、明るさに無理が感じられてしまう。この段差を無くしたいが・・・。


◆8月16日 上野鈴本演芸場夜席第22回鈴本夏まつり吉例夏夜噺“さん喬・権太楼特選集”

左龍(四人交代出演)『初天神』/紋之助/正朝『金明竹』/ホームラン(ロケット団代演)/藤兵衛『伽羅の下駄』/喬太郎『路地裏の伝説』/小菊/扇遊『夢の酒』
//~仲入り~//正楽/権太楼(交互出演)『短命』/鏡味仙三郎社中/さん喬(交互主任)『猫定』

★さん喬師匠『猫定』

体調でも悪いのか珍しいほど言い間違いが多かった。雰囲気は圓生師型と全く違い、市井の片隅に起きた些末故に共感出来る噺になっている。お滝の悪心も、倦怠期と言いたい時期に亭主が留守した隙に生じたもので、源次郎も間男の呵責からついそれに乗ってしまう。その週刊新潮の実録事件物頁のような「浅さ」、形而下的な顛末に共感が沸く。殺された定吉こそ良い面の皮だが、先日の小里ん師の『小雀長吉』同様、靄の中を彷徨うような人生の流れを描いた世界で、三遊亭系の人情噺・怪談噺とは明らかに立ち位置が違う。柳派の人情噺の再生時が来たのか。定吉は小便をする前に殺され、猫は定吉の棺桶の中で死んでいる。怪異だがドラマティックではない。言えば、定吉が博打打ちにしては良い人過ぎるのが気になるのと、猫が賽の目を当てる件に、定吉との交情も含めて
(此処は談春師が佳かった)もう少し不思議さが欲しい。

★権太楼師匠『短命』

前半はほぼ仕込みで、目白の小さん師型に、かみさんだけは家元型を一寸プラス。軽い爆笑に抑えて、主任へ繋いだ雰囲気。

★喬太郎師匠『路地裏の伝説』

久しぶりに聞いたが、細部の時代風俗がらみのギャグは変えてある。この噺自体は圓丈師系純文学の世界に近く。セミホラーの面白味がラストで深まる。


◆8月17日 “通ごのみ”第五回「扇辰・白酒の会」(日本橋社会教育会館ホール)

辰じん『ひと目上り』/扇辰『麻暖簾』/白酒『錦の袈裟』//~仲入り~//白酒『粗忽長屋』/扇辰『三井の大黒』

★扇辰師匠『麻暖簾』

夏の夜の静けさを感じさせる巧さ、蚊の音の神経質な響きと、良き所多数で盲人クサさも少ない。特に旦那の静謐さは結構なものだが(『青菜』を聞きたくなる)
、全体の雰囲気が些か趣味的なのが惜しい。

★扇辰師匠『三井の大黒』

最近聞く甚五郎物は『ねずみ』や『蟹』ばかりで、この噺の存続を心配していたが、扇辰師の口演を初めて聞き、「職人物落語」として『三井の大黒』が受け継がれる安心感を抱いた。甚五郎は与太郎になり過ぎず、終盤に名乗りを上げるようなクサ味もなく、「職人らしい含羞と屈折
(から来る皮肉)
」を持った、如何にも日本人らしい人格として優れた造型と表現になっている。棟梁・政五郎がまた、江戸の職人気質を体現した結構なもので、口は悪いが腹の綺麗な、目の利く苦労人の雰囲気がある
(年齢と共に、この良さは深まるだろう)
。特にラストで「ポンシュー!」と怒鳴り付けておいて「これが言い納めだい」と呟いた愉しさ、大黒の出来の良さに思わず涙を流す演出は、職人気質を描いた好演出として後世に伝えられるべきものだろう。その他、時間の関係もあったろうが、三代目三木助師型から無駄な枝葉を払い、落語らしい職人世界をクッキリと描き出した。本題の長さも丁度良く
(35分~40分の間)
、これ以上、長くならずに良い長さである。『三井の大黒』を講釈や浪曲系の名人譚でなく、あくまでも落語の職人噺として演じたかった目白の小さん師(
東横落語会で二度目に演じた出来は悪くなかった)の遺志に添った孫弟子の佳演と言えるだろう。

◆白酒師匠『錦の袈裟』

序盤から中盤の与太郎のキャラクターと、困り乍ら相手をしてる和尚との遣り取りが実に可笑しい。半面、廓に来て以降、ワイワイガヤガヤとしての聞かせ所がもう少し欲しい。「祭り縫いで布団の綻びを全部縫った」など、振られた連中のリアクションは十分可笑しいだけに。もう少し聞きたいのだ。


◆白酒師匠『粗忽長屋』

7月27日には前から聞けなかったから、客席からは初聞きの演目。いきなりハイテンションから入る目白の小さん師的展開に、志ん生師⇒先代馬生師系の「一寸まともじゃない人たち」のキャラクターを加味して折衷した演出。これからまだ変わって、更に面白くなって行くと思われるが、熊が八に煽られて『松曳き』的な混乱に陥って行く変化の演出は、近年の『粗忽長屋』では図抜けている。それでいて『主観長屋』のような「逃げの理屈」の野暮を感じさせないのが凄いとこ。

◆8月18日 池袋演芸場昼席

左遊『狸の札』/松鯉『観世肉附の面』//笑三『縮辞』/昇太『二十四孝』//~仲入り~//遊吉『肥瓶』/伸之介『お化け長屋(上)』/今丸/
遊三『唐茄子屋政談』/※大喜利「二人羽織」は見ずに移動。

★遊三師匠『唐茄子屋政談』

寄席用の簡略型で30分強。伯父さんの家の翌朝から始まり、吉原田圃は抜き。一番の出来は若旦那で、貧乏長屋のかみさんが首をくくった事を知って、その怒りから因業な大家の家に殴り込み、余りにも強い怒りと悲しみの綯い混ぜで言葉にならない様子は見ていて涙が出た。大きな声の、如何にも頑固そうな伯父さん、唐茄子を売ってくれる大きな声の町の衆、唐茄子を抱えてボヤくじんま
(萬治の逆さ読みかな。この姿は抜群に可笑しい)
と、遊三師らしいキャラクターが揃って結構。唐茄子を売ってくれた男に礼を言って別れた後、「遊んでる頃ならひと晩一緒に」という若旦那のセリフは相変わらずの良さ。寄席の尺ならではの密度の高い充実した出来だった。


★昇太師匠『二十四孝』

友達に滅茶苦茶な二十四孝を話す件がこれだけ可笑しいのは素晴らしい。終盤の阿っ母さん相手の件は必要かなァ?

★松鯉先生『観世肉附の面』

もっと怪談で行くかと思ったが意外と話自体がアッサリしている。楳図かずおの『肉附の面』の怖さが印象にあり過ぎたか。

◆8月18日 上野鈴本演芸場夜席第22回鈴本夏まつり吉例夏夜噺“さん喬・権太楼特選集”

喬之助(四人交代出演)『金明竹』/紋之助/正朝『紀州』/ロケット団/藤兵衛『尼寺の怪』/喬太郎『肥辰一代記(上)』/小菊/扇遊『天狗裁き』//~仲入り~
//正楽/権太楼(交互出演)『くしゃみ講釈』/鏡味仙三郎社中/さん喬(交互主任)『笠碁』

★さん喬師匠『笠碁』

目白の小さん師型をベースとしながら、「友情と孤独」のバランスを計っているる途中経過にある雰囲気。最初の喧嘩はお互いの甘えあいで充分目白の世界。美濃屋夫婦の会話が長く、お婆さんが猫に話し掛けて亭主に直接語りかけない可笑しさは、余り描かれていなかった美濃屋の暮らしのスケッチとして面白く、老夫婦故の孤独感にも繋がる。待つ側の旦那の風景は目白型に若干先代馬生師型を加味した程度。美濃屋が歩きながらの場面に
(首の振り方は稍大抑)
、「迎えになんか寄越すな」というセリフを移したのは、待つ側と美濃屋をカットバックさせて「二人とも同じ思い」を強調する印象かな。ただ、ラストで「被り笠を取らない」の後にお互いが「下らない喧嘩をしたね」と言い乍ら碁を打つ場を加えてあるので、前のカットバックが些か無駄になるのはどうか?。このラストシーンは目白の小さん師にとって最後のホール落語会出演となった紀伊国屋寄席での「終わらなくなった『笠碁』」の延長戦上にあるもの(オマージュ)なのか、また一方、「まだ被り笠取らない」を「サゲとは思えない」と悩み続けたという目白の小さん師への回答なのか。


★権太楼師匠『くしゃみ講釈』

安定した爆笑で、言葉のキレも良い。のぞきからくりに困る乾物屋の困惑や「前の人(野次馬)
は座って」のセリフ、主人公の「大丈夫ですかァ!」の可笑しさは抜群。半面、講釈が最初から少しロレッていて、テンションが下がり気味だったのがちと気になる。

★喬太郎師匠『肥辰一代記(上)』

上野でこの噺を聞くとは思わなかった。コアなマニア向けというか、今年一番の暑さで自棄になったのかなァ。


◆8月19日 市馬落語集(日本橋社会教育会館ホール)

