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2015年01月27日

キャンプインが待ち遠しい!


プロ野球ファンにとってシーズンオフの過ごし方はとても難しい。
もちろん選手はトレーニングなどやることがたくさんあるわけですが、
プレーを楽しむ側にとってみればこれほど退屈な時間もありません。

だから本を読みます。
野球について書かれた本をモーレツに読み込むのです。
球春到来の報せを待ちわびながら、ただひたすらにページをめくるのです。

今回はそんなシーズンオフ期の読書の中から、収穫をご紹介しましょう。


まずは『プロ野球、伝説の表と裏』長谷川晶一(主婦の友社)を。

サブタイトルに「語り継がれる勝負の裏に隠された真実の物語」とあるように、
プロ野球ファンにとってはすでにお馴染み、定番中の定番といっていい伝説が取り上げられます。

それは野茂英雄さんのフォークであり、福本豊さんの足であり、
伊藤智仁さんのスライダーであったりします。
このようなラインナップをみて「なにをいまさら」と感じる人もいるかもしれません。
「そんなの実際のプレーもこの目で見ているし、いろんなエピソードだって知ってるよ」と。

年季の入ったプロ野球ファンほどそうでしょう。
でもこの本はむしろそういう人にこそ読んでいただきたい。
知っているようで意外に知らなかった事実が、本書の中で数多く明らかにされているからです。


代表的なのが「一本足打法伝説」。

王貞治選手と荒川コーチとの運命的な出会い、畳の上での素振り、
真剣を用いたトレーニングなどなど、
これまで折に触れていろいろなところで語られてきたエピソードの数々は、
プロ野球ファンであれば知らぬ者はいないでしょう。

ところがそこに著者は、「光と影」という視点を持ち込みます。

一本足打法を自分のものにしようと挑んで叶わなかった男たちのドラマを描くことで、
一本足打法の本質をあぶり出そうと試みるのです。


「一本足フォロワー」の代表として真っ先に浮かぶのは、
なんといっても片平晋作さんでしょう。
南海ホークス、西武ライオンズ、大洋ホエールズと渡り歩き、
ひょろりとした長身で左打席に立ち続けた姿をおぼえているファンも多いでしょう。

王さんが真剣を手に一本足打法を鍛錬したように、
片平さんもまた遠征先のホテルの屋上にのぼり、鉄柵を乗り越えて、
屋上の縁に一本足で立ち続けるという命がけの練習をしました。

その結果、片平さんが発見した一本足打法の要諦は、「間」にあるといいます。

この「間」とは何か、詳しくはぜひ本で読んでいただきたいのですが、
一本足打法にこだわりつづけた代償は大きく、片平さんのひざはボロボロになり、
いまでは足をひきずりながらの歩行を強いられるほどなのだそう。

一本足打法というのは、それだけの代償を払ってもなお、
挑む価値のあるものだったということが、片平さんの話からひしひしと伝わってきます。


片平さんは膝を痛めても18年間にわたって選手生活をまっとうされましたが、
一本足打法によって選手生命が短くなってしまった人もいます。

先日、急性骨髄性白血病のために51歳で急逝された大豊泰昭さんがそうでした。

台湾から来日して苦労してプロ野球選手になった大豊さんもまた、
王貞治さんの背中を追い続けたひとりだったのです。

大豊さんは、プロ野球選手を長く続けようとしたら
一本足打法はやるべきではないと振り返ります。

でもそれでも後悔はないと言う。
大豊さんの言葉は、彼が亡くなってしまったいま読み返すと胸に迫るものがあります。


一本足打法を追い求めた選手たちはどんな壁に当たったのか。
また王貞治さんの目には、彼ら「一本足フォロワー」のスイングはどう映っていたのか。

定番だと思われた伝説が、斬新な視点から光を当てることで、また新しい姿をみせる。

他のスポーツ・ノンフィクションでもぜひ参考にしていただきたい手法です。

選手が書いた(というか語り下ろした)本にも面白いものがありました。


『どんな球を投げたら打たれないか』金子千尋(PHP新書)は、
昨年の沢村賞投手が語るピッチングの極意。

この本で全編にわたって語られるのは、「変化球とは何か」。

かつてホークスのエースだった斉藤和巳投手の高速フォークをみて、
フォークは大きく落ちなくてもいい、と気づいた金子さんは、
変化球について徹底的に考え直します。

その結果、「ある真理」に辿りついて、球界を代表するエースにまで登りつめました。
(これも詳しくは本をお読みください)


とにかく金子千尋とう人はピッチングの細部にいたるまで考察せずにはいられない人なのですが
驚いたのは、プレー中のボール交換についての考え方。

硬球は硬いボールとはいえ、それでもゲームが進むなかで少しずつ変形します。

普段、まっさらな新品のボールで練習しているものですから、
ピッチャーはボールが変形すると試合中に交換を要求しがち。

ところが、金子投手は、そのボールの形状の変化でさえもピッチングに利用するというのです。

自然に変形したボールですから、金子投手にもどう変化するかわかりません。
それでも打者からみれば、打ちづらいに決まっているんだから、と金子投手は意に介さない。

このように偶然の力でさえも、考えてピッチングに利用しようとするところはすごいと感心しました。


ともかく、金子投手の武器は徹底的に考え抜く力だということが、この本を読むとよくわかります。

金子投手によれば、どんな状況になっても力まないで投げる、投げ急がないために大切なのは、
「投げようと思わないで」投げることだと言う。

なんだか禅問答みたいですよね。
でも読めば納得の理由が書いてある。

やっぱり超一流の選手は凄い。
ここまで考え抜いているのかとため息がでます。


現在、巨人でプレーしている井端弘和選手も、とことんまで考える選手。

『守備の力』(光文社新書)では、身体的に恵まれたわけでもない井端選手が、
17年にわたってプロで生き残ることができた秘密が語られます。

井端選手は、「守備には練習の見返りが必ずある」と断言します。

いま井端選手は「年齢からくる”間”を詰める練習」に取り組んでいるのだとか。
年齢からくる”間”とは何かが、いまをときめくカープの菊池涼介選手を引き合いに語られる。
これも詳しくはぜひ本でお読みください。


面白いのは、金子投手も井端選手もともに自分のことを、
身体的にも才能の面でも決して恵まれた選手ではない、と認識していること。

それをカバーするためにどんな工夫や努力をしたかがどちらも読みどころです。

「思考はときに才能を超える」という金子投手の言葉は
あらゆるジャンルに通じるまさに金言ではないでしょうか。


ああ、それにしてもキャンプインが待ち遠しい。そわそわ・・・・・・。


投稿者 yomehon : 2015年01月27日 21:40