« 石井徹也の「らくご聴いたまま」 三月上席分 | メイン | 人形町らくだ亭 振り替え公演決定です »

2011年03月27日

石井徹也の「らくご聴いたまま」三月中席号。

石井徹也(放送作家)による私的落語レビュー「らくご聴いたまま」の三月中席号です。
大震災のあったその日、その時(3月11日14時46分)石井さんは池袋演芸場にいました。
高座にあがっていたのは川柳川柳さん。
そのとき、高座は、客席は・・・。
これもひとつの「震災レポート」です。
3月11日から10日まで。
「落語聴きの決死隊」石井徹也の十日間をご覧下さい。

---------------------------------------------------

◆3月11日 池袋演芸場昼席

/夢葉/川柳『ガーコン』//~仲入り~//玉の輔『持参金』

 ※玉の輔『持参金』途中で「東北関東大震災」による地震のため興行を中止。

 ほぼ、満員の池袋演芸場昼席、私は前方2列目、上手非常口前の補助椅子に座って
いた。

入場した時、高座に上がっていたのは手品の夢葉先生。続いて、仲入りの川柳師匠が
登場。『ガーコン』を始めたが、途中で第一震に襲われた。

先に気づいて騒然としたのは客席で、何しろ地下の客席だから、グルグル廻るように
揺れた。縦揺れではないから、私自身はそんな慌てなかったが。

川柳師は「あんたたち、何騒いでんの?」と騒然とする客席を叱ったが、「師匠、地
震!」と指さされて、高座から立ち上がったら、足元がおぼつかないほどの揺れに

「こりゃいかん」と 驚かれていた。更に、高座の真上の照明からコンセントでも外
れたのはヒモ状の物が落ちてきたため、客席の騒然は強まり、客の一部が上手の

「非常口」から外に出ようとしたのを従業員が「逃げるならこちらから」と、下手の
本来の入り口へ誘導しいるうちに、第一震が納まり、川柳師匠も高座に座りなおす。

客席も落ち着きを取り戻した。川柳師匠は「新宿末廣亭は潰れてんじゃないの」など
と言い乍ら、『ガーコン』の続きを演じて、仲入りになり、一度幕を閉めた。

求刑時間、観客の多くは、一階まで出るなどして携帯をかけたり、「地上も大騒ぎし
ている」と情報を客席に伝えたりと、みんな忙しく動いていた。

終演後、ロビーで出会った雲助師匠は池袋演芸場の手前で第一震に遭遇。「東武デ
パートのビルがグラグラ揺れてるから、こりゃヤバイと思った」と伺った。

 

 仲入りが終わり、玉の輔師匠が出てきて、今の地震をネタにしたりしてマクラを振
り、『持参金』に入った途端に第二震襲来。客席が再度、騒然とし、従業員が

「上手非常口から逃げないように」と誘導を始めると直ぐに、前座のやえ馬さんが下
手から高座に飛び出してきて、「支配人が公演を中止にすると言っております。

主任の一朝師匠から連絡があり、地下鉄が止まってこちらに来られないそうです」と
いったのをキッカケに客はゾロゾロと帰り始めた。

川柳師匠も再び高座に姿を現して、御身内の心配をされていた。そこで、たぶん従業
員だったと思うか、「本日のチケット半券にハンコを押します。ハンコを押した

チケットは別の日に無料で入場出来ます」と説明すると、帰りかけた客がみんなハン
コを押して貰う列に並び始めた。

後日、高座で玉の輔師匠が仰っていたが。この時、楽屋から兄弟子の圜太郎師匠が
「お客様が全部客席から出るまで、おまえは高座にいて、何か喋っていろ!」と

声を掛けたとかで、ハンコを貰った客が全員退出するまで、高座にいたという。お客
様を最後まで見送る、という了見は「寄席の芸人さん」として正しいよね。

私はハンコより命が大事と、直ぐ一階に出た。既に高座を終えていた柳朝師匠と、喬
之助師匠(だったと思うが)の二人が、地上に出てきたお客さんと不安気な

面持ちで話をしていたのが印象深い。一方、客席にいた知人の落語ファンが「こんな
グルグル廻る寄席にいたってしようがない」と笑いながら避難したのに感心。

 これくらい余裕が無いとパニックに押し流されて却って危険だろう。

  