市也『元犬』/市馬『夏の医者』//~仲入り~//市馬『三軒長屋』

★市馬師匠『三軒長屋』

リズムが良く、長丁場だがダレは感じなかった。仲裁役の辰が頭のかみさんの前で照れて頭を掻く笑顔や与太郎がブツブツボヤく件は非常に良く、勇みだがヤクザ・博打打ちでないのが佳い。頭のかみさんは色気はあるものの、言葉の端々が丁寧過ぎまいか。頭は帰ってきて
(女郎買いに行って帰らない仕込みはない)
かみさんの話を聞きィの、引っ越しの智謀計略を思い付く辺りの冷静さは目白の小さん師並で畏れ入ったが、楠先生を訪ねる辺りから「人の上に立つ人は違うね」って雰囲気が次第に薄れたのは惜しい。伊勢勘の妾は稍色気不足。楠先生はかなりカリカチュア不足。伊勢勘相手の場面でも、もっとマンガにしないと。伊勢勘はニンが違い、妾を囲うヒヒ爺ぶりは皆無
(これは近年では現・馬生師に止めを刺す)。また、楠先生を実は怖がっていないように見えるのもおかしい。頭に対しては中々大腹中なとこを見せて悪くないのだがが
(伊勢勘を敵役風に描かないのは目白系らしい)、もう少し上から睥睨する態度は欲しい。

★市馬師匠『夏の医者』

長閑で蠎の下痢顔も実に面白いが、田舎田舎した土臭さの様なものが意外と希薄である。また、山の頂上に二人が着いて汗を入れる件では、先代馬の助師の忙しく扇子を使う玄伯老の姿から吹き上げて来る風の心地よさが感じられた魅力がまだ無い。煙草の喫い方も淡白。『馬の田楽』以上に「暑い」「凄い田舎」という事を野暮にでも強調するべき噺だろう。


◆8月20日 上野鈴本演芸場夜席第22回鈴本夏まつり吉例夏夜噺“さん喬・権太楼特選集”

左龍(四人交代出演)『お花半七』/紋之助/藤兵衛『尼恋』/ロケット団/正朝『祇園祭』/市馬(喬太郎代演)『雑俳』/小菊/志ん輔(扇遊代演)『元帳』//
~仲入り~//正楽/権太楼(交互出演)『疝気の虫』/翁家和楽社中(仙三郎社中代演)/さん喬(交互主演)『濱野矩隨』

★さん喬師匠『濱野矩隨』

大分改訂されているが、まだ途中経過の印象。母子の遣り取りの雰囲気は『福禄寿』と似ている。矩隨と若狭屋の最初の遣り取りに河童狸は登場せず、「親父の顔に泥を塗るなら死ね」と五両の金を渡され、帰宅すると母に直ぐ暇乞いをして、「死ぬ前に形見を」と観音像を頼まれる。二日三晩一心不乱に彫り上げると、母は「若狭屋に見せて二十両で売れなければ父の許へ行け」と水盃で送り出す。矩隨は若狭屋の店先で一刻も逡巡してからやっと店に入る。ここで初めて河童狸が登場する。若狭屋は二十両と聞いて、慌てて金を出し品物をしまい
(妙に人間臭くて面白い)
、矩隨の作品だという事を疑ったりしない。水盃の件に気付いた若狭屋に促され、矩隨は飛ぶように自宅に戻ると「二十両とは認められなかったか」と自害しかける母を止める。最後は若狭屋が同業者に三本脚の馬を、中橋の加賀屋佐吉の使いに
(これは笑った)河童狸を売って終わる。母性愛による名人誕生譚でなく、人(自分を含めて)
を信じる事の難しさを描く噺になっているが、母子の世界と職人芸の世界のバランスが些か弱い。若狭屋の存在を強めて、もう少し職人芸の方向に噺を近づけたい。

★権太楼師匠『疝気の虫』

悪い出来ではないがマクラから25分は長すぎて間延びした印象がある上に、下座が活け殺しを間違えたりしてリズムが中断した。仕種が多く、体力を使う噺だけに、池袋の主任で15分で演じた、非常に息の詰んだ大爆笑高座にはとても及ばず。

※喬太郎師が休むと、仲入りまで安定はしているが、なだらか過ぎて弾みに乏しい番組になるね。ならば紋之助さんの出番を仲入り前に持ってくるべきでは。小菊師はヒザへ。また、権太楼師もマクラで呆れていたが、藤兵衛師連日の「レア過ぎるネタ尽くし」も前半の平坦に拍車を掛けている。池袋なら兎も角、上野では些か場違い考え違いではあるまいか。上野の観客層では『日和違い』止まりだろう。

--------------------以上中席------------------------------


◆8月21日 柳家喬太郎・三鷹勉強会昼の部

こはる『肥瓶』/喬太郎『小言幸兵衛』//~仲入り~//鯉橋『転宅』/喬太郎『任侠流山動物園』

★喬太郎師匠『小言幸兵衛』

丁寧過ぎて長いのと、メリハリに欠けて些かダレた。豆腐屋の啖呵は泣きを入れて意味不明にするという「逃げ道」で処理。仕立て屋はお互いのリアクションが間延びしている。鉄砲鍛治は簡単に済ませ、最後に芸術協会の芸人を出して「どうりでボンボンB同士」とサゲた。上野の夏祭公演で疲れたかな。

★喬太郎師匠『任侠流山動物園』

似合う噺だし、東映任侠映画のパロディとしても安定している。パンダと象の拵えにちゃんと貫禄・存在感があるのが妙に馬鹿馬鹿しく愉しい。

◆8月21日 浅草演芸ホール夜席~仲入り後、禁煙落語特集~

陽昇/圓馬『高砂や』/歌春『短命』/正二郎(喜楽代演)/圓輔『親子酒』//~仲入り~//~特集禁演落語~/青山忠一(禁煙落語解説:交互出演)/鯉朝(交代出演)『にせ金』/圓満(交代出演)『大神宮の女郎買い』/Wモアモア/南なん『六尺棒』/美由紀/金遊『品川心中(上)』

★金遊師匠『品川心中(上)』

マクラ無しで30分弱。相変わらず芝居芝居した表情を付けず、更にメリハリもわざとつけないようで(クスグリを抜いた部分もある)時々、大きな声で馬鹿に可笑しいメリハリをつける。金蔵が訪ねて行くと親分が留守で、かみさんが相手をするのは珍しい演出。金蔵の頼りなさはかなりのレベルで可笑しい。「その晩、珍しくお染に客がついて二~三人の廻しを」は紫手柄の女郎らしい。夜中に目覚めた金蔵がハッキリと「死ぬの止そう」と言うのでお染が積極的になるのも分かりやすい。お染が金蔵を探して足元の海中を見回す仕種など目立たせない可笑しな仕種が結構ある。はばかりから這い出して来た与太郎に「その足で歩くな」は笑った。先代圓遊師の『品川心中』がベースなのかな?

◆南なん師匠『六尺棒』

 親父と倅の説教の言い方が瓜二つで、傲慢なのが矢鱈と可笑しい。

◆8月22日 池袋演芸場昼席「ぽっかぽか寄席」

市也『牛褒め』/ろべえ(交互出演)『もぐら泥』/小せん(交互出演)『欠伸指南』/小歌(交互出演)『小言念仏』/夢葉(交互出演)/小はん(交互出演)『時そば』/萬窓(交互出演)『紙入れ』//~仲入り~//麟太郎(交互出演)『ちりとてちん』/正蔵(交互出演)『伊予吉幽霊』/小雪/三三(交互主任)『鮑熨斗』

★三三師匠『鮑熨斗』

サゲで稍テンションが落ちたが、相変わらずシクシク泣く甚兵衛さんが愉しく、「落ち着いて・・深く息を吸って・・目を閉じて・・目を開けて・・私だよォ?・」と相手をする大家さんが可笑しい。

★正蔵師匠『伊予吉幽霊』

 伊予吉やそのオフクロに対する友達のリアクションが整い、可笑し味が増した。また、オフクロのトーンが上がったので無駄な湿り気さが取れてきた。

★麟太郎さん『ちりとてちん』

全体を通して真っ当過ぎる演じ方だが、腐った豆腐を食べた金さんのリアクションで、無言のまま頭の上下をいじって首を傾げる動きなどが加味され、可笑し味を増している。相変わらず、六さんのお世辞家ぶりに嫌味がないのは長所。

◆8月22日 第37回人形町らくだ亭(日本橋劇場)

朝呂久『権助魚』/馬るこ『親子酒』/一朝『植木のお化け』雲助『お初徳兵衛』//~仲入り~//志ん輔『船徳』

★一朝師匠『植木のお化け』

一寸風邪気味かな、という感じで清元、長唄の件に本来の艶が稍足りないが噺の洒脱さは変わらず、本格なのに気楽に愉しい。

★雲助師匠『お初徳兵衛』

 序盤、徳兵衛が船頭になる件から、客とお初を乗せての船中(お初の風情が真に結構)、お初の「後生・・」の強過ぎない切なさの情趣など、徳兵衛とお初の遣り取りまで、会話の息は近年、雲助師が演じたこの噺で一番の出来だと思う。半面、お初の昔語りが始まると、それまでの背景にある川の流れや雨が消えてしまい、密室感が強くなり過ぎる。先代馬生師の雨音を感じさせた遣り取りの妙にはまだ届いていないかな(声質が違うから何か違う表現の仕方があると思うけれど)。

