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2008年01月21日

今の寄席は、ネタから見ても矢っ張り面白い

 「独演会や勉強会、ホール落語に比べると、寄席は高座の持ち時間も短いし、演じられるネタの数も少ない」と、思われ勝ちな所がある。
事実、私の学生時代もそうだったし、寄席に行っても、お目当て以外はレベルの低い高座が多く、演者が変わっても同じネタばかり聞かされて辟易したものだ。
でも、今の寄席はちょっと違う。長井好弘氏が1999年6月から2000年5月にかけ、新宿末広亭で全ての興行に昼夜一度ずつ通って執筆した労作『新宿末広亭』の頃と比べても、現在の寄席は顔ぶれ・内容、共に違っている。

それじゃ一体、寄席ではどんな高座が展開されているのか、2007年7月から12月にかけて、都内の寄席で主任や変わった噺を中心にデータを取ってみた。
尤も、自宅や仕事との関係上、浅草演芸ホールは行くには遠く、池袋演芸場・鈴本演芸場・末広亭が中心。また、「寄席は主任の演者がお目当て」という本来の姿を大切にした分、落語協会と落語芸術協会では通った回数が違うという、偏見の塊みたいなデータである事は、予め、お断りした上でのほたえであります。

■取り敢えず、定席・準定席で聞いた主任ネタのデータから。

月日 寄席 主任演者 演題 備考
7月
/05 広小路:昼 三遊亭圓輔   お直し
/07 池袋:昼 三笑亭可楽   スポーツ漫談
/10 池袋:昼 三笑亭可楽   らくだ  ※ カンカンノウを躍らせろまで
/21 池袋:昼 柳家喬太郎   明日に架ける橋
/23 池袋:昼 柳家喬太郎   竃幽霊
/24 池袋:昼 柳家喬太郎   牡丹燈籠  ※ カランコロン~お札剥がし
/25 池袋:昼 柳家喬太郎   華やかな憂鬱
/28 池袋:昼 柳家喬太郎   一日署長


8月
/02 池袋:昼 柳家小三治   転宅  ※ 客席からのリクエスト
/07 池袋:昼 柳家小三治   癇癪
/08 新宿:夜 林家正蔵   お菊の皿
/09 新宿:夜 林家正蔵   一文笛
/10 池袋:昼 柳家小三治   馬の田楽
/15 浅草:夜 林家正蔵   お菊の皿
/16 池袋:昼 三遊亭圓馬   蒟蒻問答
/17 池袋:昼 三遊亭圓馬   お見立て
浅草:夜 林家正蔵   新聞記事
/22 池袋:昼 柳家三三   五貫裁き
上野:夜 柳家三三   怪談乳房榎  ※ 重信殺し
/24 池袋:昼 柳家三三   青菜
新宿:夜 春風亭一朝   片棒
/25 池袋:昼 柳家喜多八   死神  ※ 代バネ(正蔵)
新宿:夜 林家正蔵   お菊の皿 ※ 代バネ(一朝)
/26 池袋:昼 林家正蔵   子は鎹
新宿:夜 春風亭一朝   黄金餅
/27 新宿:夜 春風亭一朝   井戸の茶碗
/29 池袋:昼 林家正蔵   唐茄子屋政談  ※ 通し:独演会口演予定当日
/30 池袋:昼 柳家三三   文違い
新宿:夜 春風亭一朝   唐茄子屋政談  ※ 吉原田圃まで


9月
/03 池袋:昼 春風亭小柳枝   船徳
/05 上野:夜 柳家甚語楼   五人廻し
/17 上野:夜 古今亭菊志ん   首堤燈
/19 池袋:昼 三遊亭金馬   茶金
/24 池袋:昼 春風亭正朝   唖の釣
/26 池袋:昼 春風亭正朝   ちりとてちん
/28 新宿:夜 柳家蝠丸   柳田格之進
/30 池袋:昼 春風亭正朝   棒鱈

