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2010年07月14日

 第143回直木賞直前予想!


「いやー夏がやってきたなぁ!」とみなさんはどんなところで実感しますか?
海開きとか夕立とか仕事あがりの生ビールのおいしさとか、
季節の到来を実感するアイテムは人それぞれだと思いますが、
ぼくの場合はなんといっても直木賞!
直木賞の発表がやってくるとようやく夏という感じがします。

というわけで、今回も恒例の直木賞の直前予想といきたいと思います。

第143回直木賞の候補作は以下の通り。


乾ルカ  『あの日にかえりたい』 (実業之日本社)

冲方丁(うぶかた・とう)  『天地明察』 (角川書店)

中島京子  『小さいおうち』  (文芸春秋)

姫野カオルコ 『リアル・シンデレラ』 (光文社)

万城目学  『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』 (筑摩書房)

道尾秀介 『光媒の花』 (集英社)

今回は受賞作の予想に入る前に、ちょっとした見出しをつけてみましょう。
まず最初の見出し、それは、

「直木賞のプライドの高さに注目!」

これです。

あらためて言うまでもなく直木賞はエンターテインメント小説界きっての老舗文学賞です。
今回のラインナップをみると、その老舗のプライドをいたく刺激しそうな候補作が目につきます。
はたして選考委員たちはこれらの候補作をどう評価するのか。
このあたりが大いに注目されるわけです。

では、まずはその問題作からみていくことにいたしましょう。


道尾秀介さんの『光媒の花』は、人間の絶望と希望を巧みに描いた短編集。
初期の道尾さんは読者の思い込みや錯覚を利用したトリックを多用する作風でしたが、
少し前から普通小説というか、小細工を弄さず、登場人物の心理を正面から描く作風に
変わってきています。

この『光媒の花』もそうで、あっと驚くようなどんでん返しはありませんが、
救いのない重い話から始まって、次第に光が差し込んでくる方向へと向かう
展開は実に巧みで読ませます。
着実に実績を積み重ねてきた道尾さんならではの素晴らしい作品ですが、
ただ、この作品はすでに山本周五郎賞を受賞しているんですね。

新潮社の山本周五郎賞の後塵を拝するとは、
老舗たる直木賞のプライドからすればちょっと考えづらいわけです。


そのあたりの事情は、冲方丁さんの『天地明察』にも当てはまります。

わが国で初めて独自の暦を生み出すことに成功した
渋川春海を主人公としたこのビルドゥングス・ロマンの傑作は、
全国の書店員がもっとも売りたい本を選ぶ本屋大賞や
吉川英治文学新人賞などに選ばれたとはいえ、
直木賞受賞となるとかなりハードルが高いと言わざるをえません。
(当ブログでもいちはやく取り上げましたし個人的には大好きな作品なんですが・・・・・・)


直木賞というのは実にプライドの高い賞で、
基本的に他の賞の後追いはしませんし、また、本来は新進気鋭の作家に
与える賞という位置づけなのにもかかわらず、最近は既に世間での評価が
確立しているベテラン作家にまるで功労賞のように賞を与えたりして、
あたかもエンタメ系小説界を仕切っているのは直木賞だぞと言わんばかりの
振る舞いをみせています。
このような直木賞の性格を考えると、
残念ながら道尾さんと冲方さんの受賞はないと予想せざるを得ません。


さて、そこでもうひとつの見出しに行きたいと思います。
次なる見出し、それは、

「女性作家の戦い」

というもの。

『小さいおうち』の中島京子さんと『リアル・シンデレラ』の姫野カオルコさん。
実はこの2作が今回の大本命ではないかとぼくはにらんでいるのです。
しかも受賞するのはどちらか片方のみ。

『小さいおうち』は、昭和初期に、ある山の手の家庭に
女中奉公していた女性タキの回想録のかたちで物語が進みます。
時代が戦争へと向かう中、赤い三角屋根の家で営まれていた
昭和モダンな暮らし。その記憶をノートに綴るうちに、
やがて一家の上に起きた恋愛事件の秘密が明かされます。

とてもセンスのいい小説です。
特に最終章で語り手がタキの甥の息子に代わって、彼の探索によって
タキが語らなかった(もしくはタキ本人も気が付いていなかった)
タキ自身の胸の奥に秘められた「あること」に気がつくところなどは
素晴らしく上手い。

最近の小説は、異常な事件を起こしてみたり、主人公を特殊な境遇に置いてみたり、
そういうセコイ仕掛けで少しでも目立とうとする作品が多いような気がしますが、
この『小さいおうち』はその手の浅知恵とは一切無縁、「人に歴史あり」という
一点を、巧みなストーリーテリングと細やかな描写力と確かな時代考証とで
見事な物語に仕立て上げています。
田辺聖子さんの小説が好きな人なんかはハマるんじゃないでしょうか。


対する『リアル・シンデレラ』は、名作童話の翻案小説をつくるという仕事で
「シンデレラ」について調べていた女性ライターが、あるきっかけから
倉島泉という女性を紹介され、いつのまにか彼女の一代記を書くことになります。

