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2013年01月16日

第148回芥川賞・直木賞 受賞作決定!


第148回芥川賞と直木賞の受賞作が決まりました。

なんといっても驚かされたのは芥川賞の黒田夏子さんですね。
75歳9ヶ月での受賞というのはスゴい!
これまでの記録は森敦さんが名作『月山』で第70回芥川賞を受賞した
61歳11ヶ月ですから、大幅な記録更新ということになります。

受賞作『abさんご』(文藝春秋)についてはあらためてご紹介しますが、
老境に入った作家が書くのにふさわしい
枯淡な趣の作品などを勝手に想像していると面食らいます。
全文横書きでカタカナやかぎかっこを使わない実験的なスタイルだからです。

これで思い出したのが、
昨年73歳でデビューした多紀ヒカルさん(男性です)。
デビュー作『神様のラーメン』(左右社)は、
新幹線で出会った男と北海道の原野で噛みつき合戦をするといったような
ハチャメチャでナンセンスなストーリーの短編を集めた短編集でした。

なんだかお年を召した方のほうが
のびのびと小説を書いているような気がするのはぼくだけでしょうか?


一方の直木賞は、
予想通り安部龍太郎さんの『等伯』が受賞した他、
朝井リョウさんの『何者』も同時受賞でした。
朝井さんは今回はないだろうと思っていたんですけどねー。

それぞれの受賞作については、あらためてちゃんとご紹介します。

みなさんおめでとうござます!!!


投稿者 yomehon : 21:32

第148回芥川賞・直木賞 受賞作決定!

第148回芥川賞・直木賞 受賞作決定!

ご存知の通り、第148回芥川賞と直木賞の受賞作が決まりました。

なんといっても驚かされたのは芥川賞の黒田夏子さんですね。
75歳9ヶ月での受賞というのはスゴい!
これまでの記録は森敦さんが名作『月山』で第70回芥川賞を受賞した
61歳11ヶ月ですから、大幅な記録更新ということになります。

受賞作『abさんご』(文藝春秋)についてはあらためてご紹介しますが、
老境に入った作家が書くのにふさわしい
枯淡な趣の作品などを勝手に想像していると面食らいます。
全文横書きでカタカナやかぎかっこを使わない実験的なスタイルだからです。

これで思い出したのが、
昨年73歳でデビューした多紀ヒカルさん(男性です)。
デビュー作『神様のラーメン』(左右社)は、
新幹線で出会った男と北海道の原野で噛みつき合戦をするといったような
ハチャメチャでナンセンスなストーリーの短編を集めた短編集でした。

なんか老人のほうがのびのびと
小説を書いているような気がするのはぼくだけでしょうか?


一方の直木賞は、
予想通り安部龍太郎さんの『等伯』が受賞した他、
朝井リョウさんの『何者』も同時受賞でした。
朝井さんは今回はないだろうと思っていたんですけどねー。

それぞれの受賞作については、あらためてちゃんとご紹介します。

みなさんおめでとうござます!!!

投稿者 yomehon : 21:32

2013年01月15日

第148回直木賞直前予想!(後編)


(前のエントリーからのつづきです)

次は志川節子さんの『春はそこまで 風待ち小路の人々』です。

不覚にもぼくはこの著者のことを知りませんでした。

単行本の著者略歴をみると、
1971年、島根県のお生まれで、早稲田大学を卒業後は、
会社勤めのかたわら小説を書き続け、2003年(平成15年)に
「七転び」で第83回オール讀物新人賞を受賞。
2009年(平成21年)になってようやく、
初の単行本『手のひら、ひらひら 江戸吉原七色彩』を上梓されています。

新人賞受賞から初めての単行本出版まで6年もかかっています。

これで思い出したのが、時代小説の第一線で活躍されている山本一力さんが、
オール讀物1月号に掲載された宇江佐真理さんとの対談で披露されていたエピソード。

山本さんはオール讀物新人賞を受賞してから、
何度も何度も編集者に原稿を提出してはボツにされ、
受賞第一作がようやく掲載されたのは受賞から2年もたってからだったそうです。

