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2019年07月15日

第161回直木賞直前予想⑥ 『マジカルグランマ』


最後は柚木麻子さんの『マジカルグランマ』にまいりましょう。
今回、女性ばかりの候補者が揃ったことに、
時代の空気みたいなものを見出すのであれば、
この作品も象徴的な作品と言えるでしょう。

かつて女優だった正子は、
映画監督との結婚を機に引退し主婦になりました。
ところが75歳を目前に再デビューすることになり、
「理想のおばあちゃん」として世間にもてはやされるようになります。
しかし自宅の同じ敷地内で別居していた夫が孤独死したことで
仮面夫婦であることがバレ、正子の発言も炎上したことから、
一挙に人気者の座から引きずり降ろされてしまいます。

さらに夫が遺した2千万円の借金が追い討ちをかけ、
年代ものの家を売ろうにも1千万円の解体費用がかかると告げられます。
でも正子はめげません。家にあったものをメルカリで売りまくり、
自宅をお化け屋敷にして稼ぐことを思いつくのですが……というストーリー。

「おばあちゃんというのは、いつも穏やかな笑みを浮かべていて優しいもの」
そんな世間の勝手な「理想のおばあちゃん」像を、正子は壊していきます。
明らかにこれは「♯MeToo」の流れにある作品といえるでしょう。

4年も口をきいていなかった夫が死んで浮き立つ心を抑えられなかったり、
若い娘にいじわるをしてみたり、その姿は「理想のおばあちゃん」像からは
著しくかけ離れたものです。でもその正直な正子がとてもチャーミング。

週刊誌での連載がもとになっていることもあって、
ストーリーは起伏に富んでいて楽しめます。
「♯MeToo」の流れにあるといってもエンタメに徹していますのでご安心を。
特定のイデオロギーを打ち出しているような作品ではありません。

この作品をめぐって議論になる点があるとすれば、
正子のキャラクター造型ではないでしょうか。
まるでTVドラマの登場人物のように、
正子のキャラクターは濃く、強く、わかりやすく造型されています。
そのせいか、この小説を読みながらしばしば、
TVドラマのノベライズを読んでいるかのような錯覚に陥りました。
この「キャラクター小説」的な部分がどう評価されるのか。
ただ見方を変えれば、重さとは無縁の軽やかな筆致で
「♯MeToo」やLGBT、老いの問題などを
見事な物語に仕立て上げたとも言えるわけで、
その手腕が高く評価される可能性もあります。

ともあれ、「マジカルグランマ(理想のおばあちゃん)」という
本書が提起するテーマは、意外と応用範囲が広いと思いました。
「マジカルママ(理想の母)」「マジカルワイフ(理想の妻)」あたりは、
いまだに現実に存在すると思い込んでいる人(特に年配の男性議員とか)がいます。
そういうありもしない理想像を女性に押し付ける人が少しでも少なくなるためにも、
この小説が広く読まれるといいなと思います。

「マジカル○○」は他にもまだまだありそう。
もし受賞したら流行るかもしれませんね。

投稿者 yomehon : 2019年07月15日 07:00