この日、新宿末廣亭は昼の部の最後まで公演を続けたが、主任の文楽師匠から「地下
鉄が止って向かえない」と連絡が入り、志ん橋師匠が代バネをしたと聞いている。

その後、社長、アメバイトの従業員、前座さんはそれぞれ帰宅したが、お囃子さんは
遠距離で徒歩帰宅出来ない、という事で 末廣亭の楽屋に宿泊したとのこと。

末廣亭裏の喫茶店「楽屋」の方が、夜になって末廣亭から三味線が聞こえるので、
「夜席もやってるのか?」と覗いたら、宿泊したお囃子さんが「する事がないので

稽古をしています」と答えた、というのは「ちょっといい話」として後世に伝えられ
るべき?であろうか。

 

因みに、後日、はん治師匠が高座で語られていたが、小三治師匠は直江津での落語会
に前乗り込みするた、上越新幹線に乗っていた所、熊谷手前で停車。五時間

 余り車内に缶詰めになった後、偶々、熊谷在住だった直江津の主催者のの方の知人
宅まで歩いて泊めてもらい、翌日、はん治師匠が熊谷まで車で迎えに行って、

 高田馬場の自宅に漸く帰りつかれたという。

◆3月12日 新宿末廣亭夜席

朝呂久『好きと怖い』/小太郎『松山鏡』/アサダ二世/左龍『六銭小僧』/菊春『お花
半七』/ホンキートンク/志ん輔『のめる』/馬生(馬桜昼夜代り)『猫の皿』/小菊/小
勝『蔵前駕籠』/伯楽『陸前高田心配』(知人の消息が不明で心配している、という
話と小噺)//~仲入り~//朝馬『六尺棒』/勝丸/左楽『馬のす』/今松『はなむけ』/
ダーク広和(正楽代演)/さん喬『幾代餅』

★さん喬師匠『幾代餅』

本興行後の「深夜寄席」を踏まえて、衣装の描写などを省略した中ヴァージョン。冒
頭の清蔵の恋煩いと終盤の清蔵帰宅後からが落とし噺という餅で、中の一年後の清蔵
から吉原、後朝という人情噺を餡にくるんだ印象。一年後の清蔵が親方に「沢山働か
せるために騙した」と怒り、親方が「そんなつもりはなかった」と謝る展開は些か考
えものだが、清蔵の恋心、前幾代が手をついて、「来年三月年季が明けたら」と話し
出す声音、真情、姿の良さは際立っている。

◆3月13日 生志のにぎわい日和(横浜にぎわい座)

生志『オープニングトーク』/博多座口上ビデオ/志の春『出来心』/生志『牛褒め』/
生志『堀の内』//~仲入り~//はだか/生志『禁酒番屋』

★生志師匠『牛褒め』

怪物的与太郎が可笑しいが、久しぶりの口演とかで展開は些かシドロモドロ。

★生志師匠『堀の内』

倅が中々利発風で親父に色々忠告するが、最後で実は親子三代粗忽だった、という展
開になるのは面白い工夫。銭湯に親子が手を繋いで行く姿が、如何にも生志師匠に似
合って良いなァ。堀の内に行く途中で絡む禿頭の男が、銭湯で再登場する美味しい役
になっているのは、家元の映画配役好みっぽくて実に愉しい。

★生志師匠『禁酒番屋』

東北関東大震災を鑑みて、予定していた『鼠穴』を変更(昨夜のさん喬師匠の『幾代
餅』にも通じる、芸人さんらしい配慮)。酒好きの侍・近藤が「(酒が切れて)幻覚を
見ると刀を抜く」と番頭を威かすのも可笑しいが、伝書鳩・伝書土竜なんてアイディ
アを店の若い衆が出すのも馬鹿馬鹿しく可笑しい。番屋の侍が油徳利を店の若い衆に
注がせて己が手を汚さない権柄づくは矢張り優れた工夫。小便徳利を小僧が考え出
し、最初から女子衆も参加して「漏斗」は言わない。小便徳利の段になって、番屋の
侍が「大きい湯飲みを持って来い」というのも可笑しさアップで成程と感心。黙って
湯飲みの泡を吹くのも抜群に可笑しいが、その後、小僧に「徳利を揺らすな、泡だっ
ておるではないか」というのはお客によって変える演出かな。

