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2014年07月08日

直木賞候補作を読む(2) 『破門』


第151回直木賞候補作、今回は黒川博行さんの『破門』 (KADOKAWA)です。


黒川博行さんは、ヤクザや悪徳警官といった「悪い奴」を描かせたら天下一品の作家。

この『破門』に出てくるのもそういう悪い連中ばかり。

本作は「疫病神シリーズ」と呼ばれるシリーズものの5作目にあたります。

疫病神シリーズとは、
金儲けの話にはとことん喰らいつくイケイケのヤクザ・桑原と、
ヤクザだった父親とは違うカタギの人生を歩もうとする二宮が主人公の「バディ(相棒)」もので、
桑原が引き起こすトラブルの数々に二宮がズルズルと巻き込まれ、
命を落としかねないような散々な目にあうというのが基本パターン。


これまでの作品には、
産業廃棄物処理に群がる魑魅魍魎を描いた『疫病神』にはじまり、
ヤクザを騙した詐欺師を追って北朝鮮に潜入する『国境』、
警察の腐敗を扱った『暗礁』、
金満宗教家を描いた『螻蛄(けら)』の4作があります。

今回の『破門』は、
架空の映画製作話で投資を募り、その後姿を消した映画プロデューサーの行方を追って、
お馴染み桑原と二宮のコンビが、大阪、マカオ、四国と縦横無尽に・・・というか尻に火がついた状態で
駆けずり回ります。


疫病神シリーズの面白さは、
まずひとつには破天荒な桑原とヘタレの二宮という
主人公のキャラが見事に確立されていることがあげられます。

ふたりの大阪弁でのやりとりはほとんど漫才のようで
深刻なトラブルに巻き込まれているにもかかわらず、読んでいて笑わされてしまうこともしばしば。

もうひとつの魅力は、
登場人物がヤクザだったり金の亡者だったりほぼ全員が悪人であること。

世間から毛嫌いされる人間たちがこれほど大量に登場する小説は他に思い当りません。

けれど本作に関しては、ちょっと引っかかるところがあるのですね。

というのも、この作品に関しては、
次のような問いをたてることができるからです。


すなわち、「シリーズ全体を直木賞の受賞対象とするのはありなのか?」という問いです。


これまでシリーズものに属する一冊が直木賞を受賞した例がないわけではありません。

記憶に新しいところでは、
第110回直木賞を受賞した大沢在昌さんの『無間人形』がそうです。

「新宿鮫シリーズ」の4作目にあたるこの作品は、
物語のスケールの大きさといい、手に汗握るハラハラドキドキ具合といい、
シリーズ屈指の傑作といってよく、シリーズものの中の一冊ということを離れて、
じゅうぶんにこの作品単独での受賞に値するという納得感がありました。


翻って『破門』がどうかとなると、
ぼくは「うーん」と考え込まざるを得ません。

もっと率直にいえば、「この作品じゃないだろう!」という不満があるというか。

このシリーズの愛読者に「シリーズ最高傑作はどれ?」とアンケートをとれば、
ほぼ間違いなく『国境』、の名前があがると思いますよ。

次点はこれもほぼ間違いなく『疫病神』でしょうね。


黒川さんがもっとも直木賞に近づいたのも『国境』が候補にあがったときでした。

たしか最後の最後まで揉めて受賞を逃したはずです。
ちなみにこの時(第126回)に受賞したのは、
山本一力さんの『あかね空』と唯川恵さんの『肩ごしの恋人』でした。

ぼくはいまでも唯川さんじゃなくて黒川さんが受賞してもよかったのでは?と思っていますが、
あの時の印象が強すぎるだけに、今回の候補作にはどうしてもインパクトを感じられないのです。

とはいえ、黒川博行さんは大御所です。

素晴らしいハードボイルドをこれまで数多く生み出してこられた功労者です。

だからもういい加減、直木賞を差し上げて下さい!という思いもあります。

功労者に対して、そのシリーズ全体に敬意を表して、
賞を与えるという判断が果たしてあり得るのかどうか。

そのへんも今回の予想を難しくしている要因ではあります。

投稿者 yomehon : 2014年07月08日 13:23