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2017年07月12日

第157回 直木賞直前予想(3) 『月の満ち欠け』


続いて、佐藤正午さんの『月の満ち欠け』(岩波書店)にまいりましょう。

岩波書店の作品が直木賞の候補になるということ自体、
滅多にないことでビックリなのですが、それ以上に驚かされるのは、
佐藤正午さんほどの作家がこれまで候補になったことがなかったという事実です。

ご存じない方のために少し説明をしておくと、
佐藤正午さんは、特にミステリー小説の世界ではお名前を知られた方。
83年デビューですからかなりのキャリアです。
読者をあっ!と驚かす計算し尽くされた緻密なストーリーが特徴で、
昨年は『鳩の撃退法』が山田風太郎賞を受賞し話題になりました。

そんな佐藤さんが手がける『月の満ち欠け』は
どんな仕掛けがほどこされた作品なのでしょうか。

冒頭、小山内という男が東京駅で、
「るり」という名前の少女とその母親と
待ち合わせをしている場面からはじまります。
ところが、この「るり」という女の子が少々おかしい。
とても大人びていて(というか大人で)、
初めて会う小山内のことをよく知っているんです。

ほどなく小山内には「瑠璃」という亡くなった娘がいることが明かされます。
この瑠璃にも、7歳のある日、異変が起きました。
黛ジュンの歌を口ずさみ、デュポンのライターを知っているなど、
説明のつかない行動や言動がみられるようになったのです。

この時点でもう、勘のいい読者はピンとくるはず。
さぁ、あなたの脳内に、RADWINPSの『前前前世』のサビを響かせましょう。
そう、この小説は、「前世」や「生まれ変わり」をモチーフとした作品なのです。

物語はこのあと、瑠璃という名のある女性の悲恋が描かれ、
月の満ち欠けのように生と死を繰り返す
「瑠璃」の魂の存在が明らかにされていきます。

と聞くと、すごく単純なストーリーのように思うかもしれませんが、
物語は、瑠璃を取り巻く男たちの人生も絡まりあって一筋縄ではいきません。
それにもちろん最後にはあっ!と驚く仕掛けもあって、
「前世」というキーワードがわかっていても、ネタバレにはならないのでご心配なく。

緻密な構成。
最後に世界の見え方ががらりと変わるような仕掛け。

この作品で初めて佐藤正午の作品に触れる人は、
小説を読む愉しさを存分に味わえるでしょう。

ただ、個人的にやや物足りなさを覚えたのは、瑠璃の恋愛の描き方です。
愛する人と再会するために生と死を繰り返すという、
それほどまでの行動をとる動機として納得できるほどには、
瑠璃の恋愛がドラマティックなものには感じられませんでした。

ある男性と出会い、許されぬ恋に瑠璃は踏み出してしまうわけですが、
ここはもっと切なく、もっと命がけの恋として描くべきではなかったか。

淡泊な筆致であるがゆえに、よくある男女の話に思えてしまうし、
よくある男女の話に思えてしまうがゆえに、
「そうまでして会いたいかなー」という疑問が最後まで拭いきれませんでした。

おそらくこの点は、選考委員のあいだでも議論になるのではないでしょうか。

投稿者 yomehon : 2017年07月12日 05:00