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2014年03月04日

科学的?根性論


先日、ある企業の人事部で働く知人とひさしぶりに会いました。
学生たちの面接はこれから本格化するするそうで、
自然と最近の就活生についての話題が中心となりました。

その知人が言うには、学生たちをみていると、
圧倒的に女性の方が優秀なのだそうです。

流れに任せて採用していると、最終面接に残るのは、
すべて女子学生になってしまうほどなんだとか。

「それならそれでいいんじゃないの?」と訊くと、
知人の会社では最低でも半分は男子学生を採用することになっていて、
どちらかに偏るのはマズいとのこと。

でも普通に試験をすれば、明らかに女子学生のほうが優秀なわけで、
それなら男子学生のどこを評価して採用するのか?という疑問が生じます。

そうぶつけたところ、
「将来性かな。この先、化けそうかどうか。見るのはそこだね」
となんとも曖昧な答えが返ってきました。

「将来化けるかどうかなんて、わかるわけないだろう。
博打とおんなじじゃないか。それに、そもそも化けた男子学生はいるの?」と訊くと、
彼は腕を組んだまま「うーん……」としばらく天を仰いで、「……いないね」と答えました。

知人の会社の将来性自体に不安を感じてしまうような話ではありますが、
それはさておき、女子学生のほうが優秀だと言う話をしばしば耳にするのは事実です。

彼女たちはなぜ優秀なのでしょうか。


その理由を考えるのに格好のサンプルとなるのが、山口真由さんという方。
せっかくなので、極めつきの優秀な女性に登場してもらいましょう。

なにしろ彼女ときたら、
履修した162の授業すべてで「優」の成績をおさめ、東大を主席で卒業。
財務省にキャリアとして入省し、国際課税等の租税政策に従事。
その後、弁護士に転身し、現在は企業法務と刑事事件を中心に活躍中……
とまぁ、ベスト&ブライテストな経歴をお持ちです。

でも彼女は「天才」などと称されることに抵抗感を覚えるそう。
なぜなら、自分には「練習したことがないことを一度でやってみせる能力」も、
「ずば抜けた頭の回転の速さ」も、「誰もが考えたことのないような発想力」もないから。

彼女がこれだけのキャリアを手に入れたのは、ひとえに努力の賜物で、
しかもその努力には明確な方法論がある、というのです。


『天才とは努力を続けられる人のことであり、それには方法論がある。」(扶桑社)は、
効率的に努力を続けるにはどうすればいいかという、山口さんなりの方法論をまとめた一冊。

「努力する」とは何かを反復・継続することを指し、
大切なことは、何のために努力するかをより明確に具体化することだ、と山口さんは言います。
(努力すべきことを「○○すること」と具体的な行動に落とし込むということですね。精神論ではなく。)

そしてその上で、努力を始めるための方法、努力を続けるための方法、
努力を完遂するための方法と、順を追ってそのコツが披露されていきます。

「読む」「聞く」「書く」「話す」の4分野のうち得意な分野で努力するとか、
一日3回の食事をベンチマークにして時間を割り振るとか、なかなか面白い視点が出てきます。
なかでも「うーむ」と感心させられてしまったのが、難しい本を読む方法。

彼女いわく、難しい本を読むコツは、「回数をこなすのが鉄則」。

「2時間かけて1度精読するのではなく、30分で4回ページをめくり続けた方が」
本の内容が頭によく入る、と彼女は言います。


実に正しい!これは本当で、ぼくも小難しい本ほどそういう読み方をしています。
一生懸命内容を理解しようとするのではなく、ざぁーっと頭から終わりまで、流して読む。
これを繰り返すと、不思議なことに最初は難しく感じた本の内容が頭に入ってくるんですよね。

むむむ、読書の奥義をバラされてしまったか……というのはもちろん冗談で、
ぼくの経験ではだいたい3〜4回も通読すれば、内容が理解できるように思います。


そういえば「読書界のレジェンド」こと佐藤優さんが、
良書『読書の技法』(東洋経済新報社)で仰っていたのは、たしか3回でした。
もっとも佐藤さんの場合は回数だけにとどまらず、
「超速読」「普通の速読」「熟読」ときめ細かく内容が定義されているのですが。


本のことになるとついつい話が脱線してしまいますね。
ともかく、本書で著者が「努力とは反復・継続である」と述べていることは、
科学的な側面からみても正しいようです。