★志ん輔師匠『船徳』

テンションは高いがアクが抜けて面白さが粒立ってきた。特に以前はくどく感じられた序盤の船頭たちの件の軽い愉しさは貴重(最近の『船徳』は前半が重すぎる)。徳三郎の能天気さ、我が儘ぶりも可笑しいが、涙で見送る船宿女将、呆然と声が中々出せない竹屋のおじさん、傘を持った客の怖がり方、最後に友達に謝る扇子の客(煙草を喫いつける仕種の可笑しさはかつて無い、洒落たマンガである)などの人物が場面場面で立ってはサラサラと消えたり変化して行くのが愉しい。欲を言えば、船の中が混乱する辺りから、もう一度「暑さ」がぶり返されて、客と徳さんを苦しめたい。

◆8月23日 池袋演芸場昼席「ぽっかぽか寄席」

はな平『寄合酒』/正太郎(交互出演)『湯屋番』/柳朝(交互出演)『荒茶の湯』/小歌(交互出演)『浮世床』/夢葉(交互出演)/小はん(交互出演)『親子酒』/萬窓(交互出演)『締込み』//~仲入り~//麟太郎(交互出演)『お菊の皿』/三三(交互出演)『のめる』/小雪/正蔵(交互主任)『子は鎹』

★正蔵師匠『子は鎹』

細部を丁寧にしながら(例えば、鎹を振り上げなくなった)、笑いを取る件と情を現す場面の照り降りを明確にしている。キャラクターで言えばお徳が以前より情ばかりな流れず、気丈な母親を感じさせるようになってきたのは成長。

★小はん師匠『親子酒』

 目白の小さん師とは少し違うが、親父も倅も優れた出来で堪能。

★小歌師匠『浮世床:将棋~講釈本』

 講釈本の件で「だいじょぶ」と繰り返すのが馬鹿に可笑しい。若い頃と違い、懐かしい落語の味わいがある高座。

★萬窓師匠『締込み』

 三遊亭を名乗る古典派の若手真打では萬窓師と小圓朝師が矢張り一番真っ当なのが分る。声音にクセはあるが芸に嫌なクセが無く、芝居縁起の落語ではあるが人物表現が芝居になり過ぎなくて、泥棒の人の良さが耳立つ。

★麟太郎さん『お菊の皿』

 前半は飽くまで仕込みに徹して、お菊の登場からちゃんと受けたが、最後にお菊の芸がクサくなる件でクサく見えなかったのは惜しい。

★はな平さん『寄合酒』

 冒頭、兄貴分の家にみんなでやってきて、「肴は銘々が持ってくるが、持ってきた酒を溢した」と嘘をついて、兄貴分の家の四斗樽の酒にありつく演出は初めて聞いた。誰の『寄合酒』が元なんだろう?

◆8月23日 浅草演芸ホール夜席~仲入り後、禁煙落語特集~

柳太郎(圓馬代演)『テレクラ爺さん』/歌春『垂乳根(上)』/喜楽/圓輔『蛇含草』//~仲入り~//~特集禁演落語~笑松(交代出演)『坊主の遊び』/鯉朝(交代出演)『にせ金』/Wモアモア/南なん『六尺棒』/美由紀/金遊『品川心中(上)』

★金遊師匠『品川心中(上)』

最小限の演技でちゃんと笑いが取れる辺りは、四代目小さん師みたいな芸風というべきか。それでいて、お染の「お前さん、心変わりしたんだね」や「お金が出来たの?」、親分が金蔵を見て無言で仰天する件等、決まるべき視線は決まっている。馴染み帳を見ながら「辰さんはあたしにベタ惚れなんだけど、歳が72ってのがねェ」とお染が言うセリフが馬鹿に可笑しい。最後にはばかりから上がって来る与太郎の笑顔が可愛い。

★圓輔師匠『蛇含草』

今までに聞いた圓輔師の高座でも一、二の出来(曲食いは少なくオチまで)。明快で終始一貫、リズムが狂わなかった。先師・三代目三木助師の十八番とはいえ、近年この噺でこうサラッと愉しいのは無い。

★笑松さん『坊主の遊び』

 口調が明るい代りに硬めなので色気はないが、噺自体の可笑しさはちゃんと表現されている。

◆8月24日 池袋演芸場昼席「ぽっかぽか寄席」

市也『間抜け泥』/正太郎(交互出演)『道具屋』/小せん(交互出演)『鷺取り』/小歌(交互出演)『権助魚』/夢葉(交互出演)/小はん(交互出演)『船徳(中)』/馬石(交互出演)『元犬』//~仲入り~//う勝(交互出演)『近日息子』/正蔵(交互出演)『ハンカチ』/小雪/三三(交互主任)『お化け長屋(上)』

★三三師匠『お化け長屋(上)』

古狸の杢兵衛が二番目の男から泣き出すほど酷い目に合う。可笑しいっちゃ可笑しいが、テレビ的な誹謗・嘲笑の笑い、他人を見下した笑いで「落語らしさ」は感じない。特にこの噺では「混ぜっ返す」と「嵩に掛かって苛める」の区別がついていないのではあるまいか。小利口さの勝つ苛めっ子の視点とも言え、笑いに不愉快さが伴う。目白の小さん師の『お化け長屋』から「それから」を取り入れていたが、世界が全く違う中で言われても違和感が残る。杢兵衛が涙ぐんだ直後、低い声で話を再開すると相手の男が「よく元の調子に戻れるね」と言って笑いを取るが「苛め」の念押しだ。師匠から「落語の基本的世界」を教わり損ねてんのかなァ。

★馬石師匠『元犬』

体のこなしと視線の使い方が抜群で、実に可愛らしく可笑しい。相変わらず『元犬』では王様。

★小はん師匠『船徳(中)』

 昔から楽屋で評判を取っている「影のスタンダード船徳」。真に能天気な若旦那と客の大迷惑中心なのだが、目白型にプラスアルファされているのは幻の三代目三木助師型なのか。

★小せん師匠『鷺取り』

噺の作り方とスイスイ進める展開は若手真打離れしている。雀取りの上方雀が可笑しいのは嬉しい。

★正太郎さん『道具屋』

巧くて可笑しい点では二ツ目離れしている。与太郎が似合うんだな、また。

★う勝さん『近日息子』

 気弱なしん平師、といった印象で、マクラの「う勝」の由来や、旅行代理店⇒葬儀社という社会人経験のマクラがかなり可笑しい。可笑しさの雰囲気を明らかに持っているのだから、旅行代理店・葬儀社を舞台にした新作を作れば似合うのではないか?

◆8月24日 第291回三遊亭圓橘の会(江戸深川資料館小劇場)

好吉『夕立屋』/橘也『唖の釣り』/圓橘『猫定』//~仲入り~//圓橘『プールにて・その4』

★圓橘師匠『猫定』

圓生師の型だが、猫との出会いから賽の目を猫が当てる不思議まで迄を普通に演じて、定吉の旅立ちからお滝の間男、定吉の戻りまでは地でサラッと説明するので圓生師的なクドさは感じない。稍、語りのギクシャクした面はあるが(言葉の切り方が圓生師より短っかい)、圓生師型で彦六師が演じているような雰囲気がある。定吉とお滝の殺しは簡潔な描写で無気味さを死体二つが立ち上がる件まで繋げ、長屋連中の動転と三味の市の様子で笑わせる。浪人真田の気合いで締めているが全体的な雰囲気は落語。

◆8月25日 池袋演芸場昼席「ぽっかぽか寄席」

まめ平『六文小僧』/正太郎(交互出演)『ぽんこん』/小せん(交互出演)『犬の目』/小歌(交互出演)『転失気』/小雪/小はん(交互出演)『船徳(中)』/馬石(交互出演)『締込み』//~仲入り~//う勝(交互出演)『短命』/三三(交互出演)『加賀の千代』/夢葉(交互出演)/正蔵(交互主任)『一文笛』

★正蔵師匠『一文笛』

真面目過ぎる展開から稍脱しかけている。特に、子供が井戸に身を投げたと知ってからの秀の謝る方を二段階にして悲劇にしすぎない演出は賛成。サゲの言い方はもうひと呼吸、落語でありたい。

★う勝さん『短命』

悔やみの相談でなく前職を活かして宗派別の焼香の回数から入ったのは面白い。内容もクドくなく、サゲの軽さには感心した。今時珍しい「軽さ」は貴重。

★馬石師匠『締込み』

仲裁に入った泥棒の動きの可笑しさは絶妙。リズムが実に良く、キャラクターも傑出して演技が芝居にならない。近年聞いた『締込み』では最高の高座。

★小せん師匠『犬の目』

達者で軽くて馬鹿馬鹿しくて結構。

★正太郎さん『ぽんこん』

 正朝師の型だが、殿様がノホホンとしているのと、噺全体に愛嬌のあるのが愉しい。噺に無駄が無い。

★小歌師匠『転失気』

 仕込みは仕込みとしておいて、ちゃんと後半で受けるまで我慢出来るのはベテランならでは。

◆8月25日 蜃気楼龍玉 圓朝に挑む!“緑林門松竹”第十話(道楽亭)

本田久作『前回までの粗筋』/龍玉『緑林門松竹~五左衛門殺し』//~仲入り~//龍玉『千両蜜柑』

★龍玉師匠『緑林門松竹~五左衛門殺し』

江戸に向かいかけた平吉が五左衛門の家人に捕まり、責められている所を尼に化けたお関が毒薬・鬙白誉石を使って五左衛門たちを殺して救う件。演じ方は圓生師に近く、視線の使い方に特徴がある半面、お関が化けた尼の立ち居振る舞いやセリフの雰囲気の醸し出し方が余り明確でない。田舎で起きた『帝銀事件』みたいな物で、お関の美貌故に簡単に人が騙され、お関が簡単に人を殺す、という展開の妙な可笑しさ、落語的なドライさや、お関の不気味な佇み方の兼合いが必要では?

