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2023年01月11日

直木賞候補作①『光のとこにいてね』

一穂ミチさんの『光のとこにいてね』からみていきましょう。
これはふたりの女性の四半世紀にわたる物語です。

小学2年生の結珠(ゆず)はある日、母親にこっそり団地に連れて行かれます。
結珠の父親は医師で、裕福な暮らしをしており、団地に足を運ぶのは初めてでした。
母親は知らない男の人のもとを訪ね、しばらく外で遊んでいるように言います。
ここで結珠は同じ年の果遠(かのん)という少女と出会います。
果遠はシングルマザーの母親とこの団地で暮らしていました。

裕福な結珠と貧しい果遠。ふたりは対照的な世界で暮らしていますが、
互いに母親との関係に問題を抱えています。子供ながらにふたりは惹かれ合い、
結珠が母親に連れられて団地にやってくるたびに、一緒に遊ぶようになります。
ところが、ある日突然、別れが訪れます。
物語はその後、進学先の高校や、アラサーとなり互いに家庭を持ったタイミングでの
奇跡のような再会を通じて、ふたりの関係を描いてきます。

近年、女性作家による作品のひとつの流れに、「シスターフッドもの」があります。
シスターフッド、つまり女性同士の友情を描いたものです。
一見、この『光のとこにいてね』もそうした流れの中に位置付けられそうな気がしますが、
この小説の中で描かれている関係は、シスターフッドとは違うものです。

シスターフッドが女性同士で同じ方向を向いている関係だとすると、
この小説の中で描かれるのは、向き合って互いを見つめ合っているような関係です。
友情というよりも、性的なニュアンスが少し入っているというか。
かといって同性愛ともまた違って、性的なニュアンスといってもほのかに入っている感じです。

このように、なんとも言葉にするのが難しい女性同士の関係を、
この小説ではなんとか言葉にしようとしています。
刊行直後から女性読者を中心に絶賛の声があがっていたのは、既存の作品ではあまり
描かれることのなかった女性同士の関係の繊細なニュアンスを、
この作品ではうまく掬いあげているのかもしれません。

ただ、ひっかかる点もあります。小学生で出会ったふたりが、その後、
二度にわたって再会するのですが、この再会の仕方が、
偶然と呼ぶにはあまりに無理があるような気がするのです。
もちろんそれぞれの再会について、作者はそれなりの理由を用意しています。
用意しているんですが、ちょっと弱いかなと思いました。

物語の作者はいわば神の立場にいるので、登場人物を好きに動かせるわけですが、
その動かし方に乗れる読者と乗れない読者が出てきます。
この小説にハマるかハマらないかの分かれ道は、
「奇跡のような再会」という設定に乗れるかどうかだと思います。
「なんて運命的!」と感動できる人の目には、この作品は傑作に映るのかもしれません。

これまで他の作家があまり描かなかった女性同士の関係を描いた野心的な作品でありながら、
その描き方、作劇上のテクニカルな部分に関して、選考委員からも指摘が出そうな気がします。

投稿者 yomehon : 2023年01月11日 07:00