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2014年11月03日

今年も秋のお楽しみがやってきた!


秋刀魚に松茸、銀杏、栗、新そば、ボジョレー・ヌーヴォー・・・・・・
秋の味覚を挙げていけばキリがありませんが、
本の世界でこの時季ならではの美味といえば、
それはもう、ジェフリー・ディーヴァ―の新作と相場は決まっています。


今年もJ・Dの新作『ゴースト・スナイパー』池田真紀子訳(文藝春秋)が届きました。

四肢麻痺で寝たきりであるにもかかわらず、
犯行現場で採取された微細証拠を手掛かりに
次々に難事件を解決する鑑識捜査の天才、
リンカーン・ライムを主人公としたこの作品、
ライム・シリーズとしては実に10作目にあたります。


物語は1発の凶弾によって幕を開けます。

反米主義を唱える活動家モレノが、バハマのホテルで射殺されました。
信じがたいのはその殺害方法。
モレノの命を奪った弾丸は、
ホテルの部屋から海を隔てて2000メートルも離れた砂嘴から放たれたようなのです。
まるでスティーヴン・ハンター描くところの天才スナイパー、
ボブ・リー・スワガーのような離れ業ではありませんか。


凄腕のスナイパーによる暗殺事件の直後、
ライムのもとを地方検事補ナンス・ローレルが訪れます。

彼女は、モレノの暗殺はアメリカの諜報機関の仕業であること。
またモレノはテロリストなどではなく無実だったという驚くべき情報をもたらすのです。

法廷で彼らを裁くために、ライムと相棒の刑事アメリア・サックスが捜査に乗り出します。

しかし肝心の現場は遠く離れたバハマにあり、証拠の採取もままなりません。

しかも捜査をすすめるうちに、証人たちが次々と消されていき、
やがて暗殺者の魔の手は、ライムやサックスにも及ぶのでした――。

手に汗握る展開、予測を次々に裏切っていく細かいツイストなど、
相変わらずのJ・D節は健在です。

とはいえ、シリーズも10作目。

このようなシリーズものは、読者にいかに飽きられないようにするかがとても難しい。
要するにいかにマンネリを阻止するかという課題が立ちはだかります。


それを打破するために、
本作で作者がとった手法は「あっ!」と驚くものでした。


なんと四肢不自由なライムを、証拠採取のためバハマへと向かわせたのです。

これだけ面白いシリーズであるにもかかわらず、
ライム・シリーズの中でこれまで映画化されたことがあるのは『ボーン・コレクター』のみ。

なぜか映像化とあまり縁がない理由を、ぼくは以前から、
主人公のライムがベッドに横たわりっぱなしだからではないかと考えてきました。
要するに映像に動きがでないからではないか。

からだは動かなくても、
実はライムの頭脳は目まぐるしく回転して推理をしている。

その面白さは、やはり小説でしか描けないのではないかと思っていました。

それがなんということでしょう。

証拠採取のためにカリブ海のリゾート地に出張したばかりか、
現地であわや命を・・・・・・いや、これ以上はやめておきましょう。


ともかく、これまでにないくらいストーリーに動きがあるのです。


もちろん映画化がどうしたこうしたなんて話は二の次で、
作品が小説として面白いかどうかがいちばん大事なことなのですが、
(もちろん面白いに決まっている!!)
本作でライムが自由に動き回るようになったことは、
今後のシリーズ自体の展開や、作品のひろがりに多大な影響をもたらすはずです。

『ソウル・コレクター』でデータ・マイニング社会を取り上げ、
『バーニング・ワイヤー』で電力システムを取り上げるなど、
J・Dはこのところホットな社会問題をテーマにすえるようになっています。

詳しくは書けませんが、
本作でやがて明らかになる真相も、
アメリカ政府が近年いろいろなところで活用している「あるもの」と関係しています。
(それはぼくらもニュースなどでよく見聞きしているものです)


シリーズの新作ごとに、アクチュアルな問題に取り組みつつ、
主人公の設定ですら、いまなお手を加えようとする。

大御所の地位に安住することのない
J・Dの攻めの姿勢にはほんとうに感心してしまいます。


最後に。
本作では「料理」も作品のスパイスのひとつとなっています。

日本製の包丁への並々ならぬ思い入れや
料理についてのかなりの知識をみるにつけ、
ジェフリー・ディーヴァ―は相当な料理上手のよう。

料理好きな方は、
本書を読み終えた後、
作中に登場する料理をJ・Dのレシピでつくってみるのも一興です。


投稿者 yomehon : 2014年11月03日 12:31