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2022年07月14日

直木賞候補作④ 『女人入眼』

次は永井紗耶子さんの『女人入眼』にまいりましょう。
タイトルは「にょにんじゅげん」と読みます。

「仏は眼が入って初めて仏となるのです。男たちが戦で彫り上げた
国の形に、玉眼を入れるのは、女人であろうと私は思うのですよ」

東大寺の大仏を前に語るのは、天台座主の慈円。
話に耳を傾けているのは、源頼朝と北条政子、その娘の大姫。
そして、物語の主人公・周子です。周子は京の六条殿に仕える女房です。

慈円はここで、国造りの仕上げをするのは、女性ではないかと言っています。
物語の冒頭に置かれたこの慈円の言葉通り、
本作は政(まつりごと)に関わる女たちの物語です。

六条殿の主人は、亡き後白河法皇の皇女の宣陽門院。
その母親である丹後局は、政から宮中の人事に至るまで大きな影響力を持っています。
この丹後局から周子にミッションが下されます。
頼朝と政子の娘・大姫を入内させるという命を受け、鎌倉に下るのです。

入内というのは宮中に入るということ。
そこで帝に見初められ、男児を産めば、
丹後局はますます力を得ることができます。

ただし、そこには当然、カウンター勢力もいて、
帝の乳人を務めてきた卿局は、娘の重子を帝に近づけようとしています。

物語はこうした女性の権力闘争の趣で幕を開けます。
ところが周子が鎌倉に下ってからの話は、雰囲気ががらりと変わります。

大姫は明らかに心を病んでおり、コミュニケーションもままならない。
そもそも入内できるような状態ではなかったのです。にもかかわらず、
入内は大姫のためと信じて疑わない母親の政子は前のめりに事を進めます。

大河ドラマ『鎌倉殿の13人』を観ている人はご存知だと思いますが、
大姫にはかつて想いを寄せた人がいました。木曽義仲の息子・義高です。
でも義高は人質の身。義仲を討ち取った後、頼朝は義高も殺してしまいます。

では大姫の病は、この想い人を殺されたショックによるものなのでしょうか。
読んでいくと、大姫の病の理由はそれだけではないことがわかってきます。
母親・政子との関係が大きく影を落としていることが見えてくるのです。

当初、女の権力闘争の物語かと思われたものが後景へと退き、
かわって母と娘の関係の物語が前面に出てきます。

政子は情が濃く、思い込みが強く、すべては娘のためと信じて疑いません。
でもそれは娘の大姫にとってはとてつもない負担なのです。
政子は今の言葉で言えば「毒親」かもしれません。
周子はいつしか自分のミッションも忘れたかのように、
大姫に寄り添うようになるのでした……。

大姫の入内は、「鎌倉幕府最大の失策」とも言われています。
この謎の多い事件を、著者は「わかりあえない母と娘」の物語として描きました。

候補作の中では唯一の時代小説。
独創的な視点で描かれた物語ですが、少し起伏に乏しい印象もあります。

投稿者 yomehon : 2022年07月14日 09:00