★龍玉師匠『千両蜜柑』

旦那や若旦那が「蜜柑一つ千両」と聞いても平然としている事に対して、番頭が驚いているだけで、先代馬生師の片肩がガクッと落ちるほどの衝撃を受けてはいないからサゲが効かない。折角、「貰っときゃ良かった」が可笑しいだけに、先代馬生師物では『紀州』の「ガッカリした一団」並の衝撃が必要だろう。あと、表情(特に視線)とセリフの両方でズーッと芝居をしているので、人情噺と違い、地の少ない落語では圓生師的な鬱陶しさがつきまとい、尺が無駄に伸びる。人情噺と落語の演じ分けを意識し始めた方が良いのでは?蜜柑問屋の上方言葉の人物は旦那なのか番頭なのか、これももう少し明確に分からせたい。

◆8月26日 池袋演芸場昼席「ぽっかぽか寄席」

市也『元犬』/正太郎(交互出演)『宗論』/正蔵『新聞記事』/小歌(交互出演)『月給日』/二楽(交互出演)/小團治(交互出演)『千両蜜柑』/萬窓(交互出演)『たが屋』//~仲入り~//麟太郎(交互出演)『野晒し』/小せん(交互出演)『月見穴』/小雪/三三(交互主任)『厩火事』

★三三師匠『厩火事』

この亭主は落語的にだらしがない奴でなく、本当に冷淡で(講釈の三尺物の喋り方だから余計にそう感じる)利己主義の固まりみたいに嫌な奴だなァ。お崎さんが五月蝿い事よりも、嫁さんに「貴方は冷淡で利己的だ」と離婚された私が見ていて共感はするものの、「嫌だな」と感じてしまうあの亭主の冷たい目が見え出して以降、三三師のこの噺には親しめなくなっている。

★萬窓師匠『たが屋』

簡略型なのか、供侍二人で、たが屋の斬り方も少し違う。「間の悪いときってのは仕方がない」の言葉で噺の後半を転がして行くのは、分りやすいし、悪い合いアイディアではない。

★小せん師匠『月見穴』

初めて聞いた頃よりジックリ聞けて、巧さは感じるのだが、隣の男も穴の中、というネタバレの早さが惜しい。特に、隣の男の喋り方をわざとくぐもらせているので、諦めて月見をしている可笑しさが出難い点はひと工夫欲しい。

★正太郎さん『宗論』

 この噺は中堅真打レベルでも酷く詰まらなくなる場合があるし、矢張り難しいんだな。倅の妙なセリフ廻し中心に展開してしまうと(白酒師のような徹底したブラックギャグで彩りながら親父の凄さが出るなら兎も角)、親父と倅のキャラクターが見えて来ない。「そういう宗旨はそういう方にお任せをして」という小三治師のセリフの活かし方が結構厄介なのね。

◆8月26日 J亭落語会桃月庵白酒独演会(JTアートホール)

扇『六銭小僧』/白酒『錦の袈裟』/雲助『もう半分』//~仲入り~//白酒『船徳』

★白酒師匠『船徳』

徳が「舫う」という言葉を知らない、という演出は初めて聞いた。その他、細部まで、矢張り、過去に他の噺家さんが演じられた物を含めて、先代馬生師以来、一番可笑しい『船徳』だろう。

※石垣の件で蝙蝠傘もろとも客が石垣に取り残される、ってくらいのナンセンスが加味されても良いのではあるまいか。残された客が、あの船で徳さんと一対一になったら益々地獄だろうから。

★雲助師匠『もう半分』

『正直清兵衛雪埋木』に近い古風な型(但し鳴り物は無し)。中盤、老爺殺しが芝居掛かりになるが、何とも言えず無気味な雰囲気が漂う、雲助師ならではの怖さ。老爺殺しを決める前後から芝居掛かりの件まで、その前後とは亭主の人格が稍変ってしまうが、それが「破綻」というより「噺の妙」として受け取れるのが「古風な趣向」の面白さであり、ある意味、南北~小團次的な人間観察のリアリズムだろう。普通の近代人だと、理屈を付けないと納得して演じられないキャラクターを(理屈で演じると新劇の出来損ないみたいな解釈になっちゃう)理屈抜きに演じられるのは、先代馬生師直系の芸ならでは。「こういう考えになるのも仕方ない」と演者が納得するための解説セリフを付けると、却って「人間の無常」や「“悪心”という魔が射す心の隙間」は見えて来ない。演劇的納得より社会学的な人間観が先行するべきなのだね。

◆8月27日 第15回三田落語会昼席(仏教伝道会館ホール)

市也『元犬』/喜多八『四ツ目屋~短命』/一之輔『五人廻し』//~仲入り~//一之輔『青菜』/喜多八『船徳』

★喜多八師匠『四ツ目屋~短命』

『四ツ目屋』はザックリと演じて馬鹿馬鹿しく可笑しいのに感心。『落武者』等にも言えるがバレ噺に独特の瓢逸さを発揮する。『短命』は八っつぁんが短命の理由を漸く理解する件で、長めにパントマイム的な演出を採ったのが非常に面白かった。

★喜多八師匠『船徳』

黒門町型とは傘と扇子の持ち主が逆。喜多八師でこの噺を聞いたのは初めてかな?大桟橋近くまでは行かない演出だが、若旦那の気取り方やヘボを必死に誤魔化そうとする視線が可笑しい。それ以上に客二人の怒哀のリアクションの大仰さがクドくなく可笑しく、怒ってるのに、船の上では船頭相手に怒りきれない様子がステキに滑稽。二人が大声を発しても煩くならないのも優れた点である。

★一之輔さん『五人廻し』

 前に聞いた時より、江戸っ子の啖呵が粒立ち、何を言ってるかが明確になった。もう少し自慢気なとこが欲しい。通人はもっと気味悪くて良いのでは。官員は泣き出してからが可笑しく、怒鳴っているうちは稍煩い。田舎者と関取は稲荷町型で悪くない。喜助のリアクションは巧く演出されているが、客商売の達者さに本当に困ってる面を加味したい。喜瀬川が出てこないから喜助の鬱憤のぶつけ先が無いのである。

★一之輔さん『青菜』

絶叫せず、前半など一之輔さんにしては非常に静かに展開するが、ギャグ先導でなはいから、仕込みは仕込みとして噺の流れを感じた。タガメの嫁さんが登場してからは怒鳴り付け落語になるが、それでも受けのためのキャラクターとして処理出来る。

◆8月27日 第15回三田落語会夜席(仏教伝道会館ホール)

市也『高砂や』/市馬『南瓜屋』/さん喬『片棒』//~仲入り~//市馬『鰻の幇間』/さん喬『唐茄子屋政談』

★さん喬師匠『片棒』

丁寧。囃子に耳の行き勝ちな噺だが兄弟三人の性格、リアクションがちゃんと違い、長男らしさ・次男らしさ・三男らしさがセリフだけでなく物腰に出ている。三男と親父が似ているのも可笑しい。山車の上にある下唇を突き出して上目遣いの親父の人形が桃太郎師に似てるのには大笑い。

★さん喬師匠『唐茄子屋政談』

大分変化した。地の文の非常に少ない『唐茄子屋政談』。特に徳三郎の心情を説明するような地は一ヶ所くらいしかない。徳の身投げもウダウダ言わず、水面に揺れる月に引き込まれてるように身を投げかける。伯父さんは片意地な江戸っ子でなく、唐茄子を売るのが嫌だと徳が言うまで怒鳴らない(偉く優しいのである)。却って伯母さんか「乞食みたいな恰好をして」と徳をひっぱたく。徳が倒れるのは蔵前で江戸っ子は「俺にもそんな伯父さんがいりゃあな」と呟くと「唐茄子、如何です」と売ってくれ、徳を売りに出して見送る。吉原田圃で徳は「蘭蝶」を唄いながら辛くなって来る。貧乏長屋の場所は言わない。最後はやかんで大家を殴ると大家が訴え出て却ってお叱りを受け、徳の勘当が許されると結ぶ。非常に世話味が強く、所謂人情噺とも雰囲気が違う。「さん喬師版世話噺」という印象で、雲助師の「硬」に対する「柔」の世話噺。勿論、まだ改訂過程の部分もあり、子供が弁当を食べる場面で「丸で獣のように」と言ったのは違和感がある。また、貧乏長屋の出来事を長屋の遣り取りと伯父さんの前の徳の語りと二度繰り返し、大家が貧しいおかみさんを突き飛ばすのも地と隣の婆さんの語りで繰り返すのは無駄に思える。とはいえ、さん喬師ならではの世話噺の世界が見えてきた。

