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2007年02月06日

志ん朝の録音

 人気も実力も最高だった古今亭志ん朝が亡くなって六年になる。急逝した(享年六三)
こともあって、あっという間に神格化された存在になったが、生の高座を観ていた記憶で
言うと、志ん朝は古典をきっちりと演じることもあれば、くだけた漫談で高座を降りるこ
ともあった。それはそれで、楽しかった。このへんの<芸の幅>が、すでにわかりにくく
なっているかな、という気がする。
 その原因のひとつは、いま入手できる志ん朝落語のの少なさにもある。志ん朝のCD
はソニーミュージックから33枚リリースされている。
http://www.sonymusic.co.jp/Music/Arch/SR/ShinchoKokontei/ 
 枚数として少なくはなく、品質も高いが、ここに収録された落語は、80年前後に開催
された独演会録音が中心で、言ってみれば<独演会用の芸>なのだ。(現役の落語ファン
は、たとえば「談春七夜」での談春の芸と、ほかの会に出たときの芸が、同じ噺でも違う
ことを思い浮かべてみてほしい)
 小林信彦は『名人 志ん生そして志ん朝』(文春文庫)で「ソニーから発売されている
志ん朝のCDは、ほぼ、この三百人劇場での録音である。噺家としてもっとも元気な時の
声をクリアな音で聞けるのはありがたいが、ゼイタクを言わせてもらえば<遊び>がすく
ない。録音を充分に意識しているから当然だが、一九七七年録音の「寝床」を聞くと、話
の運びは完全に桂文楽の「寝床」である」と指摘している。
 よく知られたように、『寝床』には二つの型がある。ひとつは八代目・桂文楽が演じた
もので、義太夫を語る大旦那の意識の変化と素人義太夫の情景をたっぷりと描いたもの。
もう一つの型は三語楼から志ん生に伝わった型で、義太夫から逃げ回り、行方不明になっ
た番頭の噂をするところでぶったぎるように終わる志ん生型である。
 小林氏は同著の中で、一九八四年にテレビ放送された志ん朝の「寝床」は志ん生型で、
「ぼくは抱腹絶倒のこちらが好きである」と書いている。
 CDに収録されているのは文楽型(いわば公式版)だが、志ん朝は普段は志ん生型
で演じることが多かったらしく、文化放送で一九八三年に放送された志ん朝の「寝床」も
志ん生型。オチは「それで番頭さんは××党に入党した」というとんでもないもの。
 こうした面白さが、ソニーから出ているCDだけでは、わかりにくい。
 高座の出来は観客の質にも左右される。TBSテレビ『落語特選会』で録画した「付き
馬」は、観客のノリがよいこともあってCD版の「付き馬」よりも上出来。通常の「付き
馬」の前に、前日談のようなものがつく楽しいテイクだ。
 ジャスやクラシックの愛好家のあいだでは、同じ曲目でも、いつの録音か、どのテイク
かということが問題になる。落語の世界でも、もうそうなって良い頃だろう。
録音エンジニアで落語研究家の草柳俊一氏はHP[落語三昧」で、桂文楽と三遊亭圓生の
ネタについて、現存する録音の中で、どのテイクが最良のものかを研究している。
http://park5.wakwak.com/~wrc-kusa/ongen-data.htm 
 志ん朝は近年まで活躍した人だから、さいわい録音も録画も残っている。(数えたわけ
ではないが、放送音源ものだけで、各局あわせれば五十席以上になるのではないか)
 それに、あれだけの大看板なのにDVDが一枚も出ていないというのも惜しい。(唯一
「平成狸合戦ぽんぽこ」のDVDに特典映像として「狸賽」が入っているそうだが)
 志ん朝は生前、落語の商品化にたいへん慎重(シャレではない)だったと言うが、その
芸はまさに国宝もの。後世に伝えるためにも、ファンがいろいろ選べるようになってくれ
ると嬉しい。

                                             (松本尚久)

投稿者 落語 : 2007年02月06日 09:55