いつも編集者の段階で原稿がボツになることに納得のいかない山本さんが、
「何でお前しか読まねえんだ。何で編集長に読んでもらえねえんだ」
と詰め寄ると、編集者はこんなことを言ったそうです。

「山本さん、私はあなたの味方だから編集長に見せないんです。
編集長に読んでもらうときは勝負を賭けるときなんです」

この言葉を聞いた山本さんは、今はまだ自分の小説は編集長に見せるほどの
レベルに達していないのだということを悟り、目が覚めたそうです。


経歴から想像するかぎりでは、おそらくこの志川さんも、
編集者と二人三脚で自分を鍛えてきた方ではないでしょうか。
会社勤めを続けながら小説を書き続けるというのは、
なかなか出来ることではありません。


芝神明宮のすぐそばに「風待ち小路」と呼ばれる小さな店が
肩を寄せ合うように並ぶ通りがあります。
『春はそこまで』は、この小路で生きる人々の人間模様を描いた連作短編集。
絵草紙屋や生薬屋など江戸の商売人の世界が実に活き活きと描かれています。

いやーこんな人がいたんですね。心のこもったとてもいい小説です。
芝神明宮は文化放送のすぐそばにありますし、余計に親近感を覚えてしまいました。

ただこの作家はまだ一作しか世に問うていません。
(もちろんその背後には膨大なボツ原稿があると想像しますが)

この作家が果たして書ける腕力を持っているのかどうか、そのあたりは未知数です。
(前のエントリーで示した〈モノサシ〉でいえば、「その3」ですね)

ですので、今回は名刺代わりと受け止め、今後の活躍をみたいと思います。


さあ次は、伊東潤さんの『国を蹴った男』にいきましょう。

伊東さんは今回の候補者の中ではもっとも精力的に作品を発表している作家です。
この方もサラリーマン生活のかたわらずっと小説を書き続けてこられた方で、
作家専業になってからは、怒濤のように作品を発表し続けておられます。

すでに時代小説の書き手としても定評がありますし、
いつ直木賞をとってもおかしくありません。

『国を蹴った男』は、武田信玄や上杉謙信、織田信長、豊臣秀吉など、
天下にその名を轟かせた英雄たちの下で生きた男たちにスポットをあてた短編集。

蹴鞠の達人として知られた今川氏真に仕える鞠職人を主人公にした
表題作の「国を蹴った男」の出来映えなどは見事のひと言に尽きます。


脇役たちに光を当て物語の主役に引き立てるという着想。
そして脇役を用いて力強い物語に仕立て上げてみせるその筆力。

あの、想像してみてください。
「フジテレビの月9の枠で、無名の俳優ばかりを集めて、
一話完結のドラマをつくったら、それがむちゃくちゃ面白かった」という事態を。

この小説はそれくらいのことを成し遂げているわけです。


たぶん候補作がここまでだったなら、
ぼくは迷わず『国を蹴った男』を受賞作に推したと思います。

でも今回はこの作品があるから、そうはいかないんですね。

そう、安部龍太郎さんの『等伯』です。


長谷川等伯は、時代で言えば安土桃山時代を生きた人物です。

辻惟雄さんの名著『日本美術の歴史』(東京大学出版会)には、
等伯は狩野永徳の向こうを張る桃山画壇の一方の雄で、
「かれは能登出身で、信春と称する地元の絵師として
仏画などを制作していたが、三十歳頃上洛し、牧谿、周文らの
水墨画技法にまなび、永徳の新画法を吸収して独自の画風をつくりあげた」
と書かれています。

代表作は国宝にも指定されている「松林図屏風」。

白濁した靄の中にぼうっと浮かびあがる松が、
六曲一双の屏風に描かれた図柄を目にしたことがある方もいるかもしれません。


まず押さえておきたいのは、
長谷川等伯という人は大変な苦労の末、
天下一の絵師と言われるまでになったということです。

武家に生まれたものの武士失格の烙印を押されて仏画師の家に養子に出され、
その後、養父母の非業の死により妻子とともに故郷を追われ、
都に向かうものの戦に巻き込まれ……という具合に。
名声を得てからも狩野派との暗闘により愛する者を奪われたり、
心の師である利休との悲しい別れがあったり、次々と悲劇に襲われます。


