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2016年11月14日

『ハリー・ポッターと呪いの子』 弱いハリーがとっても新鮮!話題の最新作


人生は振り子のようだという人がいます。
良いことがあれば必ず悪いこともある。
華やかな成功ほど目にとまりがちですが、その裏には試練にさらされた過去がある。
プラスとマイナスの間を振り子のように揺れるのが人生だというのです。

それが見事に当てはまるのがハリー・ポッターかもしれません。
ハリーといえばご承知の通り、闇の魔法使いヴォルデモートを倒し、
魔法界に平和と秩序を取り戻した立役者として知られていますが、
シリーズ最新刊『ハリー・ポッターと呪いの子』 でのハリーはまるで別人のよう。

魔法界を巻き込んだ「ホグワーツの戦い」から19年後、
2男1女の父親になったハリーにかつての勇敢さはありません。

子どもたちの中でも、次男のアルバス・セブルス・ポッターとは、
うまく関係が結べずに悩んでいます。
「アルバス」と「セブルス」という(ファンにもお馴染みの)
2人の偉大な魔法使いからとられた名前をつけられた上に、
父親もあの有名なハリー・ポッター。

有名人の息子であるがゆえの重圧から反抗的な態度をとるアルバスを前に、
ハリーはただオロオロとするばかり。
挙句の果てにはキレて息子にひどい言葉を投げつけてしまったりして、
そのみっともない姿に読者は、「これ、本当にあのハリーなの?」と愕然とするはず。
これではそのへんのわからずやのダメな父親とまったく変わりません。

しかし親子のコミュニケーションが断絶状態にある中、
アルバスには密かに魔の手が迫っていました。
そこにはポッター自身の過去も関係していて、
やがて父と子はポッター家の歴史と向き合うことになります。
その時、父と子がとった行動とは?そして明らかになる真実とは――?


さすが全世界の発行部数が4億5千万部を超えたという
ベストセラー・シリーズの最新刊だけあって、期待を裏切らない面白さです。

「人生は振り子」ということでいえば、
ハリーのかつての天敵ドラコ・マルフォイの息子スコーピウスが
むちゃくちゃいい子なのがとても新鮮。
まるでハリーにおけるロンのように、
スコーピウスはアルバスの無二の親友になるのです。

また嫌な奴だったドラコも、ハリーと同様、息子の前では無力な父親なのも面白い。
父親どうし「お互い大変だよね」と居酒屋のカウンターで慰め合うかのように、
ハリーとドラコの間に同志的な友情が芽生えるところも本作の読みどころのひとつ。


なお本作は小説ではなく、
ロンドンのパレス・シアターでの舞台公演の脚本を書籍化したものですのでご注意ください!

脚本ですので、「ト書き」と「台詞」で物語が進んでいきます。
戯曲やシナリオなどを読んだ経験をお持ちでない方は少々戸惑うかもしれません。

版元の戦略もあるのか、このことはあまり事前にアナウンスされていなかったように思います。
もちろんまったく情報がなかったわけではありませんが、
僕自身、少し丁寧にリサーチしてようやくわかった程度の情報量でしたから。

しかも店頭ではビニールがかけられていますので、買ってみるまで中身はわかりません。
これでは本書で初めてハリー・ポッターに興味をもって店頭で購入した人はびっくりするかも。

いくらベストセラーが確実な商品とはいえ、
版元からはもう少し積極的なお客さんへの情報提供があってしかるべきでした。
なけなしのお小遣いをはたいて買う子どももいるのですから。

いまや時代は積極的に情報公開してなんぼ。
情報を伏せることで興味をひこうとするやりかたはかえってカッコ悪く見えてしまいます。

小説だと思って購入した人のがっかりコメントをネット上であまりにもたくさん目にしましたので、
これからご購入を検討されている方々のために申し添えておきます。

ただ、脚本形式だからといって、
小説に比べて物語の面白さが半減するようなことはまったくありませんのでご心配なく。

むしろ脚本ならではのスピーディーな展開は、
あなたに新鮮な読書体験をもたらしてくれることでしょう。

こういうかたちでのハリー・ポッターも「あり」だと思いますよ。

追記:その後、書店の中には、ビニールをとって販売するところや
    小説ではなくシナリオであることをPOPなどで告知するところも出てきました。
     
  

投稿者 yomehon : 2016年11月14日 01:00