◆3月13日 第247回小満んの会(お江戸日本橋亭)

半輔『元犬』/小満ん『雁風呂』/小満ん『忍び三重』//~仲入り~//小満ん『妾馬』

★小満ん師匠『雁風呂』

老公の風趣に時代世話の魅力があり。「隠居の身」と名乗る雰囲気が西山荘の敷居無
き造りに思い至る。近年、圓橘師匠、雲助師匠、松鯉先生と聞いた演目だが、それぞ
れに魅力が違うのもまた愉しい。小満ん師の『雁風呂』は光國公と淀屋のたまゆらの
邂逅が正しく「燕の便り、雁の文」を思わせるのが妙味。

★小満ん師匠『忍び三重』

長谷川伸の作品に想を得たと伺えば、成程と納得。北前船中の小騒動なら『旅の里扶
持』か映画『浮草』のような噺になり、駆落ち者から旅芸人、旅役者、門付けの独り
芝居と変わった夫婦が『鎌倉山』の趣向で料理屋の板場に「泥棒芸(とでも言うか)」
に入り、祝儀まで貰うに至る、という趣向尽くしのような一席。本格に下座を入れた
ら、更に風趣の増す噺になりそう。『歌行燈』や『佃の渡し』が聞きたくなる。

★小満ん師匠『妾馬』

井戸替えから、八五郎が士分に取りたてられての御使者のしくじりまで、全編通し口
演は生まれて初めて聞いた。一見、柄に無さそうな噺なのに、実に面白い。序盤は八
五郎の母おくらの気の強さが素敵に面白い。八五郎は縞の着付けにピッタリで、特に
大家との遣り取り、三太夫との遣り取りのテンポの良さ、軽妙さ、的確にざっかけな
い人物造型は、二度ほど聞いた目白の小さん師匠の『妾馬』の八五郎を思わせる魅
力。三太夫まがた絶妙。重臣だが落語らしく堅苦しくない佳さに圧倒される。殿様の
品格と一寸ひよわな雰囲気は黒門町譲り。酒宴の八五郎がオフクロを思い乍ら、自ら
テレて泣きすぎぬ江戸気質の佳さ、「剃刀が眉か喉か」の都々逸の酒脱さも見事に江
戸落語である。八五郎が士分に取り立てられた八五郎に殿様が洒落につけた名前・泡
吹蟹右衛門がまた実に馬鹿馬鹿しい。これまでに伝わる「岩田杢蔵蟹成」より遥かに
可笑しい。

◆3月14日 池袋演芸場昼席

柳朝『武助馬』/はん治『ろくろ首』/夢葉/歌る多『松山鏡』/圓太郎『強情灸』/
にゃん子金魚(笑組代演)/川柳『パフィー』//~仲入り~//玉の輔『不思議の五円』/
雲助『鰻屋』/和楽社中/一朝『妾馬』

★一朝師匠『妾馬』

不変のスタンダード。八五郎が殿様の前で「俺の妹だい!(中略)違うって言われた
ら、どうしようかと思った」の件が馬鹿に楽しかった。細部の事だが、「女、氏なく
して玉の輿に乗る」の「輿」のアクセントがちゃんとしてるのは一朝師匠だけだ。

◆3月14日 第二回Woman‘s落語会(日本橋社会教育会館ホール)

白鳥・粋歌「粋歌紹介」/粋歌『ナースコール』/白鳥『灼熱雪国商店街』//~仲入り
~//こみち『長屋の花見オカミサン版』/ちよりん『ハラペコ奇談』

★粋歌サン『ナースコール』

主人公みどりがまだ馬鹿になりきれない。頭の良い人が批判的に演じてるオバカで可
愛らしさに乏しい。

★こみちサン『長屋の花見オカミサン版』

前回の『明烏』より噺自体が女性視線に近づいている。また、二人の婆さんが非常に
可笑しい。主役クラスのオカミサン二人は長屋のカミサンにしては稍「良い女気取
り」が強い。もっと『オバサンたちの花見』で良いのでは。