にもかかわらず等伯は、
まだ誰も描いたことのない絵を目指して絵筆をとるのです。

圧巻はなんといっても松林図に取り組む場面でしょう。

自らの命を賭けてこの名作を生み出すまでの等伯の内面描写は、
まさに小説でしか成し得ないもので、読んでいて心が震えました。


またもうひとつ、特筆すべきなのは、
この作品が東北大震災発生時に新聞に連載されていたということです。
(2011年1月22日〜2012年5月13日まで日本経済新聞朝刊に掲載)

安部さんは、津波による甚大な被害とその後の原発事故を目の当たりにして、
「この現実を前に小説家に何ができるのか」と無力感に押し潰されそうになりながら
この小説の執筆を続けていたと振り返っていらっしゃいます。

思い悩み葛藤を繰り返す日々の中で、安部さんはひとつの結論に達します。
それは「魂の救済に通じる作品を描く以外にない」ということでした。
そして等伯の人生がまさにそのようなものだったということにも気がつくのです。

選考会では執筆背景みたいなものがどれだけ考慮されるのかはわかりませんが、
苦しみながら数々の傑作を生み出した等伯の姿には、おそらく3・11以降、
血を流すようにしてこの小説を書き継いだ著者自身の苦しみが反映されているはずで、
それがこの小説が並々ならぬ迫力をたたえている理由ではないかと思うのです。

「鬼気迫る」という言葉がありますが、まさにそのような迫力をぼくはこの小説に感じます。
この迫力の前では残念ながら他の候補作は霞んで見えてしまう。

というわけで、
第148回直木賞は、不世出の絵師の生涯を
圧倒的な迫力と感動のもとに描ききった傑作『等伯』と予想いたします!

投稿者 yomehon : 01:07

2013年01月14日

第148回直木賞直前予想!(前編)

第148回直木賞直前予想!(前編)

仕事はじめ早々、なんとノロウイルスにやられて床に臥すという
なんともトホホな新年のスタートとなってしまいました。

思い返せば、年末の怒濤の飲み会ラッシュと、
正月三が日の「朝昼晩三食お酒付き♪」の夢のような生活を経て
3キロも肥ってしまったために、これではいかん!とヨメが持っていた
ピラティスのDVDを観ながら、見よう見まねで両足にボールをはさんで
上げ下げしたり、腹をねじったりしたのがいけなかった。

翌朝起きると猛烈に腹が痛くなっていたのを、
腹筋を酷使した筋肉痛だと勘違いしたまま放置していたのです。

ところが夜になっても治まるどころか、どんどん痛みは増してきます。

こりゃだめだと夜間救急のお世話になり、
翌朝検査したところ、ノロウイルスに感染していることが判明した次第。


それにしても、あの痛みったらないですね。
床で寝返り打つだけでも腹に激痛が走るんですから。

うめき声をあげ、脂汗を流しながら、
それでも床の中で本だけは手放さなかったのは、
なんといっても第148回直木賞の選考会を間近に控えていたからです。


すみません前置きが長くて……。

そんなこんなで、まずは今回の候補作をみてみましょう。


朝井リョウ  『何者』(新潮社)

安倍龍太郎  『等伯(とうはく)』(日本経済新聞社)

有川浩    『空飛ぶ広報室』(幻冬舎)

伊東潤    『国を蹴った男』(講談社)

志川節子   『春はそこまで 風待ち小路の人々』(文藝春秋)

西加奈子   『ふくわらい』(朝日新聞出版)

以上、6作品です。


さて、それではさっそく各候補作をみてまいりますが、
受賞作を予想するにあたり、
今回は次の3つの〈モノサシ〉を用いることにいたしましょう。


その1 「小説でしか表現できないことが書かれているか」

その2 「全方位型かどうか」

その3 「筆力はあるか」


その1は、説明不要かもしれません。
どんな小説にとってもいちばん大切な点であることはもちろんですが、
直木賞は我が国を代表する文学賞のひとつですから、とりわけ大切なポイントです。