★市馬師匠『南瓜屋』

最近、この噺に関しては会話のリアクションが一寸弱い。特に与太郎が無表情になりがちなのと、伯父さんが怒るのでなく、顔を赤くして叱るという感情の高ぶりが目白の師ほど明確に出ないため、セリフはちゃんとしているのに、噺のメリハリが弱まるのは惜しい。

★市馬師匠『鰻の幇間』

一八の明るさと、女中のシラッとした明るさが変わらず可笑しい。今夜ははばかりの戸を叩いて「トントンストトン」は無かったが、「噛むと弾む」「面白い事をおっしゃる」が入り、「アタピンの海岸散歩する」も「何処かで使って下さい」と女中が押すのが加わった。四代目の小さん師匠の「くすぐりはお土産」を体現した変化が、一八の芸人らしさと相俟って、他の『鰻の幇間』に差を付けている。

◆8月28日

 冷房風で発熱。『談春弟子の会』と『浜松町かもめ亭』に不参。

◆8月29日 池袋演芸場昼席「ぽっかぽか寄席」

はな平『垂乳根』/ろべえ(交互出演)『牛褒め』/柳朝(交互出演)『武助馬』/馬好(交互出演)『猫の皿』/二楽(交互出演)/小團治(交互出演)『星野屋』/馬石(交互出演)『粗忽の使者』//~仲入り~//う勝(交互出演)『六銭小僧』/三三(交互出演)『鮑熨斗』/小雪/正蔵(交互主任)『仔猫』

★正蔵師匠『仔猫』

お鍋の哀れを抑えて(持ち味がウェットだからそれで充分)、無気味さを醸し出す中でも笑いを取れる展開に変えつつある印象。まだ地の文が稍多く、会話から会話へ繋ぐカットバックの必要性を感じた。

★馬石師匠『粗忽の使者』

 治部田治武右衛門の粗忽キャラが素晴らしく可笑しい。目がキョトンとして「ハァッ?」と物忘れしている様子が堪らない。留っ子はもうちっと職人らしさが作らずに出ると良い。三大夫さんは堅さがあり悪くないが、年齢的にまだ見た目の雰囲気に乏しいのは致し方がない。

◆8月30日 池袋演芸場昼席「ぽっかぽか寄席」

まめ平『六銭小僧』/ろべえ(交互出演)『もぐら泥』/柳朝(交互出演)『牛褒め』/馬好(交互出演)『九段八景』/二楽(交互出演)/小團治(交互出演)『元帳』/馬石(交互出演)『松曳き』//~仲入り~//麟太郎(交互出演)『宗論』/正蔵(交互出演)『ハンカチ』/小雪/三三(交互主任)『お化け長屋(上)』

★三三師匠『お化け長屋(上)』

一寸したリアクションや追求の仕方の違いだが、今日は二番目の男が「苛め」でなく「混ぜっ返し」だった。自分でも噺の中で「混ぜっ返し」と言ったのは驚いたが、「お前の芸のためだ」というセリフが活きている。「正蔵くらいにはなりたいんだろ?」「なりたくない・・・目標が低い」は強烈。長屋の男の「それから?」はこのセリフの前を引っ張り過ぎるので可笑しさが破裂しない。目白のを聞いてないのかな?(放送したから映像はTBSにある筈)

★馬石師匠『松曳き』

殿様の高瀬実乗みたいなトッポさが物凄く可笑しい。三大夫さんの歪み方も強烈で、特に独特の仕種が多く(古今亭の笑いとしては本道)白酒師とは違う可笑しさがある。

★麟太郎さん『宗論』

歌詞を書いた手拭いを何枚も出して讃美歌を二曲(一曲目は三番まで)歌い、お客に歌わせた。近年の扇橋師か柳橋先生の『掛取り』みたいだが、優しい芸で、このシニカルな噺には「パンチが効かないな」と感じていただけに、成る程これはひと工夫。麟太郎さんの芸風でないと嘘臭くなりかねない。

◆8月30日 柳家喬太郎プロデュース公演『アンチSWA』(本多劇場)

白鳥・喬太郎・彦いち「御挨拶~三題選び⇒ドジョウ・ハンマー投げ・カザフスタン」/扇辰『麻暖簾』/昇太『マサコ』//~仲入り~//白鳥『三題噺』/彦いち『三題噺』/喬太郎『三題噺』

★喬太郎師匠『三題噺』

ストーリーが出来て、三つの題がその言葉本来の意味のまま散りばめられ方をして、登場人物に変化や成長を伴う点、「ストーリー噺家」として優れた面を発揮した。半面、『マイノリ』のような「何年経っても変わらない登場人物」の愛しさに乏しく、無茶苦茶な新作の馬鹿馬鹿しい愉しさも弱い。一寸鬱陶しさが残る辺り、圓丈文学落語の継承者だなァと感じる。『マイノリ』みたいな「危うい親しみ」が湧かないのだ。

★白鳥師匠『三題噺』

白鳥世界らしい貧乏若者体験噺の可笑しさがある半面、「三題」が駄洒落中心なのは物足りない。もっと、貧乏と夢のアンビバレンツさが弾ける破天荒な筈の白鳥ストーリーになって良いのに、三題に縛られてかしこまった印象。

★扇辰師匠『麻暖簾』

最初の「お清」でパッと空間の浮かぶ巧さがある代り、ズーッと演じているから、芝居落語のかったるさも今夜は感じた。芝居落語の要素を埋めるためには幾つかのセリフに一寸だけ省略が必要なのではあるまいか。

★昇太師匠『マサコ』

この噺って、最後に女の子が来てからが別の小噺に聞こえる。

★彦いち師匠『三題噺』

駄洒落三題レポート落語で、こちらも三題に縛られている。金馬師の『鹿政談』や小満ん師の『奈良名所』またいなカザフスタン観光落語に出来る開き直り、というか芸幅の無さを感じる。

※喬太郎師まみれの六日間の始まり始まり。

◆8月31日 池袋演芸場余一会昼の部『柳家喬太郎の会』

ぽっぽ『松山鏡』/喬太郎『諜報員メアリー』/柴田幸子『寿限無』/喬太郎・幸子「対談」~//仲入り~//喬太郎『心眼』

★喬太郎師匠『諜報員メアリー』

あのマクラから入るか!(笑)

★喬太郎師匠『心眼』

だいぶドラマの方にシフトした印象。山の小春の口説きが長くなり、性格付けが初になるのは悪くない。一方、梅喜が悪党に近い調子になるのは考え物。とはいえ、梅喜のコンプレックス・憧れ・色欲・願望が入り交じった夢の重さはある。この展開で、お竹が料理屋の庭に入り込むまでの描写が要るかどうかは疑問。梅喜が目覚めてからが稍長いのは、梅喜の諦めでなく、反省を感じさせる。ドラマにシフトしながらも、以前より重苦しくはないのは、梅喜がドスを効かせるからかな。

◆8月31日 柳家喬太郎プロデュース公演『双蝶々リレー』(本多劇場)

白鳥・喬太郎・彦いち「双蝶々リレー由来鼎談」//~仲入り~//白鳥『長吉とメルヘンの森』/彦いち『番頭殺し』/喬太郎『雪の子別れ』

★喬太郎師匠『雪の子別れ』

父・長兵衛が圓生師的に稍衰弱を強調し過ぎるが(特に咳き込みの回数が多い)、長吉は以前より稲荷町の演出に近く、「悪党」ではなく人間味が強い。「悪党も里心がつくようでは運の末」は長吉について小里ん師の言われた名言だが、その運の末が親子の情に繋がり、上っ面でない情感を醸し出した。長吉と長兵衛の遣り取りが世間をはばかるものにしては、声が大きく感じさせ過ぎたのは惜しい。また、更に言えば、最後の別れの「ちゃん!」「長吉!」はもっと悲痛でありたい。吾妻橋の芝居掛かりは余り張らないのが世話物としては弱いが、芋会いはドラマになっている。この場の長吉と黒猫の遣り取りは何の違和感もない表現の巧さと、「悪」と「魔」の関係の面白さ、人の運命の彷徨の無常の現れるのにに感心した。最後、雪かと思った白い物が蝶々が江戸の街に降らせた鱗粉だという発想は寺山というより、高橋葉介の怪奇幻想の世界に近い。圓朝物をこう改訂出来るなら、噺は時代を超えて蝶のように日本の空を舞う。白鳥⇒彦いち⇒喬太郎の流れで誰か映像化出来ないかなァ・・・

★白鳥師匠『長吉とメルヘンの森』

黒白二頭の蝶々に誘われて、長吉が森の中のメルヘンの屋敷に迷い込み、『マッチ売りの少女』『ヘンゼルとグレーテル』から「悪」に生きる道を選ぶという場面は寺山修司的なきらめきがあるのに感心した。黒白二頭の蝶から黒白二棟の蔵に至る発想の鮮やかさもさりながら、森の中に長吉が入り込む件は『無法松の一生』で森を通る場面を思わせ、それが母を恋うる彷徨だけに、野田秀樹の『ゼンダ城の虜』の赤頭巾少年同様の胎内回帰さえ思わせる。圓朝から寺山的な前衛をも引き出すバタ臭い才能には驚くしかない。

★彦いち師匠『番頭殺し』

 序盤は場所の設定や細部の名称の出鱈目さに呆れていたが、長吉を「悪心」から「悪党」に飛躍させる番頭権九郎が、長吉との遣り取りで強い存在感を示したのに驚いた。『河内山』が聞きたくなる。また、白鳥版に登場したメルヘン屋敷の老婆が黒猫になって長吉の前に現れる展開も実に面白い。そうした発想が表現をちゃんと伴っている。定吉殺しや終盤の空手殺陣、大根で権九郎を撲殺するアイディアは余り面白いとは思わなかったが(動きは抜群)、ツケ打ちが上手いのには感心。

---------------------以上下席----------------------------

                             石井徹也(落語”道落者”)


投稿者 落語 : 01:08

2011年09月01日

石井徹也の「らくご聴いたまま」 八月上席号

はやいもので九月に入りました。みなさま如何お過ごしでしょうか?