★ちよりんサン『ハラペコ綺譚』

前回の『プロレス少女伝説』や寄席で聞いた『泣き塩にも言えるが、「何だか分から
ないが可笑しい」という魅力がある。客前で馬鹿になれる噺家らしさ(噺家に必要な
頭の良さ)を持っているというべきか。元松旭斎夢智の母親も子供も西園寺美彌子(本
来、岡本かの子みたいな魁偉キャラクターの筈なんだが)の霊も、演じ方はたどたど
しいし、声力も弱いけれど、愉しい可笑しさがある。熱海近くの静岡県内を母子が彷
徨い、山葵を手に入れるとか、前半をもう少し整理したら、可笑しさは増すだろう。
太っているのが可愛く見えるのは強み。若いうちだけかもしれないが(笑)・・巧く
なっても『厩火事』のお崎サンが似合うタイプではないと思う。彼女なら、女性版
『試し酒』等が出来るのではないか。

◆3月15日 池袋演芸場昼席

圓太郎『羽織の遊び』/夢葉/川柳『パフィー』//~仲入り~//玉の輔『財前五郎』/
雲助『手紙無筆』/和楽社中/一朝『淀五郎』

★一朝師匠『淀五郎』

これまで聴いた一朝師のどの『淀五郎』より、リハリの効いた巧演。團蔵が(最初の
威厳は、圓生師匠っぽいが皮肉は言ってない)単に厳しいだけに終わらず、仲蔵の言
葉通り、治った淀五郎の判官を見た時の嬉しそうな「プロの笑顔」を見せる佳さ。仲
蔵も単に優しいだけでなく、詰める所は詰め

て、淀五郎の本心を聞き出し、笑い乍ら諫め、厳しく指導し、強く励ます。見事な先
輩ぶりを見せる。淀五郎が一寸青く團蔵に話し掛けてシクジる様子の若さ、一種の軽
薄さ。若さ故に考えの足りなくなる悲しさと孤独感。それが仲蔵に教えられた後、自
分を取り戻して、喧嘩場の迫力に変化する。初日、團蔵の花道の出の大きく迫力のあ
ること、各役の芝居の的確さ、「打ち出す」等、細部の言葉遣いまで気を配り乍ら、
堅苦しさを感じさせない妙味に唸る。

◆3月16日 第二回らくご・古金亭(湯島天神参集殿一階ホール)

ぽっぽ『壽限無』/馬治『強情灸』/馬石『安兵衛狐』/雲助『長屋の花見』(先代馬生
師匠型)//~仲入り~//喬太郎『義眼』(初演)/馬生『らくだ』

※自分が主催した会なので評判は控えるけれど、日本の現状を鑑みた上で、出演者そ
れぞれの持ち味で渾身の高座だった。

◆3月17日 新宿末廣亭主昼席

ひな太郎『代書屋』/ペペ桜井/種平『お忘れ物承り所』/志ん橋『間抜け泥』/仙三郎
社中/文楽『猫久』

★文楽師匠『猫久』

老武士の無骨さはそのままに、八五郎のテンションとリアクションの良さで、この厄
介な演目にも関わらず、昔より受けがハッキリと強くなっているのは偉い。

※東宝劇場へ向かおうとしたら、夜の部が大停電の可能性アリで中止となり、新宿末
廣亭へとんぼ返り。

◆3月17日 新宿末廣亭主夜席

ホンキートンク/志ん輔『豊竹屋』/馬桜『子褒め』/小菊/小勝『風呂敷』/伯楽『味
噌豆・陸前高田』//~仲入り~//朝馬『蜘蛛駕籠』/勝丸/左楽『尿瓶』/今松『親子
酒』/正楽/さん喬『幾代餅』

★さん喬師匠『幾代餅』

清蔵の「おいら~ん」と「会いたくて、会いたくて」の科白廻しが耳に残る。特に
「おいら~ん」は『抜け雀』の宿屋亭主の「貴方、必ず返って来るって、仰有った
じゃないですかァ」に共通する甘い切なさを感じさせられる。