10月
/01 池袋:昼 柳家喜多八   品川心中  ※ 上のみ
上野:夜 柳家小三治   粗忽の釘
/02 上野:夜 柳家小三治   お茶汲み
/03 上野:夜 柳家小三治   馬の田楽
/06 池袋:昼 柳家喜多八   品川心中  ※ 上のみ
/08 池袋:昼 柳家喜多八   茄子娘
/09 上野:夜 柳家小三治   小言幸兵衛
/10 池袋:昼 古今亭菊之丞   妾馬  ※ 代バネ(喜多八)
上野:夜 柳家小三治   猫の災難
/12 両国亭:夜 三遊亭竜楽   御神酒徳利
/15 新宿:昼 昔昔亭桃太郎   漫談
/16 上野:昼 柳家小さん   蜘蛛駕籠
/17 上野:夜 柳亭左龍   線香の立切れ
/20 上野:夜 柳家三三   五目講釈 ※  代バネ(左龍)
/24 新宿:夜 鈴々舎馬桜   双蝶々  ※  雪の子別れ
/27 新宿:昼 柳家小満ん   権兵衛狸 ※  翌月独演会口演予定

11月
/08 池袋:夜 三遊亭金太郎   柳田格之進
/09 池袋:夜 三遊亭金太郎   芝浜
/10 池袋:昼 笑福亭鶴光   鼓ケ瀧
/14 池袋:夜 古今亭菊之丞   唐茄子屋政談 ※  吉原田圃まで
/18 上野:昼 五街道雲助   夜鷹そば屋
/25 池袋:昼 柳亭市馬   二番煎じ ※  代バネ(菊之丞)
/27 池袋:昼 古今亭菊之丞   付き馬
/29 池袋:昼 古今亭菊之丞   二番煎じ
/30 池袋:昼 古今亭菊之丞   明烏

12月
/04 両国亭:夜 三遊亭竜楽   文七元結 ※  ヒザの色物休演で長講独演会口演予定前日
/05 池袋:夜 五街道雲助   宿屋の富
/06 池袋:夜 五街道雲助   火事息子
/07 広小路:昼 春風亭柳好   悋気の独楽
池袋:夜 五街道雲助   二番煎じ
/12 上野:昼 桂南喬          らくだ ※  カンカンノウを躍らせろまで
/13 上野:夜 柳家三三          芝浜 ※  芝浜主任企画興行:マクラなし
/15 上野:昼 桂南喬          孝行糖 ※  売り声のマクラタップリでトータル30分越え。
/18 上野:夜 林家正蔵          芝浜 ※  芝浜主任企画興行
/19 池袋:昼 三遊亭遊雀   紺屋高尾
/20 上野:夜 入船亭扇遊   芝浜 ※  芝浜主任企画興行
/22 池袋:昼 三遊亭歌之介   B型人間
/25 池袋:昼 三遊亭歌之介   漫談 ※  『子は鎹』のマクラと自称
新宿:夜 むかし家今松   風邪の神送り ※  桂米朝師の型
/26 池袋:昼 三遊亭歌之介   子は鎹 ※  前日の約束を果たした
新宿:夜 むかし家今松   鼠穴
/28 池袋:昼 三遊亭歌之介   勘定板 ※  県民性などのマクラタップリでトータル45分越え
新宿:夜 むかし家今松   芝浜 ※  年間定席楽日


こうしてみると、寄席の主任にはホール落語顔負けの大ネタが並ぶのが分かります。
また、季節感が非常に強く、同時期には同じネタのかぶる傾向もありますね。
金馬師匠の『茶金』、小三治師匠の『お茶汲み』『転宅』、雲助師匠の『火事息子』『二番煎じ』、一朝師匠の『唐茄子屋政談』『片棒』、南喬師匠の『らくだ』、扇遊師匠の『芝浜』、正蔵師匠の『唐茄子屋政談』『鼓ケ瀧』『芝浜』、歌之介師匠の『子は鎹』、喜多八師匠の『死神』、市馬師匠の『二番煎じ』、喬太郎師匠の『牡丹燈籠』、遊雀師匠の『紺屋高尾』、菊之丞師匠の『妾馬』、三三師匠の『五貫裁き』『文違い』
などはいずれも一級品レベルの出来栄えで、他にもガックリの高座は殆どなし。

