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2015年09月06日

「旅に出たい病」に効く本

もし物好きな神様がいて、気まぐれに
「人生の後半を望みどおりに生きさせてやる」
なんてことを言い出したら、
迷うことなく「生涯、旅をしながら暮らさせてください」とお願いするでしょう。

人生後悔していることはいろいろありますが、
なにをいちばん悔いているかって、若いうちに旅をしてこなかったことです。

夜の遊びはとことんやってきたし、
本もそれなりに読んではきたけれど、
生来の面倒くさがりが災いして、
旅にだけは出ないままこの年まできてしまいました。

だからいまつくづく思うのです。
若いうちにもっと旅をしておけばよかったと。


ここでいう旅というのはもちろん、
カップルで星のやとかアマンに泊まったりするような旅行ではなくて、
予定を決めないままふらりと列車に飛び乗ったり、
好奇心のおもむくまま世界各地を放浪したりするような旅のこと。

気が向けばその土地にしばらく滞在してみたり、
時には滞在というよりもちょっと長めに、
暮らすという感覚に近いくらいまでその地にとどまってみたりする旅のこと。


そういう旅こそ、
若いうちにしておくべきです。

だって学校を2年くらい休学するとか、若いうちの足踏みはどうってことないけれど、
いま休職して2年も旅に出たとしたら、戻ってきたとき自分の席は確実になくなっているでしょうから。

ホント年をとればとるほど、気軽に旅に出ることが難しくなっていきます。

にもかかわらず、
自分のなかで年々、旅熱が高まってくるのをどうにも抑えられません。

これはなかなかに危険な兆候です。

夜の盛り場で、年をとってから遊びにはまった人を何人かみてきましたが、
たいがいが女性に深入りしてしまったりして、取り返しのつかない失敗をしでかしていました。

失うものがたいしてない年代と
しがらみでがんじがらめになった年代とでは、
おのずとそのふるまいに求められる責任も違ってくるのだという至極当然なことが、
年をとって遊びを覚えちゃった人間には見えなくなってしまうのでしょうね。


しかしそういう人をいまのぼくは笑えません。

ふと気がつくと、
なにもかも放り出して旅立つ自分を妄想していたりするし。

「いま自分が居るべき場所はここではないのではないか」
そんな思いが年々強くなっていることに気がついているし。

これはもう、立派に病気といっていいのではないでしょうか。

で、少しでもそういう症状を抑えるためにすがるのが、やっぱり本、なのですね。

夜、寝る前に飲む一服の粉薬のように本を手にとっては、
自分の奥深くから発作のようにこみあげてくる旅への憧れを鎮めているのでした。

さて、そんな薬がわりに頼った本のなかで、
最近もっとも効き目があったのは、
『「青春18きっぷ」ポスター紀行』込山富秀(講談社)という本。


これ、実に素晴らしい一冊です!


「あの一枚が、あなたを旅人にした。
JR『青春18きっぷ』ポスター 25年分を一挙掲載!」

と帯にあるように、
春、夏、冬とおもに年に3回つくられた「青春18きっぷ」のポスターが、
1990年の夏から2015年の春ぶんまでまとめられています。

興味をひかれた方は、ぜひ上の書名をクリックして、本の表紙をみてください。

表紙に使われている駅の写真は、
予讃線の下灘駅のもの。(1999年冬のポスター)

どうですか?
見ていると、なんだか旅の想像力をかきたてられる写真ではありませんか?

ちなみにこの下灘駅は、すごく絵になる駅で、これまで3回もポスターに登場しています。


もっとも25年の歴史のうちにはいろいろと試行錯誤もあったようで、
1990年頃のポスターは、駅や線路というよりも、人物とコピーでみせる作風で、
ちょっと80年代の広告っぽいセンス。

それから何枚もの写真で構成した
やや見づらいレイアウトの時期(92年夏~94年春)があったかと思えば、
若者のグループ旅行というターゲットをしぼった時期(94年夏~96年春)があったり、
はたまた写真を使わずイラストを使った時期(96年夏~97年春)があったりもしました。

イラストバージョンは、
先日お亡くなりになった安西水丸さんが起用されていたりして、
いまみると貴重なものだったりもするのですが、
やっぱり圧巻なのは、97年の夏以降展開されている
一枚の大きな風景写真のポスターでしょう。


地平線に向かってうねりながら途切れ途切れにつづく線路。
(98年夏。根室線落石駅付近。ちなみにコピーは「もう3日もテレビを見ていません」)


暮れ行く海に面した無人駅のベンチ。
(01年冬。山陰本線鎧駅。「なんでだろう。涙がでた」)


命が漲るような濃い緑の中に
赤い絵の具で点描の描かれたかのような一両の車両。
(04年夏。肥薩線大畑駅。「この旅が終わると、次の私が始まる」)


荒く波立つ海近くをすりぬけていく車両の前照灯の光。
(07年冬。氷見線 越中国分~雨晴駅。「冒険に、年齢制限はありません」)


山裾を横切る列車が、磨き上げられた鏡のような水面に映った一枚。
(10年冬。高山本線 飛騨金山~焼石駅。「車窓に映った自分を見た。いつもより、いい顔だった。」)

いやー素晴らしい。
実に素晴らしい。

眠りに落ちるまでのひととき、
ページをゆっくりとめくりながら思うのは、
この国の景色がいかに美しいかということです。


この本の著者の込山富秀さんは、
歴代のポスターを手がけてこられたアートディレクター。

あとがきで「ロケハンや撮影でこれだけ多くの路線を訪れても、
一度も飽きることはなく、いつも新しい魅力がその先にあった」とお書きになっていますが、
この本をみていると、いや本当にそうだろうなと納得します。


25年の時をかけて、一枚ずつ丁寧につくられたポスターは、
まるで一駅、一駅、普通列車でゆっくりと進む「青春18きっぷ」の旅のよう。


効率化が叫ばれ、
めまぐるしいスピードで変化する現代社会にあって、
「青春18きっぷ」なんて「あ、まだあったんだ」と言われてしまうようなサービスかもしれません。


でもぼくは思うのです。
いま、これほど贅沢な旅はないのではないかと。


ああ、マジで旅に出たいよう。

あれだな。
旅立つ自分をもし「青春18きっぷ」のポスターにするとしたら、
その時のコピーは、これで決まりだな。


「戻って来なくても、いいですか?」

投稿者 yomehon : 2015年09月06日 16:32