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2015年01月10日

直木賞候補作を読む(3) 『宇喜多の捨て嫁』


「梟雄(きょうゆう」という言葉をご存知でしょうか。

「残忍で強い人物」という意味で、
戦国時代のような乱世に力をふるった武将などに冠されることの多い言葉です。

なぜ「梟(ふくろう)」の文字が使われているかといえば、
中国では昔からふくろうは雛が親鳥を食べて育つと考えられていたためで、
このことから、主君や肉親を犠牲にして成り上がる下剋上のイメージとともに
「梟雄」という言葉が生まれたようです。


ゆえに戦国の世というのは、
大小さまざまな梟雄が跋扈した時代でもあったわけですが、
その中でも代表格と呼べるのは、なんといっても宇喜多直家でしょう。


木下昌輝さんの『宇喜多の捨て嫁』(文藝春秋)は、
そんな宇喜多直家の人間像を描かんと挑んだ野心作。


備前の国を本拠とした宇喜多直家は、
戦国時代屈指の謀略家として知られています。

いずれ刃向う可能性ありとみた武将に自らの娘を嫁がせ、
縁戚関係を結んでおきながら、頃合いをみて相手を仕物(暗殺)したり、
肉親同士に干戈を交えさせたりする。

まあ要するに、最低な人物としてその名が伝えられているわけです。


宇喜多直家の家族がどんな運命を辿ったかを知れば、
この人物のおおよそのイメージがつかめるかもしれません。

たとえば、直家の妻・冨は、
夫が父・中山信正を仕物したことを知り自害しました。

直家と冨のあいだには、四人の娘がいたのですが、
長女・初の嫁ぎ先である松田家を、
次女・楓の嫁ぎ先である伊賀家に滅ぼさせ、
初は自害し、楓は精神を狂わせてしまいます。
また詳しくは明かせませんが、
三女・小梅と四女の於葉にもそれぞれ過酷な運命が待っている。

つまり、直家と関わった人間はみんな不幸になっていくのですね。


呪われた宇喜多家の負のオーラを一身に背負ったかのように、
直家自身も「尻はす」と呼ばれる病を患っています。

体に刻まれた刀傷などが腐って腫れ物に転じ、
そこから血と膿が大量に滲み出るという病です。

人倫にもとる直家の所業を思えば、
血膿にまみれ、腐臭を撒き散らす様は、まさに業病というに相応しい。

そんな生きながらにして鬼になったかのようなダーク・ヒーローを、
この作品ではいかに描いているのでしょうか。

本書は六つの短編がおさめられた連作短編集の体裁をとっています。

この本を読む際にお気をつけいただきたい点がひとつ。

この小説はぜひ頭からお読みいただきたい。


謀略のための「捨て嫁」と陰口を叩かれながら嫁ぐ四女・於葉を描いた表題作から、
直家と母が巻き込まれる過酷な運命を描いた「無想の抜刀術」、
直家と冨の新婚時代、そして義父との関係を描いた「貝あわせ」、
主君の浦上宗影の歪んだ心に映る直家が描かれる「ぐひんの鼻」、
三女・小梅とその夫の哀しい人生が描かれる「松之丞の一太刀」、
鼓の名手・江見河原源五郎の目を通して宇喜多家の末路を描いた「五逆の鼓」――。

語り手や視点を変えて描かれる六編を冒頭から順に読み進めるうちに、
戦国屈指の「梟雄」とある種の蔑みをもって称されてきた宇喜多直家が、
巷間伝えられているものとはまったくかけ離れた人物像として立ち現われてくるのです。


「あの人には実はこんないい人の顔がありました」
といったようなお手軽な描き方ではないということは急いで付け加えておかなければなりません。

戦国の世で、直家なりに真実を貫き通そうとした結果が、
肉親を斬ることだったりしたのだということが、実に説得力をもって描かれている。

血の匂いがまとわりついたダーク・ヒーローが、
作者の筆によって浄化されていく様は圧巻です。

もちろん舞台は戦国ゆえ、浄化といっても、
それは血溜まりに咲かんとする一輪の白い花のごとくで、
花弁に飛んだ返り血の飛沫は消したくとも決して消せないのではありますが。

候補者プロフィールによれば、木下昌輝さんは、
表題作の「宇喜多の捨て嫁」でオール読物新人賞を受賞し、
本書が初の単行本となる正真正銘の新人作家。

大変な才能を持つ新人作家が現れたものです。

デビュー作でここまでの水準の高さというのは、
時代小説でいえば、隆慶一郎さんが登場した時みたいなものじゃないか。
(「そのたとえよくわかんない」という人のために言い換えると、
日本ハム・大谷翔平選手のような新人が現れたと言えばわかっていただけるでしょうか)

まったく末恐ろしい新人作家ですが、
さて直木賞は?となると、ぼくは今回の受賞は「なし」とみます。

選考委員の方々はみな欲張りだと思うんですね。
というか、選考委員に限らず、本読みというのは貪欲なのです。

ここまでレベルが高く、しかも新人作家となると、絶対に

「あと二、三作読んでみたいなー。評価はそれからね」

となるはず。(実は評価はすでに胸の内で定まっているくせに)

ですので、今回の受賞はなし。
でも受賞の如何にかかわらず
読んで絶対に損はない驚異のデビュー作であることは間違いありません!


投稿者 yomehon : 2015年01月10日 23:09