その2は、老若男女、世代も性別も問わず、
誰が読んでも面白い小説かどうかということ。
直木賞は大衆文学(古い言い方ですけど)の賞ですから、これも大事な点。


その3でいう「筆力」というのは、
「量産できる力をもっているか」ということです。
純文学などに比べ読者数が桁違いの直木賞作家にはとりわけ必要な資質です。
漫画家の石ノ森章太郎さんはかつて、量が質を保証するとおっしゃいました。
量をこなせる者だけが傑作を生み出すことができるのだと。
ポピュラー・カルチャーの世界ではこの言葉は真理だと思います。


というわけで、各候補作をみていきましょう。


朝井リョウさんの『何者』。
就活中の学生を描いた長編小説です。

朝井さんの作品らしく、いまの大学生の生活がリアルに描き出されています。

ふ〜ん、エントリーシートにはそんなこと書き込むのかとか、
いまはツィッターでいちいちつぶやいてみんなそれを気にしてんだ、へ〜とか、
それなりに教えられるところもありましたが、いかんせん間口が狭い小説です。

(さっきあげた〈モノサシ〉で言うと「その2」の部分ですね)

登場人物の中に、アートとか現代思想とかに興味のある学生がいて、
彼が就活中の仲間のことを「上から目線」で批判したりするんですね。
自分は会社員に向いてないと思うとか自己分析したりなんかして。
んでもって、彼のそういう言動に周囲がいろんなことを思うみたいな。

ぼくが学生の頃もこの手合いがいました。
というか、恥を忍んで告白すれば、僕自身がこういうイタい奴でした。

「俺はサラリーマンだけにはなりたくない」とかね。
言っちゃってたわけですよ。

でもちゃんと自分の頭を使って考えてみればわかることですが、
ひとくちにサラリーマンといったって、その中身は多種多様です。
製薬会社と鉄道会社とスーパーとラジオ局では、仕事の内容はまったく異なります。
(すみません大人の皆さんにとっては何をいまさらの当たり前のことですが)

社会というものがものすごく多様性に富んでいるということに気づかないまま、
「サラリーマン」などという大雑把すぎるカテゴリーでくくって、
それを批判することで自分の価値が上がったように錯覚しているという……
なんとも幼稚で薄っぺらい人間だったなと恥ずかしく振り返ってしまうわけです。


この小説の抱えている問題点をわかりやすく表現するならば、
「そのような幼稚で薄っぺらい登場人物の自意識過剰ぶりを読まされて、
大人の読者がどれくらい耐えられるか」ということになるでしょうか。

就活が大学生にとって死活問題であることももちろん理解しています。
(ぼく自身「就職氷河期」1期生ですし)

でも実は、社会人になってからのほうが、
学生時代とは比べ物にならないくらい大変なんです。

当コラムは就活中の学生のみなさんも読んでくださっているようなので、
このことはぜひ言っておきたいと思います。

嫌な思いをしたり、理不尽な出来事に遭遇するなんてことはよくあることです。
給料がぐんぐん上がるなんていう時代はもう遠い昔のことですし、
今後労働環境はますます厳しくなるでしょう。
ましてや結婚をし子どもが生まれたりすると、もっともっと大変になります。

でも学生のみなさんに想像してほしいのは、
それでもその人がその仕事をしているのは何故なんだろう?ということです。
自分のことだけにしか関心がないようだとわからないかもしれませんが。

この小説を読む際には、ぜひサブテキストとして、
『建設業者』(エクスナレッジ)と
『僕たちはガンダムのジムである』常見陽平(ヴィレッジブックス)を
お読みいただくと、この小説に欠けているものがお分かりいただけるかと思います。

朝井さんも社会人になられたようなので、
今後もっともっと小説の幅が広がってくるのではないでしょうか。

さて、次は西加奈子さんの『ふくわらい』。

マルキ・ド・サドをもじって、
鳴木戸定(なるきど・さだ)と名付けられた女性が主人公。

この作品をひと言で言えば、
「特殊な育ち方をした主人公が、自分の言葉とからだで、
もういちど世界と関係を結び直すまでのプロセスを描いた小説」
ということになるでしょうか。