主任が漫談でハネたのは、80回の寄席通いの中4回。扇橋師匠や小三治師匠みたいに、マクラだけでハネちゃうのを昔から経験しているから驚きゃしない。扇橋師匠の場合、昔の池袋演芸場で10日のうち、3日くらいマクラでハネられた事もありやすからね。とはいえ、川柳師匠や桃太郎師匠みたいに、「基本的に漫談」という師匠以外に、漫談でハネられると、釈然としないものは残ります。
ただし、12月25日・池袋演芸場昼席の歌之介師匠は、お母さんの思い出を語るマクラをタップリ語って観客を泣かせてから、「明日は、この続きで『子別れ』を演ります」といって実行していたのだから、いわば2日掛かりの『子は鎹』。これは寄席ならではの演じ方というべきかも。
それは、この日に限らず、12月22日の『B型人間』の後でも「明日は、この続きの『子別れ』を演ります」といってました。事実、23日夕方に、夜席の『三三左龍の会』の座席を取るため、行列の一番前、池袋演芸場の客席扉の直ぐ横に立っていたら、本当に『子は鎹』を熱演している歌之介師声が聞こえてきたので驚きました。
歌之介師匠は有言実行の人であります。
7月7日・池袋演芸場昼席を『スポーツ漫談』でハネた可楽師匠も「明日はね、『らくだ』でも何でも演りますよ」と言っていました。翌日は行けなかったけれど、3日後の7月10日に行ったら、確かに『らくだ』だったから、まァ、「ネタ派の噺家が漫談でハネちゃうのは、何かしらの都合」という事で、仕方がないかなァ。

全体に落語芸術協会は主任でも時間設定が25~30分くらいばかり。そのため、ちょっとネタがはしょり加減になりますね。ただしその分、“寄席で演じきれるように、構成に工夫を凝らした大ネタ”が聞けるともいえます。9月28日、新宿末広亭夜席の蝠丸師匠の『柳田格之進』なんて25分くらいしかなかった。11月8日・9日の三遊亭金太郎師匠の『柳田格之進』『芝浜』も30分あるかないかの長さ。でも、どの高座も別に中を抜いたという印象はなく、それなりに大ネタを聞いた納得感がある。しかも、長すぎないから聞いていて疲れない。これは、寄席の落語の良さでありますよ。

一方、落語協会の主任は昼席でも30分はあります。一番長かったのは小三治師匠で、10月の1日だったか2日だったか、70分近く演ってました。流石に、聞き終わった時は草臥れちゃった。この興行の折、夜席前に鈴本演芸場近くの喫茶店にいたら、色物の芸人さんが店のマスター相手に、「小三治師匠?毎日、長々と演ってるよ。お席亭もお客も、小三治師匠はそういうもんだと思ってるから、仕方ないんで、前の者がみんな(時間を)詰めてるけど、大変だよ」とボヤいていたのには笑いましたね。
逆に落語協会で一番短かったのは10月20日・鈴本演芸場夜席代バネの三三師匠『五目講釈』で20分ちょっと。上がり時間が8時20分過ぎだったから、夜席では珍しく随分と早バネです。黒門亭の主任で『粗忽の使者』をキチンと演じた後の掛け持ちだったから、疲れてたのかな。『粗忽の使者』も聞いてた私は、そう感じました。
11月15日・南喬師匠の『孝行糖』も、ネタそのものは15分無かったけれど、売り声のマクラをタップリと振っていたので30分以上の高座。昼席の主任では、こういう気楽なタッチの高座も悪くないですよ。特に最近、マクラで世間話は誰もが延々と演るけれど、季節のマクラや、売り声などの定番マクラは長く聞けなくなっているから、寧ろ貴重な経験というべきかもね。

因みに、個人的に嬉しかった主任ネタは、11月18日・鈴本演芸場夜席の雲助師匠と、11月30日・池袋演芸場昼席の菊之丞師匠の『明烏』、そして12月28日・年間定席最終日の新宿末広亭夜席のむかし家今松師匠の『芝浜』。
それぞれ、「夜鷹そば屋が聞きたいなぁ」「明烏が聞きたいなぁ」「今日で定席は最後だから、芝浜が聞きたいなぁ」と思ってたら、本当に出会えたのであります。こういう邂逅には、ネタを出してる独演会やホール落語じゃ味わえない幸福感ありデス!