※小勝師匠がマクラで語った「三越本店(日本橋での話であろう)で地震と遭遇した
小勝夫人をはじめとする延べ五百人もの帰宅不能のお客は、三越からお茶や夕食を振
舞われた後、各フロアに宿泊もさせて貰い、翌日には朝食まで振舞われて帰宅した」
というエピソードは、地震発生後、寒さと夜が近づく中、多数の客を店外・構内外に
締め出してシヤッターを閉めた池袋の複数の百貨店、JR池袋駅と、三越とでは「人
間性の違う企業である事」を感じさせられた。「老舗」とは、「何かあった時に自分
たちが被る責任」よりも「あるべき人間関係」を優先する「良識」の持ち主なのだ
ね。池袋の複数の百貨店やJR東ニンとは「精神の位」が違うという事か。

◆3月18日 新宿末廣亭昼席

ペペ桜井/権太楼『肥瓶』//~仲入り~//ひな太郎『六尺棒』/ゆめじうたじ/小里ん
『手紙無筆』(種平代演)/志ん橋『居酒屋』/仙三郎社中/文楽『猫久』

★文楽師匠『猫久』

仲入り後中盤から客席が硬くなり始めていたが、更に文楽師がマクラで「地震の被
害」を話したのが、客席の「里心」「不安感」を呼び醒ました雰囲気で更に客席が
トーンダウン。出来は悪くないのに受けず残念。

◆3月18日 『真一文字の会』(内幸町ホール)

ぽっぽ『金明竹』/一之輔『鷺取り』/一之輔『四段目』//~仲入り~一之輔『花見の
仇討』

★一之輔さん『四段目』

四段目を幕開きから物凄く丁寧に演っていたけれども、役の声柄の変化に乏しく、形
もそんなに良くはないので、面白味や意味合いには乏しい。試演ゆえの御景物か。定
吉のキャラクターは可笑しいし、可愛らしいんだけど。

★一之輔さん『鷺取り』

「一人助かって、坊さん四人死んだ」では現在の社会状況で後口が悪いためか、
「『火事息子』の発端」とサゲた。展開は小朝師匠の元になった枝雀師匠の原型に近
い。八五郎のキャラクターが可笑しいのに比べ、噺の展開にはオリジナリティや個性
を特に感じない。鷺の可笑しさは枝雀師にまだ遠く及ばず。

★一之輔さん『花見の仇討』

27~8分と、この噺本来のサイズ。本所の伯父さんの人物造型が愉しい。今の圓蔵
師匠がネタ卸しした詩(それっきり聞いた事がないけれど)の本所の伯父さん以来の
可笑しさ。

反面、四馬鹿カルテットは、六さんの気弱さ、曖昧さ以外のキャラクターの違いに乏
しい。「良い人」の武士は非常に明確。彦六師匠⇒一朝師匠⇒一之輔さんと「武士の
まともさ」は受け継がれているというべきかも。これから、志ん朝師匠的な躍動感に
行くのか、先代馬生師匠的な馬鹿馬鹿しさを目指すのか、はたまた全く違う独自の方
向へ向かうのか、まだ道が定まっていない印象。

※「本所の伯父さん」って、高座の雲助師匠のキャラクターで出来ないかな。耳が遠
いらしさの出る「大きな声」と、妙に可愛い早飲みこみの伯父さんになるのでは?

◆3月19日 池袋演芸場昼席

歌る多『宗論:娘版』//圓太郎『浮世床・講釈本』夢葉/川柳『ガーコン』//~仲入
り~//玉の輔『紙入れ』/雲助『狸賽』/和楽社中/一朝『大工調べ(上)』

★一朝師匠『大工調べ』

与太郎の啖呵まで。大家と棟梁の遣り取りには矢来町がフッ、フッと顔を出すのが良
き香辛料になっている。

★雲助師匠『狸賽』

妙に狸も八五郎も可愛らしいのが特色。

◆3月19日 新宿末廣亭夜席

左龍『お花半七』/扇治(菊春代演)『堀の内』/ホンキートンク/志ん輔『元帳』/馬桜
『七段目』/たかし(小菊代演)/小勝『網走刑務所』(途中余震あり)/伯楽『猫の皿』
//~仲入り~//小金馬(朝馬代演)『目薬』/勝丸/左楽『権兵衛狸』/文生(今松代
演)目『漫談』/正楽/さん喬『井戸の茶碗』