まさに小説でしか表現できないようなことが書かれていて圧倒されました。
それにすでにベストセラー作家としての実績もお持ちです。
(さきほどの〈モノサシ〉で言う「その1」「その3」はクリア)

ただいかんせんものすごく読者を選ぶタイプの小説なんですよね。

あまり詳しくは書きませんが、
物語の中で「人肉食」の話が出てくるんです。

このあたりはついていけないと感じる読者も多いかもしれません。

直木賞のメジャー感からは遠い小説です。
昨年各方面で話題と鳴った卯月妙子さんの漫画、
『人間仮免中』(イースト・プレス)なんかが面白いと思った人にはオススメかも。

さて、次は有川浩さんの『空飛ぶ広報室』にいきましょう。

航空自衛隊の広報室に配属された元戦闘機パイロットが主人公のお話。

不慮の事故で夢を断たれた元パイロットが、
配属先の広報室で、ひとくせもふたくせもある個性的な先輩たちに鍛えられ、
広報官として自立していくというお仕事小説の側面もあり……

また報道記者として挫折した経験をもつ美人テレビディレクターとの
Boy meets Girlな恋愛小説的なテイストもあり……

また読むだけで、普段我々が知ってるつもりになっている自衛隊についての
知識を得ることができるお得な情報小説の顔も持ち……
(航空自衛隊と海上自衛隊では「基地」と呼ぶのに、陸上自衛隊だけは
「駐屯地」と呼ぶのって知ってました?理由を聞けばなるほど納得なんですが)

実にサービス精神旺盛な作品といっていいでしょう。


有川さんは大変なベストセラー作家ですし、
これまでにも数多くの作品を書いていらっしゃいますし、
直木賞にふさわしい要素をいくつもお持ちでいらっしゃいます。

ただひとつだけ、気になる点が。

この小説を読んでいる最中にぼくのあたまをぐるぐる巡っていた言葉。
それは、

「まるでテレビドラマのような小説だなー」

という感想です。

登場人物のキャラクターは立っているし、ぐいぐい読ませるし、
たしかに面白いんですけど、この物語がどうしても小説作品として
書かれなければならなかった必然性みたいなものはまったく感じられませんでした。
(さきほどの〈モノサシ〉で言う「その1」がものすごく弱いということです)

なかなか3つの〈モノサシ〉がバランスよく揃う作品がありませんね。
でも実は今回の候補作の中にただ一作だけ、そんな作品があるんです。

(次回に続きます)

                        


投稿者 yomehon : 03:34

第148回直木賞直前予想!(前編)


新年は仕事はじめ早々、なんとノロウイルスにやられて床に臥すという
なんともトホホなスタートとなってしまいました。

思い返せば、年末の怒濤の飲み会ラッシュと、
正月三が日の「朝昼晩三食お酒付き♪」の夢のような生活を経て
3キロも肥ってしまったために、これではいかん!とヨメが持っていた
ピラティスのDVDを観ながら、見よう見まねで両足にボールをはさんで
上げ下げしたり、腹をねじったりしたのがいけなかった。

翌朝起きると猛烈に腹が痛くなっていたのを、
腹筋を酷使したせいで筋肉痛になったのだと勘違いしたまま放置していたのです。

ところが夜になっても治まるどころか、どんどん痛みは増してきます。

こりゃだめだと夜間救急のお世話になり、
翌朝検査したところ、ノロウイルスに感染していることが判明した次第。


それにしても、あの痛みったらないですね。
床で寝返り打つだけでも腹に激痛が走るんですから。

でも、うめき声をあげ、脂汗を流しながら、
それでも床の中で本だけは手放さなかったのは、
なんといっても第148回直木賞の選考会を間近に控えていたからであります!