では次に、寄席で聞けた、ちょっと変わったネタのデータ。

7/28 池袋:昼 柳家三三 不幸者
8/10 池袋:昼 柳家福治   幽女買い
8/26 池袋:昼 鈴々舎馬桜   宗漢 ※  オチはバレ
池袋:昼 柳家小満ん   幽女買い
8/30 池袋:昼 鈴々舎馬桜   てれすこ
8/24 池袋:昼 柳家さん弥   もぐら泥
10/06 池袋:昼 柳家小袁治   女天下
10/12 両国寄席 三遊亭小圓朝   辻駕籠
10/16 上野:昼 川柳川柳   ジャズ息子
10/17 上野:夜 柳家さん弥   兵庫船
11/09 池袋:夜 桂小南治   写真の仇討
11/10 池袋:昼 笑福亭和光   葛湯 ※  先代今輔師匠演の新作
池袋:昼 橘ノ圓   酉の市 ※  明治の新作
11/25 池袋:昼 三遊亭金時   駒長
12/05 池袋:夜 金腹亭馬生   和歌三神
古今亭志ん輔   夕立勘五郎
12/07 池袋:夜 金腹亭馬生   ふたなり
12/13 上野:夜 柳家小里ん 御慶   冬の噺特集
12/15 上野:昼 柳家喜多八   鈴ケ森
12/25 新宿:夜 むかし家今松   風邪の神送り ※  桂米朝師の型
12/26 池袋:昼 柳家一九   兵庫舟
新宿:夜 柳家小袁治   胸肋鼠


しかし、こうしてみると、池袋演芸場は、「変わったネタの宝庫」みたいな要素があります。矢張り、他の寄席に比べて出演者が少なく、持ち時間が長いせいがあるんでしょうか。和光さんの『葛湯』を生で聞いたのは、先代今輔師匠以来、30年ぶりくらいじゃないかなァ。小袁治師匠の『女天下』も先代馬楽師匠が落語研究会で演じたのを聞いて以来だから、30年以上は経ってます。川柳師匠の『ジャズ息子』は、一応十八番ネタだけど、私も生で聞くのは久しぶりでありました。小袁治師の『胸肋鼠』も、師匠は割と演っているけれど、ネタとしては珍しい方じゃないかな。この他にも、『半分垢』『荒茶の湯』『鼓ケ瀧』などは複数の演者から聞けたのであります。
データには載せていませんが、古今亭寿輔師匠がよく演じる『地獄巡り』=『地獄八景亡者戯』の東京型短縮版も、東京ではかなり珍しいネタ。寿輔師は持ち時間によって、15分・20分・30分と、演じる部分を変えたりして、しばしば演じられています。橘家圓蔵師匠や亡くなった桂文治師匠の賑やかな演じ方とは違う、寿輔師の静~かな『猫と金魚』も寄席ならではの味ですねェ。
ただし、若手の噺家さんたちに「珍しい噺を演じてくれるなら、直ぐに出すよ」と言って出演交渉をしていたという(それでみんなから嫌がられておりました)、某落語会の亡くなったプロデューサーみたいな感覚は私にはないから、珍しい噺を追っかけたり、注文したりする気はありません。あくまでも、「寄席は遭遇の良さ」の場所だもん。

この他、助演でも優れた高座には幾つもであっていますが、そこまでとなると書ききれないくらいありました。今の寄席のレベルの高さを改めて感じさせられました。
ただ、新宿末広亭は助演者1人1人の持ち時間が15分弱であるため、20分の持ち時間らしい仲入りか、主任でないと、一人の演者における毎日のネタの変化が乏しくなるきらいがあります。
12月下席の末広亭で3回続けて、同じ演者が『つる』を演ったのは、「いくら受けるからとはいえ、まだ若い真打なんだから、少しは彩りってものを考えたらどうかね?」と思いましたよ。こういう偏りは、寄席ファンが増えつつある現在、リピーターを増加させるのには余り向いていない現象では?
鈴本演芸場と浅草演芸ホールの場合は助演の持ち時間が15分強、池袋演芸場の場合は18分弱という印象です。寄席それぞれの観客の気質の違いで、短くコロコロ変わる方が好まれるという場合もありますが、実際の高座だと、2~3分の差が「ネタを変える」という点に関して大きいみたいですね。
年柄年中演ってても、変わらず楽しいネタってェのも確かにあるんですが(川柳師の『ガーコン』、柳家権太楼師匠の『代書屋』『町内の若い衆』、桃太郎師の『お見合い中』、林家種平師匠の『ボヤキ酒屋』、橘家文左衛門師匠の『夏泥』、柳家はん治師匠の『背なで泣いてる唐獅子牡丹』とかね)、みんながよってたかって『壷算』や『短命』、『町内の若い衆』ばかり演るってェのは、どうかと思います。
あと、寄席によっては、演者が一定化してる傾向もチラと感じます。その結果、ネタにも変化がなくなる。その辺りが現在の寄席の課題かな。
 さあ、2008年も、出会いを求めて寄席に行くぞ!

長々と妄言多謝                      石井徹也(放送作家)

投稿者 落語 : 2008年01月21日 09:32