今回は石井徹也さんによる私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の八月号上席号です。落語”道落者”・石井徹也渾身のレポートをお楽しみください!

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◆8月1日 「雲助月極十番」之内陸番(日本橋劇場)

松之丞『笹野権三郎・海賊退治(上)』/雲助『乳房榎~おきせの口説き』//~仲入
り~//雲助『乳房榎~重信殺し』

★雲助師匠『おきせの口説き』

重信が南蔵院に移ってから、比較的平坦だった噺の雰囲気が変わり、どんよりと生温
かいような無気味さ、気だるさが高座に漂うのは雲助師ならでは。浪江の口説きも飽
くまで野暮な恋で、圓生師や三三師系の色悪の性質ではない。おきせの心の側にもギ
リギリの所で隙が感じられ、そこにつけこまれた結果、「悪縁」に至って心変わりし
て行く雰囲気が絶妙。『椿姫』もそうだが、「子供」という小道具に対する女性の弱
さには東西を問わない納得感がある。

★雲助師匠『重信殺し』

淡く、夏の湿気がまとわりついたような世界が展開する。浪江は重信殺害の悪心を起
こして以降、前半とは稍性格が変わっている。正介を殺害に誘い込む辺りにそした人
格の変化がでる。但し、圓生師と違い「悪党」にまでは至らない。正介を誘い込む件
は噺としてちと長く(正介が余りにもまともな人過ぎる)、刈り込む必要を感じた。
「落合の蛍狩り」の場面は、蛍の描写より見ている重信の姿から無数の蛍を連想さ
せ、正介の「人魂に見える」がその不思議な絵面を補足する。先代馬生師なら重信の
死体から蛍を一匹飛ばし、最後の場面でも南蔵院の天井に光らせる所だろうが、良く
も悪くも、雲助師はそこまで気障にはしない。結果、夏の湿気の中で淡々と「普通の
人々」が織りなす「悪縁」の噺になるのは、彦六師の圓朝物に近いか。

※先日、別の会で御自身も仰っていたが、最近の雲助師は、確かに十八番にされてい
た「ピカレスク物」「小悪党物」系世話噺への興味を無くされているように感じる。
それがかつての圓朝物とは違った雰囲気を噺に与えてもいる。

◆8月2日 立川生志らくごLIVE「ひとりブタ」(内幸町ホール)

春樹『高砂や』/生志『竃幽霊』//~仲入り~//ブーとパー(生志・木久蔵)「漫
才」/生志『船徳』

★生志師匠『竃幽霊』

三木男さんから教わったというネタ卸し。それにしては、前座、マクラから本題まで
会全体が長すぎた観あり。熊さん一人で幽霊を待ち受ける件から幽霊との遣り取り
は、熊さん・幽霊二人のキャラクターも似合い、骨太な可笑しさがあって佳い。半
面、序盤・中盤はまだ段取りに追われた印象。特に、銀ちゃんのひ弱さ、最初に竈を
買う男の「道具屋」の連呼が生志師の持ち味と余り合わない。勿論、これから生志型
になって行く訳だろうが、三木助型の『竃幽霊』よりシンプルな目白型の『竃幽霊』
の方が合うのではないかと思える。ならば、前半を刈り込んで、熊さん一人からの場
面以降を膨らましても良いのでは。

★生志師匠『船徳』

先日のにぎわい座と比べて、テンションを抑え気味か。こちらの徳は好き放題で勝手
で我が侭で我慢の出来ない若旦那らしさに違和感がない。短気な客との遣り取り、徳
が直ぐにヘバる可笑しさ(志ん生型を少し取り込んでいる)は十分だが、その可笑しさ
が時々途切れ、テンションが持続しなかったため、全体の雰囲気が稍シニカルに傾い
た。直前の漫才で疲れたのかな。

◆8月3日 池袋演芸場昼席

はん治『ろくろ首』/アサダⅡ世/才賀『禁固刑』(しん平代演。正式題名不詳)/扇
遊『道灌』/和楽社中/圓蔵『不精床』//~仲入り~//左龍(交互出演)『粗忽長屋』
/権太楼『幽霊の辻』/のいるこいる/さん喬『柳田格之進』

★さん喬師匠『柳田格之進』

非常に丁寧で、物凄く気が入っている。いつもより尺が短くなったのも息の詰み方ゆ
え。萬屋の「馬鹿ァッ!」と「番頭ォッ!」の怒気の凄さ。噺の怒気で震えたのは東
横落語会に米朝師が来演された際の『鹿政談』以来だ。落語では困るが一席物人情噺
の表現としては心底に達する怒りと自責があった。柳田が萬屋との交遊を通じて明る
くなって行く様子も良く、無言の中に碁石の音だけで友情の深まる良さ(時代物の
『笠碁』という雰囲気あり)、娘・綾乃に切腹を止められる際の柳田の好人物ぶり、
様々な魅力がある。番頭・長兵衛の嫉妬を敢えて語らない良さもその一つだろう。侍
なればこそ、「主従三世」の情に柳田が負ける良さは「黙れ、黙れ、黙れ、黙まって
くれい」に現される。今年の寄席の至福の一つ。

★権太楼師匠『幽霊の辻』

矢っ張りお婆さんのキャラクターが抜群で、「お化け屋敷」のサゲは兎も角、実は何
も怒らないのに、婆さんのキャラクターと歩き出してからの男のリアクションだけで
十二分に楽しめる。その馬鹿馬鹿しさは原作に無い魅力である。枝雀師匠より私には
面白い。

★はん治師匠『ろくろ首』

「それじゃあ・・・僕」が無茶苦茶に可愛らしく可笑しかった。これだけ良い与太郎
は珍しい。地力も含めて、次世代の小燕枝師・小里ん師への道を感じさせる「柳家の

本道」の愉しさだった。

◆8月3日 『一之輔のすすめ、レレレ。』(国立演芸場)

こはる『権助魚』/一之輔『欠伸指南』(サゲを急に変えた)/一之輔『千両蜜柑』//~
仲入り~//はだか/一之輔『不動坊火焔』

★一之輔さん『千両蜜柑』

全体に間延びしている。それもあって、番頭以下、人物が何となくボヤ―ッとして輪
郭がハッキリせず、如何にもまだ底の浅い噺の印象。主殺しの処刑の仕方が一番面白
い(但し手順が少し違う)のでは困る。

★一之輔さん『不動坊火焔』

ギャグの突っ込み以外、会話にキレが無いから、昼のはん治師の「・・・僕」みたい
に、普通の言葉で受ける要素が非常に少ない。序盤の吉兵衛は与太郎。三バカトリオ
は前記したように会話がちゃんと噛み合っていないし、『千両蜜柑』にも言えるが、
終始ダラダラと会話が続き、リズムが無いから聞き辛い。更に言えば、ダラダラ会話
だとドサッぽい芸に聞こえてしまう。萬さんは与太郎で序盤の吉兵衛とかぶる。半さ
んは怒ってばかり。前座のキャラクターが一番造型は出来てるが、天窓からぶら下
がってからは与太郎になっちゃう。何でも与太郎に逃げるのは感心しない。結果、全
体がアイディアは可笑しいが出来の悪いコントみたいになっている。

◆8月4日 池袋演芸場昼席

アサダⅡ世/しん平『御血脈』/扇遊『口入屋』/和楽社中/川柳(圓蔵代演)『ガーコ
ン』//~仲入り~//喬之助(交互出演)『松竹梅』/権太楼『代書屋』/のいるこいる/
さん喬『福禄壽』

★さん喬師匠『福禄壽』

以前と違い、樋口一葉的世界を感じた(色事は無いから『十三夜』などに近いか)。明
治の家庭劇というか、アイルランド演劇みたいな肌触りがあるのは、全体の雰囲気に
人間味が増したからだろうか。前記の『十三夜』とか『にごりえ』を聞きたくなる。