……すみません前置きが長くて。

そんなこんなで、まずは今回の候補作をみてみましょう。


朝井リョウ  『何者』(新潮社)


安部龍太郎  『等伯(とうはく)』(日本経済新聞社)


有川浩    『空飛ぶ広報室』(幻冬舎)


伊東潤    『国を蹴った男』(講談社)


志川節子   『春はそこまで 風待ち小路の人々』(文藝春秋)


西加奈子   『ふくわらい』(朝日新聞出版)


以上、6作品です。


さて、それではさっそく各候補作をみてまいりますが、
受賞作を予想するにあたり、
今回は次の3つの〈モノサシ〉を用いることにいたしましょう。


その1 「小説でしか表現できないことが書かれているか」

その2 「全方位型かどうか」

その3 「筆力はあるか」


その1は、説明不要かもしれません。
どんな小説にとっても大切な点であることはもちろんですが、
直木賞は我が国を代表する文学賞のひとつですから、とりわけ重視したいポイントです。

その2は、老若男女、世代も性別も問わず、
誰が読んでも面白い小説かどうかということ。
直木賞は大衆文学(古い言い方ですけど)の賞ですから、これも大事な点。


その3でいう「筆力」というのは、
「量産できる力をもっているか」ということです。
純文学などに比べて読者数が桁違いに多い直木賞作家にはとりわけ必要な資質です。
漫画家の石ノ森章太郎さんは、かつて量が質を保証するとおっしゃいました。
量をこなせる者だけが傑作を生み出すことができるのだと。
ポピュラー・カルチャーの世界ではこの言葉は真理だと思います。


というわけで、各候補作をみていきましょう。


朝井リョウさんの『何者』
就活中の学生を描いた長編小説です。

朝井さんの作品らしく、いまの大学生の生活がリアルに描き出されています。

ふ〜ん、エントリーシートにはそんなこと書き込むのか、とか、
いまはツィッターでいちいちつぶやいてみんなそれを気にしてんだ、へ〜とか、
それなりに教えられるところもありましたが、いかんせん間口が狭い小説です。
(さっきあげた〈モノサシ〉で言うと「その2」の部分が足りないということですね)


たとえば登場人物の中に、アートとか現代思想とかに興味のある学生がいて、
彼が就活中の仲間のことを「上から目線」で批判したりするんです。
自分は会社員に向いてないと思うとか自己分析したりなんかして。
んでもって、彼のそういう言動に周囲がいろんなことを思う、みたいな。

ぼくが学生の頃もこの手合いがいました。
というか、恥を忍んで告白すれば、僕自身がこういうイタい奴でした。

「俺はサラリーマンだけにはなりたくない」とかね。
言っちゃってたわけですよ。

でもちゃんと自分の頭を使って考えてみればわかることですが、
ひとくちにサラリーマンといったって、その中身は多種多様です。
製薬会社と鉄道会社とスーパーとラジオ局では、仕事の内容はまったく異なります。
(すみません大人の皆さんにとっては何をいまさらの当たり前のことですが)


現実の社会はものすごく多様性に富んでいるのに、それに気づかないまま、
「サラリーマン」などという大雑把すぎるカテゴリーでくくって、
それを批判することで自分の価値が上がったように錯覚しているという……
いや、ほんとうに幼稚で薄っぺらい人間だったなと恥ずかしく振り返ってしまうわけです。


この小説の抱えている問題点をわかりやすく表現するならば、
「そのような幼稚で薄っぺらい登場人物の自意識過剰ぶりを読まされて、
大人の読者がどれくらい耐えられるか」ということになるでしょうか。


当コラムは就活中の学生のみなさんも読んでくださっているようですし、
せっかくの機会なのでぜひお話ししておきたいことがあります。

就活が大学生にとって死活問題であることはもちろん理解しています。
(ぼく自身「就職氷河期」1期生ですし)

でも実は、社会人になってからのほうが、
学生時代とは比べ物にならないくらい大変なんです。

嫌な思いをしたり、理不尽な出来事に遭遇するなんてことはよくあることです。
給料がぐんぐん上がるなんていう時代は遠い昔のことですし、
今後労働環境はますます厳しくなるでしょう。
ましてや結婚をし子どもが生まれたりすると、もっともっと生活が大変になります。