雑誌『ニューヨーカー』の名物記者であるマルコム・グラッドウェルは、
そのユニークな著書『天才!成功する人々の法則』(講談社)の中で、
プロになるには「1万時間」を要すると明らかにしています。

勉強にしろ練習にしろ、1万時間を費やせば、
その道のプロフェッショナルになるための扉が開かれるというわけです。


イギリスの卓球代表選手としてオリンピックに2度出場し、
なおかつオックスフォード大学を首席で卒業、
その後はタイムズ紙のコラムニストやBBCのコメンテーターとして活躍するマシュー・サイドも、
同じようなことを、『非才!あなたの子どもを勝者にする成功の科学』(柏書房)のなかで語っています。

才能よりも、いかに長期間にわたって反復・継続を行ったかが大事ということですね。


とかく努力は、意志の強さと結びつけられがち。
でも山口さんの本は、そのような単なる精神論に堕すことなく、
いわば科学的な根性論とでも呼びたくなるような
論理的かつ合理的に編み出されたスキルとしてまとめられていて、
なかなか参考になる点が多かったです。


さて、優秀な女性代表として、もうお一方登場していただきましょうか。

「九州の田舎に生まれ、地元の公立高校に通う普通の理系女子だった」北川智子さんは、
まったく英語も話せなかったにもかかわらず、プリンストン大学で博士号をとり、
ハーバード大学で日本史を講じて人気教師になった後、
現在はケンブリッジ大学で数学史を研究中という、これまた輝かしい経歴をお持ちです。

『世界基準で夢をかなえる私の勉強法』(幻冬舎)も、
山口さんの本と同様、いかに「普通の能力の人間」が、「普通でない結果」出すかという、
その秘訣について語られた一冊。

山口さんの本ほどにには、意識的に方法論としてまとめられているわけではありませんが、
時間の管理の仕方や本の読み方など共通する点も多く、これまた参考になります。


これはまったくの私見に過ぎませんが、
長期にわたる反復・継続作業をコツコツと実行できるのは。
自分の学生時代を振り返ってみても、なぜか男よりも女子学生のほうが多かったですね。

その理由は謎ですけれど、
山口さんと北川さんの本を読んで感じたのは、
彼女たちは日々の努力の最中の気分転換が実にうまいということです。

山口さんはここぞという時に集中できる場所(ファミレスなど)を複数確保して、
気分の変化に応じて渡り歩いたり、自分に課したルールにうまく抜け道を作ったりして、
飽きずに勉強を続けられる工夫をしていますし、
北川さんも気の合う友人とお互いの家を行き来しながら勉強したり、
遊んでもいい日をあらかじめ決めておいたりして、くじけずに努力を続けられる環境を作っています。

もちろん彼女たちも、まるでスポ根マンガのように
髪を振り乱して勉強をするような時間も経験しているのですが、
(山口さんは勉強のし過ぎで幻聴が聴こえたと言うし……)
それでもいっぱいいっぱいな感じがしないのはなぜなんでしょうね。

柔軟で、ポジティブで、それでいて強さも持っていて。

そういうしなやかな強さとでもいうべきものは、
自分自身も含めて、ぼくの知る男たちには無いものです。

山口真由さんと北川智子さん。
いずれにせよどちらも才色兼備で非の打ち所のない女性ですが、
ここでふと血迷ったことを考えてしまったのですね。
これほどまでに完璧なキャリアを誇る彼女たちに勝てるところはないのかと。


あれこれ検討した結果、
夜の街での遊びにかけては、優に1万時間を超えていることに気づきました。

「そうか!夜の繁華街での経験値に関しては、オレってそれなりにプロなんだもんな」
と自信を取り戻したのもつかの間、いつものようにほろ酔い加減で家に帰ると、
ダイニングテーブルの上に、人間ドックの申込書が
「ちゃんと受けるように」というヨメの殴り書きメモとともに置いてありました。

よくよく考えてみたら、
1万時間の飲食を経て身につけたのが、
この30kgを超える余分な中性脂肪でした。

かたや人も羨むキャリア。
かたや人に疎ましがられる脂肪。

同じ反復と継続を経て身につけたものでもこんなに違うとは。

キャリアと脂肪、
どちらが人生により希望をもたらしてくれるかは、もはや考えるまでもありません。


投稿者 yomehon : 2014年03月04日 20:30