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2008年03月10日

立川談志 十時間

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きのう(3月9日・日曜日)、NHKのBSハイビジョン放送で、「立川談志 きょうはまるごと10時間」という番組が放送されました。
http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/k/20080309/001/10-1200.html
http://www3.nhk.or.jp/hensei/program/k/20080309/001/10-1900.html

タイトルにあるとおり、談志さんを特集した10時間(!)のスペシャル番組でした。10時間という長尺の番組であり、出演者さん、スタッフも大勢いましたがわたしも部分的にスタッフ(構成)として参加をさせていただきました。久しぶりにテレビのスタジオに行って、ぼーっと何かを待ったり(いわゆる「待ち」)する時間を過ごしました。テレビの、それもVTRもので10時間の番組をつくるというのは大変なことです。ディレクターさんの仕事量ははんぱではなく、放送の二日前まで編集を続け、通しの試写もなく(している時間がない)、昨日無事に放送されました。


そういうわけで、私は番組全体がどういう形でまとまったのか、わからないまま放送を見たのです。
番組では落語もたっぷり放送されたのですが、落語自体よりも、私はドキュメントの被写体としての談志さんがいちばんよかったと思います。
人は誰でも歳をとるので、落語そのものの口調、流暢さは談志さんにしても若い頃のほうがよかったと言えるかもしれません。録音を聴けば分かるとおり、談志さんはまぎれもなく「若い天才」でしたし、私が間に合った50代の頃の高座も、そりゃあ凄かったものです。
今の談志さんには、そういう意味での輝きはもうない。
けど、そのかわりに老いたいまの自分をそのままみせてしまう凄さがあります。
落語はよく出来た芸能なので、歳をとったらとったなりに、安定したところに芸を落とし込んでみせることもできるのではないかと思います。だけど、談志さんはそうしないで「駄目な談志」をそのまま直視する(直視させる)のです。私も含めて、普通の人間というのは、そういう直視には耐えられないものですが、談志さんは迷いながら、苦悩しながら、高座のうえではそれをします。今回のドキュメントでは、高座にあがるまでの談志さんの心の動きを垣間見ることが出来ました。統括ディレクターは制作会社スローハンドの茂原雄二さんです。

私がはじめて談志さんの落語を聴いたのは、高校一年生のときで、日比谷の第一生命ホールで開催されていた「談志一門会」でした。噺は「らくだ」で、まさに衝撃でした。そのときに、前に出て落語をやったのが高田文夫(立川藤志楼)さんと景山民夫(立川八王子)さんで、「道具や」と「時蕎麦」を演じられました。私が放送作家という職業を選んだのは、この一夜の体験があったからです。談志さんの「らくだ」で芸というものの凄さに圧倒され、藤志楼さんの「道具や」でギャグの面白さに、八王子さんの「時蕎麦」で都会的なセンスというものにはっきり目覚めたのです。今回の10時間スペシャルには高田文夫さんの出演コーナーもあり、仕事の場で初めて高田さんとご一緒をさせていただきましたが、いま書いたことを言うと「おれの道具や?ひどいねそりゃ」と軽く流されましたが、その軽い感じが何ともらしくて感無量(我ながら大袈裟・・)でした。

私は学生時代、浅草で「談志を聴く会」という落語会をやっていました。
そのときに談志さんと知り合いになれて、ときには怒られもしましたが可愛がっていただきました。
その後、私の個人的な事情や考えがあり、落語界や談志さんの周辺から遠のきました。(その時期に国立の「談志五夜」や談春さんの真打披露があったので、私はこれらの会に足を運んでいません)
談志さんに再びお目にかかったのは2001年。文化放送ではじまった「立川談志 最後のラジオ」に、ディレクターの首藤さんから構成者として呼んでいただき、談志さんに6~7年ぶりくらいでお目にかかったのです。打ち合わせの場所で、談志さんは私を見ると(談志さんは私が放送作家になっていることをもちろん知らなかったのですが)
「おい!何しに出てきやがった」といい「お前も何かやるのかよ!」と笑いかけてくださいました。
「最後のラジオ」は一年半の放送でしたが、その後もほかの番組や活字の仕事でたびたびご一緒をさせていただいたのは有り難いことです。

今回の10時間スペシャルは、談志さんのいまを伝える充実した内容になっていたと思います。これからまた、談志さんとなにかでご一緒させていただく機会があるのかどうかはわかりませんが、私にとっては今回の番組がなにか大きな区切りのように感じられます。

番組の最後、「居残り」を演じた後に、じっと黙っている談志さんが印象的でした。
そうそう・・・私が国立の「ひとり会」に通っていた頃、まくらの中で、じっと沈黙するときがあり客席もシンとしていました。そんなとき談志さんはきまって「おれ、この沈黙、平気なんだよな」と言ったものです。私が談志さんの落語に引き付けられたのは、むしろその空白の緊迫感にあったような気がします。

とにかく。
談志さん、お疲れ様でした。

        松本尚久 (放送作家)

投稿者 落語 : 2008年03月10日 12:05