◆8月4日 池袋演芸場夜

市也『金明竹』/三木男『浮世床・夢』(交互出演)/百栄『誘拐家族』/ロケット団/
白酒『代脈』/菊之丞『短命』/小菊/市馬『堪忍袋』

★市馬師匠『堪忍袋』

怒り方がややマジ過ぎるが、全体の雰囲気に柔らかみが出て来て今夜は可笑しい。
「物置野郎」の愉しさも活きる。

★白酒師匠『代脈』

久しぶりに聞いたが、銀杏の物凄い三大本能馬鹿ぶりとその可愛さに一段と磨きがか
かった。

★百栄師匠『誘拐家族』

犯人蓑田の何とも言えぬ間抜けで小心なとこが矢鱈と似合って愉しい。誘拐された娘
と父親は割とありきたりなキャラクターなのだが蓑田で持ってしまう。

◆8月5日 池袋演芸場昼席

たかし(東京ガールズ代演)/喬四郎(交互出演)『家具屋姫』(正式題名不詳)/金時
(はん代演)『夢の酒』)アサダⅡ世/しん平『不精床』/扇遊『蜘蛛駕籠』/和楽社中/
圓蔵『反対俥』//~仲入り~//左龍(交互出演)『お菊の皿』/権太楼『芝居の喧嘩』/
のいるこいる/さん喬『妾馬』

★さん喬師匠『妾馬』

凄く丁寧。御屋敷についてから、見る物・聞く物全てに驚き、戸惑い、感動している
八五郎(殆ど物は分かってないが、目にピカピカ輝く物への畏敬は分かる)の気持ちで
常に彩られた高座で、只管明るい。今回の季節感は大きな柳の木。八五郎は正に車寅
二郎的で、金を盗んだりするような卑しさはなく、妹思いで、母親に対するすまなさ
もある。赤ん坊の笑顔を見て笑う辺り、独特で稍クサいと言えばクサいが涙を誘う
なァ。それでいて、母親の愚痴を言う件を抜いて、圓生系的な「泣かせ落語」から離
れつつあり、終盤は明確に落語。「三大夫、良き友を持ったの」「朋友、For y
ou・・貴方に」など、さん喬師独特のギャグの混じり合いもバランス良く、古今亭
系、圓生系とも違う『妾馬』として、一朝師、雲助師と並ぶ現代の三幅対だろう。

★権太楼師匠『芝居の喧嘩』

ギャグ部分はいつも通りだが、白柄組と町奴のセリフは講釈的にマジで、骨太な人物
造型が感じられ非常に立派。こういう、芯の通った演出の『芝居の喧嘩』は初めて聞
いた。

★しん平師匠『不精床』

犬でなくアヒルが耳を食べたり、ボウフラの湧いた水がリアルに現されて可笑しかっ
たり(「ボウフラはみんな生きている」の歌には笑った)、物凄くギャグマンガなんだ
けど、それが素直に落語にもなってしまうのは「天才しん平師」ならでは。

★金時師匠『夢の酒』

普通に演っているようで、親父の酒好きや、夢の女から嫁に代わる辺りがちゃんと出
来ているだけでなく、フッと家族の日常が感じられる。お父さん譲りの「目立たない
巧さ」が高座に出て来たかな。

◆8月5日 柳家三三「島鵆沖白浪」六ヶ月連続口演その四(にぎわい座)

 市楽『雛鍔』/三三『三宅島の再会』//~仲入り~//三三『島抜け』

★三三師匠『三宅島の再会』

幾つかの因縁が出会う場面だが、喜三郎とお寅の再会にもう少し色模様を作って聞か
せてくれないと、単に人物関係の整理説明を聞いているようで味気ない。そこは如何
に三宅島の苫屋でも、『櫻姫』の簾くらいの場面は欲しい。どうも、そういう意味で
の芝居っ気が足りないね。

★三三師匠『島抜け』

昨年同様、面白い場面。マクラが長くて心配したが、島抜けの計画から稍丁寧に運ん
だ。勝五郎と正吉が布斎院の住職を殺して金を奪う件は凶暴な感じと、玄若のとぼけ
方の照り降りが面白い。海上の船幽霊の件は面白いが昨年より空間の広い分、『船弁
慶』的な松羽目に真っ暗な帷の降りて来る怪異さは乏しい。去年のこの場は鳴り物の
入りとセリフの兼合いが真に神霊的で、「怪談師三三」の面目躍如たるものだった
が、今回はそこまで至らず。玄若の船酔いを入れすぎたせいもあろうが。

◆8月6日 池袋演芸場昼席

さん坊『六文小僧』/さん若(交互出演)『鈴ヶ森』/東京ガールズ/さん弥(交互出演)
『熊の皮』/はん治『子褒め』/アサダⅡ世/しん平『圓朝祭(前日漫談)』/扇遊『夢
の酒』/和楽社中/圓蔵『不精床』//~仲入り~//左龍(交互出演)『棒鱈』/権太楼
『短命』/わたる(のいるこいる代演)/雲助(さん喬代演)『妾馬』

★雲助師匠『妾馬』

昨日のさん喬師とは対照的に古今亭⇒金原亭の典型で如何にも落語らしい(矢張り先
代馬生師の影響が強い)。八五郎に軽犯罪くらいはしててもおかしくない野放図さが
あり、物が分かってないのは勿論だが、傍若無人な愉しさは志ん生師の一面に通じ
る。三大夫さんの困り方、殿様の面白がり方が目に浮かぶ。笑い泣きで愁嘆は入れる
が根本的に八五郎の破天荒さで噺全体は明るさを失わない。

★権太楼師匠『短命』

久しぶり。目白の小さん師型の基本的な流れが権太楼師ならではのキャラクターで膨
らんで行く可笑しさが愉しい。

★さん若さん『鈴ヶ森』

喜多八師型だが、この噺の破調が似合う。初めて面白かった。

★さん弥さん『熊の皮』

 癖の強い芸ではあるが、奇妙な発声の先生のキャラクターがかなり可笑しい。

◆8月6日 池袋演芸場夜席

フラワー『道灌』/三木男(交互出演)『浮世床・夢』/百栄『生徒の作文』/にゃん子
金魚(ロケット団代演)/白酒『金明竹』/柳朝(菊之丞代演)『鹿政談』/小菊/市馬『笠
碁』

★市馬師匠『笠碁』

ジワジワと目白型の『笠碁』として、同世代では抜きん出た魅力を増しつつある。そ
の上で、隠居年齢の二人を現すには声が良過ぎるのが惜しい。また、独白であるべき
セリフ等に意外な無駄がある。待つ側の旦那がポストの陰に立つ美濃屋を発見した
際、「居たっ!」でなく、傍らの番頭に「居たよ」と言うが、目白の「居たっ!」の
両肩を竦めて驚く表情の一瞬の魅力と比べ、悦びが流れてしまう(番頭の役割は
「ヘッ、て顔をして」までで終わっており、ワンシーン出番が蛇足になる)。最後に
「一番来るか」と言い乍ら、感情の高ぶりを抑えるという見事な計算が出来る市馬師
だから「居たっ!」も独白でありたい。

★白酒師匠『金明竹』

与太郎が可愛く可笑しいし、伯母さんの困惑ぶりがまた良い。「先途、仲買の」の言
い立てが意外とカクカクするのは口角が丸く小さい肉体的弱味から、意識的に明確に
発音しようとするためだろうか。そう言えば、啖呵を切る噺って殆ど聞いた事がない
なァ。口角が丸く小さい分、丸く明瞭な音が出るから、余り意識し過ぎなくても良い
と思うが。

◆8月7日 池袋演芸場昼席

やえ馬『赤子褒め』(関西弁版。自然で面白い)/小んぶ(交互出演)『たが屋』/東京
ガールズ/さん彌(交互出演)『夏泥』/わたる(のいるこいる代演)/〆治(はん治代
演)『看板のピン』/しん平『圓朝祭(当日漫談)』/扇遊『厩火事』/和楽社中/圓蔵
『謎掛け(噺せず)』//~仲入り~//喬之助(交互出演)『お花半七』/馬の助(権太楼
代演)『権兵衛狸』/アサダⅡ世/さん喬『船徳』

★さん喬師匠『船徳』

古今亭型をベースに目白の棹を振り回すのを+した演出。若旦那が気障にシナを作る
様子や棹を矢鱈と振り回す形が良くて馬鹿に可笑しい。本当に変な若旦那で、厄介か
つシニカルなとこもあり、疲れて静かになってからが更に凄い。「人は流れのままに
身を任せて」「あんたたちなんで乗ったんだ」等、独特のギャグもあり愉しい。

◆8月7日 池袋演芸場夜

なな子『転失気』/三木男(交互出演)『猿後家』/百栄『鼻欲しい』/ホンキートンク
(ロケット団代演)/白酒『つる』/萬窓(菊之丞代演)『伽羅の下駄』/たかし(小菊代
演)/市馬『鰻の幇間』

★市馬師匠『鰻の幇間』

「圓朝祭実行委員長」は声が少し嗄れているものの連日元気。先月、湯島天神の会よ
り稍短縮気味で、序盤は刈り込みのため受けにくかったが、それを物ともせずに噺を
リズミックに運んで鰻屋へ。ここで発揮される一八の芸人らしさ、新たなくすぐりの
可笑しさが光る。「いわしておくれ」は無いかわり、「アタピンの海岸散歩する」の
洒落を鰻屋の女中が言ったのが無闇と愉しかった。

★百栄師匠『鼻欲しい』

鼻っ欠けの発声が滅茶苦茶に似合って大爆笑。実語経を教える件で侍も可笑しいが、
困っている生徒の娘の困惑した表情が抜群。しかも、鼻っ欠けだと圓生師の普通の発
声に似ているのがまた可笑しい。