でも学生のみなさんに想像してほしいのは、
それでもその人がその仕事をしているのは何故なんだろう?ということです。
そんなに大変な思いをしてまでその仕事を続けている理由は何だろう?と考えてみてください。

おそらくみなさんは自分のことだけでいっぱいいっぱいでしょう。
でもそれは裏を返せば、自分のことだけにしか関心が持てないということでもあります。

「サラリーマン」と呼ばれる人々の多種多様な働く姿に思いが至るようになると、
きっと世の中に対する見え方も変わってくるはずです。

この小説には、自分たちは大変だと思っている学生しか出てきません。
ぜひサブテキストとして、
『建設業者』(エクスナレッジ)とか
『僕たちはガンダムのジムである』常見陽平(ヴィレッジブックス)なんかを
あわせてお読みいただくと、この小説に欠けているものがお分かりいただけるかと思います。

朝井さんも社会人になられたようなので、
これからはもっともっと小説の幅が広がってくるのではないでしょうか。
社会の多様性が織り込まれたような物語をいつか書いてくれるような気がします。
今後に期待、というところですね。


さて、次は西加奈子さんの『ふくわらい』

マルキ・ド・サドをもじって、
鳴木戸定(なるきど・さだ)と名付けられた女性が主人公。

この作品をひと言で言えば、
「特殊な育ち方をした主人公が、自分の言葉とからだで、
もういちど世界と関係を結び直すまでのプロセスを描いた小説」
ということになるでしょうか。

まさに小説でしか表現できないようなことが書かれていて圧倒されました。
それにすでにベストセラー作家としての実績もお持ちです。
(さきほどの〈モノサシ〉で言う「その1」「その3」はクリア)

ただいかんせんものすごく読者を選ぶタイプの小説なんですよね。

あまり詳しくは書きませんが、
物語の中で「人肉食」の話が出てくるんです。

このあたりはついていけないと感じる読者も多いかもしれません。

直木賞のメジャー感からは遠いところに位置する小説といっていいでしょう。
昨年各方面で話題となった卯月妙子さんの漫画、
『人間仮免中』(イースト・プレス)なんかが面白いと思った人にはオススメかも。


さて、次は有川浩さんの『空飛ぶ広報室』にいきましょう。

航空自衛隊の広報室に配属された元戦闘機パイロットが主人公のお話。

不慮の事故で夢を断たれた元パイロットが、
配属先の広報室で、ひとくせもふたくせもある個性的な先輩たちに鍛えられ、
広報官として自立していくというお仕事小説の側面もあり……

また報道記者として挫折した経験をもつ美人テレビディレクターとの
Boy meets Girlな恋愛小説的なテイストもあり……

また読むだけで、普段我々が知ってるつもりになっている自衛隊についての
知識を得ることができるお得な情報小説の顔も持ち……
(航空自衛隊と海上自衛隊では「基地」と呼ぶのに、陸上自衛隊だけは
「駐屯地」と呼ぶのって知ってました?理由を聞けばなるほど納得なんですが)

とまぁ、ことほどさようにサービス精神旺盛な作品といっていいでしょう。


有川さんは大変なベストセラー作家ですし、
これまでにも数多くの作品を書いていらっしゃいますし、
直木賞にふさわしい要素をいくつもお持ちでいらっしゃいます。

ただひとつだけ、気になる点があります。

この小説を読んでいる最中、ぼくのあたまの中を常にぐるぐる巡っていた言葉。
それは、

「まるでテレビドラマのような小説だなー」

というもの。

登場人物のキャラクターは立っているし、ぐいぐい読ませるし、
たしかに面白いんですけど、この物語がどうしても小説作品として
書かれなければならなかった必然性みたいなものはまったく感じられませんでした。
(さきほどの〈モノサシ〉で言う「その1」がものすごく弱いということです)

なかなか3つの〈モノサシ〉がバランスよく揃う作品がありませんねー。
でも実は今回の候補作の中にただ一作だけ、そんな作品があるんです。

(次回に続きます)

                        


投稿者 yomehon : 03:34