この泉(せん)ちゃんこと倉島泉という女性は、別に大昔の人ではありません。
1950年に長野県の諏訪の温泉旅館に生まれた彼女は、母親に冷遇され、
美しい妹の陰に隠れて育ちますが、ふとした縁で信州屈指の名家の一人息子との
縁談が持ち上がり・・・・・・。

倉島泉の人生は、これはもうお読みいただくしかないでしょう。
物語は彼女を知る関係者の証言によって構成されていて、
そこから浮かび上がる彼女の人生は、読む者に深い余韻を残します。

「シンデレラ」という単語は、いまや女性の幸福や成功を象徴する言葉に
なっていますが、本当にそうなのでしょうか。幸せの定義とはなんでしょうか。
それは他人から羨ましがられて初めて実感できるものなのでしょうか・・・・・・。

この小説が投げかけるのは「幸福な人生とは何か」という問い。
アラサーおよびアラフォーの女性にぜひ読んでいただきたい小説です。

『小さいおうち』VS『リアル・シンデレラ』
う~ん、どっちだろう・・・・・・。
どちらもひとりの女性の人生を振り返る設定だし、両雄並び立たず。

答えを出す前に、その他の作品もみておきましょう。


乾ルカさんの『あの日にかえりたい』はファンタジーの味つけがなされた短編集。
未来の自分と出会ったり、亡くなった子どもや妻と再会したりといった話が並びます。
特に「翔る少年」がオススメ。男の子を持つ親だったりすると感涙必至です。
乾ルカさんは直木賞初ノミネートですが、今回は名刺代わりのノミネートで
受賞はないのではないでしょうか。


万城目学さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』は、
万城目ファンにはお馴染みのちょっと不思議な設定の小説。

かのこちゃんは小学一年生の元気な女の子。
そしてマドレーヌ夫人はといえば、これが猫なのです。
名前から毛足の長い優雅な洋猫を想像するかもしれませんが、
淡い茶味がかったいわゆるアカトラと呼ばれる猫で、
それがなんで「マドレーヌ」なんていう洋風の名前で呼ばれているかといえば、
この猫が外国語を話すからなんです。猫にとっての外国語、それは犬の言葉。
なんとマドレーヌ夫人は玄三郎という名前の犬と結婚していて、
かのこちゃんのおうちで仲良く暮らしているというわけです。

もうこの時点ですでに万城目ワールドにどっぷりハマってしまった感じ。
ただし、この小説はいつもの大仕掛けな万城目作品とはちょっと違って、
なんというか、いい意味で小さくまとまったとてもチャーミングな作品なんです。

かのこちゃんという小学一年生も素晴らしくよく書けているし
(それにしても万城目さんはどうして小学一年生のアタマの中まで見えるんだろう)
マドレーヌ夫人と玄三郎の種を超えた(?)夫婦愛にもホロリとさせられるし、
いや~この小説、ぼくは好きですね。

あの、小さな子どもの仕草なんかを見ていて、
思わず微笑んじゃったりすることってありません?
この小説にはその手の「思わず笑みがこぼれるポイント」がたくさんあるんですよ。

特に、かのこちゃんとお友だちのすずちゃんが
かのこちゃん家でお茶会の真似ごとをした後、
縁側でそろって両の鼻の穴に親指を突っ込んで
残りの指をひらひらさせながら遊んでいるのを
玄三郎とマドレーヌ夫人が見つめているシーンなんて、
いろんな小説に描かれた幸福な光景の中でも白眉なんじゃないか。

この世界を肯定すること、人生を祝福することが
文学の役割のひとつなのだとすれば、
『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』
立派にその役割を果たしていると言えましょう。


さてさて、そんなわけで、そろそろ
第143回直木賞の予想を述べさせていただきます。

今回の直木賞の受賞作は・・・・・・

ズバリ、姫野カオルコさんの『リアル・シンデレラ』、
そして万城目学さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』
2作同時受賞と予想します。


中島京子さんは文芸春秋刊行作品でもあるしかなり迷いましたが、
姫野カオルコさんはこれまで何度もエントリーしていて、
さすがにもう受賞してもいいタイミングであること。
(なにしろあの傑作『ツ、イ、ラ、ク』で落選してるんですから)

そしてこの『リアル・シンデレラ』が、お母様の介護でご苦労なさったり、
ご自身も体調を崩されたりした中で書かれているということも
受賞への後押しになるのではないかと思いました。


万城目さんの『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』はといえば、
これはもうぼくの好みに過ぎません。
というか、うつむき加減のこういう時代だからこそ、こういう小説が読まれるべきです。


というわけで、第143回直木賞は、
『リアル・シンデレラ』を読んで「幸せってなんだろう」とおのれを振り返り、
『かのこちゃんとマドレーヌ夫人』で「生きるって素晴らしい」とポジティブになる。
そんな流れでいかがでしょうか選考委員のみなさん!!

投稿者 yomehon : 2010年07月14日 01:46