★さん喬師匠『井戸の茶碗』

現在の社会状況に合わせてか、飽くまでも明るく明るく演じきったのが嬉しい。寄席
用に簡略化された展開の中で、高木作左衛門が「仏像の首が落ちた?其処にあるでは
ないか」と言い乍ら首を上手に向けた形から、「この顛末を仏像が床の間からジッと
見ているのだな」と感じられる辺りが他の演者の『井戸の茶碗』とは違う奥行を噺に
与える。屑屋清兵衛から「高木は独り身」と聞いた千代田卜斎がひと膝弾むように乗
り出して、「高木殿は御独り身か!」と嬉しそうに声を上げる調子、姿も文句なしに
素晴らしい。

※こういう時期だからこそ、出演者個々、演目の選び方、話の展開、言葉のチョイス
で寄席芸人としてのセンスの違いが露骨に出てしまう。

この夜、余震震が起きた直後、高座に上がるや無駄な事を言わず「ここ(新宿末廣
亭)はこないだの地震でも大丈夫でしたから平気です」とひと言触れただけで、サッ
と噺に入って

淡々と演じて終盤に笑いをちゃんと取った伯楽師や、「根付いた桜は必ず花咲く日ほ
迎えるもの」と話を振ると、直ぐ本題に直結するマクラへ入ったさん喬師のような、
現在の観客

心理に対する配慮を忘れない師匠方がいるかと思うと、マクラで地震被災に関する情
報を得々と話して(内容に意味はあるのだが、話術が巧くないので聞いていると、地
震への不

安を感じるようになってくる)客席を冷ましたり、今時、集団就職の話をした挙句、
無神経に「福島県から出て来た」なんて言うなど、ヒヤヒヤさせる演者もいる。お客
様を楽しませる

話の出来ない人に限って無神経、というべきかもしれない。

◆3月20日 池袋演芸場昼席

東京ガールス/柳朝『荒茶の湯』/はん治『ボヤキ酒屋』/笑組/歌る多『西行』/志ん
彌(圓太郎代演)『浮世床・将棋&講釈本』夢葉/川柳『ガーコン』//~仲入り~//玉の
輔『宗論』/馬の助(雲助代演)『権兵衛狸』/和楽社中/一朝『転宅』

★一朝師匠『転宅』

一朝師匠では1982年5月に聞いて以来の演目。泥棒が実に可愛らしく、「お
れァ、今夜泊まってこ」と嬉しそうに言う声音と表情の愉しさは無類。「あのうちは
平屋ですよ」と聞いて、

振り向き乍ら驚く姿の可笑しさ、振り向く動きのキレの素晴らしさ。泥棒が一杯さす
様子でお菊の動きや姿が分かる面白さも類が無い。

◆3月20日 新宿末廣亭夜席

伯楽『お花半七』//~仲入り~//小金馬(朝馬代演)『つる』/勝丸/左楽『馬のす』/
今松『開帳の雪隠』/正楽/さん喬『妾馬』

★さん喬師匠『妾馬』

稍簡略演出だが見事に言葉を選んで泣かせ笑わせる。お鶴が目の前に居ると分かって
から八五郎にオフクロの愁嘆を余り言わせず、メソメソさせない演出なのに泣ける。
枝雀師匠の「情の表現は薄ければ薄いほど良い」の見本のような、落語というよりは
情話として素晴らしい。今夜は三太夫にも貰い泣きはさせない。それでいて、見てい
て涙が出るのは、妹の産んだ赤ん坊を目にした八五郎の表情に喜びが溢れているから
である。これも枝雀師匠の「感情には記憶が無い」を思わせるが、どんなにがさつな
八五郎でも「赤ん坊を可愛いと感じる心」には無理がない。笑いの面では、相変わら
ず殿様の言う「三太夫、良き友が出来たの」が愉しいけれど、今夜、初めて聞いた八
五郎「御婆さんと御老女様と、どう違うの?」⇒三太夫「特に違わんがの」の遣り取
りも馬鹿に可笑しい。八五郎がオフクロに袴姿を見せる件、屋敷内の庭の花を見る件
の華やかな愉しさも変わらぬ魅力である。

石井徹也(放送作家)

投稿者 落語 : 2011年03月27日 20:12