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2015年11月26日

新しい「誘拐小説」の挑戦


ミステリー小説の中には誘拐事件を扱ったものも数多くあります。
ただ、数は多くとも、その成功例となるとぐっと少なくなるような気がします。
なぜか。

誘拐ものというのは実は書くのが難しいジャンルではないかと思うんですよね。

だって誘拐事件を書こうと思えば、「誰かが誘拐され」て、次に「身代金の要求」があり、
「受け渡し方法についてのやりとり」などがなされ、「結果どうなったか」という一連の流れを
踏まえなければならないわけですから。

それらの要素を必ず盛り込むというしばりがあったうえで
ストーリーを考えなければならないというのが、まずハードルとなります。

それから誘拐は、もっともワリにあわない犯罪だと言われています。
手間がかかるわりには、身代金の受け渡しの際などに捕まるリスクが高く、
ゆえに、逮捕される危険を冒してもなお犯行に及ぶとなれば、
読者が納得できるようなそれなりの説得力ある動機が必要になります。
ここがもうひとつのハードルでしょうか。


犯行としてのバリエーションのつけ辛さと、
わざわざワリにあわないことをするだけの動機を見出せるかという問題。

なかなか誘拐小説というのも一筋縄ではいかないものですね。


そんなさまざまな制約がある誘拐もののなかでも最高傑作をあげるとすれば、
やはり『大誘拐』天藤真(創元推理文庫)をあげないわけにはいきません。

3人組の男が日本一の山林王と呼ばれる82歳のおばあちゃんを誘拐して
身代金5千万を要求しようとしたら、安すぎると叱られて100億に変更させられるなど、
アクの強いおばあちゃんに犯人も警察も翻弄されまくるという破天荒なストーリー。
名匠・岡本喜八監督によって映画化もされたのでご存知の方もいらっしゃるでしょう。

犯行動機がユニークということでいえば、
東野圭吾さんの短編「誘拐天国」( 『毒笑小説』所収)も面白い。
その犯行動機というのが、「勉強しすぎの孫たちを助けてあげたい」というもの。
犯人のおじいちゃんたちはみな大富豪という設定も笑えます。


東野圭吾さんってユーモア小説の書き手としても名人だと思うんですよね。
小説家って大御所になればなるほど、
腹を抱えて笑えるような小説を書かなくなりますけど、
(浅田次郎さんなんてそう。もっと『きんぴか』みたいな作品を書いて欲しいのに……)、
東野さんや奥田英朗さんはあいかわらずそういう作品を発表なさっています。

まあでもこれも好みかも。
芸術家になった鶴太郎さんと
「世界のキタノ」になってもかぶりものをするたけしさんのどちらが好きかみたいな。

いかん、誘拐小説から話がそれてしまった。

誘拐事件につきものの犯行の流れであるとか、
説得力のある犯行動機であるとか、
そういった踏まえなければならない制約の数々をものともしない作家といえば、
ミステリー小説界の鬼才といわれた連城三紀彦さんをあげないわけにはいきません。

8人の子どもがいる家に「子どもの命はあずかった」と脅迫電話がかかってきて、
誰が誘拐されたのかとなんど数えてみても、家には子どもたちが全員揃っている!
こんな摩訶不思議な謎を冒頭で投げかけておきながら、
「あっ!」と驚く謎解きでもって物語を着地させてみせるのが、連城さんの職人芸。

お亡くなりになってしまって、
あの目の前の霧がさーっと晴れるかのような
鮮やかな謎解きがもう読めなくなったのがとても悲しい。
ちなみに上にあげたのは遺作『小さな異邦人』(文藝春秋)所収の表題作。

あ、忘れてはいけない!
これも同じく連城作品ですけれど、
誘拐事件を扱っておきながら、お定まりのパターンに陥ることなく、
最初から最後まで謎が謎を呼び、
事件の真相が万華鏡のようにめまぐるしく入れ替わるという、
おそらく誘拐小説史上もっとも込み入った展開をみせる
『造花の蜜』(ハルキ文庫)もお忘れなく。


さて、誘拐ものでなかなか傑作と呼べる作品がない中、
「この手があったか!」と唸らされたのが、
雫井修介さんの『犯人に告ぐ』(双葉文庫)でした。

グリコ森永事件で初めて「劇場型犯罪」という言葉が使われましたが、
この作品の核となるアイデアは「劇場型捜査」。

「バッドマン」を名乗る連続児童誘拐殺人事件の犯人に対して、
神奈川県警で捜査責任者を務める主人公・巻島史彦が、
ニュース番組にたびたび出演しては
犯人に接触を呼びかけ続けるというアイデアはとても新しかった。

ただ、この作品が素晴らしかったのは、
決してアイデアだけが優れていたからではありません。
人質の子どもを死なせてしまった過去をもつ巻島と遺族とが
本音をむきだしにして向かい合う場面もあって、これが胸に訴えかけてくる。
こうした部分もしっかりと描かれていたからこそ読み応えがあったのです。


この斬新な誘拐小説『犯人が告ぐ』が発表されたのが2004年のこと。
それから10年以上もたって、まさか続編が読めるとは思いませんでした。

『犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼』(双葉社)でテーマとなるのは、「誘拐ビジネス」。

前作から10年以上たっているのに、
作中ではバッドマン事件が解決した
翌年に起きた事件という設定なのがなんだか不思議な感じではありますが、
本作で誘拐されるのは、ミナト堂という横浜の老舗菓子会社の社長と小学生の息子。

犯行グループ「大日本誘拐団」を率いる男は、
かつて「振り込め詐欺」グループを統括していました。

「振り込め詐欺」というのは、電話をかける「掛け子」や
お金を受け取りに行く「受け子」など役割が細かく分かれていて、
末端を捕まえても、なかなか首謀者にまで手が届かないことで知られています。
「大日本誘拐団」を率いる「淡野」という人物は、
この振り込め詐欺で培ったノウハウを応用し、
日本で初めて誘拐ビジネスを立ち上げようとするのです。

前作では最後まで犯人の姿がみえない不気味さがありましたが、
今作ではうってかわって犯人グループの側が仔細に描かれるのが特徴。

でも犯人たちの動きが読者の前に明示されているにもかかわらず、
前作とはまた違った不気味さを感じてしまうのは、
犯人の「淡野」のキャラクターにあるではないでしょうか。

おそろしく頭が切れ、どんな人物も演じられる演技力を持ち、
「淡野」という名前(もちろん偽名)以外に素性が一切わからない人物。

前作では、闇に身を隠す犯人を引きずり出すためにカメラの前に立った巻島が、
今作ではこの「淡野」が率いる犯人グループとの騙し合いに挑みます。

誘拐後のアジトまでの搬送方法、アジトのつくり方、人質の心理の操り方、
身代金の受け渡し方法などなど、考え抜かれた犯行のディテールが読みどころ。

犯罪の恐ろしさよりも、騙し合いということで、
知恵比べ的な要素が前面に出た作品ではありますが、じゅうぶんに楽しめます。

むしろ頭脳を駆使したゲームのようなテイストに新しさを感じました。

ラストもさらなる続編を期待させるものとなっており、今後が楽しみ。

でも、こんどは10年も待ちたくないなー。

投稿者 yomehon : 2015年11月26日 21:00