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2018年07月11日

第159回直木賞直前予想(4) 『ファーストラヴ』


続いて島本理生さんの『ファーストラヴ』にまいりましょう。

発端は、22歳の女子大生が父親殺しの容疑で逮捕された事件でした。
アナウンサー志望だった聖山環菜は、2次試験を終えた後に父親の勤務先の美術学校に立ち寄り、
あらかじめ購入していた包丁で父親を刺殺。いったん自宅に戻るも、母親と口論して家を飛出し、
その後、多摩川沿いを血まみれで歩いているところを逮捕されました。

容疑者の美貌も相まって、事件は世間の注目を浴びます。
報道では、環菜は「動機はそちらで見つけてください」との謎めいた言葉を残したとされていました。
事件に関する本の執筆を依頼された臨床心理士の真壁由紀は、
なぜ環菜が父親を殺さなければならなかったか、その謎に迫っていきます。

関係者が「虚言癖があった」と語る環菜の証言はどこまで信じられるのか。
由紀は粘り強く、その証言の裏をとっていきます。
環菜が人知れず抱えてきたものが何かを知るとき、
由紀自身もまた自らの過去と向き合うことになるのでした……。

環菜の凶行の真相探しが物語のひとつの軸だとすれば、
もう一方の軸は由紀と、環菜の弁護人となった義弟の迦葉との関係です。
由紀と迦葉との間に何があったのかという謎も、読みどころのひとつでしょう。

著者は“恋愛小説の名手”などと評されることが多いため、
本書のタイトルも一見すると恋愛小説であるかのようにみえますが、
内容はまったく違います。

ネタバレになるのであまり書けませんが、
本書は家族の病理について書かれた家族小説であり、
心に深い傷を負った人間が回復する物語、
トラウマからのレジリエンスを描いた作品でもあります。
由紀も迦葉も環菜も、それぞれが家族にまつわる痛みの記憶を
抱えていて、それが本書の大きな核になっている。
いったい過去に何があったのか。その謎の力でぐいぐい読ませます。

臨床心理士である由紀が、環菜の言葉に対する疑問を投げかけ、
それを受けて環菜もまた、自分でも気がつかなかった心の奥にあるものを
言葉にしようとする。
しかも終盤では、この物語は法廷劇になります。
言うまでもなく、法廷とは、言葉を戦わせることで、真相の究明がなされる場です。

言葉のやりとりの中で、言語化されなかったものの輪郭が、
次第に現れてくるというプロセスは、まさに小説でしか表現できないものです。
その意味で本書は、小説の王道を行く作品と言えるでしょう。

また本作で扱われているテーマは、
世界的な潮流となっている「Me Too」の動きにも連なるものでもあります。
そうした面から見れば、非常にタイムリーな作品とも言えます。

おそらくこの作品は、作者のキャリアの中でも、
記念碑的な作品となるのではないでしょうか。
まさに“勝負作”という言葉がふさわしい作品です。

投稿者 yomehon : 2018年07月11日 00:00