★萬窓師匠『伽羅の下駄』

 彦六師や圓窓師の『伽羅の下駄』より遥かに可笑しい。仙台侯の品位に無理が無い
し、豆腐屋の暢気な驚き方も結構なもの。

◆8月8日 池袋演芸場昼席

雲助(権太楼代演)『臆病源兵衛』/ホームラン/さん喬『百川』

★さん喬師匠『百川』

何時も通り、安定した受け方だが、河岸の若い衆たちの、てんでにテンションの高い
気取り方は新たな可笑し味ではあるまいか。

◆8月8日 池袋演芸場夜

フラワー『道灌』/三木男(交互出演)『浮世床・夢』/百栄『トビの夫婦』/ロケット
団/圓太郎(白酒代演)技『親子酒』

★圓太郎師匠『親子酒』

稍回りくどい感じもするが、老夫婦の会話を工夫して延ばし、大きな笑いの取れる噺
に変えている。

◆8月8日 渋谷に福来たる~落語ムーブ2011~vol.0だったはず(渋谷区文
化総合センター大和田さくらホール)

昇太・白酒「オープニングトーク」/一之輔『短命』/白鳥『ハイパー初天神』/白酒
『松曳き』//~仲入り~//彦いち『掛け声指南』/昇太『オヤジの王国』

★昇太師匠『オヤジの王国』

この噺のサゲって女性的なベクトルがある。「落語らしさ」がフッと消えて、現実的
になるのは「真面目」や「正義」が普通の男より好きなのかな。

★白鳥師匠『初天神』

会場と観客のレベルの把握が早い。

★白酒師匠『松曳き』

白鳥師を参考に十八番で手堅くすり抜けた印象。

★彦いち師匠『掛け声指南』

 リアリティはあるのだが、どうも前半がかったるい。

★一之輔さん『短命』

絶叫落語になってしまったのは会場の器を把握出来なかったのか。

※この会に関して、みんなまだ探り上体で、余り大マジで演ってはいない印象。今回
に関して言えばSWA系ギャゲ落語の会だが、前後の会を見ても主旨のハッキリしな
い、録音用落語会の印象が強い。回毎の色合いもバラバラ過ぎまいか。次回の文左衛
門師と遊雀師の組合わせには入れ物がデカ過ぎて、両師に気の毒。

◆8月9日 池袋演芸場昼席

やえ馬『転失気』(関西弁)/喬の字(交互出演)『松竹梅』/東京ガールズ/喬四郎(交
互出演)『チワワ』(正式題名不詳)/はん治『背中で泣いてる唐獅子牡丹』/アサダ
Ⅱ世/しん平『御血脈』/志ん橋『熊の皮』(扇遊代演)/和楽社中/圓蔵『不精床』//~
仲入り~//左龍(交互出演)『片棒(中)』/権太楼『お化け長屋』/のいるこいる/さん
喬『線香の立切れ』

★さん喬師匠『線香の立切れ』

今回は「黒髪」(下座さんの都合か?)。マクラが短く40分前後と引き締まった出来
で、間を取りすぎたような場面が無い。若旦那はある意味、男性的でセリフもハッキ
リしている。小糸の母親も泣き過ぎず、愚痴を言い過ぎずで、凜とした女将なのが良
い。女将の言葉で語られる小糸は可憐(変に乙女チックではない)。若旦那の贈り物を
広げて「若旦那に捨てられたら生きて行けない」と泣く件が哀れ。最後に弾いた三味
線の音を「良い音色でした」と女将が言い、それを聞いた小糸が初めて笑った、とい
うのは印象的である。

※凄く酷な設定だが、若旦那が蔵入りしてから一ヶ月程で小糸に子供が出来ているの
が分かり、それが傷心が増して流れてしまい、益々体力が衰える・・・という展開は
悲劇的過ぎるか。

★権太楼師匠『お化け長屋』

キャラクター優先でなく、目白型の運びで、怪談噺を古狸の杢兵衛から聞いた長屋の
仲間が怖がってから「で、どうなんの?」と聞いたのが素晴らしく可笑しかった。権
太楼師の「目白回帰ネタ」の佳作。

◆8月9日 白酒ばなし(にぎわい座)

きょう介『垂乳根』/白酒『井戸の茶碗』//~仲入り~//駒次『泣いた赤い電車』
(紙芝居スタイル)/白酒『千両蜜柑』

★白酒師匠『井戸の茶碗』

 噛みまくっていたが丁寧で、終盤、高木が絹への本心を隠してテレまくる様子と、
清兵衛の正直だけど少し鈍いとこが愉しい。

★白酒師匠『千両蜜柑』

冒頭の番頭と若旦那の遣り取りの可笑しさから、番頭が逆さ磔に怯えるパニック。神
田の水菓子問屋で蔵が開いた雰囲気はちゃんとあり、また番頭が旦那や若旦那に気
取って「一つ、千両です」という可笑しさと笑わせ所もクリアされている。半面、旦
那に「(千両は)安い」と言われてから、ラストで廊下に出て三房の蜜柑を手にしてい
る場面まで、錯覚と混乱が次第に高まって行く様子はまだまだ。「安い」と言われた
時の番頭のリアクションが錯覚と混乱を中断させている。

★駒次さん『泣いた赤い電車』

 私にはどうしても「アナウンサーの発音」にしか聞こえず、「落語」を感じない駒
次さんの噺が、こうした紙芝居スタイルで、老ナレーターという「作り物」にすると
気にならなくなる。鉄道ネタ以外でも作品が作れないものか。この噺の展開は昔、伊
藤正宏氏が書いたコントの方がもっと強烈だが。

◆8月10日 池袋演芸場昼席

さん坊『六文小僧』/さん若(交互出演)『鈴ヶ森』/ホームラン(東京ガールズ代演)/
喬四郎(交互出演)『家具屋姫』(正式題名不詳)/はん治『ボヤキ酒屋』/アサダⅡ世
/しん平『お花半七』/菊丸(扇遊代演)『たが屋』/和楽社中/圓蔵『道具屋~反対俥』
//~仲入り~//喬之助(交互出演)『短命』/権太楼『金明竹(下)』/のいるこいる/
さん喬『中村仲蔵』

★さん喬師匠『中村仲蔵』

 以前、上野鈴本演芸場夜の主任で聞いた時と全く印象が違う。無駄な神経質さがな
く、また所謂「人情噺」というよりは、芝居国の若者成功譚という余韻が残る。稲荷
頼みから旗本(稲葉新三郎〓)との出会いも余りドラマティックでない。旗本は最初か
ら朱鞘の大小に白献上の姿である。金井三笑との対立は一寸だけ触れる程度。かみさ
んもやたらとハッパを掛けたりしない。いわば、芸質の良い若者と運&ヒントが出会
い、応用力の発揮で定九郎が変わる展開。舞台の様子も一応丁寧だが「演り過ぎ」の
印象はない(下座が少しトチッた。定九郎が倒れると幕が閉まる演出)。突然の新定
九郎像に呆然とする観客に対する仲蔵のリアクションにも執着心が強くない。考えて
みれば、「受けない」に一々驚いてたら噺家さんはやってけないもんな。そういう舞
台人の日常感覚が噺全体に流れているのが面白い。稲荷町風に師匠・伝九郎は「お前
はオレの弟子だな」て言い、四代目市川團十郎も絶賛するが、そこで当てたと分かっ
ても仲蔵が師匠や成田屋の前で泣いたり大感謝したりしない。急いで自宅に帰ってか
らも、仲蔵はまだ呆然として「夢見心地」でいる。それが却って落語らしい。近年流
行りの演出のように、かみさんを役者貞女にせず、夫婦愛よりも役者世界の称賛を前
に出しているのも納得。男の世界の落語『仲蔵』である。

★権太楼師匠『金明竹』

「骨皮」抜きだが、上方者のいきなりドツボに嵌った大困惑ぶりや「阿呆でんな」が
無闇矢鱈と可笑しく、笑い転げてしまった。与太郎もリアクションのハイテンション
が素晴らしく、上方物の言葉で覚えているのが「あんた、阿呆やろ!」だけってのも
抜群。伯母さんが輪を掛けて何も分からず困りまくるのも含めて、『金明竹』でこん
なに笑った事はない。シアワセ!

◆8月10日 池袋演芸場夜

市也『元犬』/ひろ木(交互出演)『秘伝書』/百栄『弟子の赤飯』/ロケット団/白酒
『つる』/菊之丞『法事の茶』/たかし(小菊代演)/市馬『南瓜屋』

★市馬師匠『南瓜屋』

悪くないんだけど、ちと力が抜け過ぎで、「上を見てた」と聞いて、伯父さんが芯か
ら呆れて叱る調子が弱かった。与太郎はちょこちょこと、聞いた記憶の無いくすぐり
を入れており、サラサラしてるが(テンションは高くない)、クスクスと可笑しい。

★百栄師匠『弟子の赤飯』

 弟子師匠噺のパロディ系創作としては相変わらず抜群。サゲが矢張りマニアック過
ぎて、ラストでトーンダウンするのは惜しい。


                            石井徹也  (落語道落者)
           

投稿者 落語 : 09:58