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2016年07月11日

直木賞直前予想その(1) 『天下人の茶』

お待たせいたしました!
今回より直木賞の候補作をみてまいります。

トップバッターは、伊東潤さんの『天下人の茶』(文藝春秋)です。

秀吉と利休との相克を描いたこの作品。
戦国の世を舞台にした小説ではお馴染みといいますか、
むしろ手垢にまみれたといっていい題材で選考会に挑みます。

このテーマでは過去に山本兼一さんが
『利休にたずねよ』という素晴らしい作品で直木賞を受賞しています。

当然のことながらこの作品と『天下人の茶』は比較されます。

『利休にたずねよ』は、利休が死ぬところから物語が始まり、
そこから時間が遡って行くという凝った構成になっていました。

これに対して『天下人の茶』は、
帝の前で自ら能を舞う秀吉の心中を描くところから始まります。

無心で能を舞おうとしながらも、
秀吉はまるで傀儡子に操られているかのような感覚にとらわれていきます。
傀儡子、つまり人形遣いですね。

「わしは豊臣秀吉だ。まごうかたなき天下人ではないか!」
疑念を打ち払うかのように、
そう自分に言い聞かせようとすればするほど、
その胸には疑いが黒い雲のようにわいてくるのです。
その疑念とは、「いったい、わしは誰なのだ」という問いです。

死してなお、秀吉の精神をここまで支配する傀儡子とは、もちろん利休のことです。
千利休とはいったい何者なのか。

作者は、利休の高弟だった牧村兵部、瀬田掃部、
古田織部、細川忠興らの視点を通して、
利休の姿を浮かび上がらせるという手法をとります。

これが見事にハマりました。
他人の目を通して描くことで、
本作は利休のミステリアスな部分を際立たせることに成功しています。

しかも作者はここに利休の「死の真相は何か」という謎解きをもってくる。

茶の湯の席では、
帝だろうが庶民だろうがみな平等であるという
当時としては珍しい利休の平等思想に、
武家社会のヒエラルキーを崩壊させられるおそれを抱いた秀吉が
切腹を命じたというのがよく言われる「真相」ですが、
作者はここに加えて、さらに驚くような死の真相を持ってくるんですね。

それは作者のいわば独創的な歴史解釈をもとにしたもので、
いまとなっては事実を確かめようのない仮説に過ぎませんが、
なるほど利休ほどの人物であればそういうことを企んだかもしれないと
思わせるだけの説得力を持った説になっています。

そしてその死の真相に至ったとき、
ミステリアスだった利休が、
こちらの背筋が寒くなるような凄みのある人物へと変貌するのです。


伊東潤さんはかつて渾身の一作
『巨鯨の海』で直木賞を逃しています。
直後に番組でお目にかかる機会があったのですが、
やはり御本人にとっても手応えのある作品だったようで
落胆の色は隠せないなと感じたことを覚えています。


秀吉と利休という手垢にまみれた題材を
ここまでの物語へと昇華してみせた手腕は、
はたして今回はどのように評価されるでしょうか。

投稿者 yomehon : 2016年07月11日 17:00